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第十九話 その者、謎を纏う異人―――英雄の証明〈新規〉



 暗黒大陸、東方魔境。


 不死王の宮殿。


「失敗しただと? どういうことだっ!!!」


 青白い痩せた男が、その身に似合わない吠えるような怒声を上げた。


「負けたのだ。ギリオンは重傷を負った。続けていればおれも死んでいた」


「お前たち二人を相手に? 敵の規模は?」



「……一人だ」



「……信じられん。人族にそのような者がいるとは!! ルダよ、吾輩がそのような戯言で納得するとでも思うのか!! 貴様はそれでも誇り高き竜の血族かッ!!!」


 憤怒の表情は変わらず、口元の牙がむき出しになる。

 竜人族のルダはただただ、その怒りが収まるのを待つだけだった。



「面白いではないか」



 そこに長身の黒コートの男がやって来た。


「ドン……」


「おや、リース殿。なぜこちらに?」


「宮殿中に聞こえましたぞ。ハメス殿」


「おやおや、これは失礼。吾輩ともあろうものが。しかし……面白いとは不遜な物言いであるぞ!!」


「〝鋼板回し〟のルダと〝大盗賊〟ギリオンを退散させる者。興味深い。人族と我々の差を埋める力があるならば、体感してみたいものだ」


「……ドン・リースよ。これは聖戦。我らが主の崇高な計画なのだ。それを忘れるな」


「……もちろん。ああ、そうだ、忘れてはいけないことと言えば、その我らが主から仕事を仰せつかって来たのだ」


「ほう?」




「ルダ。『役割を果たせないようなら次は無い』だそうだ」




「……っ!」


 黒コートの男、ドン・リースは竜人のルダ目掛け、拳を振り下ろした。

 顔面を捉えた拳はそのままルダの身体ごと床に叩きつけた。


 部屋の大理石は粉々に砕け、ルダはその瓦礫の中でピクリとも動かない。



 強固な鱗は飛散し、肉が抉れていた。




「ハメス殿、ギリオンは?」


「……奴は重傷を負ったらしい。治療中であろう」


「では治療が終わったら私に」



 コートの襟を直して、ドン・リースはその場を後にした。



「人族がどれだけ足掻こうと、お前に適うはずあるまいよ……」


 

 黒コートのドン・リースと呼ばれた男。その一撃を目の当たりにして不死王ナルダレート・ハメスは二人の魔族を退けた人族への興味を失った。



 バルト、ナブロの首都、ノルノバ。


 中央議会場。


「今、パラノーツと言いましたか? その歳で世界の端から端を旅してきたのか?」

「それに聖人とも。過去の文献でも例を見ない存在だ」

「いやそれよりも、迷宮攻略ということだが……」



 議会に参加している知識人たちは各々の興味関心をロイドに向けた。

 中でも迷宮攻略というのは人類の悲願、探求の答えのようなもの。疑問は尽きない。


 迷宮がなぜ存在するのか。

 階層の果てに何があるのか。

 

 その問いの答えを持つ者は未だかつていなかった。


 ロイドを除いて。


「……なぜ黙っているんだ?」

「おーい、何か言えよ!!」

「審議官様が言ったことは本当なのか!」


 

 観衆も一緒になって疑問を呈する中、レンとフォオには確信があった。


(セーイチが迷宮攻略者……魔の森を生き抜き、悪王の使いの毛皮を纏い、呪詛を払い―――これまでの常識はずれな力の数々。やっぱり、どこかの国の貴人だとは思っていたがまさかローア大陸だとは……)


(この方ならあり得る。迷宮を攻略していても不思議じゃない)


 セイランとロイドは見つめ合ったまま沈黙していた。

 やがてそれに耐えきれなくなった観衆が騒ぎ始めた。

 セイランの方が先に口を開いた。


「何か言った方が静かになります。なぜ、黙っているのです?」


「……いや、その……おれは迷宮を攻略したわけじゃない」


 セイランの左目はそれに反応しなかった。


「……何とも、煙に巻くのが上手いですね」


「そうじゃないんだが……」


 ロイドは自身が迷宮を攻略したという自覚はなく、脱出したに過ぎないという解釈だった。

 タイタン曰く、迷宮というものはそもそも攻略を前提に造られているものではない。何かとてつもなく都合の悪いものを、巨大な立体構造による魔法陣で封じている。


 ロイドには神殿から遣わされたセイランの問いは、『何か良からぬものを解き放ってはいないか?』と聞こえた。

 結果、ロイドの答えはなんとも歯切れの悪いものになった。



(それより、おれも聞きたいことがあるんだが……ここでは無理だな)


