1.帰国の途(修正版)
ちょっと修正2019/10/01
神聖暦八紀221年を総括すると、まさに波乱の一年と呼ぶにふさわしい。
始まりは三月、極銀級冒険者『コンチネンタルワン』のタンクの訃報からだった。世界有数の平和国家であるこのパラノーツ王国で、魔物が生まれてしまった。
〝八本腕〟と呼ばれたこの魔物に王国中が恐怖した。なにしろ魔物には人並みの知性と魔族並みの魔力、魔獣並みの力があり、その能力は未知数。個体ごとに異なる特性を有する。そういう伝承があるだけで誰も魔物と戦った経験がなく、それは未知との戦いだった。
しかし、王都に現れた八本腕は王城の眼前を少しばかり破壊したのみで討伐された。
八本腕を待ち構えていた四名はそれぞれ、一騎当千の英傑。
数百メートル離れたところから正確に魔物を射抜く銀級冒険者マス。
近接、中距離で魔物をズタズタに切り裂く金級冒険者〈レッドハンズ〉のリトナリア。
攻守で魔物と五分に斬り結ぶ長剣使いの騎士、紅燈隊隊長のマイヤ。
そして、離れては青い炎で焼き、近づけば身体能力強化を再現した独自の鎧で押し返し、パーティーの司令塔的役目を果たした紅燈隊第三席、ロイド。
この四人の活躍により王国は未曽有の危機を脱した。
そう思われた。
それから半年経った九月、この英雄的働きをしたロイドは迷宮で消息を絶った。
魔導学院の初等科卒業検定の護衛の任で起きたその事件は事故として報告されたが、それは義母ベス・ギブソニアンとロイドとは顔なじみの軍務所属騎兵ルーサーの画策だった。実に五年もの歳月をかけて練り上げられた計画は、王国の守護に貢献した少年騎士を人知れず闇に葬るという下劣極まりないものだった。またその動機も私的な逆恨みという身勝手なものだった。
その直後、王都でまたもや一難があった。王弟のジェレミアが反乱を起こした。
ロイドの捜索のどさくさに王位を簒奪しようと企てたのだ。『騎士爵の格上げや、平民生まれの貴族の重要役席への登用が伝統をないがしろにしている』―――それが大義名分であったが、こじつけであるのは明白。実際、歴史ある貴族の賛同者はほとんどおらず、戦力は近衛騎士と闇ギルドの傭兵、そしてルーサーのような異端者、実績の無い貴族の七光りや後ろ暗い経歴の商人による私設傭兵部隊のみだった。それでも一時、この反乱は王を追い詰めた。数百年続いた平和な治世が反乱に対する警戒を緩めてしまっていたこと、ロイド捜索により警備が手薄だったことがジェレミアの野望の成就に味方した。
しかし、それもつかの間、肝心の王の首は獲れず、反乱は失敗に終わった。
王の首に刃が突き立てられたその時、天蓋を突き破り光と共に黒い天使が舞い降りた。
巨人族の巨体、天魔族の翼、鬼人族の角、魔人族の莫大な魔力を持つ美貌の魔族。
彼女の名前はノワール。
その圧倒的力の前に、急増の寄せ集め部隊は成すすべなく敗北した。その混乱に紛れ第二王女アイリスを人質に逃げようとしたジェレミアはさらに厄介な者と鉢合わせした。
謎の魔本の力で理を操る男、ジュール。
ウソをついて周囲を扇動し、自らが王位にふさわしいと自らも偽り生きてきたジェレミアは、そのウソで命を落とした。
反乱から一か月後、ベスの証言によりロイド暗殺が明るみになり、与した者は次々と処罰された。この時実行犯とされたブランドン、フューレ両ベルグリッド伯実子は鉱山に送られ、妻のベスは絞首刑となった。この責任を取る形でヒースクリフ・ベルグリッド伯は解任された。代わりのベルグリッド伯にはジュールが起用された。
だが、衝撃的なことはまだ起きた。それはロイド失踪から二カ月半ほど経ったある日の早朝に起こった。
◇
港湾都市リヴァンプール。
パラノーツ王国の中東部の沿岸にある交易で知られる街、リヴァンプールでは外国の入港船が多数停泊していた。ここは主に海外の輸入船舶がやって来て取引をする商いの街だ。普段は活気に満ちているが今は規制が厳しく、入港しても入国手続きの順番待ちが続いていた。
「冒険者だ。入国したい」
「ああ?」
そこに一組の異様な男女が現れた。風体は帝国やローア南の小国家群とも異なる。冒険者はギルドが身元を保証しているので、ギルドカードさえあれば身分証明となる。
「こ、これは……はい、ただいまお手続きを致します」
