第十六話 その者、謎を纏う異人―――待ち伏せ〈新規〉
薬師への審問で、ナブロの一都市を治める〝サンガ家〟という大きな商家が関わっていると分かった。
ただし、サンガ家の思い切った侵略計画はナブロの北方に位置する大きな邦、ジャイが背後にいてのこと。
よってリベル家の役目は、この一大事をノルノバにいるナブロ首長に伝えること。
西へ馬を走らせ早急に行動しなければならない。
大老と傘下の男たちがロタに残り、当主であるレンと守護者のファオ、そしておれがノルノバに向かうことになった。
おれにはあいさつする者は少ないが、ゼロじゃない。
「そういうことで、すぐに出立する。地図をありがとう」
「いえいえ、お仕事頑張ってください、セーイチ様」
ギルドで西側諸国の詳細な地図を手に入れた。
ついでに世話になった受付嬢にあいさつ。
ギガクにもと思ったがクエストでいなかった。
「ギガクに、これを」
「なんですか? ペンダントですか? 私にではなく、ギガクさんですかあーそーですか」
「魔道具だ。ピンチになったら、魔力を込めろと言っておいてくれ」
「そうしたらセーイチさんが助けに飛んでくるんですか?」
「察しがいいな」
ニコニコと営業スマイルだった受付嬢は、去り際少し動揺していた。
なんだかんだでこの街にいたのは半月ほどだったが、街を出ると思うと妙に郷愁に駆られる。
これからこういう寂しさを感じながら進むのだろうか。
おっと、今は感傷に浸っている場合じゃなかった。
このバルトの一大事かもしれない。
それを報せる大役を担ったレンとファオを、無事ノルノバに届けなければ。
出立の準備を終えて、レンは気重そうな顔をしている。
「セーイチ、正直に言ってくれ。途中襲撃があったら、どうなる?」
「襲撃の規模による」
「大軍を送り込むのは地形的に無理だ。山脈があるし、大きな動きをすれば発覚しているだろう」
「物量戦にならなければ大丈夫。おれは守りながら戦うのは、慣れている」
レンは心配している。
審問の結果を議会と首長に伝えれば、サンガ家は背信行為でお取り潰しだ。絶対に阻止してくるに違いない。だが、妙な手口を使う一連の侵略政策を考えると、何をしてくるのか分からないのが正直なところだ。
でも今はただ心配を和らげるためにできるだけキッパリ言った。
「安心しろ。二人はおれが必ず守る」
「そうか」
「若様、リベル家の男たるもの、常に毅然としなければ」
「わかってる。確認したかっただけだ」
ノルノバまでは一日半掛かる。その道中、何が起きるかなどわからない。
ルートは何通りかあったが、最速最短の街道を進むことにした。迂回路や人目に付かないルートはかえって危険だと判断したからだ。
おれとしてはあまり刺客に気を取られて他をおろそかにする方が不安だ。
「準備は出来た。行こう」
レンの後をファオと二人付いていく。
ロタの西門の外は、東側と違って穏やかだ。このまま何も起こらないといいんだけど。
おれたち三人は馬を走らせ、宿場町へと向かった。
◇
道中は問題なく進んだ。
こちら側には魔獣が少ない。
ロタから来る者を襲う山賊もいない。
ただ、宿場町ではやはりおれの顔立ちは目立つようで、ローブで顔を隠すことにした。襲撃に備えて身元は隠せるに越したことはない。
「今、ローブが品薄でな。ここから先のノルノバは大都会だ。皆ローブで姿を隠す」
「どうしてだ?」
「武人は流行に疎い。恥かくぞ。それに武人だと気づかれたら金の亡者が群がってきて騙されるのさ。ロタの武人は金持ちだからな」
そう言って露店商人が布切れを高額で売りつけようとする。レンがそれを買おうとして止めた。
「日持ちしないからロタには流れない食材だよ。これからノルノバに行くならここで買った方がいい。あっちじゃここの三倍で売ってる」
「どうして?」
「ほら、税金とか、需要のバランスとかだよ。物価がね、こっちの方がお得なんだよ」
そう言って市場の商人が腐りかけで日持ちしなさそうな野菜や果物を売りつけようとする。ファオがそれを買おうとして止めた。
トラブルと言えばそのぐらいだった。
宿場町に一泊し、妙に疲れた心身を休めた。
翌朝の早朝に出立。
順調に進んでノルノバまで半日というところまで来た。
左右を岩山に囲まれた場所。
『魔力網』反応がある。
(どういうことだ?)