 なぜ自分の正体を知っているのか。

 何をどこまで知られているのか。

 それが優先事項。



 だがその前に議会を締めなければならない。


「まぁ、良いでしょう。今は、こちらの問題が優先ですからね」


 セイランはサンガ家当主に向き合った。


(コイツ、やけに静かだな。さっきまであんなにうるさかったのに……)


 レンたちはその余裕のある態度を不気味に思った。

 



「今から質問をします。ウソをついても構いません」


「ウソなど付かん。私の言葉が真実であることをぜひ証明して欲しい」


 男は不遜な態度を崩さず、広場に胡坐をかいていた。男の口から飛び出した〝真実〟という言葉に周囲は引き込まれずには居られなかった。


「そうですか。では、ジャイと共謀してロタに敵対したことは事実ですか?」


「事実だ」


 あまりにも簡単に認めたため、男はただ狂っていると半数は興味も失せた。


「理由は?」


「ビジネスだ」


「なぜロタと敵対するとビジネスになるのですか?」


「ロタが欲しいわけじゃない。ただ取引相手がそれを望んだだけだ」


 議会に石が投げ込まれた。


「ふざけるな!!!」

「そいつを殺せ!!」

「吊るせ!!」

「殺せ!!!」


 次の瞬間男は息を吸い込み、これまでで最も声を荒げて叫んだ。


「皆の者!! よく聞け!! もしも私の身に何かあれば、ナブロは崩壊の危機を迎えることになるぞ!!!!」


 最後の悪あがきかと周囲は呆れた。


 一方、セイランは慎重に質問を続けた。



「ナブロの危機とは、ここにいながらどうするのです?」


「え? おい、審問が続いているぞ」


 審問が続いていることで、事の深刻さが伝わった。

 セイランが偽証としないということはただの脅しではないという証拠になる。



「私に何かあれば、魔獣が一斉にロタを襲う。そういう手筈になっている。つまり、私を捕らえることはできない。ロタの住人全員が人質なのだからな!!!」



「そんなこと出来ないはずだ」

「いや、あそこは微妙なバランスで成り立っている。そのバランスを少し崩せば、魔の森の魔獣が西側に解き放たれる」

「バランスを崩すとはどうやって?」

「簡単だ。誘発剤を使って魔獣のテリトリーに変化を加えれば後は連鎖反応が起きる」

「問題はポイントだ。あそこは通常と異なり有効なポイントが無数にある」

「では、どうやって防げば……」


 魔獣研究者の予測を裏付けるように、サンガ家当主は笑みを浮かべた。

 その笑みに激情を駆られたレンが男の胸倉を掴み上げた。


「何を考えてる!! そんなことをすれば、ロタだけじゃない、ナブロや他の領邦の秩序が崩壊するぞ!!」


「ははは!!! 制御するさ! 所詮は獣。上手く誘導して、帝国方面を攻めさせることもできる。それに我々には強い味方もいる」


「ジャイか!! そんなずさんな計画を……魔獣を制御するなど不可能だぞ!!」


「そこまで不安なら、この手を放せ、小僧。んん? なんだその眼は? 気に喰わんなぁ。ああそうかお前の親父を殺させたのはおれだったな」


「ぐっ……き、貴様~……ッ!!」

 



「すまなかった。お前もお前の爺様も後を追わせる手筈だったのに、私の計画の甘さで家族がバラバラに。お前の親父はあの世で寂しがっているだろうな。本当にすまな~い!! あはははは!!!」


 レンは何もできず、言われた通り手を放した。 今まさにバルトに危機を招こうと画策する男に、何もできず道を空ける人々。




「悔しいか、平和ボケした無能ども。馬鹿みたいに獣と戯れてないでもっと頭を使って生きるべきだったな!

さぁ、私を通せ!! 今は私がルールだ!!」


 

 今まさにバルトに危機を招こうと画策する男に、何もできず道を空ける人々。



「わかっていると思うが、この中にも私の仲間がいる。私に何かあればすぐにロタの仲間に伝わ―――」




「―――あの〜」



 そこに立ちはだかった者がいた。


「貴様……ちょうどいい。皆の者でこの男を殺せ! さもないと―――」


「―――その誘発剤とはこれのことか?」


 男の言葉を遮りドサリと置かれた木箱の中には、大量の袋に入った粉が入っている。

 

