幕間 自由な市民
帝国の東。
バルトに隣接するマルシャイ辺境領の小都市――オルソラ。
「だめだ。今この街の立ち入りは制限されている」
「そんなこと言わずに。特例ということでお願いしますよ」
運び屋の男が関所の軍人に金を握らせた。
「ちっ……引き返して川を渡れ。西側の見張りはいない」
「どうも」
「今こんな街に入っても商売になぞならんぞ」
にこやかにお辞儀をして、男は道を引き返した。
遠回りして街に入るや、酒場に向かった。
「見ない顔だな」
「ああ、さっき来たばかりだ」
「よく入れたな」
「ああ、軍に絞り取られたよ。まぁ、ここに入れなかったら商品を抱えたまま野宿だからな。足元見られちまった。全く帝国軍ってやつは……」
その言葉を聞いて、周囲がざわつく。
「お、お客さん、声が大きい」
「ええ?」
運び屋の男の後ろに、他の客が寄ってきた。
「帝国軍に不満があるようだな。貴様」
「うっ、いや、私は……」
捕まった男は店の裏で殴られた。
「我々帝国兵を愚弄するのは皇帝陛下への反旗と同じ!」
「日頃貴様ら市民が暮らしていけるのはおれたちが命がけで戦っているからだ!」
「こいつ、商品がどうのと言っていたな。まさか教会に物資を運ぶ手先じゃあるまいな!!」
一方的に殴られ続けた男。
そこに、市民たちが騒ぎを聞き駆け付け、非難の声を浴びせた。
「帝国兵の横暴だ!!」
「帝国による搾取を許すな!!!」
帝国兵たちは手を止めた。
「調子に乗るなよ。お前たちが好き勝手していられるのも今の内だ」
「その言葉、そっくりお返しする!! もはや我々を護るのは神でも帝国兵ではない!!」
「ふん、罰当たりな教会の犬どもめ……」
兵たちは立ち去った。
男は深手を負っていたが、運び込まれたのは神殿ではなく薬屋だった。
何日も高熱にうなされて回復すると、彼らに市外へ連れて行かれた。
「今街は帝国兵であふれている。我々教会への迫害のためだ」
「こちらは何でもあるな」
「ああ、帝国に不当な税も取られない。自由に商売ができる」
そう言って案内されたところには檻に入れられた無数の獣人たちが売買されていた。
「珍しいだろう? 緑竜列島からわざわざ運ばれて来た獣人たちだ。一匹飼ってみるか?」
「い、いや……」
辺りを見渡すと、見慣れない顔立ちのものたちが鋭い目つきで男を見返してくる。
「ああ、あれはローア南部から流れて来た傭兵たちだ。教会の教えに賛同し集まった」
「なるほど」
「おれたちは神殿の不平等と、帝国による搾取を訴え、抑圧された人々を開放している。君も参加しないか?」
「ああ、喜んで」
こうして、男は教会派閥に入り込んだ。
オルソラ市街に集う教会勢力。
獣人、傭兵、危険な思想に憑りつかれた市民たち。
その情報を集めるために。
◇
オルソラ郊外の教会派閥は焦り始めた。
「どうやら南海貿易同盟が獣人を仕入れられなくなったようだ」
「なんだって?」
「海竜か? 海賊同士のいざこざか?」
「いや、噂だが南海にある同盟傘下の島からならず者たちが忽然と姿を消したらしい」
戦争を待ち構える者たちは行方をくらまし、傭兵の多くはローア大陸に引き返している。
海には無人となった海賊船が無数に漂い、数隻が潮に流されて島に帰還した。
「船の物資は手付かずで船体に目立った傷は無く、乗組員だけ消えていたそうだ」
「獣人が反乱を起こしたなら、泳いで帰ったわけでもあるまいし、獣人を誰かが横取りしたってことか」
「ただ、おかしなことに、大量の獣人を運べるほどの大型帆船は誰も見ていない。南海を渡った船はその間に一隻だけ」
何かが起きている。
その謎を解き明かすよりも彼らには問題があった。
戦力の供給が途絶えた。
これでは反乱を起こす準備が足りない。
「その情報は確かなのか?」
「最近まで運び屋をしていた新しい同志からの情報だ」
「決起の日は近い。軍に攻め込まれる前にこちらから不意を突く必要がある。間者はどこにいるかわからない」
「大丈夫さ、彼を誘ったのはこちらからだ」
その言葉を聞いて、運び屋の男、ランバート・ミドルはホッと胸をなでおろした。
(とりあえず、潜入成功か)
カルタゴルト総合サービス。
ここ最近冒険者ギルドと提携して、それまであった郵便事業や送金業を統括、管理するようになった、比較的新しい商会。
冒険者ギルドと提携すること自体は珍しくない。食堂や解体業者、武器・鍛冶職人、魔石商など、ギルドと提携する業者は多い。
しかし、この企業が異質なのはその業種にある。
カルタゴルトは貿易、郵便業、送金業、両替業、証券取引、保険業、信用調査果ては道路交通事業、馬車製造、造船業、橋の建設など幅広い事業を展開する巨大グループ。
だが、この商会の最も基本的かつ、重要な商品、それは情報だ。
カルタゴルトの調査員であるランバートは教会の動向を探るため潜入。
調査を開始した。
おもしろかったらブクマ・評価をお願いします