4.悪夢の城―――封印の間〈新規〉
ブロキス……こいつが!?
おれはその醜悪な見た目に驚いて、部屋に駆け行ったマドルを止められなかった。
「あああああっ……ッ!!!」
代わりにドンリースが止めてくれた。
「放せ!!」
その手を振りほどき、今にも飛び掛かりそうなマドル。
「なんなのドン!!」
「ブロキス様を裏切るなんて!」
「最低! 早く出て行って!!」
おれは吐き気を催した。
ここまで人の意識を捻じ曲げるとは……
女性たちはブロキスを庇うように覆いかぶさり、身を寄せる。
ブロキスは満足そうな笑みを浮かべた。
「マドル、リース、ぼくは怒らないンゴ。今戻れば、無かったことにするンゴ」
「無駄だ。この二人に洗脳は効かない」
「洗脳? 何のことンゴ? お前は誰ンゴ?」
コイツ……とぼけてるのか?
まさか、自分が言葉で相手を操っていると気づいてないのか?
おれの眼にはハッキリと気味の悪い呪いのパスが見えている。コイツが話すたびにそれが話す相手に飛んでいく。
まぁ、『神装』で魔力を通さないよう対策しているから無駄だがな。
一先ず、この洗脳を止めるか。どうするか。やっぱりこうかな?
「ばひぃ!! オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
手っ取り早く舌を切り取った。
「きゃああ、ブロキス様!!!」
「なんてことを!!」
「いやぁーーーーッ!!!」
さてこれからが気が重い。
おれはマドルの方を見た。
今からおれは何の罪もない女性を救うために地獄を見せなくてはならない。
おれの行動の意図を察し、マドルは理性を取り戻した。
振り上げた剣を仕舞い、暴れる女性たちをリースと協力して部屋から出した。
洗脳を解くにしてもこの化け物と同じベッドの上で解くのは残酷すぎる。
まぁ、気休めだろうが……
女性たちを無理やり別の部屋に押し込め、脳内に巣食う呪いのパスを『魔の手』でレジストした。
パニック発作を起こす者、失神する者、ただ泣き出す者。
彼女たちをマドルはしばらくただ茫然と見ていた。ふと、剣に手を伸ばした。
「ダメだ。奴は殺せない」
「……」
「魔族とバルトの争いを鎮めるには元凶を突き出さなければならない。それに奴の力の要因を無視できない」
「あなたは私たちを救いに来たと思っているのでしょう。でも、絶望しかないわ。絶望だけ!!! あなたに、責任を取る気も無いくせに、どうして……っ!! なんで、こんなことするの……?」
涙を流し責める彼女にかける言葉が見つからない。
これが救いとは……ほど遠いな。
おれに全員は救えない……ということか。
[ゴォォォォ……]
「下が騒がしいな」
「城門が破られたのかもしれませんな」
「おれはブロキスを下に連れて行く。まずは無駄な争いを止めてくる。あなたはここで彼女たちのことを頼みます」
「わかりました。ロイド殿……」
「ん?」
「今は無理ですが、彼女たちがいつか……何かを取り戻した時、どうか改めて謝意を受け取って下さい」
「わかった」
なんだろう、この無力感。
せめて、戦争を防ごう。それは間違いじゃない。
おれはうめき声を上げ続けるブロキスを引きずって一階に向かった。
◇
なにあれ?
一階に雪崩混んだ魔族たちの中心。
燃えている女がいる。残酷な公開処刑かと思ったけどちがうみたいだ。
「あれも魔族か?」
自分で魔力を消費して炎を纏っている。ついでに頭の方も見たらバッチリブロキスのパスがあった。
まだ洗脳されている奴がいたのか。
戦いの中心にいるあいつを解呪すれば終わらせられそうだな。
ハメス達が苦戦しているみたいだし、介入しよう。
「裏切り者共が束になっても私には敵わねぇよッ!!!!」
「……フン、さすがは破壊と混乱を生むしか能のない奴は何も考えず戦えてやりづらいな」
「レティアさま、おれたちまで巻き込まないで下さい!」
「ああ? 私の攻撃範囲にいる方が悪いんだよ!!」
あいつ、敵味方関係なく燃やそうとしているのか。
迷惑な奴だ。
「幹部が四人いて私一人にこの様とは」
「フン、ばかめ、我らは時間稼ぎだ」
「ああ? 何を負け惜し―――」
[バコォン!]