「……これは、合成前の誘発剤!!」


 議会の知識人の一人がすぐに気が付いた。


「ええ? どうしてセーイチが持っているんだ!! というかどっから出したんだ?」


「き、貴様……それをどこで……!?」


「任務の帰りに怪しい小屋があったから入ったら、これと同じ木箱がたくさんあった。残りはギルドに引き渡した」


「ということは、あなたの目論見はすでにこのロイド侯が潰していたということですね」


 広場に集まった人々の怒り、殺意の視線を一斉に浴びた男は大きく狼狽えた。


「ぐぅ、まだだ!! 今頃私の仲間が小屋に誘発剤が無いことに気づいて、再度調達をしているはずだ!!!」


 再び退路を確保しようとする男に皆手を出せずにいた。

 だが、レンはその中で動揺も無く、憐れな者を見るように目を細める二人―――ロイドとセイランに気が付いて、ハッとした。

 


「ちょっと待て、まさか、お前が誘導しようとしているのは……」


「ほう、さすがは盾の一族、気が付いたようだな!! 良かろう、賢いお前に免じて一つ教えてやる!! そうだ! あの即死級三大立ち入り禁止地区の魔獣たち。討伐困難な鳥型魔獣の巣となり果てたお化け砦、あらゆる毒に侵された毒霧の沼、そして入った者が謎の死を遂げる呪いの廃村!! あれらの魔獣たちを一か所に集めれば確実に生態系に変化を及ぼし、魔の森から多くの魔獣が西へ進出するはずだ!!」


 愕然とする議会と観衆たちとは対照的に、ロタから来たレンたち、セイランたちはあっけからんとしていた。


 それもそのはず。

 すでに即死級三大立ち入り禁止地区など存在しないからである。


「フハハハ!! わかったら、私を通せ。さもないとここにいる者全員魔獣に―――ぎゃ!!」


 ロイドは無言で男を殴った。



「「「「「ええ!!」」」」」


「ちょっと、何しているんだ!!」

 

 

 即死級三大立ち入り禁止地区の消滅はロタの街でも伏せられていた事実。

 ギルドが調査中としているため、外には漏れていなかった。


 議会の何も知らない面々はひどく動揺した。


「鼻が……この、私に手を出すことがどういうことか―――ぎゃあ、いたい、やめっぐはっ、ぐべっ!!! な、なんで……?」



「悔しいか。無い頭で優位に立ったと勘違いする前に、日ごろの行いを正して運を味方にすべきだったな。ちなみに今はおれがルールだ」




 顔面を殴られ続け、男はぴくぴくと震えながら床に転がされた。


「こいつにはまだ情報を聞き出せる。どこかに拘束しておけ」


 周囲は慌てふためく。

 首長はロイドに詰め寄った。


「これはどういうことだ?」


 そこにセイランが割って入った。


「首長、皆さん、ご心配無用です。あの地区は三つともすでに存在しません。こちらのロイド・バリリス侯によって消滅しました」

 

「あの、審議官様。消滅とはどういう意味でしょう?」


「そのままの意味です。全て焼き尽くされ、灰だけになったとのことです」


「何かあれば、魔の森にいる極銀(ミスリル)級冒険者ギガクから魔力を通じて報せがある。こいつらの計画が達成されることは無い。まぁ、コイツにそれを教えてやる義理は無いがな」


 気絶した男を足蹴にして転がす。受け取った兵士がその身柄を拘束した。


「あと、今回の情報が漏れるのも面倒だ」


「「「うぎゃぎゃぎゃぎゃ!!」」」


 観衆の中で突然叫び声を上げながら何人か失神した。

 やたらとサンガ家贔屓なヤジを飛ばしていた連中である。

魔力網(ソーサリーウェブ)』と『紫電(ライトニング)』の合わせ技で逃げようとする者たちを見つけて失神させた。



「あの者たちは間者だ! 捕らえよ!!」


 レンの指示で兵士たちが男たちを拘束した。


 騒がしかった議会周辺は一気に静寂に包まれた。


「今のは魔術……?」

「見たことが無い。あんなことができるものなのか」

「神の御業だ」



 ロイドの力は裏付けられた。

 迷宮攻略も信憑性を増した。


 バルト人は英雄が好き。

 

 そして英雄の証明は成された。

 

 自然と誰かが言い始めた、感嘆と憧憬を表す言葉が観衆の間に静かに広まった。立ち見だった観衆は膝を突き頭を下げた。



 やがてそれは議会の知識人から貴人たちにも広まり、ロイドの前にはついに首長すら頭を垂れた。



「バリリス侯、救いに感謝を」



 まるで反響音のように、その言葉が繰り返し囁かれた。



お待たせしました。明日も投稿しますのでよろしくお願いします。それで三章の改稿は終了となります。

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