3.悪夢の城―――逆族の館〈新規〉
「あっちは任せていいのかよ、ハメスの旦那」
「……」
「洗脳されたときのこと覚えてるか? おれはいつされたのかも覚えてねぇんだけど」
「……」
「……」
黙っているということは、ハメスにもわからないということか。
成り行きでこうなったがロイド君が洗脳されたら終わりだ。でも人質はおれが連れて来たしな。おれはコッチじゃねぇと。おれのせいでバルトまで魔族の敵になったら一族の恥だ。
ロイド君にならそれが防げる。
―――と言ってたけど本当かな。
「なぁ旦那、ここから丸く収めるなんてできるのかねぇ? 他の連中だってここまで集めてやっぱり洗脳されてたから無しってのは無理があるんじゃないか」
「ギリオン、貴様仮にも盗賊ともあろうものが、密行の最中だと忘れては居まいな?」
「慌てなさんな。早々見つかりはしないさ。上で派手にやってるからな」
地下にまで戦いの音が響いている。
かなり下まで降りたはずだが……というかこの城、どこまでデカいんだ。
まるで迷宮……扉の向こうに化け物が居たりしないよな?
ハメスが巨大な門の前でプレートを操作している。すると勝手に扉が開かれた。
そこには地下とは思えない巨大な空間が広がっていた。
「なんじゃこりゃ!」
贅を凝らした調度品と魔道具で明るく照らされた大理石張りの床。中央にはちょっとした庭園まである。壁の隅にはさらに複数のドアがある。
おれたちに気づいたのか、各ドアから人質たちが出てきた。
小部屋かよ。人質……じゃねぇ、客人じゃん。御来賓扱いじゃん。
「収容スペースだ。元は各種族の高貴な者の収容にも耐え得るように設計したものだ」
「いや、旦那は何がしたかったんだ?」
「……この城は我が王となるために建てたもの。だがその夢は潰え、今は王を待つための物だ」
「王ってまさか……」
「フン、昔の話だ。数十名の収容はこの空間しか出来ぬのでここを使ったまで」
ナルダレート・ハメスと言えば魔境に住む怪奇の象徴みたいな存在だ。
どの種族、どの世代でも知らない者はいない。
そういえばガキの頃、この城の話を親に聞かされたっけか。
ハメスの城に入り込む賊は歓待を受け、骨抜きにされた後、血を抜かれてハメスの糧になる。
人質たちは顔色も良く、着ている者も上等なものだ。
「旦那、まさかとは思うが、彼らが1人でも居なくなったらロイド君のプランが成り立たなくなるぞ!」
「貴様、我を欲望に塗れた邪な隠者とでも?」
「いやそこまでは言ってないけど、『一人ぐらいいか』とか思わないでくれよ」
おれたちが話していると人質の代表らしき男がこちらに寄って来た。
「いつまでここに閉じ込めておく気だ! もう二月。いい加減開放してくれ!!」
「良いぞ」
「……え? それはどういう意味だ?」
まさか許可されるとは思っていなかったんだろう。男は求めていたであろう回答を聞いて困惑した。
「今から、あんたらをジャイに無事送り届ける。準備してくれ」
「ウソをつくな!! お前は俺たちをここに連れて来た奴だろう! 信用できない!!」
じゃあ、どうしろと?
出ていきたいのか、行きたくないのかどっちだなんだ?
「お主らにはすまないことをした。この城の主として詫びる。ただ、こうなったことは我々の本意ではなく、バルトと事を構える気も無いことを理解してもらいたい」
「本当だな? おれたちを騙そうというわけでは?」
「ハッキリ言おう。今、おれたちでクーデターを起こしている。命令を下していた奴を捕らえるためにな。つまり、今がチャンスだ」
代表の男はようやく納得した。
「さぁ準備してくれ。すぐに転移で帰れるぞ」
おれがスクロールを敷いて準備していると背後に強い殺気を感じた。
「避けろ、ギリオン!!」
「うおっ!!」
とっさに身をひるがえすと、巨大な鉄の塊がおれが元居たところを射抜いていった。
「そうはいかない、ギリオン」
「ルダ……」
ちくしょう、スクロールをやられた!!
