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第十八話 その者、謎を纏う異人―――真実〈新規〉



「あれは一体何なんだよ、セーイチ!!」


 転移により、魔族に逃げられた後。

 レンは緊張から解放された勢いで興奮気味に問いただした。


「……あれ?」


「さっきの一度に大勢倒したり、魔族相手に飛んだり、飛ばされたり、街道は跡形もないし、あの二人は消えるし、お前は雷を操るし、こんな状況なのに冷静だし!!」


「若様、そんなに一度に聞いても……」


 レンの疑問に答えることなくセーイチは気絶した兵士たちの元へ歩く。


「話している暇はないぞ。気絶した奴らを拘束し、サンガ家とジャイの手の者を見繕ってノルノバに連れて行く。急げばまだ日暮れまでにノルノバに到着可能だ」


「ああ、そうだな……あれ?」


 セーイチのなまりが完全に無くなっていた。

 レンは疑問が増えて、混乱する前に考えるのをやめた。


 するとセーイチはおもむろに馬に駆け寄った。馬が脚を怪我したようだ。


「よしよし、待ってろ。今治してやるからな」


 馬の脚が治癒するのを見て、ファオとレンは黙って顔を見合わせた。

 

 元気になった馬に即席の台車を引かせ、四人の襲撃者を乗せた。

送風(ウィンド)』によるアシストもあって、ノルノバへは半日かからずに無事到着した。



「どうやら火の手は上がっていないし、平穏そうだな」


「そこの騎馬、止まれい!!」


 物々しい警備。

 三人は止められた。


「おい、レン……」


「大丈夫だ。あれはノルノバの兵士で間違いない」


「我々はロタから来たリベル家の者です!! 首長会議に出席します。こちら当主のレン。私は守護者のファオ、こちらが――――」


「リベル家だと!!」

「こやつら、サンガ家の者を連れているぞ!!」

「ひっ捕らえろ!! 反逆者だ!!」


「なに?」


 門の中からぞろぞろと兵が出てきて、上からは弓兵が矢をこちらに向けている。


「ど、どういうつもりだ!!」


「それはこちらのセリフだ!! よくもぬけぬけと顔を出せたものだな!!」


 激しい怒りの感情が離れた三人にもひしひしと伝わる。

 だが、もちろん三人に心当たりはない。


「何の話だ?」


「知るか! 何か誤解があるようだ……」


「落ち着いて事情を聞きましょう。きっと話せば誤解を解いてみれば大したことでは……」


「リベル家の者は即刻処刑せよとの首長の厳命である!! 一斉に放て!!!」 


「「「なっ!!!」」」


 取り付く島もなく、矢が放たれた。

 斉射された矢の雨が三人の騎馬の周囲を埋め尽くした。


「外れた!?」

「次、矢を番え!!」

「狙えぇぇ!!!」


 いくらやっても矢は当たらない。

 


「……なんでだ?」



 圧縮された風の壁が矢を阻んでいた。

 それに気づかず兵たちが手をこまねいている間に、さすがに状況を飲み込んだ。 


(そうか、侵略にもいろいろあるわけだな)


 ノルノバに軍が乗り込んだりはしていない。だが、すでに情報操作で乗っ取られている。


(サンガ家の者が先回りしたか、定時連絡が無かったからか、『転移(ワープ)』でさっきの魔族が報せたか……いや、おれたちが死んだと思って、好き勝手に嘘をバラまいているのか)


 


「内乱の画策が失敗に終わり、今度はおれたちを反逆者に仕立てる気だ」


「なぁ!? ふざけるな! おい、門番!! ここに神殿の審議官様から手紙を預かっている! これが真実だ!!」


「どうせ偽物だろう! 蛮族の考えそうな浅知恵だな!」


「ど、どうすれば……セーイチ様……」


 魔族との戦闘で疲れ切っている三人。特にファオとレンはもう限界だった。


「……手紙の真偽はこちらの神官が判別できるはず。神殿間のやり取りを無視することは神殿と神々の意向を無視するということ。また、罪人の処罰の裁量は法院による裁判に委ねられるはず」


