6.夜半の強行部隊
ガタン、ガタンと振動していた馬車がスルスルとなだらかな道に入った。その違和感は例えるなら砂利道からアスファルトで舗装された道路に入った感覚に似ている。この世界に来てから感じたことの無い感覚だった。
「御者さん、なんですか?」
おれは思わず聞いてしまった。
「ええ、これは恐らく噂の『王の道』というものです。新しいベルグリッド伯は道やら壁やらいろいろ改革していると聞き及んでおります。いや〜それにしてもこれはすごいですえね! なんてなだらかなんだ」
『王の道』……?
インフラを整備したのか!?
リヴァンプール港から数日。おれたちはようやくベルグリッド領にたどり着いた。
だがほんの二か月とちょっとで、故郷は信じられないほど様変わりしていた。
「道がまっすぐだ。それになんだあの光は、まさか灯台か?」
今まで地形に沿って緩やかなカーブを描いていたはずの道が直線になっていた。
そして、その先に光が灯っている。街にあれほどの高い建築物は無かったはずだ。
「なんでも、あれで離れたところでも会話ができるらしいですよ。仕組みは分かりませんが、偉い人の考えることはすごいですね」
まさか、連絡手段か? この距離で見えるということは街と街の間でやり取りができそうだ。
やがて街が見えてきた。壁の形は同じだが所々補修されている。
おれたちの馬車は街の入り口の架け橋の前まで来た。時間は深夜だ。扉は閉まっていた。見張りの者に声を掛けようとしたところ、強力な光に照らされた。
「そこで身分の証明できるものの提示と来訪目的、人数、それから荷の内容を述べてください」
声はすぐ近くから聞こえる。だが人の気配がない。
不思議に思っていると石畳から拡声器のようなものが突き出ていた。映画で見たことがある。昔の潜水艦とかに備え付けてあるパイプみたいなものだ。その拡声器のようなものの隣にもう一つパイプがあり蓋が付いている。立札に『蓋を開けて話せ』と書いてあるのでそうする。
「おれはロイド・バリリス・クローブ・ギブソニアンだ。ギルドカードで照会してくれ。人数は他に冒険者二人、審議官一人、それから御者二名だ」
「おかえりなさい、ロイド卿。直ちに橋を下ろします」
すんなり、橋が降りて、扉が開き、あっさり入ることができた。
「―――ここはおれの父上が領主のころとだいぶ違う。皆、油断するな」
「はい、ですが」
「危険はなさそうですよ?」
確かに、何事もなさそうだ。おかしい。
扉が開ききり、馬車を進める。と少し入ってすぐ止まった。
御者が誰かと話しており、馬車の扉が開かれた。やはりか……。
「抵抗せず、話を付けよう」
「いえ、どうやらその必要はないそうですよ」
リースは不敵な笑みをしている。
おれは一番に馬車を降りた。待ち構えている衛兵たちを想像していたが、目の前にいたのは―――
「おかえり、ロイド! 我が息子よ!!」
「父上……ッ!」
少しやせた父上が微笑みながらそこにいた。
四年ぶりに会った父上はおれの姿が変わっていても一目見ておれだと信じてくれた。
「父上、おれは―――」
父上に会ったら言うことをずっと前から考えていた。でも、いざとなると難しい。
「ロイド、お前は話したいことが山ほどあり、聞きたいこともそれと等しくあるだろう。私もだ。だが、今はそうも言っていられない。ここでは何だ。一先ず屋敷に行こう」
「え? あ、はい……」
何やら、マズい状況らしい。死んだはずの息子が戻ったことより重大なこととはなんだ? 反乱の影響はあまり見られない。むしろおれがいた時より街の守りが強化されている。
馬車でそのまま屋敷に向かった。途中気になる建設物があったりしたが、一体この領で何が起きているんだ?
屋敷に馬車が到着すると昔なじみの従者たちが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、若様!!!」
「ご健勝なようで何よりでございます!!」
「よくぞ、お戻りに……うぅ……」
「みんな、心配をかけてすいません。ただいま戻りました」
おれたちは書斎に向かった。
屋敷内は昔暮らしていた時のままだ。特に変化はない。
しかし、今この屋敷の主は父上ではないのだ。
「ロイド、もう聞き及んでいると思うが、ここの領主は今、私ではない。今から会ってもらうのは新ベルグリッド伯ジュール。彼から重要な報せがある。どうか冷静に聞いて欲しい」
「わかりました」
おれは高ぶる緊張感を治めながら、部屋へと入った。いい話ではなさそうだ。
「……」
「……」
父上がいつも座っていた机にいたのは、若い男だった。30歳未満、いやヘタをすれば二十代ですらない。しかも、この顔の造形はローア人じゃない。
クセの強いクルクルとした金髪に澄んだスカイブルーの瞳。
目立たないが凝った刺繍を施した服。
首から下げた、神鉄で装丁されている本から何かすさまじい力を感じる。
第一印象―――油断は禁物。この手のタイプは苦手だ。こっちの意表をついて来るし、詐欺師に多い。要は悪人に多いタイプだ。反乱に乗じて父上からその椅子を奪い取るとは、この極悪人め。おれが帰って来たからには早々にどいてもらうぞ、若造。
「おかえり、ロイド卿。おれは一時的にお前の代わりをしていたジュールというものだ」
「ロイドです。お初にお目にかかります。私の代わりとは?」
一時的? どういう意味だ?
