表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/242

幕間 教会の真実

2020/5/22 時系列整理による再掲です




 カルタゴルトの調査員となるには高度な知識と技能が必要となる。

 選ばれた存在だ。


 彼らはどこにでもいる市民でありながら、世界を揺るがしかねない貴重な情報を獲得するべく危険な任務に身を投じている。


 その一人、ランバート・ミドルは現在、大規模な行進の中に紛れ、声を張り上げ帝国の圧政と神殿の不平等を非難していた。


「帝国は搾取を止めろ!! 神殿は力の独占を止めろ!! 帝国は権利の侵害を止めろ!! 神殿は不平等な扱いを止めろ!!」


 ランバートは呆れていた。

 顔には出さないが、知れば知るほど彼らの主張には中身が無いので呆れるしかなかった。


(こいつらはただうっ憤を晴らし、自分たちの現状を何かのせいにしたいだけだ。情けない奴らだ)


 彼らの主張には一貫性がない。

 帝国への批判は経済的圧迫に対して。

 神殿への批判は信仰する者の平等な扱いを求めて。


 この二つには関連性がない。

 帝国の重税で苦しむのは一般市民層。

 神殿に入れず、信徒として認められない者は悪人や不道徳な者。


 このうち不道徳な者の多くが商人だ。彼らはあくどい手法で金を搾取し、改心する気がないため神殿に立ち入ることができない。


 彼らをまとめているのは噂。

 

『帝国軍人は神殿から厚遇を受けている。神殿はその見返りに多額の寄付を受けている。その源は元を正せば市民から搾取した税金である』



 カルタゴルトにはこれに対する真偽を問う調査が多く依頼された。だが、このような事実は全くない。例え皇帝でも、治療の列に割り込むことは許されない(皇帝が悪人かどうか別として……)。


 無いと報告しても誰も納得しない。

 神殿を打ち壊せばけが人や病人が死に、疫病が蔓延し、作物は荒れ、飢餓に苦しむことになる。この苦しみをさらに神殿の打ち壊しに費やす。


 もちろん帝国軍と神殿騎士が神殿を護っているので実際に打ち壊しが成功した例はごくわずか。片田舎の小さな祠や古い社を破壊し勘定に入れているだけだ。

 だからと言って気を抜くことはできないので軍が動く。軍が動けば金が掛かる。


(愚かだ。こんなことをして何になる? 自分たちが余計に軍事費を増やしているのになぜ気付かないんだ)


 それでも彼がデモに参加しているのはもちろん、首謀者を見つけるためだ。

 見つけて、これが国家転覆を測る意図的な陰謀であることを明るみにする。その使命感で彼は教会の中枢に潜り込もうとした。


 着実に情報を得ながら、教会の幹部と接触し全容に近づいていく。

 その過程で彼は教会の違和感に気が付いた。


(これだけ探って中心人物にたどり着かない。ただの暴徒じゃない。綿密に構成されたカルト組織だ……)


 ランバートは細心の注意を払い、丹念に潜入を続けた。そしてついに、幹部との接触を計れるところにまでたどり着いた。



 古い遺跡を利用した地下施設。集まった幹部を前に男が言った。



『悲しいことだが、この中に裏切り者がいる』


 ランバートは死を覚悟した。


『正体は分かっている』


「民を扇動する暗愚の者め! ゼブル帝国の誇りを思い知れ!!」


 ランバートは幹部の一人がそう言って最奥の暗幕に斬りかかるのを遠巻きに見ていた。


「……ぎゃああああぁぁぁ……」


 帝国兵と思しきその男の影は暗幕の中で、細かく分裂し、石畳をおびただしい赤黒い血で染めた。


『彼は救われました』


(魔法か……?)


 ランバートは続けるかどうか迷った。

 見せしめとも思える演出。


 逃げたい衝動と戦いながら、疑われないよう平静を装った。

 実際逃げ出した者が何人かいた。


 彼らは悪行の汚名を浴びせられるだけ浴びせられ、正義と救いの名の下に首だけになって戻った。


 ランバートは奮起した。


(この組織は病巣だ。根っこは取り返しのつかないところまで腐り切っている。これが一気に広まったら、帝国は……)

 

 決意をした最中。

 デモのために来た村で予想だにしないことが起きた。


「緊急白ネコ便ですニャ。緊急だからここで中身を確認してくださーいニャ」


(緊急……確かこれは非常時の連絡方法。冗談だと思ってたが本当だったか……)