「うわぁ!! 逃げろ!!」
ルダを見て、人質たちは蜘蛛の子を散らすように収容スペースから出て行った。
「おのれぇ!!」
「旦那は人質の方を頼む! ルダはおれが抑える! 帰るのはロイド君ならできるはずだ!!」
コイツとは長い付き合いだ。洗脳される前からずっと。洗脳されたのはおれがヘマしたからだ。マドルに誘惑されてホイホイ付いて行っちまった。だから、責任がある。
ハメスと戦わせたら、解呪の法が判らない以上殺してしまうかもれない。
「良かろう」
とはいえ、おれにもできないんだけどな。
「落ち着けよ、ルダ。念のため人質を移そうとしていただけだ」
「お前のウソはわかる。ブロキス様を裏切ったな」
「なぁ、ルダ。お前、なんであのブロキスに従うんだ?」
「貴様、そんなことも忘れたのか!」
「いいから答えろよ!」
「……」
できるわけない。
理由なんてないからだ。
「今こそ魔族を一つにする必要がある。その為には強力なリーダーの中のリーダー必要だ」
「それがブロキスだって? お前の求めるリーダーの資質ってのはなんだ?」
「……もういい。言葉で貴様の考えを変えようとは思わん」
おれもだ。
呪詛を知っている魔導士のおれや、精神的に隙のないリースやハメスの旦那が洗脳されている時点で、説得ごときじゃ解呪はできないだろう。
マドルや他の女たちの人格や生理的反応すら変えるほどの精神操作。矛盾を突いても都合よく思考が変わるだけ。
やはり戦うしかないか。
「お前は誇り高い竜人族の戦士で、おれは日陰者の三つ目族な上に盗賊だ。でも、仲間だと思ってる。それはこれからも変わらない」
「ああ、そうだな。おれは戦うしか能がないただの駒で、お前は多彩で唯一無二の存在だ。友であることを誇りにしてきた。だからこそ、お前が道を踏み外す前に止める!! お前の名誉のために!!」
静まり返った美しいホールでおれたちは対峙した。互いに情を振り払う間があり、そのせいか案外おれたちの殺し合いは殺伐としなかった。
ただし、互いに全力だ。
◇
長い階段を上る途中、階下でけたたましい音が響き、大きく揺れた。
「ハァハァ、もう歩けない!」
「どうせおれたちはここで死ぬんだ……」
「がんばりましょう! とにかくここを出るのです!」
根を上げる方が出始めました。
皆さん支え合ってこの苦境を乗り越えようとしている。でも昨日より事態は好転しています。希望はあるのです。
「ここを出すわけにはいかん」
「え!?」
そう言うのはこの城の主を自称する青白い男性。
その紅い眼を見ると、潜在的恐怖で身が竦み、上手く言葉が出てきません。
魔族の中でも特別な地位にいることは見てすぐわかりました。
仕立ての良い艶やかな紅いローブには金の刺繍が施されている。身に着けている装飾品や指輪はこの方が王であると示している。
「この城の中にはブロキスが気に入った者以外は入城を許されていない。外には洗脳を受けていない兵が大挙している」
それを先に言ってください。
この方はバルト語には堪能でないようです。
でも状況は分かってきました。
彼らは誰かの命令で事を起こした。それを〝洗脳〟と言っていますがそれは定かではない。しかし、その誰かは彼らの信用を損ね、反乱を起こされている。よって私たちは必要ではなくなり、むしろ和解のために私たちの命の価値が上がった。
利害が一致しているのは納得です。
「あの部屋が最も安全だったのだ。今後は恐怖に駆られても我の指示なく動かないでいただく」
確かにあの部屋は快適ではあった。私の御屋敷よりも贅を凝らしていたし、食事もキチンと出てお茶や甘味まで……
おかげで太ってしまったわ。
攫われた被害者と攫った加害者なのはわかっている。でもみんな今はこの方しか頼ることができないし、危害は加えられていない。だから自然と質問が多くなってしまった。
「他に安全な場所は無いのでしょうか?」
「あとは宝物庫か、封印の間だがどちらも侵入者防止の罠が張り巡らしてある。こ奴らを入れれば立ちどころに数が半分に減るだろう。うっかり封印の間の封印でも解けば……我も無事では済まない」
