2.生存報告(修正版)
ちょっと修正2019/10/01
四年ぶりにパラノーツ王国に帰って来たおれは、故郷を懐かしむでも無く、真っ先に神殿に向かった。まずやるべきことはおれの生存の報告だ。共和国から長い航海の間、いくつもの島に立ち寄ったが神殿は無かった。大体海賊や奴隷商人、漁師しかいない危険なルートを進みここまでやって来た。
「おや、朝早くから殊勝なことだ。お布施かね? お祈りかね?」
「おはようございます。神台を借ります」
「そうか、ん? 君も神殿の者かね。ずいぶん若いがどこから来なさった」
神官がセイランの格好を見て神殿関係者と気づいた。
「あ、君!」
おれはその話に付き合うことなく一目散に神台に駆けていき『神域』を発動させた。
「入らないでください。常人は入ると死にます」
近寄ろうとする神官をセイランが止める。
「な、なんだこれは? まさか……」
淡い光が神台の一帯を包み、神聖な空気で満ちた。そこへ一人が姿を現した深い緑色のローブに身を包み、杖を持つ綺麗な女性だった。おれも対面するのは初めてだったが何となく誰かすぐにわかった。
魔法神 アリア
おれにセイランを寄越した、唯一全ての事情を知る神だ。
《―――見事な『神域』だ。神界と遜色ない。だが軽々しく神を呼ぶのは不敬である。お前の身の上がどうであれ私は特別扱いする気はない》
なら、来なければいいのに……ツンデレさんか。
《失礼なことを考えているな? 甘く見るなよ。お前が魔導を少しばかり極めた気になろうと、私の力の前では―――》
《ああああ!!》
「《うわぁ!!》」
突然別の声がして二人して驚いてしまった。
ん? この声には聞き覚えが、と思っていたら魔法神を押しのけてもう一人が姿を現した。
慈愛の神 エリアス
《まさか……え? でも、この魂の色は間違いない! あなたロイド君ですね!?》
「はい、少々身なりが変わりましたがロイドです。戻ってきました」
姿を見たのは子供の時以来だ。当然だが全く変わりなく、息を飲むほど美しい……いかんいかん、おれには心に決めた人がいるんだ……でもこの美しさは絵画にして残そう。純粋に美を表現するためだ。そうしよう。
《ロイド君、一体なにが……あれ? どうしてアリアとロイド君が? まさか、アリア知っていたの!?》
《お前に言えばすぐ助けようとしただろう? 言ったはずだ。下界に干渉しすぎるお前はしばらくおとなしくしていろと》
《ええ〜ひどいよ〜〜人の願いに耳を傾けるのも仕事でしょう?》
神々の関係性は謎だが、アリア様の方が上官という感じがした。
《お姫様とメイドの子が毎日私に祈りに来てたのに何も言ってあげられなったのよ? 分かっていたなら、もっと早く安心させられたのに!》
二人がおれのために……
《そういう者は世界中にいるだろう!? ロイドの身内だけ特別扱いするからお前は自覚が足りないというんだ! 神は人にとって都合のいい存在であってはならない。時には試練を乗り越えるのを黙って見守ることも必要だ!》
《……ケチ》
《……あぁ!?》
「いやいや、やめてください! もう済んだことです。おれは気にしてませんし、姫とヴィオラが無事ならそれでいいんです。反乱があったと聞いてそれが心配でした。無事ならあと一週間もあれば会えますから」
神というのは思った以上に人っぽい。神としての役目や考えも一律ではないようだ。
《あ、そうだ。二人にロイド君が戻って来たって伝えてもいいですよね? 何か言いたいことがあればついでに伝えますよ?》
《……ちっ》
結局、エリアス様、おれ特別扱いじゃん。いいのか? アリア様が―――ああ、これはあきらめたようだ。
「ではお願いします」
おれがメッセージを伝えるとエリアス様は満面の眩しい笑顔でアリア様を見た。
