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第二十話 その者、謎を纏う異人―――白か黒か〈新規〉



 審議官のセイランは十四歳の時、神殿で神託を受けた。


《時が来た。運命の流転は東の果てに終着する……セイラン、あなたに頼みます。魔の森へ行くのです》


「アリア様、その魔の森で私は何を?」


《不確定要素。謎の解明。探求。この時を私は数千年待った。彼がこの世に何をもたらすのか。私が与えたその左目で見極めなさい。彼が忌まわしき災いの連鎖の一端に過ぎないのか、それとも、地上に新たな秩序と希望をもたらす福音なのか……》




 セイランは魔法神アリアの神託に従い、選ばれた聖戦士たちと共に共和国を出立した。



 二か月後。



 セイランがノルノバでようやく相対した少年は、想像していた人物とは異なっていた。




 議会は閉会した。

 ロイドを取り巻き騒ぎになったためだ。


 議会ではもっとも話し合うべき重要な案件がある。

 ロイドたちは場所を変え、室内に席を設けてジャイの動向、対処について話し合うこととなった。


 だがその前にロイドには聞かねばならないことがセイランにあった。



 別室で二人、対面した。


「神はおれのことをどこまで知っている?」


「なぜ私に聞くのですか? あなたはご自身で神々の声を聞くことができるはず」


「……タイムパラドックスってわかるか?」



 ロイドはずっと抱いていた懸念をセイランに説明した。


「……? あの、なぜ過去を変えるとあなたが消えて無くなるんですか?」


「なぜって、お約束だから? 例えば、過去に戻って両親の逢瀬を邪魔すると自分が生まれないわけだから、矛盾が―――」


「いえ、その物語はよくできていると思いますが……うーん? 確信は無いですが、あなたのことは魔法神アリアによって数千年前から認識されていました。神に存在を隠すことはすでに適っていません」


「そうか、確かに」


(いや、おれは魔法神アリアと接触したことが無い。そういえばおれは魔法に精通していたのに、接触してきたのはエリアス様とシスティナ様だけだった。ということは、魔法神アリアはあの頃からおれを知っていたのか? それで傍観していた?)


 セイランにタイムトラベルの専門知識はないが、神話や歴史には精通していた。

 そして神殿に従事する者の最も基本的役割は、人の相談に乗ること。



「人に時を操ることは叶いません。あなたが今過去を生きているとしても、変化を無にすることなどできますか? あなたの知らない未来は他の誰にも分かりません。しかし、あなたがこれから見る未来は一つです。あなたはより良い未来のためにその都度熟慮し、正しい選択をしていかなくてはなりません。普通の人々と同じように」


「……そんな、意味があるような無いような悟りを促されてもだな」


「ではこう言い換えましょうか? 人が体感する時とは経験のこと。あなたがこれまで経験してきたことはあなたの中にある。大丈夫、無くなりませんよ」


「……うん」


(今度は励ましかよ……)



 結局タイムパラドックス―――歴史・運命の変化―――が起きるのか、確証は無い。


(まぁ、過去を変えても今いるこの世界にその変化は認識されていないってことか。その証拠に神からのアプローチは遠回し。おれの存在はまだ〝ゆがみ〟として排除の対象と放っていないということだ)


 ロイドは〝ゆがみ〟に関する自身の知識を記憶の神殿から引っ張り出し考え抜いた。

 


(イズミ様は言っていた。平安京におれが2人存在するようなことはあり得ない。〝ゆがみ〟として気づくから、と―――つまり、〝禁忌〟は存在する。その境界線を今のところは越えていないが、今後どうなるかは信用できない。だからこの子を送り込んで監視役にしたわけだな)


 

 

 変化が未来にどう影響するかはわからない。



「ではロイド侯、私にもお聞きしたいことがあります」


「いいよ」


「では一つ目。迷宮攻略について質問した際、濁されたのはなぜですか?」


「……攻略したわけじゃない。そもそも、おれが迷宮に入ったのは―――」



 ロイドは経緯と最下層で見たことを説明した。


 裏切りと死。

 六頭竜との死闘。

 タイタンとの出会い。

 転移による脱出。


 セイランはポカンと口を開けたまま聞いていた。


「……聞いているか?」


 ロイドの問い掛けに彼女は眼をぱちぱちとさせた。


「今、初めてこの左目を疑いましたよ。よく……生きていますね」


「ありがとう。逆におれのことはどこまで聞かされている?」


「アリア様からお伝えいただいたのは地上の危機、数百年ごとに現れる謎の少年の話、魔の森にいるあなたのことだけです」


 共和国の神殿で、神官が聖域を維持できる時間は限られる。セイランが話せたのは時間にすれば一時間に満たない。


「それだけ聞いたら、不吉の象徴みたいだな、おれは……やっぱり危険視されているよな?」


「その質問にお答えするには二つ目の質問に答えていただかなければなりません。あなたはすでに、一人の人間として余りある力を有して居られます。その力を何にお使いになりますか?」


