2.共和国
森の先。険しい山を登れば共和国だ。
「ロイド侯、一人ぐらいもらえばよかったのに。エルフの王族から求婚されるなんてすごい名誉ですよ?」
「そうですよね。あの少女……? かわいかったです」
「おれは先を急ぐんだ。色恋に現を抜かしている暇はない」
ロイドはその言葉通り切り立った岩山をどんどん登る。
マドルは余裕で付いて来る。
リースは肩にセイランを乗せ、スイスイ登る。
「おや?」
山の頂上付近で、雲行きが怪しくなった。
山の上に山があった。
正確にはその山はうねり、下にいる者たちを襲っていた。
「あれは……」
セイランは共和国出身者。
ゆえにそれが何で、何が起きているかは察しがついた。
共和国代表者、決定の儀。
【幻竜の討伐】である。
(まさか、こんなタイミングで?)
「デカいな。このままだと街に下りてしまうぞ。皆の者出陣じゃ」
「「はい!」」
「あわわ……あの、みんな……」
だが、同時に彼女はまだ十五歳の少女。
全てを把握し、ロイドたちを止めようとしたときにはすでに決着が付いていた。
◇
街に入り、宿を採ってすぐに訪問者が現れた。
「いや〜、さっきは助かった」
紅い髪に褐色、金色の瞳をした大男がやって来た。
「誰だ?」
身なりは裕福そうだが、荒くれ者の雰囲気からちぐはぐな印象を受けた。
「このお方は共和国代表、レオン・リカルド・カルバイン様である」
「ふぁ!?」
お付きの女性がその名を高らかに宣言した。気が付くと宿の者たち消えていた。
「こちらはセーイチ様、リベル家守護者にして極銀級冒険者です」
まるでこうなることが分かっていたかのようにセイランもロイドを紹介した。
実際、セイランはこうなることを予想していた。
だが、ロイドたちは知りようもない。
なぜなら、セイランは何も説明しなかった。
彼女は怒られないように黙っていたのである。
ロイドたちが道すがら何をしてしまったのか。
その結果、この共和国内で何が起きてしまったのか。
それはレオン自らの口で語られた。
「本当に何も知らないんだな。まぁ、知っていたら名乗り出るし、隠そうものなら正規の入国手続きなんてしないか。おかげですぐにここがわかったわけだが」
「何の話ですか?」
「山の頂に、雲に隠れた竜がいただろう?」
「あれなら倒しました。冒険者を襲っていたし、街に飛んでいきそうだったので」
「あ、その冒険者に見えたのはおれたちだ」
この共和国では、実力が全てである。
身分、民族、国籍関係なく、優れた者のみが上に行ける。
そんな共和国の国政は議会議員制。選挙により議員を選出する。その議員の中から議長を選出する。
ここまではまともだが、国の代表はこれとは別に存在する。
その決定の仕方が常軌を逸している。
「山に行って、幻竜を倒した奴がこの国の代表になれる」
「はい?」
「いや、あの山に何年か、何十年かに一度巨大な竜が現れるのだ。それを倒した勇者がこの国を牛耳れる。分かりやすいだろう?」
レオンの笑顔にロイドは顔を引きつらせた。
ふとセイランの方を見る。
「共和国の基盤を築いたクレイ・カルバインが農奴から貴族となったきっかけが、レッドドラゴンの討伐だったため生まれた伝統行事なんです。……止める気はありましたよぉ?」
彼女はフッと顔を逸らした。
ロイドは「そこまで知ってたなら言えよ」という顔でプレッシャーをかける。
「状況はわかっただろう? どうする? 代表やる? ん?」
「……」
(コワッ……護衛の人も超にらんでるし)
切れ長の眼をした黒髪の中年女性。バルト系の顔立ちで幼く見えるが体格はロイドと遜色ない。
この国で最強の軍人、ダオ・ハイ軍長。
「求心力があるからやれるだろうな。ほら、うちの部下、もう君に惚れてるし」
突然話を振られたダオはちょっと赤面して取り乱した。
「ち、違うわっ! 警戒してやってんだよおっさんっ!! 大体、情報屋がほとんど情報持ってない極銀級とかヤバいって!!」
今回の幻竜は通常よりも何倍も大きく、レヴェナントと呼称されていた。
幻竜にも個体差があるため、こういった討伐困難な場合は代表選抜参加者で協力し撃退するのが習わしとされている。
「いや、今回に限っていえば、倒してくれて助かった。おれたちでは撃退がせいぜい。たぶんこれまでも撃退されていた個体だろう」
だがそれを討伐してしまった。
方法は不明で死体は消えたままだ。
「はぁ……なら、よかったです」
ロイドがペコペコしていると、また護衛の女がにらみつけた。
(え、どっち!? 良かったんじゃないの? だめだったの? どっち!?)
