1.大森林
大分前に予告して居りました。バルトからパラノーツへの帰路です。
共和国を目指し、バルトから南へ進むと広大な森に突き当たる。
獣魔族の戦士〝黒獅子〟ドン・リース、魔人族の剣士〝五式剣〟のマドル、看破の神眼を持つ魔法神アリアの使徒・審議官のセイランと共に、ロイドはその森に脚を踏み入れた。
エルフが住む大森林である。
「只人よ! ただちに〝世界樹の枝〟を返しなさい! さもなくば殺す!!」
突然、四方を囲む木々の上から、矢を番えたエルフたちに狙われた。
「エルフがこんなに。でも歓迎されてないな」
「世界樹の枝と言えばエルフが守る大樹から採れる貴重な素材です」
「我々が盗んだと思われているようですな」
「旦那様、私エルフ初めて見ました。みんな綺麗ですね!」
「そうか、良かったな。ああ――オホン!」
状況は明白。
人違いである。
それを説明して聞いてもらえる雰囲気ではない。
だが、戦いは避けたかった。
誰かがリトナリアの身内かもしれない。それほどにエルフの顔立ちは似ていた。特に一人、一際似ている少女がいた。
「欲しいのは世界樹の枝だな。すぐに取り返そう!」
「ん――?」
ロイドは周囲に魔力を放ち、気配を探った。蜘蛛の巣状に広がった魔力はあらゆる生物を把握する。
『魔力網』に引っ掛かった先へすぐさま『紫電』を流し込む。
「ぎゃ!!」
失神した男が泥の中から飛び起き、倒れ込んだ。
「お探しの物を持っているはず」
「今何を? そなたらは一体……?」
◇
枝を取り返したロイドたちは森の奥、エルフたちの里へと招かれた。
「申し訳ない。追い詰めた先にあなた方がいたので犯人扱いしてしまったのだ」
代表して頭を下げたのはまだ十代ほどに見える少女だった。
「いえいえ、間が悪かったようです。いや、間抜けはあの盗賊か」
「はは、その間抜けに我々は手を焼いていたのだ。まさか我々エルフを出し抜くためにあのような隠れ場所を用意していたとは」
森はエルフにとって庭のようなもの。そのエルフを出し抜いたのは人族、帝国出身の男だった。常習犯で手が込んだ準備をしていた。
「それだけあの樹木が高価という事ですね」
「うむ、人族の間で高値で取引されるのであの手この手で盗みに入る者が後を絶たないのだ。しかし、あなた方はなぜあのような場所に?」
「ああ、それは――」
ロイドは共和国に向かうことを説明した。
「――なるほど。実は申し上げにくいのだが、この森を通り抜けるのは禁じられていてだな」
ばつの悪そうなエルフたち。
それとセイラン。
「えぇ? ちょっと、セイランちゃん?」
彼女は素直に深々と頭を下げた。
「はい、ごめんなさい。知りませんでした」
森に入る外界の無法者たちを取り締まるために、至る所が立ち入り制限されていた。
しかし、誰も引き返す気はなく、リースは如何に突破するか、マドルはロイドがどう説得するか、セイランはどう交渉するか考えを巡らしていた。
そんな雰囲気を察したエルフの少女。
「ち、父上に相談してみるのだ。逮捕にご協力いただいた方々になら許可がでるかもしれん」
「父上とは?」
一行が案内されたのは山と見間違うほどの大きな一本の樹。
その枝の道を進んだ先にある、巨大な洞。
「ここ仙樹宮に住む、我々エルフの長です。父上が許可を下されば――」
◇
「ならん」
「そんな、父上!」
エルフの長はロイドたちの滞在は許したが通り抜けは許さなかった。
「ただでさえ森の静寂は妨げられ、秩序が脅かされて居るというのに、通り抜けたものがあらば他の者が同じことをするだろう。そして只人はこの森に命を吸われ、汚す」
不用意に森に入った者の多くは迷い、野垂れ死ぬ。
皮肉なことにそれが世界樹の枝の市場価値を上げていた。
放置すれば死人が増えるばかりだ。
「ほう、主殿の道を妨げようというのか?」
「やめとけ」
リースが嬉々として反旗を翻す。一見常識人に見えるが、彼は武力行使に常に前のめりであった。
「無礼な! 長に口答えする気か!?」
長の周囲を固めるエルフたちが殺気立つ。だが、リースは嬉しそうに立ち上がった。
「何人たりともこのお方の道を妨げることは許さん」
その気迫に、長を含めその場にいた全員が身体に込み上げる恐怖と震えを感じた。
「よしなさい。リース、お前はこれにかこつけてエルフと一戦交えたいだけだろ」
「さすがは我が主。お見通しでしたか」
悪びれた様子はない。
エルフたちは改めてこの四人の関係性を奇妙に思った。