「ならどうすればいいんだ?」
「人族の魔導士が救出に来ている。城内で彼を待つしかあるまい」
「っ魔導士!? その人って名前は?」
「ふむ、確かロイドと呼ばれていたな」
一気に皆の空気が冷めていく。
魔導士と言えば帝国。名前もバルト系ではない。
助けに来たのは帝国兵だと皆悟った。それが何を意味するかは自明の理。
帝国側はジャイとの隣接地域における領土割譲か、ジャイの北方に新たな駐屯兵派遣の打診、いずれにせよ私たちのせいでジャイのみならずバルト全体が政治的に不利になる。
「どれぐらいだ? いつになったら帰してもらえるんだ!?」
「女子供がいるんだぞ!」
「早く帰りたいよ〜」
「せめて地下から出してくれ。外の空気が吸うだけでもいい!」
「良いだろう」
前言撤回します。
このハメスという方は存外話の出来る方のようですね。私たちは不安から当たっているだけですのに、器の大きさを感じます。
「大気の関係で外も空気は変わらんが気分の問題であろう。城門のある一階は避け、バルコニーのある二階へ向かうとしよう」
私たちはぞろぞろと付いていく。
「きゃ……」
途中廊下に転がっている者たちを見て悲鳴を上げた。
皆、茫然自失としている。
「洗脳を解かれた者たちだ。そっとしておいて欲しい」
「は、はい」
どうやら彼らが意に反して操られていたのは本当のようですね。
悪夢から覚めても、余韻は残るもの。
階段を登り切り、一階に到着した。これで少しは痩せたでしょうか。あら、皆さんどこを見ているのかしら?
光が差し込み、眼を向けると門が空いているようでした。
「出口だ!」
「出られる!!」
「いけません! 外に出ては……?」
私に止める間もなく、何人かが走り出し、釣られるように他の皆も門に向かってしまった。
私は止めると同時に違和感を覚えました。
地下で時間間隔がマヒしていますが、多分、今は深夜では……?
ならあの光は……
皆が光だと思い近づいたのは、煌々と燃える炎。
「なんで人族共がここにいるんだ?」
その炎を纏う女性が堅牢な門を破壊し、今まさに城内に侵入している。
まぶしさに目が慣れ、途中で気が付き、歩みを止めてももう遅かった。
光を求め走り出した人たちは彼女のターゲットに定められてしまった。
「やめてーッ!!!!」
[ダァアアン!!!]
炎の女性が何かしかけたその時、頭上から巨大な何かが降って来た。
それが盾になり、炎から皆を守った。
「ハメスさん、おいらは何すればいい?」
「来たか、ロック」
「邪魔をするな! お前も裏切ったのか、ロック!」
「アチチ……ん〜、レティアはまだ洗脳解けてないのか」
「〈大災害〉、貴様は洗脳を受けていようといまいと、入城は許可していないはずだが?」
「フン、洗脳? 相変わらず気色悪いおっさんだな! 裏切り者の言う事なんか聞くわけないだろ!! お前ら、遠慮するな! こいつらは反逆者だ!!」
炎を纏う女性、レティアという方が声を張り上げると、外から次々と兵隊が入って来た。
でも、上層階から降り立ったのは巨人さんだけではありませんでした。
赤い肌に学者風の出で立ち、額に二本の角を持つ人。なぜか手には分厚い本を持っている。それから巨大な翼と錫杖を持つ神官風の人。
味方……よね?
角を持つ方が振り返る。
「ハメス殿」
「ハルマート、頼もしいぞ」
ハメスさんはただ頷いた。続いてこちらを確認した神官風の方。
「加勢致します、ナルダレート公」
「頼む、レイバルド」
たった三人の加勢だけれど、相手の動きは止まった。
「ちくしょー! どうなってる!! 性悪のハメスと阿呆のロックは分かるが、ハルマートとレイバルド、お、お前らは何でだよ!!」
「ひ、ひでぇ! おいらは阿呆じゃねー! 田舎もんなだけだ!!」
「一番面倒な奴が、最悪のタイミングで帰って来たな」
「さすが大災害の面目躍如といったところですか」
「あ奴との正面衝突は面倒だ。こちらにもあちらにも犠牲者がでる。だが仕方ない。三人とも我に付き合え。あの少年が来るまで耐えるのだ」
少年?
そうして四人の魔族が、私たちを守るために炎に飲み込まれていった。