5.悪夢の城―――不在の玉座 エピローグ〈新規〉
神聖歴八紀221年1月。
暗黒大陸は魔境、不死王の城にて、反帝国を掲げるカルト教団が壊滅した。
攫われたジャイの人質は一人残らず返還され、六邦会議の協定を破ったジャイには賠償金の支払いが求められた。その賠償金も、不死王ナルダレート・ハメスの私財があてがわれた。
魔族は停戦を望み、バルトと密議を重ねた。
ロイド、ギリオンの転移魔法により、会合は密やか、かつ速やかなものだった。神聖ゼブル帝国はその動向を間者を通じて探ったが、確たる情報を得るには至らなかった……
■暗黒大陸、魔境より西、旧燐魔族集落(帝国軍駐留、開拓地)
とある酒場にて。
二人の男が隣同士にカウンターに座った。目を合わすことなく、片方が独り言のように話し始めた。
「……これは噂の段階だが、魔境に集っていた魔族が解散したらしい」
「警戒レベルの引き下げを検討すべきか?」
「いや、現地諜報員の印象は逆だ。何か大きな動きがあったらしく、頭が挿げ変わったのではないかという話だ」
「クーデターか。想定を掃討から各個摘発に切り替える。最大警戒対象の動向はつかめているか?」
「それが、幹部クラスは城に残ったようだ。あの〝黒獅子〟も残った可能性が高い、という話だ」
「警戒レベルは現状維持」
■暗黒大陸、魔境、不死王の城。
城には残った者もいれば去った者もいる。
そこから動けない者も……
ブロキスに洗脳されて愛人にされた女性たちは自殺未遂とパニック発作を繰り返し、病室で看病を受けていた。
ルダとギリオンが病室を訪れた。
「こりゃ凄いな」
部屋は色取り取りの花で満たされている、花畑のように。
「これ、旦那が?」
「花を見れば少しは気持ちも和らぐかと。気休めだがな」
「いや、ここまでやるか?」
「手土産に花束は余計だったか」
「いや、ちょうどあのスペースが空いている」
リースはルダから花束を受け取ると慣れた手つきで生ける。
「どうだ、様子は?」
ルダとギリオンが来ても女性たちは無反応。
「安定している。調停の方はどうだ?」
「ロイド君が仲介してくれるおかげで平和的に進んでいる」
「おれとギリオンはジャイで冒険者をすることになった。首長の娘が親身になってくれてな。首長には娘が攫われる前と違うと詰問されたが……」
身勝手でわがまま放題だった首長の娘は、人質にされている間他人を敬い、思いやることを学んだらしく、議会に建設的な意見―――ギルドに仲介させ、ルダ、ギリオンの領邦内での秘密工作の代償を無償クエストという形で受けさせる提案―――をもたらした。
他の人質たちも囚われていた際の人道的な扱いと、解放時、身を挺して守ってくれたハメスたちに同情的で情状酌量を求めた。
「旦那はどうするんだ?」
「私は……」
―――しばらく話して二人は帰った。
「ドン……」
か細い声の主はマドル。
「なんだ?」
「さっきの話、本気なの?」
「うむ」
「なぜ? 相手は人族なのに」
「フフ、もはや種族など些細な問題。それに、マドルよ。子供のころ、ケンカして負けたらその相手の下についただろう」
「ケンカしたことないわよ」
「負けて、傘下に加わる。自然なことだ」
「……そう?」
そこへロイドが訪れた。
「これはこれは、主殿、ご多忙な中何度も脚をお運びいただき感謝に堪えません」
ロイドは魔族とバルトの調停の合間を縫って、ちょくちょく様子を見るようにしていた。自分の行動の責任を果たすために。
「調停は上手くいきそうだぞ。賠償金はジャイが渋っていたが、ナルダレート公が肩代わりしてくれたおかげで何とかなると思う。あと誰が主だ!」
「そうですか。主殿ばかりにご負担をお掛けして申し訳ございません。私は敵と戦うこと以外脳が無いものでして……お恥ずかしいことです」
「いや、おれの方こそ。それにいつ来ても居て、仲間想いじゃないか」
「いえ。ただ、私がドアの前にいると安心するというので」
「そのお茶はあなたが?」
「ええ、興奮を抑える効果があるとか。戦場でよく使って居りました。いえ、主殿にお出しするほどのものではございませんが」
ロイドを見て女性たちは頭を下げた。
見舞いに来るたび、ロイドは笑い話を持って来たり、小動物を連れて来たり、色々やって、女性たちの信頼は得ている。
ただ、具体的な希望を指し示すことができずもどかしく思っていた。
そこで、この日は提案に来た。
「みんな、今日はちょっと出かけてみないか?」
外に出かけるほど気力は回復しておらず、皆渋る。
「大丈夫、『転移』で移動するだけだ」
「主殿、どちらに?」
「それは、見てからのお楽しみ。頼む、もう時間が無いんだ」
ロイドの意図がわからず、困惑していたが、一先ず信用して皆首を縦に振った。
「わぁ!!」
次の瞬間、彼女たちの視界いっぱいに茜色の空と海が。
夕焼け空と海以外、何もない。穏やかな波音と鳥の鳴き声。
すとんと、女性が砂浜に腰を落とした。
夕焼けが沈むまで、ただじっと眺める。
その間口を開くものは居なかった。
ただ、涙を流していた。
「うっ……えぇっ……」
「……」
涙を流す女性たちの中、マドルだけ泣かず、夜空を見続けていた。
やがて意を決したようにロイドに向き合った。