得体が知れない。
それが彼女の警戒心を強めた。
(国家存亡級の巨竜を道すがら倒したのに何も要求してこない。なんだこの子、ヤバい。顔はかわいいのに怖いわ)
伝統行事、参加する者は清高十選、名のある冒険者、元帝国騎士団長、元バルト筆頭守護者――皆、知らない者はいない有名人。
その彼らと関わりが無く一切の素性を追えない。
彼女はロイドを透明人間のようだと感じた。
「この国は強い奴が何でも手に入れられる。名乗った方が得だぞ? それともどっかの国の工作員か? 構わないが」
「いや、先を急ぐので」
「ならせめて、命の恩人の力にならせてくれ。何か欲しいものは?」
「なら……船、ここからローア大陸まで航行可能な大型帆船が欲しいです」
「うーん…………え、正気か? 南海を横断するのか?」
ロイドは首を縦に振った。
レオンは深く聞かず、船の手配だけをした。
「南海は危険の宝庫だ。カルタゴルトで手厚い保険に加入するのをお勧めする」
「カルタゴルト?」
「情報屋だ。と言っても金貸し、保険業、船も造ってる。あそこの船は味気ないがパーツの替えがすぐできるから使い勝手がいい」
こうしてロイドたちは共和国に到着してすぐに船を手に入れた。
「ああ、言い忘れた。南海を横断するバカな船頭はこの共和国でも見つかるかわからん。それも情報屋に払っとくから聞いた方がいいぞ。もしそんな奴が居たらだがな」
「え?」
レオンの忠告通り、南海へ船を出そうという船頭はすぐには見つからなかった。
南海は中央大陸と緑竜列島の間の海。
ここは海賊、傭兵、ならず者、人攫いが跋扈し、海竜、異常気象で安全な航路は無く、地図にない島々が点在する。
なにより入ったら絶対に出られない【魔の海域】が存在する。
街では巨竜レヴェナントを倒した者を探す者であふれたが、レオンがロイドたちの入国記録を改ざんし、情報屋の情報を買い取ったため、しばらく平穏な日々が続いた。
◇
美しいエメラルドグリーンの海。
白い浜辺で、ロイドは求人に申し込みに来るものを待った。
「旦那様ー! 一緒に泳ぎませんか?」
水着姿のマドルが笑顔で手を振る。
「プクク、もしかして泳げないのか?」
「おいおい、これから海に出るんだろ? 教えてやるから来いよ!!」
「いや、おっさんに教わりたくはないでしょ。お姉さんが教えてやるよ」
そこにはレオンと軍長の女も混ざって遊んでいた。
「結構です。旦那様に触れたら殺します」
「あ゛あ?」
(あの人たち、なんでいつもいるの?)
「ケンカだ! マドルちゃんとダオ・ハイ軍長の水着ファイトだ!!」
「どっちに賭ける!?」
「うおぉぉ!!」
船乗りを募集している間に、マドルはちょっと有名になった。
「勝ちまひた、旦那様……」
「お前、殴り合いで魔法使うなし! 今のはノーカンー!!」
「さぁ、泳ぎまひょ〜」
「よしよし、二人ともまず治療しような」
やがて、その騒ぎに釣られてか船乗りがやって来た。
「あんたが南海を渡ろうって言う奇特な野郎か?」
「……」
ちょうどマドルに手を引かれてバタ足しているところだった。
「本気か? まさか泳げねぇのか?」
「失礼だなッ! もう25mは泳げるわッ!!!」
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