 長い旅路の中、セイランがロイドに会った時のためにずっとぶつけようとしていた質問。


 地上の危機を悟った魔法神アリアが、注視する唯一の人間。


 ロイドは果たしてこれからも人々を救う聖人か、それとも世界に破壊をもたらす魔王なのか。




「さぁ? 特に決めてないが。今は帰るために使うかな……?」



 セイランは眼をぱちぱちしたり、手を目の前で扇いだり、鏡で自分を見つめながらブツブツと何かを言ったりして、しばらくロイドはほったらかしにされた。

 可愛らしいのでロイドは文句を言わずにじたばたするセイランを見ていた。


「私にはあなたを測りかねます」



 二人の話し合いは話し合いでは解決せず終わった。


「お二方、首長がお呼びです。議会へご参加ください」




「リベル家当主たちを襲ったジャイの兵士たち曰く、中央政府で何らかの方針転換があったらしく、急にナブロへの侵攻が命じられたらしい」


「おそらく、ロイド様が交戦なされた魔族たちに弱みを握られたのでしょう」


 ジャイは国土が広く、政府は首都に集中している。強力な中央集権体制で、地方に勝手なことは一切許さない。逆に言えば中央が抑えられれば簡単に崩壊・奪取が可能。


 そうさせない武力を有しているが、ロイドにはそこを出し抜いたやり方がわかっていた。


「魔族は転移を使っていた。それでどこにでも兵力を侵入させられる。中央は墜ちたものと考えた方がいい」

 

「なんと……、ではどうすれば?」


 一同の眼はロイドに集中した。


(おれに聞かれても……)



 魔族の目的や規模もわからない中、確実なことはロイドにも言えない。

 だが、人々はロイドならば何とかできると思っている。

 セイランの大々的な口上で、期待は高まり、救いの聖人として認識されてしまっていた。


「わかった。おれに考えがある」


「おお、やはりあなた様は神々が遣わした聖人様なのですね!」


「いや、そうじゃないが」


「セーイチ、良いのか。お前は西に行かなければならないんだろう。これはバルトの問題でお前はローア人だ。後悔しないか?」


(後悔するとしたらおれが動いて、未来が大きく変わる場合だ。おれの知る限り神聖歴八紀221年に大規模な戦争は無かったはず。これはおれが関わったために起きたことなのか、それともこれから止められるからなのか……)



「セイラン、おれがここでバルトを救うとしたら、止めるか?」


「いいえ。でも私も意外です。お分かりかと思いますがバルトと魔族の争いとなれば帝国も黙っていないでしょう。中央大陸と暗黒大陸の全面戦争に発展する可能性もあります。それでも参加なさるのですか?」


「やる。ただし、戦争にはさせない」


「どうやって?」


「今こちらに足りないのは情報だ。相手の戦力、計画、その他弱点などを探る」


「そうだな。まずは情報収集から始めよう」



 首長がそう言っても議会参加者が動くことは無かった。誰も魔族に伝手はなく、情報を仕入れる情報源はジャイの兵士とサンガ家の者たちだけ。彼らの情報はあいまいで役に立たない。

 地図を広げても黒く塗りつぶされた空間があるだけ。


 停滞した空気を動かそうと誰か口火を切った。


「帝国なら……」


 それを皮切りに火が付いたかのように議論は白熱した。


「ダメだ!! 帝国の力は借りられない。少なくとも六邦……いや五邦会議で結論を出すまで勝手な行動は許されない」


「しかし、密書の返答を待っている間に何か起きてからでは」

「帝国に借りを作れば後々大きな負債を抱えることになるぞ」

「だが我々より魔族と戦争をしていた帝国人の方が知識を持っているのは確かだ」


 まとまらない議会を見てロイドは気が付いた。


「帝国はバルトと共同歩調をとることはないのか?」


「望みはないです。不戦協定を結んでバルトがまとまっているのは帝国に吸収されないためですからね」

「帝国は魔族との戦争で加勢しなかったおれたちを良く思っていないし、魔族のことを持ち出して領土を拡張しようとするのは奴らの常套手段だ」

「帝国北部の辺境も元はバルト系民族が住んでいたのを、暗黒大陸へ渡る港湾都市とするために侵略して支配してしまいましたしね」

「魔族と戦うためなら何でも大義になると思っていやがる」


(魔族と関わりのないバルトを狙ったのはこのためか)


 帝国にバルトと争わせる。

 バルトの内乱でも魔族との戦争でも帝国側にとっては格好の領土拡大の口実となる。

 

 その隙に魔族が帝国の中枢に打撃を与える。


(だからこんな回りくどいマネをしたのか)


「ひょっとしたら敵は思っているよりも大した規模じゃないのかもしれない」


「なぜわかるのですか?」


「戦った感想だが、魔族の力は一人で人族の百人にも勝る。なのに全面戦争を避け、情報戦術とゲリラ的戦術で混乱させ、自滅に追い込もうとしている。つまり物量戦を避けている」


「なるほど、しかし、魔族に転移なんて使われては大規模な敵を相手にするより質が悪い。対応しようが―――」


「転移が使えるのは魔族だけじゃない」


「え?」


「敵は一つミスを犯した。おれの目の前で転移をしたことだ」


「どういう意味ですか?」


「さっき考えがあると言ったが、おれは転移を見て行先がわかった。相手が少数なら後を追って叩くことも可能だ」


「さすが聖人様!!」

「希望ができた!」

「よーし、やってやろう!!」


 歓声と共に期待感が部屋を満たした。

 

「ではすぐに戦力を確保して―――」


「いや、まずはおれ一人で行く。二日くれ。結果を出す」


 止める者はいなかった。


 正確には止められる者はいなかった。


 ロイドはその場で転移した。

 


三章完結です。

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