「ぐっ……いや、手紙は預かる。だが反逆者の裁きは首長の厳命だ。神殿がこの決定に異議を唱える権利は無い!!」


「そうか、分かった。ところでここにいるのはサンガ家だけではなく、ジャイの兵もいるわけだが、そこはどうつじつまを合わせる気だ?」


「はぁ? ジャイだと……?」


「ここから先の岩山にまだ三十人以上いる。ノルノバがこれを把握していないのであれば、一大事ではないのか?」


 セーイチはジャイの男を突きだした。

 顔立ちでジャイの者と判断されたようで、門番たちが議論を始めた。

 

 もし、山越えを見逃したのだとしたら、進軍を見逃したことになる。その手段は絶対に調べなければならない。また、ジャイが北から南下するには交易地であるサンガ家が治める領土を通る。その事実だけで兵たちが知らされていた話が胡散臭くなる。



「ここで待つ。上席に確認を取れ」


「う、よーし、そこを動くなよ!!!」



 数分後、門番は態度を変え、門を開いて一行を迎え入れた。


「妙な真似をしないでもらおう。サンガ家とリベル家、どちらの主張が真実かは議会が

決定する」


 ただし、客としてではなく、重要参考人という扱い。

 三人は大人しく従った。



 ナブロの中核都市であるノルノバは高い木造建築が乱立し、青い空に朱色の瓦屋根が映えている。

 馬車に乗せられ、三人が連れて行かれたのは議会場。

 建物ではなく、解放された広場で、すり鉢状をしているため多くの人々が話し合いを傍聴できるようになっている。


 そこにはすでに数人の貴人が座して待っていた。周囲には見物人たちも集まってきている。


「罪人が来た!! このナブロの治安を脅かし、我が領土を侵害せしめた大逆人だ!!!」


 いきなり、男が叫んだ。

 サンガ家の当主だ。


 その言葉を受けて見物人の中からヤジが飛ぶ。


「なんだと、リベル家はとうとう武力行使に出たのか!!」

「許せないぞ! ロタの治める資格をはく奪しろ!!」

「バルト六邦への反逆だ! 一族郎党打ち首!!」

「打ち首!! 打ち首!! 打ち首!!」


「「「「打ち首!! 打ち首!! 打ち首!! 打ち首!!」」」」


 一部の見物人が周囲を煽る。


 その中を三人は進み、中央に着いた。

 勝ち誇った顔をするサンガ家当主。



「リベル家当主、レン・リベルです。先日書簡にてお知らせ申し上げた通り、当家への敵対行為を働いた者が居り、ロタのみならず、ナブロ全体に関わる大事との推量によりこのような場を設けていただきました」


 あくまで冷静に、レンは正しい手順と礼儀で話し始めた。


「確かに、手紙は読んだぞ」


「騙されてはなりません! この者らはお家の存続を危ぶみ、我らに濡れ衣を着せて領土を手中に収めようと画策したのです!!!」


「な、なにを!! 画策したのは―――」


「まぁ待て! ここは議会。勝手に発言をするんじゃない。それで、リベル家のレンよ。神殿から預かった手紙があるとのことだが?」


「はい、ここに」


 レンが兵に手紙を渡し、それを首長が受け取った。そこにサンガ家当主が割って入った。


「偽物に決まっている! いや、上手く事実を捏造して神殿を利用したのかもしれませんな」


「そんなことができると?」


「ええ、偽物の暗殺犯に、黒幕が我らサンガ家だと信じ込ませるのです。ここまで回りくどい侵略行為を働いたのですからそれぐらい用意しているでしょう」


「黙って聞いていれば勝手なことを!!」


「静粛に! ここは争う場ではないぞ!!」


「なっ……!!」


 弁明すらさせてもらえず、立場はレンたちが圧倒的に不利だった。

 首長はすでにサンガ家に寄って考えを固めているようで、手紙を読んでもめんどくさそうにしているだけだった。


(首長は、まぁ、頭の悪そうなただのおっさんだな。先に聞いた話を信じるとは)


 だが、議会にもまともな者はまだ居た。

 議会は各都市の代表と、専門知識を持つ知識人で構成されている。


「だが、ジャイの件は何とする? ジャイがここまで来るにはサンガ家の領地を通るはず。地理的にロタとジャイが結託することは不自然だが?」


 問いかけられたサンガ家当主はニヤニヤと笑いながら声を張った。


「本当にジャイから来た、そう言う思い込みに陥ることこそ奴らの狙い! 山脈を超えるならば、邦境警備が気づかないはずがない。そして我らの領地にもジャイの軍隊は通っていない。ならば答えは一つ。ジャイ出身者たちは初めからこの邦にいた者たちだ」