《もういい。あなたはそれをさっさと伝えて来い。すでに王都神殿に二人が来ている》
《いけない、急がないと!》
エリアス様が消え、アリア様も神界に戻っていったようだ。その直前にセイランの方へ目くばせをしていた。この人も結構セイランに肩入れしている気がする。彼女の人のウソを看破する眼は使徒特有の能力らしい。まぁ、おかげでおれも助かっているから文句は言うまい。
とりあえずこれで懸念していた二人の無事とおれの生存報告は済んだ。だが、おれが『神域』を閉じようとしたとき、もう一人神が降りてきた。
《やぁ! やっぱり生きていたか》
《システィナ様、ご無沙汰しています》
最後に会ったのは六年前だが、この人も当然変わりない。
《なるほど、あの迷宮を攻略しただけでなく、いくつもの死線を潜ったようだね。その急激な成長とは関係なくいい気が満ちている。あながちアリア殿の厳しさの方が合っているのかも》
「これ以上厳しいのはごめんですよ。しばらくはゆっくりしたいんで」
《なんだい、もう隠居するのか? これからどうするんだ?》
「まずは帰って、心配をかけた皆に無事な姿を見せないと。それから―――」
けじめをつけないとならない。
ルーサーたち、おれの暗殺に加担した者を全員殺す。
《ロイド君、もはや君を力ずくで止められる者はほとんど……いや、君の後ろの二人は出来そうだけど、君は力を手に入れたがそれを使うことと同様に、使わない選択も自分でしなければならない。案外そこが難しいものなんだ。自分の力だからといって私欲にだけ使い続ければ力にいつか飲まれる。気を付けて》
「……わかっています。この四年で学んだのは生き残る術だけではないですから」
あくまでおれ個人の意思で復讐を考えているだけだ。反対する者がいれば聞く耳はまだ持っているつもりだ。
《そうか。おせっかいだった。ああ、そうだついでにもう一つ。今ベルグリッド領が変わっている。それについては詳しくは誰かに聞けばわかると思うけど、そこで君に会うのを待っている者がいるんだ》
「誰ですか?」
《それは会ってからのお楽しみだ。きっと君とは話が合うと思う。仲良くしてやって欲しい》
「……はぁ」
まぁ、そいつの出方次第だが。それよりベルグリッド領が変わったというのは何だ?
《また、あちらの神殿で呼んでくれ。私も話したいことがあるのでね。では、また》
そう言い残して剣神システィナは消えた。
ふう、長々と『神域』を使ったせいでかなり消耗したな。神気は回復が限られた場所でしかできないことと回復が遅いことがネックだな。
振り返ると神官が放心して口を開けて、何か話したそうだったが言葉になっていない。とっとと行こう。神殿に行くたびに身の上を話すのは面倒だ。
「アリア様のお姿を拝謁できるなんて……それに他のお二方は?」
セイランが珍しく眼を輝かせながらおれに質問してきた。
「あぁ、朝食を食べながら話すよ」
審議官の質疑は長い。歩きながらは無理そうだ。
「セイラン殿、ここで旅支度を手早くするのですぞ。我々はローア言語が拙いのですから主のお時間をあまりいただくわけにはいきません」
「うぅ、そうね、行きの馬車まで我慢する!」
そうだった。朝食をゆっくり食べる暇はない。街が活気付いたら、混み合って旅支度に手間取りそうだ。今日中に次の宿場までは行きたい。昼には出発しないと夜までに着かない。
おれたちは馬と馬車、日持ちする非常食と水を調達しに先ほどまで荷下ろしをしていた商業地区に戻った。店を回って買い物をしていくが、やはりおれが居ないと進みそうにない。向こうも商売なのでカモれそうな異国人にはかなり吹っ掛けてくる。こちらが急いでいることを悟らせると余計に金額を刻んでくる。こういう時は持っている威光をできるだけチラつかせる。
ギルドカード!