『石棺』で封じた。
「だぁああ!!」
すぐ出てきた。でも酸欠でむせている。その隙に接近。
「ゲホッ、ゲホッ……だ、誰だ!!」
『魔の手』で解呪した。
「おお、ロイド君。助かったぞ」
「ハメスさん、人質はこれで全員ですか?」
「うむ、約束通りお返しする」
怯えて顔が引きつっているが特に怪我人もいないし、不健康そうな人もいないな。
これなら……
「オオ゛ッ、カホ、オ゛オ!!」
ブロキスは助けを求めているらしく、うめき声を上げた。
ハメス達はゴミを見る眼で見降ろし、他の者は首を傾げている。自分たちの首領が醜く薄汚い脂肪の塊であることを理解できていないらしい。
「ブロキス、お前が倒したのか?」
レティアという女が意識を取り戻した。
おれが引きずって来たブロキスを見て殺意の眼と共に、炎を発した。
「こいつはアンタらの安全の保障だ。ジャイに引き渡して協議の材料にする」
「お前が獲った首だ。好きにするがいい!」
じゃあ睨むなよ。あと、首は獲らない。
「皆の者、偽りの王はここに捕らえられた。我らの眼を曇らせ先導した、このブロキスにまだ付いていこうというものは前に出よ!!」
ようやく終わった。
ハメスの宣言を聞いて、押し寄せた魔族の兵隊たちは武器を捨て、あきらめた。
―――かに見えた。
「そんな醜い豚がブロキス様だと? おれは騙されねぇぞ!!」
「おい皆、こいつら幹部たちは恐れを成して無かったことにしたいんだ! 人族に媚びを売る裏切り者だ!!」
「ここでやめても、大戦で人族に殺された家族の無念は晴らせないわ!!」
あれ、思っていたのと違う。
魔族、バラバラだな。
各種族の上位に位置する者たちが決めたことなのに、逆らうとは。
しかも帝国兵に殺された無念をバルトの人間で晴らすとか、大義もクソも無い。
「今のこいつらなら、おれたちで倒せる。我ら魔族の力を人族に見せてやるんだ!!」
幼稚な子供に道理を説くことまでおれの仕事ではない。
ただ……さっきから胸に痞えていた物が気になり、無関心ではいられない。
半端に関わるのは、間違いじゃないとしても正しくもない。
悪党を懲らしめても、救いには至らない。
なら、これ以上おれに何ができる?
扇動された連中はさほど多くない。ただ狂暴そうな二十数名の獣魔族だ。
その愚かな暴れたがり連中が人質たちに向かっていく。
相対する元幹部たち。
その時、おれはこの胸糞悪い流れを止めることを考えた。狂った歯車を無理やり回し続けるような不快感を止めたい。
だが幹部の言葉や首謀者の拘束では不十分。
なら、他に何ができる?
答えは単純。
この世界に来た時から知っている。
徹底的かつ完膚なきまでに圧倒的な――〝力〟だ。
磨き抜いたこの力で、争いを止める。
今のおれにはそれしかできない。
知識と知恵を力に。まずは『思考強化』
精密な技術を力に。『魔装』+『風圧』
手数を増やすために『魔装』+『魔の手』
魔力で生み出した疑似的な筋肉と風圧により急速接近し、自在に動く魔の手に物理的性質付加させ、ラッシュ。
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記憶の神殿内。
順調に戦っていたのに、気がかりなことがあるらしい。
「おやおや、ドンリースと戦っているときも思ったが、おれは殴り合いに不慣れだな。少しは無手でも戦えた方がいい」
「十分じゃないか。躱して殴る。単純だろ?」
実際問題なく敵を殴り飛ばせている。
「効率よく、効果的に技を繰り出すべきだ。せっかく思考強化中なんだからちょっと試してみるか」
おれの格闘に関する知識は意外と少ない。
拳闘士との接点があまりなかったからな。
「前世の方がまとまった知識がありそうだ。ちょっとやってみよう」
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迫り来る(実際はおれの方から接近している)魔族たちを複数相手取る。インパクト重視の戦い方として打撃。
これまではパンチ! キック!! という感じだったがそれを―――
―――ジャブ、ショートパンチ、ストレート、フック、ひじ打ち、掌底打ち、ローキック、ミドルキック、前蹴り、ハイキック、かかと落とし―――
これだけ技をアップデートすれば対応できるだろう。
ん?
ハイキック・かかと落としは無理か。関節がシャレにならないからな。
あれ、思った以上に技に身体が付いていかないな。
映画やネットで見たプロや達人のイメージに身体が付いていかない。
う〜ん、やめよう。
魔装で手にハンマー状の魔力の塊付けた方がいいな。
「ぎゃあ!」
「うぎゃあ!!」
「ヒッ!!」
両手と魔の手の先に付けた、魔装で造ったハンマーが敵をポンポン叩き飛ばす。
うん、楽だ。
おれは物の数秒で暴れ者たちを無力化した。
さて、効果の程は……
おれと目が合うと、皆固まる。
よし、もう一押しだ。あとは『威圧』で―――
「ロイド君!!」
「ん?」
地下からの階段から、ギリオンが駆け出してきた。肩を貸しているのはいっしょにいた竜人族だ。あれ? あの人の洗脳は解いてないな……
「む、ギリオン、ルダの洗脳はどうした?」
パスが消えてる。
なるほど、魔力を使い切らせたか。
「いやそれどころじゃねー、旦那! あんたあの部屋の地下に何隠してたんだよ!!!」
なんの話だ?