 

「あらかじめいた者を軍に仕立て上げたというのか? 全てリベル家が仕組んだと? なぜだ?」


「おそらく我々サンガ家とジャイが手を結び、ロタを乗っ取るために動いている。そんなデマを信じさせるためでしょう」


 滔々と語るサンガ家当主に対して、レンは発言が許されずに唇をかんで耐えていた。


「なるほど。サンガ家はその企てを阻止するべく、守護者を送り返り討ちにあったというわけか」


「はい……え?」


「なぜ、先にこちらへ報告せず独断で動いたのでしょうな」

「ジャイの人間を集めて軍隊に偽装するなどロタの武人に考え付くだろうか……」

「もっともらしいことを言っているが、よく聞けばサンガ家当主の言い分に証拠はない」

「うん。リベル家は先代当主が御隠れになり、大老殿もご病気であったと聞く。そんな中、他領地の侵略など考えるか? どうにも納得いかない」


 知識人たちの意見に首長はめんどくさそうな顔を、サンガ家当主は怒りの表情を浮かべた。


「声の大きさと雄弁さは真実と無関係だ」


 議会に到着して初めてセーイチが口を開いた。


「ほう、言うではないか。確かに、首長、レベル家の主張を聞かぬでは真偽は分かりませんぞ」


「待て、罪人のウソを信じてはならない。そうだ! 皆さん証拠というが、守護者に異人を連れていることこそリベル家の異常の証! きっと、この者が工作したに違いない! いかにも怪しい」


「うーむ。確かに……その方、何者だ?」


 セーイチは発言を許可されて立ち上がった。


「私は極銀(ミスリル)級冒険者、セーイチ。守護者ではなく、警護の指名依頼を受けたただの冒険者だ。依頼内容はこの二人をノルノバまで無事に送り届けること。すでに任務は完了している。ゆえに私の発言は客観性を維持している」


「……」


 ザワザワと観衆が騒ぎ始めた。

 人々にとって極銀(ミスリル)級とは英雄に近い存在で尊敬の対象でもある。

 それまでめんどくさそうな顔をしていた首長は嬉々として尋ねた。


「では極銀(ミスリル)級冒険者セーイチ、何があったか話せ」


「手紙にある通りだ。呪詛によるロン大老の暗殺未遂とサンガ家の関与を下手人が証言した。サンガ家はジャイと手を組みロタの街への侵略行為を画策している。神官に証文を見せれば済む話だ」


「……そうだな」


「首長!! 先ほど申し上げたではないですか!! その手紙自体、捏造することができるのです! こ奴らは我々を騙し、陥れようとしているのです!!」


「……それではらちが明かないではないか。どちらが正しいのか、誰か良い案はないのか?」


「首長! こんな得体のしれない者を信じるのですか!? 同じバルト人ではなく、異人を信用なさる気か!!」


「そうだそうだ!! 極銀(ミスリル)級だからと言って悪人じゃないなんてわからないじゃないか!!」

「そいつが全部仕組んだに違いない!!」


 またもや観衆の中からサンガ家寄りのヤジが飛んだ。

 

