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2.悪夢の城―――地下宮殿〈新規〉


「ハメス様、侵入者です!」


「フン、これだけうるさければわかる。さっさと迎え撃て」


「しかし、侵入者と共にこちらに向かっているのはリース様とギリオン様です……」


「遅かったようだな」


「え?」


 我の部屋に無粋に入り込む者たち。

 従者は襟首を掴まれ、部屋の外に投げ飛ばされた。


「役立たず共め」


 この地下フロアには我以外に守備兵が置かれていたが、足止めにもならなかったようだ。


「ようこそ、こんな夜更けに何用か、ドン・リース?」


「人質を解放させに来たのだ、ハメス殿。だがその前にあなたを解放したい」


「解放? 何の話だ?」


「あなたは洗脳を受けている。魔法による呪詛。今のあなたはあなたではない」


 説明したのは人族の子供。

 愚かなのは許すとして、我を恐れず、この城まで来たこと。リースとギリオンがここまで招いたことからして、子供と思わない方が良さそうであろうな。


「貴様が侵入者か。その二人に何を吹き込んだ?」


「何も。詳しく話してもいいんだが、こちらの用事が終わってから説明する」


 リースとギリオンが態勢を変えた。


 まさか、我とやる気か?


「貴様らは愚かでは済まさんぞ」


 特にリース。

 貴様には期待していたというのに。

 


―――今より数百年前。この城を建て、一時は我が王になろうとした。実際、多種族を集め、王にはなった。だが、我はただ〝この城の王〟であって、〝魔族の王〟では無かった。

 才能、能力、富、血統……全てを持っていても足りないものが何か、研究した。


 魔王とは如何にして成る者なのか―――と。


 魔族が最後に一つとなったのは約二千年前。黒の魔王がいた時代。当時、我の父がかの王について手記を残していた。

 その手記を探るに、『かの王は時の流転の果てに自ら現れた。始祖の力を操り、純黒の衣をまとう者。理を解し、理を超える者』とされた。

 

 他の魔王についても調べ、共通していたのは皆、種の限界を超越し、固定概念の破壊と新たな価値観を創造したこと。

 

 赤の魔王は大陸を四つに割った。世界を分割し、全民族に生きる場所を与え、争いを鎮めた。

 金の魔王は国家と万人に使える詠唱魔法を、黒の魔王は奴隷という制度の撤廃と暗黒大陸に住む魔族に同族意識を芽生えさせた。

 青の王は航海術を確立し、世界の全海域を海図に残した。

 緑の王は獣人たちの部族を一つにまとめ上げ戦いの中人族の文明力を吸収し発展させた。


 どの王にもカリスマ性があった。

 それは白銀の王にもあったが、途中人族と誓約を結んだため例外である。紫の王は病に付けられた通称のため論外。


 錆の王は確かに一部の魔族をまとめはしたものの、我は従いはしなかった。


 奴には何も感じなかったからである。



 我が王になることはあきらめたが、いつか再び魔族を真に統一する魔王が出現することを待望していた。

 この城はその王に献上しようと、ずっと待っていた。


 錆に明け渡すなぞできない。


 だが、ドン・リースならば。


 そう思っていた。錆に欠けていたカリスマ性―――すなわち求心力を有していたのはこの男だと気づいたからだ。

 やはり我らは錆れた者ではなく、純黒を纏う者を求めていたのだ。



 だが、今は別のお方がこの城の玉座に居られる。


 魔族は統一に向かっている。


 次代の魔王、ブロキス様の手によって……



「失望したぞ、リース。もう貴様は必要が無い。ここで死ね」


「あなたとは一対一で戦りたかったが―――」


 我は部屋に設置していた魔法陣を発動させた。


「獣化の暇など与えると思ったか!!」


 左右の壁から『風の刃(ソードヴェント)』で細切れにする。その予定だったが……



「バカな……無傷だと……」



 リースは獣化前だ。とはいえ、さすがに何枚か避けたな。ギリオンは魔法陣には気づいたが魔法には反応していなかった。


 後ろの子供か?


 見ると、腰の剣を抜いている。


 まさか、斬ったというのか?


 いや、ギリオンも無傷ということは、風の刃により相殺させたということ。



 この子供……そうか、ルダとギリオンを倒したという魔導と剣を使いこなす人族のことか。



[バゴォッ!!!]



 他に気を取られ、リースの動きを見失った。

 気が付くと顔を殴られ、顎の骨を砕かれていた。



 容赦のない次打を回避しつつ、腕の翼膜で鋭い風を発生させ、魔力を込めた。

 貫通力を伴った風の槍。

 リースは面や線での攻撃では傷を負わない。点で穿つ必要がある。それも獣化の前に―――


「ぬんッ!!」


―――弾いた。生身で!?