「まさか!! 封印の間に入ったのか!!!」
こちらに走り寄る二人の後ろで、石畳が爆発し、巨大なものが姿を現した。
「なんだあれは!!」
「ぎゃあああああ!!」
「ああッ!! うあああッ!!」
魔族側たちも人質たちも叫んで逃げ惑う。
よくゲームで出てくる悪魔のような見た目。乾いた肌、窪んだ眼が怪しく光り、むき出しの歯の間から蒸気を吹き、でかすぎて上半身しか出せていない。細長い腕には蝙蝠のような翼膜が付いている。
「魔獣? いや、あれは魔物か!?」
「そう、あれは魔王になろうと種の限界を超え理性を失った、我の父上なのだ」
お父さん!?
「数百年前、今と似たような顔ぶれで戦ったが、あれはもはや不死。封印することしかできなかった」
「ロイド君! 転移で逃げるんだ!!」
「うむ、一先ず、君は人質たちを帰せ」
「ハメスさん、お父さん倒していいか?」
「やめろ!! 首を落としても心臓を貫いても動き、再生するのだ!! 戦おうなどと考えるな!!」
「つまり、完全に灰にすればいいんだな?」
「なっ……」
「安心しろ、大得意だ」
ちなみに転移で逃げるわけにはいかない。上にまだ残っている人たちがいる。
逃げるより、戦う方が安全だ。
それに、こういうデカくて魔力が多くて、超再生する上、未知の能力を持っている化け物とは何度も何度も戦ってきた。
もう慣れた。
まず『魔の手』で、何だかわからないが、喉付近に溜めた魔力と魔法のパスをレジスト。
悪魔蝙蝠は口を開けて、ただ唸り声を上げた。多分ブレスト系の魔法だったのだろう。不発に終わって怒っている。
だが、技を待ってやる余裕はない。
『魔力網』で動きを拘束。魔力に魔力で干渉することで、非物体の魔力に実態を伴わせることができる。この応用で魔力を蜘蛛の巣状に展開し、糸に伸縮性、柔軟性を持たせた不可視のワイヤーロープを生む。
ギッギッギ、と金属ワイヤーが切れる音が鳴り響く。
「と、止まった!?」
続いて『光線』で頭部を破壊。
抵抗が一気に減った。
魔力網を一気に引き締め、さらに覆い、全身を丸ませ、繭状に圧縮。
糸が食い込み、血が噴き出す。
「みんな下がれ!!」
ここは地下からのカビた空気と悪魔蝙蝠自体から発する腐敗物質で可燃性ガスの収集に事欠かない。
再生するタイプには炎は良く効く。
圧縮した大量のガスと炎を反応させ、超高温の青い炎を生む―――『地獄の業火』
悪魔蝙蝠の巨体を覆いつくす、青い火柱が渦を巻く。
ガスの補給、気流の操作でさらに威力を増していく。
「こ、神々しい……」
初めて言われた!!
「私たち紅火族以上の火魔法を……!?」
下がれと言ったのに、みんな青い炎に集まって来た。
一酸化炭素中毒で倒れても知らないぞ。
徐々にその勢力が小さくなっていく。
たまに飛び出てくる破片も燃やして、塵一つ残さず余さず燃やし尽くした。
[ゴン……]
見たことのない大きさの魔石がごろりと転がった。半分融解している。
右目で確認したが、再生の兆候はない。
「討伐完了だ」
振り返ると何人か失神している。
城内は閉め切っていないが一酸化炭素中毒か?
皆気が抜けたのか、その場に膝を突いていく。
ハメスが顔を伏せながら近づいて来た。
魔物落ちしたとはいえ、父親が死んだのだ。おれも顔を向けられない。だが、おれにできることはした……はず。
「ロイド様……」
え、様?
「先ほどから用いられている不可視の魔法……もしや原初魔法では?」
「この魔法、そう呼ばれているんですか?」
まぁ、おれが思いつくぐらいだ。魔族で似たような魔法を考え出す人がいても不思議じゃない。
「黒い衣に原初魔法、種の……限界を超越した者」
「何ですって?」
「いえ、何でもございません。我のことはどうか、ハメスとお呼びください」
そう言いつつ、ハメスはおれの前で跪いた。
嫌な予感が……