入国管理職員はその男女の提示したギルドカードを見てすぐさま入国審査を手続した。
先頭の大男と女は共和国で発行された極銀級のカード、後ろの青年はバルト地方のナブロで発行された極銀級のカード、その隣の少女は神殿の関係者の証であるペンダントを見せた。
「おい、こっちだ。手を貸してくれ」
「なんだ、どうした? また帝国のお貴族様か? 特別許可証がないならさっさと追い返せ。ここで帝国のご身分など関係ないとな」
「違う、あちらの四人の方々なんだが」
「え、極銀級が三人も?」
職員たちは三人もの極銀級冒険者を前に戦々恐々。冒険者のタンクが亡くなりこの大陸に極銀級はいない。つまり、最高ランクの冒険者が今ここに三人も集結しているのだ。
「なんだあいつら。お役たちが慌ててるぞ」
「あれ、冒険者だろ?」
「おい、見ろ。魔族だ」
「すげぇ美人がいるな」
並んでいた商人たちや冒険者が、その集団に注目した。職員たちは普段よりも張り切って作業にあたり、顔は紅潮し、戦々恐々としていた。
「確認が取れました。カードをお返しします。初入国の方にはお手数ですが入国許可書を作成させていただきますので、もうしばしお待ちください」
「おい、どうやら極銀級らしいぞ。それも三人も」
「なに? 誰だ?」
「偽物じゃないのか? 金級だって人間じゃないのに、その上が三人もいるか?」
「いや、ここの職員の手続きはしつこいぐらい入念だ。それにギルドカードは簡単には偽造できない」
「ああ、極銀でカードを偽造するなら密入国する方が安いからな」
極銀級が居ることは知れ渡りすぐに騒ぎになった。手続きで待つ長蛇の列の後ろはおろか、入港を待つ出島の船にまで伝わった。
「どんな奴だ?」
「一人は短い銀髪をした大柄で、黒い、ゆったりとした服を着た魔族だそうだ。年は四十ぐらいで冒険者というより執事のような雰囲気らしい」
「もう一人、女の魔族もいるってよ。白い肌に長い黒髪を下ろしている、どこか物憂げな美人だそうだ。腰に短い魔剣を帯刀して、服装は魔導士って感じらしい」
長い待ち時間、この話題は暇つぶしにちょうど良く、小僧を捕まえて駄賃を渡し、列の先まで見て行かせるものや、商家の紋が入った小物などを贈るものもいた。
小物を返され、逆に金を渡されて戻って来た子供たちが揃って語るには、三人目は人族で長い茶髪を一本に束ね、黒い毛皮と見慣れない柄の服を着ている。開いている左目は普通の茶色で顔立ちもローア人によくいるタイプ。背には大剣を背負い、腰にも立派な剣を帯びている。
「その兄さんがおいらにこれは返しておいでってお駄賃をくれたんだけど、たぶん平民じゃないと思うよ」
「坊主、見分けがつくのか?」
商人は10歳ぐらいの少年がなぜそう思ったのか気になった。金を持っている冒険者は珍しくなく、貴族らしく振舞う者もランクが上がれば増える。
「大柄のおじさんと綺麗なお姉ちゃんがその人のこと主殿とか、旦那様って呼んでたから」
「え、本当か? 極銀級の冒険者を二人従えているというのか?」
「そんな豪気なお方はそうはいまい。いや、居るとすればさぞかし由緒正しき家柄の、ひょっとしたら王族か?」
「護衛に極銀級を二人も連れて、自らも極銀級とは。しかも神官を連れているとは一体どういうお方だ?」
「あ、その神官のお姉ちゃんがそのお兄さんのこと、ロイド卿って呼んでたよ」
「ほう、ロイド様か」
ローア南部から来たその商人たちは知っていた。
魔物を倒した魔導の才と神に愛された神童のことを。しかし、彼らの抱くロイドと少年が語る冒険者の特徴は全く異なっていたので、同一人物と思う者はいなかった。
「セーイチ様、お手続きが完了しました。どうぞお通り下さい」
「ああ、ありがとう」
出国していないロイドはセーイチとして手続きをしたため、それ以上の騒ぎにもならなかった。
「ようこそ、パラノーツ王国へ。案内人はいかがですか?」
「結構だ」
「まぁそうおっしゃらずに。この街は結構入り組んでますよ。仕事でも観光でもスムーズに進めるならあっしのような者を雇わねば時間が」
「どっちでもない。帰って来たんだ。故郷にね」
冬の凍てつく風の中、ロイドはついにパラノーツ王国に戻った。失踪して、他の者にとっては二カ月半だが、ロイドにとっては実に四年ぶりの故郷だった。
そして、長い船旅の疲れもある中、ロイドは街にある神殿に直行した。