0.悪夢の城―――最上階 プロローグ〈修正版〉
完結後に再度上げ直したものになります2019/7/16
ぼくは恵まれている。
母と父を早くに亡くした。でも、そんなぼくに周りのみんなが親切にしてくれた。幼いぼくに食事を作り世話を焼いてくれる近所の人たちのおかげで、不自由なく暮らすことができた。
でも、時代は錆の魔王の消失による大戦の敗北の直後。ぼくらの土地にまで入り込んで略奪をする人族のせいで、優しかった近所のおばさん、食べ物を分けてくれていたおじさん、時々様子を見に来ては食事を作ってくれたお姉さん、遊ぶときはいつも一緒だった友達、みんなとお別れしてしまった。
みんな死んでしまった。
「時代のせい」というのは簡単だけど、あんなむごい死に方をするなんて。
食べ物が帝国兵に盗られたせいで、みんな餓死してしまったのだ。ぼくはなんとかみんなが食べものを分けてくれたから何ともなかったけど、あんなのひどすぎる。
でも人族の兵がみんな悪い人じゃないことも知っている。ぼくが一人なのを哀れに思ったのか、兵士たちはぼくに食べ物と寝床を用意してくれた。ぼくには優しかった。こんな人たちを悪人にしてしまう帝国という国が悪いんだとぼくは気が付いた。
人は分かり合える。でも人の気持ちを考えない帝国のやり方ではずっと人族と魔族は殺し合ってしまう。本当は分かり合えるんだ。ぼくと皆のように。だから、ぼくがやることにした。
帝国を打倒して、この世界を正しく導く。
そういうと大層なことのように聞こえるかもしれないけど、当たり前のことなんだ。殺し合うのは悪いこと。互いに協力して、助け合わなきゃ。
そんなこんなで、ぼくがまずしたことは、人を集めることだ。魔族と言っても一枚岩ではない。主要な種族だけでも十以上あるし、その種の中でも派閥や異なる部族が存在する。でも、それをまとめていかないと、到底帝国の数の力には敵わない。
魔族より人族が上回るのはその繁殖力だけだ。どれだけ減ってもすぐに元に戻る。彼らは年中盛り、いつでも子供を産む。別にそれが悪いこととは言わないけど、まるで動物みたいだ。
ぼくが女の子と寝るのなんて週に二、三回程度だ。毎日、違う娘と寝ていたらさすがに身体がもたない。人族はそんなことだから寿命が短いのだと思う。
ぼくの思想に共感してくれる人はたくさんいた。でも、一番の転機はやはり魔人族の少女と出会ったことだろう。ぼくらはすぐに恋に落ち、それまで女の子たちとは比べ物にならないくらい惹かれていった。彼女もぼくを求め、毎晩愛し合った。これではまるで人族だと思ったけどどうでもよかった。満ち足りた幸福感がぼくをより一層責任感のある男にしたと思う。ぼくはさらに人を集めるべく、仲間たちを奔走させた。
彼女は魔人族の力を色濃く受け継いでいて素晴らしい魔法の使い手だった。『五式剣のマドル』―――彼女は魔族の間でも一目置かれる存在で、彼女の力が加わることで、他の種族からも徐々にぼくに賛同してくれる者が増えていった。
みんながぼくを尊敬してくれた。でも、ぼくは何もしていない。ただ、人を集めただけだ。でもみんなに英雄だ、救世主だと言われるのはこそばゆいと思いつつもうれしかった。マドル以外にも集った者の中にはぼくを好きだという娘が何人もいて、夜が大変だけど、とても幸せだ。みんなの為に頑張ろうとぼくは更なる計画を考えた。
ぼくらの土地と海を挟んで南にあるのは帝国だけではない。
帝国の東一帯はバルト地方と呼ばれる小邦が喰い合う地だ。ここは帝国とは敵対関係だから、ここを帝国とぶつければ、こちらの損害は少なくて済む。でも問題はこのバルトの邦がいつまでたっても統一されないという点だ。小さな邦では帝国に打撃は与えられない。
そこで、ぼくはバルト六邦の一つ、ジャイに数人を送り込んだ。この邦を出発点として、バルトの統一をさせる。いや統一を完成させなくても、帝国はその不穏な動きに呼応して軍事介入するだろう。それにより手薄になった帝国の防備を突破し、ぼくが帝都に赴く。そうすれば、愚かな皇帝も気づくはずだ。増えることしか取り柄の無い人族がこの世を支配するより魔族が支配するほうが人族の幸福につながるはずだと。
根拠はある。ぼくの仲間になってくれた元帝国兵の皆がそうだった。彼らはぼくらよりも自分たちが下等であることに気が付いてくれて、どんな頼みでも聞いてくれるようになった。どこまで聞いてくれるのか試したくなって、殺し合いを命じたらあっさり従った。あれはちょっとやりすぎちゃったと反省している。
ジャイを傀儡にするのは簡単だ。なにせあれだけの広さの土地を数人で治めているんだから、その数人に言うことを聞かせられれば簡単に思い通りに動かせる。
ぼくの優秀な配下には様々な種族が集っている。
堅い鱗と強靭な身体を持つ竜人族
莫大な魔力を持つ魔人族
パワーと激しい気性を有する鬼人族
魔眼を持つ三目族
他人のエネルギーを吸い己の力にできる翼手族
三メートル以上の巨体を有する巨人族
熱を奪う氷人族
炎を纏う紅火族
魔力で姿を獣のように変化させられる獣魔族
海中で暮らし水を自在に操る死海族
背に翼を持つ天魔族
彼らの力があればできないことなど無い。
彼らを使って帝国に攻め込むことも考えたけど、ぼくはバカじゃない。これまで何度も失敗してきたことを繰り返すはずも無い。
あくまで、人族同士が争って、その隙を付かなければ芸がないしね。
そうして、ぼくは報告を待っていた。バルトが帝国と争うのを待つ毎日。送り込んだ者の中には『転移』が使える者がいるから、結果はすぐわかる。何度か経過を聞くと、順調に進んでいる。ジャイの首長と有力諸家の家族を人質にして、思い通りに動かせるとのことだ。全く彼らの仕事ぶりには頭が下がる。
だが、どうやら期待に応えられない者もいるらしい。
鋼板回しのルダと大盗賊ギリオン。
二人とも失敗をしたから、黒獅子のドンリースに懲らしめてもらうことにした。
リースは大戦時の英雄。
今はぼくが一番信頼している部下だ。
何も心配は要らないよね。ぼくは仲間を信じる。
だから今夜は楽しもう。
「さぁおいで、マドル。ぼくを独り占めできるのは君だけンゴ」
「光栄です。ブロキス様」
彼女は美しい黒髪を下ろして、纏っていた服を脱ぎ始めた。
「ンゴゴゴ、さぁ、早く!! 早く来るんンゴンゴンゴ!!」
「はい、ブロキス様」
ああ、いまだに彼女を見ると緊張しちゃうよ。
あと少し、あと少しでこの柔肌に手が―――
「―――ブロキス様! 敵襲です!!」
「ンゴォォオ!!! 今ッ!? 敵襲ッ!? そんなものリースたちに任せるンゴ!! 邪魔するんじゃないンゴ!!」
「そのドンが裏切りました」
「……ンゴ?」