落ち着いた雰囲気の大男はその反面猛々しく好戦的。エルフの戦士たちに囲まれるなか長に楯突き緊張した様子もない。
一方エルフたちと遜色ない美貌の黒髪の女は黙っているが大男と同じく臨戦態勢。
常識人に見える巫女装束の少女はじっと二刀を携えた青年の判断を待っている。
自然と注目はロイドへ向かった。
「戦う必要などない。それに解決策ならある」
「解決策だと?」
「はい。要は世界樹の枝が盗まれないようにすればよいのでしょう?」
「それができれば苦労はない。只人はどこからでもやってくる。防ぎようがない」
ロイドは『転移』を応用し、より高度な魔法を発動した。
『転移』の魔法そのものを遠く離れた任意の場所で発動させ、こちらに『転移』させる――『召喚』である。
何もない場所に突如現れた三つ目の魔族に誰もが驚いた。
「な、何をした!?」
魔族の中でも珍しい三つ目族。
それを呼び出した魔法。
「す、すごい……空間を操るなんて! それも一瞬で……」
おまけにその三つ目族の気配は尋常なものではない。
胡坐をかいた状態で召喚されたその男が、ロイドに跪き頭を下げた。
「いや、何したー!!はこっちですぜ? 突然呼び出さないで下さいよ、ロイド様」
「悪い、ギリオン。専門家の意見が聞きたくって」
◇
ギリオンにより提案されたのは販路に大量の偽物を流通させるというものだった。
「こういう目利きを必要とするもの偽物が出回れば売り辛くなりますぜ」
「そうか……我々は取り締まるばかりで、そこまで気が回っていなかった」
「それと、枝の収集場所や保管場所に偽の枝混ぜとけば?」
「その場では判別できぬから大量に持ち帰り、逃走は困難。実益が危険に見合わなくなるか」
売買の流れそのものを破壊する。
元盗賊のギリオンからすれば簡単な回答だった。
自分が困ることをやらせればいいのだから。
「これでわざわざ危険を冒して盗みに入る者は減るでしょう」
「うむ」
「それと通り抜けの件ですが」
ロイドが魔法陣をエルフに託した。
森の出口に運んでもらい、そこに転移すれば通り抜けにはならない。前例は作られず長の威厳は保たれる。
「只人がこれほど進んでいるとは」
「只人? この方はおれらの王だぜ?」
「やめとけぃ!」
エルフの少女がときめき、尊敬のまなざしをロイドに向ける。
「ロイド様、すごい……」
「本気にしないで下さい。彼ら特有の冗談ですから!!」
「「「本気ですが???」」」
主の謙遜に、三人の魔族は首を傾げた。
驚かされっ放しのエルフたちの間ですぐにロイドたちのことは話題になった。
(只人が魔族の王ですって)
(枝の問題をあっさり解決してしまったらしいぞ)
(きっと外界では有名なんだ)
長が彼らにどんな裁量を下すのか、その判断にも注目が集まることとなった。
「うーむ、この先に向かわせられぬ理由は他にもあるのだが、そなたなら大丈夫か。よし、聞きたいこともある。それまでゆっくりしていかれよ」
「ありがとうございます。ところで――」
ロイドはリトナリアというエルフを知っているか尋ねた。
それから魔法陣が森の出口に届けられるまでの間、話題は家出をした長の娘についてだった。
「情報屋で有名な冒険者をしていることは知っていたが、まさかロイド君と知り合いだったとは……」
「ええ、世間は狭いですね。彼女にはずいぶんお世話になりましたよ」
ふと、懐かしい顔が浮かんで郷愁に駆られた。
「惚れたか?」
「え?」
「うちの娘に惚れただろう? 良いぞ、ロイド君になら。いや、もっと若い娘が良いか? どうだ? 下は12歳から上は150歳まで、三十人はおるぞ」
150歳と言われた長の娘は見た目が二十歳そこそこ。
逆に、十代半ばに思われたエルフの少女は40過ぎだった。
(リトナリアさんって、いくつなんだ?)
長に気に入られたロイドはしばらく長の娘たちを紹介され続けた。
断ると、別の土産を持たされた。
「これは?」
「〝世界樹の幹〟だ。数十年に一度、剪定され宝物として保管されるもの」
そんな大事なものをなぜくれるのか、怖いので聞かないロイド。
幹は転移でハメスの城に転移させた。
「娘に会ったら伝えてくれ。いつでも帰って来いと」
「近いうちに、必ず伝えます」
数日滞在の後、のろしが上がってロイドたちは『転移』した。
森の果て、山岳地帯を越えれば共和国だ。
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