「小癪……ッ!!」


 獣化前ですら、今のを弾くとは……さすがは種の限界を超えた者。


「む!」


 我の風属性のパスにギリオンが干渉し始めた。


「……ッ!! ええい、うっとうしいわ!!」


 ギリオンめ。

 奴も後方支援では侮れん。

 奴は我ですら知らない古代の魔法を継承している。あの第三の眼の能力も誰にも言わず秘匿し続けている。



 やはり分が悪い。



 不本意だが、提案を飲むしかあるまい。



「わかった。貴公の言われた通りにしよう」


「そうか、それは何より―――」


 ばかめ。


 貴様らの提案とは言って居らんわ。



[ガキィィン!!]


「なっ……マドル!?」


 背後より襲い掛かった黒髪の魔人族。彼女はブロキス様の愛人にして、高名な五式剣のマドル。薄いローブから露に突き出た肢体だけ見れば、麗しい女でしかないが、彼女はブロキス様の夜伽のためにここにいるのではない。


 実力はリースと我、ルダ次いで四番目。


 迫る剣にギリオンは完全に不意を突かれたが、またもや子供に防がれ、マドルを見て驚く余裕すらあるようだ。


「ギリオン、人族などに護られて、本当に腑抜けたようだな!!」


[キィンンッ、コッォオ゛オ゛ォォッンン]


 人族の子供は後ろ向きにマドルの剣を受け、弾き、丁々発止とマドルの連撃を受け切った。


「……グッ、おのれ!!」


 五式剣の真骨頂、形態変化により、短剣が槍へと形を変える。


「ほう……」


 しかし、人族の少年は興味深そうに眼をときめかせただけで、槍での攻撃も全て避けきった。

 槍から形態は鞭へと変化し、避けた先を追う。

 だがそれも、背から抜刀した細い剣ではじき返す。



 ――馬鹿な。


 近接武器戦闘で、人族が彼女の上をいくのか!


 マドルはだめ押しの魔法を発動させようとしたらしいが、動きが固まった。


「……え? なんで……発動しな―――ッ」



 突如、彼女の口から耳を覆いたくなるほどの大きな悲鳴が部屋中に響いた。



 予想外の出来事に我は背後に回ったリースに気が付くのが遅れた。



 昨日見たルダの無様な姿をよもや我がなぞることになるとは……



 我はそこで意識を手放した。




 一族に代々伝わる五式剣。


 初めてそれを受け継いだ時の感動。重くのしかかった一族の誇り。同時に満ち満ちた己の力に対する自負。


 それらは一気に、屈辱という名の汚泥によって無慈悲に塗りつぶされた。完膚なきまでに。


 もう二度と戻らないと分かった。



 死のうと思ったけど、身体が震えて剣も握れない。



 叫んでも苦しみからは逃れられず、しっかりと記憶された過去のシーンが消しても消しても頭に浮かんでくる。


 剣士として、女としての自分はもう死んでいる。なのに、まだ動いている。何のために?

 


「……殺……して」



 私の絞り出した言葉に、何か誰かが答えている。だが私は言葉を求めているわけじゃない。



 ただ、殺して終わりにして欲しい。この苦しみから解放して。



「―――ブロキス―――」


「……やめて!!」



 もうその言葉を聞くだけで、身の毛がよだつ。



 私を好き勝手に、凌辱した。しかもそれを私が望むよう操って……



 身の毛がよだつ。

 


 ああ、本当に剣士だったマドルは死んだのね。あれだけのことをされて、復讐する勇気も湧かない。



「―――あなたが望むなら、おれが楽にしてあげるよ」


「―――!」


「ロイド殿、待たれよ。それはあまりに……」


「今は混乱しているんだ。何もいきなりそんな……」


「彼女の苦しみがいつか消えるなんて、おれには言えない。救いがあるとも、希望があるとも言えない。おれたちに彼女は救えないのでは?」


 そうだ。救ってほしくも無い。そんなお試しに付き合わされたくない。


「絶望から逃れるために選択できる二つのうち、どちらかを選ぶのは彼女自身だ」


 生きるか、死ぬか。

 そう、選ぶのは私だ。


 生きて前に進む理由なんて無い。


「殺して下さい」


「おい、マドル!」


「ロイド殿」


「わかった。ただ、あなたが死を選ぶとすると、他の同じ目に遭った女性たちもきっと同じ選択をするでしょうけど」


「……は? あ…‥あなた、私を脅すの?」


「いや……あなたが眼を向けられなかった事実。他にもあるかもしれないけど、死ねば関係ない。大丈夫。考えなくていいから」


 私には友達が、仲間が……彼女たちも私の選択に引きずられて死を選ぶかもしれない。


 待って、私は彼女たちの死を望まない。


 少年は私を見下ろして、剣を振りかぶった。


 惨めだ。ほんの少し、生きるべき理由をチラつかされただけで、生にすがろうとするなんて……


 私の迷いを彼は気づいていたはずなのに、その手を止めることは無かった。


[バシィ]