「誰かこの男の人となりを聞いたのか? 争いの場に都合よく、居合わせたとでも? 今、この場でもっとも得たいが知れぬ男の言葉を皆は信じるのか!!」


 その言葉で、流れは再びサンガ家の当主に傾いた。


「セーイチ様を、我らが恩人を愚弄するとは!」


「獣人風情が神聖な議会で口を開くな!!」

「おい、それは獣人差別だ!!」

「関係ないだろ。リベル家側は三人とも信用できる要素が無い」


 議会が混とんとし収拾がつかなくなりかけた。その時―――


「―――首長、勝手ながら、神殿の方をお連れしました」


 知識人の一人が〝解決策〟を連れてきた。


「収拾がつかない。やはりこの件、神殿に預けるべきか」


「ご安心ください。こちらに居られる方は審議官様です」


「なに!?」


 そこに現れたのは黒い服にベールで顔を覆った小柄な少女だった。

 手には立派な錫杖を持ち、聖戦士を従えている。


「あ、あなたは…‥」


「こうなるだろうと思い、後を追わせていただきました。そちらの馬が速く、置いてきぼりにされましたが」


 彼女はまぎれもなく、薬師の審問を行った審議官だった。


「し、審議官が、どうして……」


 神殿からわざわざ出向いてきた審議官に、サンガ家の当主は激しく動揺した。

 神殿は来るもの拒まずだが積極的に政治に干渉はしない。

 審問に掛けることはそれだけで不名誉なことなので基本的には罪人にしか行わない。


 議会で罪人と断定されなければ審問を受けることは無い。

 サンガ家当主はそう高を括っていた。


「またもや、おかしな状況ですな。私は存じ上げない方ですが、皆さんはどうでしょう? こちらも異国の方のようだが、バルトの決定をバルト人以外に委ねるのでしょうか?」


「なに? 貴殿は審議官を信じるなというのか?」


「あ、いや……その……」


 その動揺ぶりが言葉を胡散臭くした。


「神殿の方々の生まれや人種を問うなど浅ましいことだ。一街の代表とも思えん発言ですな」

「先ほどから雄弁に語られているが、やはりこれという証拠がない以上、もはや審問を受ける以外に身の潔白を示すことは適わないでしょう」

「ふふ、審議官様はリベル家当主と知らぬ仲ではないようだし、これはもうわかりきっているのでは?」


 状況は一気に逆転した。


「サンガ家当主よ。審問を受けたまえ」


「そ、そんな。当主が審問を受けるなどあまりにも不名誉です」



 拒絶がより一層、怪しさを濃厚にした。



 セーイチはそれよりも気になったことがあった。

 

(あの子の後ろの三人、おれを監視していた奴らだ。ということは、おれを見張っていたのはこの子か?)


「ふふ、ようやく会えましたね」


「神殿がおれに何の用だ?」


「申し遅れました。私は共和国神殿にて審議官に就きました、セイランと申します」


 共和国という言葉に、皆は思考を北方から南下させた。

 そこはバルトの南に位置する、中立国。

 圧倒的魔術水準と、先端技術で帝国にも、バルトにも干渉を許さない高度な文明国家である。


 セーイチとセイランの様子に一同が関心を寄せた。


 審議官セイランはベールを上げた。


「……その眼」


 セーイチと同じく、その眼を見たものは驚きを禁じ得なかった。

 美しい金色の瞳と、淡く光を帯びた緑の瞳。


「この左は神より賜りもの。この眼の前に偽証はできません」


(この子、まさか……マズイ、おれの正体を見抜かれたら……)


「ふふ、心配しなくても、大丈夫です。すでに神は全てお見通しです。だから私がここにいるのでしょう?」


「どういうことだ?」




「つまり、こういうことですよ、バリリス侯」





 唐突に呼ばれたその名に、セーイチは固まった。



「バリリス?」

 

 バルトにはない名にいちどうが首を傾げる。


「ええ、知っていますとも。あなたは、ロイド・バリリス・クローブ・ギブソニアン」


 二人のやり取りは場に緊迫感を生んだ。

 中でも一番緊張していたのはセーイチ、そして、セイランも一語一語、覚悟の上のものだった。

 


「パラノーツ王国、ピアシッド王家に仕えし騎士にして、剣神の加護と七神が一柱、慈愛の神の恩寵を賜りし聖人。魔導を探求する者、革新をもたらす者、『陰謀潰しの麒麟児』、そして―――」


 

 そこまで言って、セイランは少し息を整え、セーイチの顔を見ながら口を開いた。まるで己の知る事実が本当に現実のことなのか、確かめるかのようだった。



「―――そして、ピアシッド第一迷宮攻略者」



 迷宮攻略者。


 その言葉を聞いて辺りは静寂に包まれた。


 皆がセーイチの返答を待っていた。


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『ゾンビにされたので終活します × 死神辞めたので人間やります』
― 新着の感想 ―
[良い点] むふふ、凄い称号~ 因みに、騎士であることはこの作品のユニークな所、でもタイトルに記載されないですね、ちょっと変
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