「ほんの一日前までは順調だったんだが。はぁ、こんな形で話す気は無かった。だが、駆け引き、探り合い、情報の交換は今優先すべきではない。一方的に話す。システィーナ姫が行方不明だ。今、調査団を組織して送り出したところだ」
「……え?」
おれは父上の顔を見た。冗談ではなさそうだ。システィーナ姫が行方不明とはどういう意味だ? いつから、どうして、今どう対処を―――
「考えるな。無駄を省くために順を追い説明するのでそれを理解してくれ。まず、彼女は二日前の朝に王都を出たはず。それは光魔法を放つ魔導具による交信でやり取りした確定事項だ。ゆえに、今頃は到着しているはず。約十二時間待ったが、未だ到着していない。そして王都への道中にある宿場との交信が途切れた。現在、精鋭を調査に向かわせ、連絡を待っているところだ」
「なんだと……」
「今頃宿場街に着いている頃のはずだ。もし、魔導具の故障ならば代替品と魔工技師も送ったので、光による何らかのメッセージがあるはずだがまだ無い。つまり、何かトラブルがあった。宿場で。それに姫が巻き込まれた可能性がある」
おれは冷静だった。
「なら迎えに行く」
「そうか。では、コイツを……」
「コイツ?」
「……このノワールを連れていけ。時間を短縮できる」
そこには銀髪に紅い瞳に少女が立っていた。魔人族だな。
時間の短縮とは何だ?
「悪いが、あなたの想像している移動とは違う。足手まといは困る」
全速力で行く。『風圧』と『魔装』で走れば馬より格段に速く行ける。常人には無理な方法だ。
「ククク、だそうだが?」
「……面倒だな」
そういうと突如信じられないことが起きた。
少女はググググッ!!!
と姿を変えていき、リースを見下ろす程の大きさになった。装いが黒い鎧になり、翼が生えた。
巨人族? いや獣魔族か!? しかし翼があるのは天魔族のはず。それに角まで。鬼人族?
リースが咄嗟に『獣化』し、おれの前に割って入った。しかし―――
「主殿、これは……」
「なんてプレッシャーなの……」
今、その気になればこの女はここにいる全員殺せる。リースだけでは無い。おれもマドルも直感的に悟った。これまでにここまでの圧を感じたことはなかった。何者なんだ? なぜこの領にこんな化物が?
「馬の倍以上速く移動する術があるか? 私なら馬で半日の所を三時間で行ける」
それってスポーツカー並みだろ!
「ロイド卿。連れて行け。期待に添えない時には置いていけばいい」
「いや、なら、そうさせてもらう。行くぞ、マドル! リース!」
「「はい!」」
あのジュールという男にも、違和感がある。おれが言われるがまま従っている? まるで王の前にいるような感覚だった。反論ができない空気を醸し出していた。しかし、一先ず今は信用するしかない。
おれは急いで屋敷を出た。
「それで、ノワールさんと言いましたね。どうやって馬の倍以上のスピードを出すのですか?」
「こうする」
少女の姿に戻った彼女は、今度はその体を覆っていた黒い靄のようなものを四輪の馬車に纏わせた。すると馬車は馬をつないでいないのにひとりでに動き出した。
「自動車じゃねーか!!!」
「え!? 何? ゴメン」
「あ、すいません。つい……」
これなら、確かに早く行けそうだ。おそらくはこのノワールという女性の力を最大限発揮するために造られたのであろう馬車。この独特なデザインはまさに自動車だ。流線型のボディーに低い車体をしている。
それに四人で乗り込み、街を出て『王の道』を進む。
凹凸の少ない整備された道は不思議黒靄動力での走行を一段と速くした。
車輪を動かす黒い靄はおれの『魔装』と似ている。右目を開けると、眩しすぎて眼がくらんだ。尋常ではない魔力量だった。
(これでは『風圧』によるさらなるスピードアップは無理だな)
魔力が干渉し合う危険がある。しかし、そんなことをしなくともこの車は時速120キロ以上出ている。一時間程で、調査団と思われる一団に追いついた。そしてそこではすでに戦闘が行われていた。
街道には魔獣が溢れ、騎士団が交戦している。
「姫は?……姫はいるのか!!!」
辺りを見渡すが魔獣が多くて状況が分からない。
そんな中、一人の騎士がこちらに気づいた。猛スピードで走る車を見て駆け寄ってくる。
「これは、ノワールさん! どうしてこちらに?」
「邪魔」
彼らはここでずっと足止めされていたのか。
「リース、マドル、ここを頼む」
「仰せのままに」
「お任せください」
「ノワールさん、先へ進んでください」
「仰せのままにー」
ノワールさんはさらに黒い靄を出し、騎士たちを覆った。
「『黒装』だ!! やった。これで百人力だ!!」
「感謝します、ノワールさん!!」
「よし、敵を蹴散らせ!!!」
驚いたことに、あの靄は鎧にもなった。騎士たちは魔獣の攻撃をものともせず前進して行く。魔力の干渉はしないのか? 増々おれの魔装と似ている。リースとマドルも加わり形勢は一気に決まった。ここはもう大丈夫そうだ。
「では出発するぞ」
「はい」
「しっかりつかまれ。さっきより速くなる」
街道を爆走していると、十数分でまたもや戦闘の気配を感じた。
「あれは……!」
おれは思わず飛び出した。
戦っているのは紅燈隊だ。
おれは『思考強化』から全身『魔装』を発動させ、風圧を併用して、最大速度で戦闘に介入した。
ついにベルグリッドまで来ました!!しかし、ロイドに休む暇はありませんでした・・・ごめんよ。
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