 代わりに止めてくれたのはドンだった。


「ロイド殿、これは仲間内で決めることゆえ、お控えいただきたい」


「……ドン」


「そうだぜ。おれたちはこれから、このイカれたカルトの集まりを叩き潰す。あの野郎に報いを受けさせるんだ! マドル、お前も結末を見ないで死ぬな。お前だって救いたい奴がいるだろ」


「ギリオン……」


「マドルよ。すべきことに集中せよ。貴公には我々同様、奴に洗脳されている間に引き入れた者たちへの責任がある。すなわち解放。力を貸すのだ」


 私と同じく洗脳を解かれ、意識を取り戻した不死王ハメス。


「ハメス様……ぐっ……」


 私にはやるべきことがある。


 奴に報いを受けさせる。

 私が巻き込んだ人たちを解放する。


「まだ……死ねない」


 私は沸き上がって来た怒りでようやく立つ力を得た。

 仲間たちに支えられてだけど……


「そうか。では行こうか」


 剣を収め、少年が先導した。

 気に入らない。

 きっと、わざとだ。初めから私を殺す気なんてなかった。


「あの……君は?」


「下種野郎を見過ごせないおせっかいな人族……かな」



 ドンがロイド殿と呼んでいた。


 私よりずっと年下なのに、この風格は一体?


 それにこの子の言葉には妙に重みがある。


 あなたには到底私の気持ちは理解できない、と言ってやりたかったのに、言えなかった。



 私は少年に怒りをぶつけてしまいたい衝動を抑えて、何とか堪えた。



 不死王の城の地下からブロキス打倒に向かうというので私は何としても付いていく決心だった。私たちは二手に分かれ、ブロキス側にドンとロイド君。人質の保護にハメス様とギリオンが向かうことになった。





(早い!)


 ほぼ全力疾走。

 止まることなく駆けていく二人を私は必死に追った。

 石造りの廊下は私たちの足音が反響し、案の定城内の者を引き寄せた。


 次々と襲いかかる多種多様な手練れたち。


 巨人族のロックがわき道から現れると同時に拳を振るった。


(これでも止まらない!?)

 

 ドンが自身の三倍はあるその拳を受け、ロイド君がすり抜けざまに解呪したらしい。

 ロックはどうなったか、構うことなく駆け抜けていく。

 


 鬼人族のハルマートが戦力をまとめ、この短い時間で作戦を練ったたらしく、上層階に至る階段で包囲された。

 

 それでも二人は止まる気が無いらしい。

 

 ハルマートが猛攻し、ドンを止めている間に天魔族レイバルドが魔法の雨を降らせた。爆風と共に撃ち出される無数の羽根。


(これは避けられない!)


 固有魔法『風穴』はレイバルドの代名詞でもある。気門法で強化された羽根は放たれた後も鋼鉄の矢のごとく、ターゲットをハチの巣にする。


「え?」


 ロイド君に手を掴まれた。

 急加速。羽根は私たちの後方で階段を貫いた。

 私を引っ張りながら、一気に階段を駆け上り、ハルマートとドンの脇をすり抜けた。ハルマートはその一瞬で洗脳を解かれた。


(これは風魔法による加速……これなら私にも)


 私は見様見真似で加速し、上階の者たちを戦闘不能にしていく。レイバルドを五式剣・鞭で捕らえ、地上に叩き落とした。

 すぐさまロイド君が解呪を行った。



「ロックとハルマート、それにレイバルドで幹部は大方解呪できました。あとは非戦闘員のみ。それとブロキス本人」


「そうか、意外と少ないな」


「城に入ることを許されていない者が外にまだ居りますが、彼らはブロキスには直接会っていません。洗脳はされていないはずです」


「なるほど」


「ハァ……ハァ……」


「マドル、無理について来なくても良いのだぞ」


「いえ……大丈夫」


 ドンとロイド君の進むスピードに私はついていくだけで精いっぱいだった。

 

(なんて弱い身体に……いえ、例え全盛期でも、この二人に並べたかどうか……)


 沸き上がる無力感に気力を削がれる。


 

「マドル、本当に良いのだな?」


 ドンが私を心配している。


「ええ、私は大丈夫。それより洗脳への対策はあるの?」


「大丈夫。呪いの方法は知らないが、呪いに掛からない秘策がある」


 ロイド君の言葉には自信があった。


 ブロキスの部屋の前に着いた。


 まずロイド君が部屋に入り、洗脳の方法を探ることとなった。


 

「おお、マドル待ってたンゴ!」





 部屋を開け、聞こえてきた声を聞いて、私の中で抑えていたものが爆発した。


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