「ロイド様、いえ、主様……」
「いいよ。付いて来ると良い」
「……ッ、はいっ!!」
マドルは戦士としての自分を取り戻そうと決心した。自身が最高の戦士と尊敬するリース。彼が尊崇するロイドに付いて行く。そこに希望を見出した。その気持ちを言わなくても受け入れてくれたことに、胸が高鳴り、空白の心が何かで満たされるのを感じた。
不意にリースがその横に跪いた。
「主殿、私も是非ご同行させていただきたく」
「いや、あんたはいいだろ!?」
「え、ドン、話してあったんじゃ……?」
「初耳だよ!」
「負けた者の下に付く。自然なことです。それに王に従者は付きものかと」
「……いつからおれは王になったんだ?」
半ば折れる形で、ロイドは西への帰還のプランと共に自身のことを話した。
星空の下で……
■バルト中央領邦タハ
神聖歴八紀221年3月。六邦会議が行われていた地にて。
調停が完了したことで、ロイドは本来の目的である西を目指すことにした。
「まずは南、共和国を目指しましょう」
セイランが提案した。
元々帝国を横断するという計画だったが、魔族を連れてでは難しい。バルトで『黒獅子』の冒険者登録の推薦をしたら帝国を刺激してしまいかねないので、共和国でならばと考えた。
それにセイランは元々共和国神殿の審議官。
伝手を辿れば共和国の船で一気にローア大陸に行けるかもしれない。
「旅路は険しいですが、魔導が進んだあの国であらゆる準備をされた方がその後の道のりを楽にできると思います」
共和国に行く最短コースには途中エルフの森と険しい山を越える必要がある。
危険も多いがここには帝国の工作員がいない。
「ロイド様、どうか私も連れて行って下され!!」
「いや、この私を!!」
「おれを!!」
その旅路に付いて行きたいというものが続出した。
「主殿に付いて行くなどと、厚かましい。どうしてもというなら私を倒すのだ」
「あんたが言うな。あと、戦いたいだけだろ」
バルトの武人たちはリースを前に成す術なく敗れた。
ロイドの帰途に同行する者はセイラン、マドル、リースの三人。
それはバルトで出会った人たちとの別れを意味していた。
ファオ、レン、ロン大老、傘下の家のものたち。
「まさか、あの森で出会った少年にロタだけでなくバルト全土を救っていただくことになるなんて……本当にありがとうございました」
「恩を返す暇も無かったが、これで今生の別れではあるまい、お主の場合はな。疲れたら戻って来るといい」
「セーイチ、おれはいずれナブロの首長になって見せる。そしていつか、このバルトが一つになる時、おれが王になっているだろう! その時はおれの筆頭守護者にしてやる!!」
「その前に、いい子と身を固めろよ」
「なっ!! お前、余計なことを言うな!!」
「バルトを救った英雄のお言葉ですぞ、レン様」
「まずはリベル家の安泰、さすがロイド殿!」
「ジャイの首長の娘なんかいいと思うぞ。じゃ!!」
「おい! 引っ掻き回して去るなぁ!!」
ロイドはレンならば本当に実現しそうに思ったが、口にはしなかった。武を重んじるバルトにおいて知に長けた当主として、今後大成する予感がしていた。
何も心配がないからこそ、最後にからかった。
しかし、言った後ジャイの首長の娘との婚儀が実現すれば統一も冗談にならないかもしれないと気が付いた。
「王は、人を導くものです」
「……偶然偶然」
「さすがです、主様」
「英雄の言葉は重く受け止められるのです。今、バルトの運命を変えたかもしれませんよ」
「……まさか」
出立したロイドたちを見送るレンたち。
互いにその姿を感慨深く、見えなくなるまで眺めていた。
■神聖ゼブル帝国、東方辺境、旧神殿跡地
白い服装の男が豪奢な身なりの男に跪いた。男は指輪をいじりながら適当に手を振り、話すよう促した。その意識は机の上に向き、はじめの方の定例文句は無視し、ペンを取り作業を続けていた。
しかし、その途中ペンが止まった。
「教祖様、どうやら魔族は計画を中止したようです」
「ほう、なにがあった?」
「あの男、どうやら反逆にあったらしく……」
「それは本当か?」
教祖と呼ばれた男は、机を叩き立ち上がった。
「やはり、失敗作か。あの能力の有効利用のため放置していたが、所詮偶発的に生まれた不安定なものだからな。今後魔族をどう利用するか……」
「それが、魔境の魔族はまだ残っているようです」
「ハメスが王を気取っているのだろう」
「いえ、新指導者にリース、ハメスが忠誠を誓ったそうです」
「なんだと!! 誰だ?」
「わかりません。ただ、噂によると新指導者を魔族たちは〝魔王〟と……」
「魔王だと……!?」
怒りに満ちた教祖の顔に、信者は目を伏せる。
「あのお方を差し置いて、魔王を名乗るとは……」
「あのお方?」
「いや、私だ。私こそ王にふさわしい」
「左様でございます」
報告が済み、信者を部屋から追い出した後、教祖と呼ばれた男は作業を再開した。
「計画を急ぎましょう」
独り言のようにブツブツと言葉を発しながらペンを取り、図面を引く。
時折、鉄の筒を手に取り思案を巡らせた。
まとめての新規UPはここまでです。次話以降はまたもう少しお時間いただき、まとめて投稿します。2019/07/16