「おれたちがギルドであんたの店をどう伝えるかで売り上げがかなり変わると思うがそれでいいんだな?」
「極銀級冒険者様でしたか! いや〜お人が悪い、普段お世話になっている冒険者様にでしたらモチロンサービスいたしやす〜!」
こんな感じでサクサクと入用なものを買い揃えた。もちろん相場で。終わった頃、時刻は昼前。朝食を抜いているし、船旅で栄養も偏っている。うちには成長期が二人もいるし、休憩しよう。
「旦那様、あちらのお店は人が少ないです」
いや少ない店は繁盛していないから味が悪いかもよ?
マドルは未だに見知らぬ男が苦手で人が多いと休めない。自然と人がいない所を探してしまうのだ。おれにも経験があるから気持ちはよく分かる。
彼女は言葉や人族の常識をここに来るまでにかなり吸収した。冒険者としても最初はおれと違って銅級からやって薬草採りや魔獣の個体調査、事務的な仕事もやって来た。それでも男に言い寄られてパニックになると止めるのが大変だ。なのでゆっくりと無理せず今はリハビリ中ということで人混みは避けた。
「主殿、どうやら人が少ないのは何かあったからのようです」
リースが言う通り、港の方から人が逃げてくる。
[カン!! カン!! カン!!]
警鐘が鳴り響く。
なんだろう? 事故か? と思っていたら逃げてきた一人をリースがサッと捕まえてきた。やめようね。捕まるから!
「な、なんだ? あ、あんたらも逃げろ! 入港した船の荷にとんでもない化物が乗ってたんだ!」
「化物?」
男の話によると入国を拒否された帝国からの亡命者が職員に詰め寄っている最中にそれは起こったらしい―――
◇◇
「―――どうして、あんなどこの誰かもわからない奴らを先に入れて、この私が入れないのかね!!?」
その帝国の亡命者はこの一週間ほどずっと職員に食って掛かり、追い返されるたびに戻ってきて有名だったらしい。
この時期、帝国の内乱で逃げる者がこのリヴァンプールにやってくることが多く、問題になっていた。帝国の者で入れるのは国が許可した一部の商人と事前に承認された貴族、そして冒険者、神官のみだ。帝国の亡命者がいきなり来て入国できないのは当然のこと。こういう連中は通常人気のない沿岸からこっそり小舟などで侵入するのだが、その男は最初、自信満々で受付にやって来たらしい。
「もちろんタダでとは言わん。国王陛下に土産を持ってきた。喉から手が出るほど貴重なものだ。さぁ、私を王都に連れて行くがいい!!」
末端の受付をしている職員にそんなことを言って国王まで取りなせるはずがない。また、積み荷を見せないのに信じることもできない。王都に連れていく義理も道理も全くない。「はぁ、こいつ馬鹿じゃね?」と男は追い返された。
当然の結果にその男は納得する様子が無く、何度も受付に来たが、その様子が最近変わってきたという。
「頼む! もう時間が無い! 早く、いや入国はまだでいいから、積み荷を降ろさせてくれ!」
許可できるわけがない。終いには駐屯騎士団によって船に追い返され、手続き中宿泊できる出島からも追い出された。
やがてその貴族の乗っていた船が邪魔なので騎士と役人が立ち退きの書類を持って様子を見に行った。
◇
「―――そしたら、船の中から化物が何匹も出て来たらしい。様子を見に行った騎士たちがやられちまってそれがこっちに向かってんだよ!!」
帝国からの積み荷に化物か。
「おいい、放してくれ!!」
話を聞いている間に港から魔法が放たれた。魔導士が放ったのか、その化物か。
「リース、放して差し上げろ。経緯はわかった。引き留めてすいませんでした」
おれは情報料を渡して解放させた。
「あ、ああ……」
小道を進んでいて気づかなかったが大通りはパニックになって人が押し合い駆け合いしている。逃げ遅れた者がいるかもしれない。
「いかがしますか?」
「何匹かいるようだし、できれば一匹捕獲する。他は処分しよう」
「わかりました」
おれたちは港に向かった。そしてそれはすぐにおれたちの前に姿を現した。
神の数え方は一柱二柱ですが、会話やモノローグでは使うのが不自然な気がするので一人二人としています。ご了承ください。