 ランバートはすぐに渡された手紙を開いた。


「え?……調査中止? なぜ?」


 あと少しで教会を牛耳る者に近づけるかもしれない。ここで中止すれば全て水の泡。手紙一通ではとても承諾できなかった。


「……ずっと追っていたネタだ。ここでやめるなんてできるか!」


 肝心の理由が書かれていなかった。

 ランバートは手紙を握りつぶした。


「……ニャー、調査員さんは大体そう言うニャ。でも、一応言っておくニャ。ボスが戻れと言って戻らなかった調査員は皆死んでるニャ」


「ボス……? 待て、それじゃあ、ボスは何かを察知しているということか? 現場のおれ以上に?」

「調査員さんはたくさんいるニャ。でも色んなタイプがいるニャ。ニャーの勝手な予想だと、ここから先は荒事担当さんの仕事ニャ。ニャーの仕事の後は大体、そこで戦争が起きそうになるニャ」


 ランバートはこれまでの調査報告書を白ネコに渡した。


「戦争が起きるかもしれないなら、なおさら情報が必要だ。おれはこんな事態を起こす奴らも、事実に気づかないふりをしてオトボケを決め込み憂さ晴らしに興じる奴らも許せん。ボスに礼を言っておいてくれ。末端のおれに気を使ってくれて、うれしかったと」


「ランバート君……」

「頼んだぞ」

「緊急白ネコ便のご利用は金貨200枚からですニャ」

「空気読めよ」


 その後、東のマルシャイ辺境伯領で帝国軍と教会に賛同する者たちの間で衝突があった。これをきっかけに暴動は広がった。


 屈強な帝国軍に対し、教会は大きな戦力を持たない。暴動はすぐに治まると思われた。

 だが、戦局は拮抗した。


 圧倒的数で勝る帝国軍を抑えたのは獣人で組織された軍隊、謎の半人半魔獣の怪物、そして、突如軍を裏切る者まで出た。


 ただの小競り合いで終わると思われた戦局は混とんしたまま、長期化していった。


(……何だこれは? この世の者とは思えん!! ボスはこれを予期していたのか?)



 戦場に送り込まれる一部の兵を鼓舞しにその男が現れた。


 ランバートはその男のことを伝えようとした。早馬で人目の付かない逃走経路を走り、戦場から離れた森の中を進んでいった。


(あいつが黒幕だ。あの指輪の男、あの力のことをボスに……)


「やはり犬がいたか」

「なっ!」


 逃げ切ったと思ったところに現れた男。

 白銀に光るミスリル合金のフルプレートを着込んだ、帝国軍人だった。


「た、助かった……」


 ランバートは戦火を逃れ、情報を受け渡しできるものと思い、緊張を解いた。

 その脳天に無慈悲な超量の塊が叩きつけられた。


 閑静な緑から、一斉に鳥たちが飛び立ち、一時戦場を思わせる轟音が唸った。


 土煙が晴れる前に、男は違和感を覚えた。


「……死体がない」


 男が地面にめり込んだ拳を引き抜くと、そこには叩き割られた大地のみだった。

 辺りを見渡す鎧の大男。


(……この小さな足跡は、キャットピープル)


 

 その場から遥か西。森を抜けた丘の上。


「うわぁぁ!!」


 ランバートは放り投げられて叫び声を上げた。

 

「いや〜ついに使ってしまったニャー。『風圧』式緊急離脱パック」

「――……し、白ネコ、どうして?」


 どうして命令無視をした自分を助けに来たのか。


「ランバート君て熱意はあるけど察しが悪いニャー。別の調査員さんに会ったことあるかニャ?」

「まさか、あの緊急連絡は嘘か?」

「ランバート君ほど優秀な人はたくさんいないニャ。教会に潜入できたのも君とあと二人だけー。二人は危ないって言ったら手を引いたし」


 つまり、戦局が変わり危険が増す中、それでも調査を続行する勇気と熱意のあるものを選別するための調査中止連絡だったのだ。


「……おれたちのボスはこういう人を小ばかにする野郎か?」

「それは自分で判断して欲しいニャ」

「は? 会えるのか? 皇帝さえ知らないというカルタゴルトのトップに」

「ボスは今パラノーツ王国で働いてるニャ。ニャーたちは王の道を使えるから三か月で着くニャ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
新作です。よろしければこちらもお読み下さい
『ゾンビにされたので終活します × 死神辞めたので人間やります』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