少人数なら突破しようと思ったが、潜んでいたのは軍隊だった。
(全部で四十人くらいはいるな。ノルノバから半日の距離だからノルノバの軍か?)
だが正規の兵隊ならここに隠れる理由がわからない。
[こんなところで待ち構えてんだから、強襲だろ]
「若様、セーイチ様、囲まれています」
「わかってる。うかつに動くな」
「そこの三騎、止まれぃ!!!」
考えていると岩陰から男が現れた。派手な格好をしている。帯刀しているが、戦えるようには見えない。
それを合図に隠れていた者たちも姿を現した。
武装している。恰好はバラバラだが、一部派手な服を着ている。
前後左右から矢が向けられている。
「その方、ロタの街を治めしリベル家当主、レン・リベルとお見受けする! 覆いを取り、自ら名乗りを上げよ!!」
「やはり、こいつらサンガ家か、ジャイの手の者だ。こんなところに軍隊で来るなんて、もしやノルノバはもう……」
「セーイチ様、どうすれば……引き返しますか?」
「いいや」
ここまで来て引き返しても意味がない。
引き返す理由もない。
「聞こえなかったのか!! 姿を見せろ!!! さもなくば、矢の雨が降るぞ!!」
「セーイチ、どうする!?」
「セーイチ様!」
「……」
おれの右目が自身の魔力を捉える。
極彩色のネオンカラーは細い蜘蛛の巣状に広がり、岩は通過して、その裏にいる生物の魔力に反応する。枝分かれした光の筋はそうやって一人ずつ、その位置に向かって集中しピンと伸びていく。
魔の森の魔蟲から見て覚えた『魔力網』という魔法。
全ての伏兵の位置を索敵。
位置が判れば、後は簡単だ。戦いを省略できる。探り合いは一切なし。出鼻を叩いて一気に決めよう。
糸状の魔力を雷魔法のパスに変形。魔力視のおかげで器用度は増した。
索敵に引っかかった者全員に向けて、ピンポイント雷魔法。
殺風景な岩山が一瞬、美しくライトアップされた。
同時に短い悲鳴の合唱。
「なっ、おい! 誰か!! 状況を報告せよ! どうなっている!?」
目の前の華美な恰好をした男は話を聞くために見逃した。男は自分が1人になったことをまだ把握できずに、虚しい号令をかけている。
「安心しろ、お前以外は全員気絶させた」
「バカな……そんな、一瞬でどうやって!?」
「質問に答えるのはお前だ」
「おのれ〜!!!」
男は剣を抜いて、振り回し始めた。
「はぃ〜やァッ!!! 私は栄誉あるサンガ家筆頭守護者、バルト伝統剣術〈瞬回〉を修めし者なり!」
親切な奴だ。サンガ家だと名乗った。
それに間抜けな奴だ。
こいつには色々質問しよう。と思っていたら、レンが先だった。
「貴様、何をしてるのかわかっているのか!! これはリベル家への反目だけではない。ナブロへの裏切り行為だ! 何が『栄誉ある』だ、恥知らずめ!」
「黙れ、小童! 大局を知らない田舎者め。バルトの未来のために正しい行いをしているだけのこと! 大人しくお縄に付け、大義は我らにある!!!」
レンは開いた口が塞がらないようだ。大丈夫、おれもだ。
よくもまぁ、自信満々に正当化できるものだ。
[このズレは埋まらないぞ。納得できるよう理解する必要はない]
そうだな。
興味ないさ。
おれは男に、石を投げた。
「ぎゃ!」
頭に当たって、うずくまる。
「聞かれたことだけ、応えろ。まずお前たち、誰の命令で動いてる?」
男は尻もちをついて、馬上のおれを怯えた顔で見ていた。
「ひぃ……っ!!」
ふと、その視線がズレた。
「―――っ、セーイチ様!」
[上だ!!!]
ファオとブラックロイドの声と同時に、巨大な鉄の塊が飛来してきた。
[バァァァァンッ!!!]
激突音と宙に舞う岩。
おれは間一髪でその一撃を回避した。
男は動きを止めず追撃。
「ぐっ!」
なんて怪力と瞬発力だ。
切り返しが人間の速さじゃない。
しかも、おれの雷魔法を食らって動けるのか!?
[驚いている場合か? 一人居たら……]
おれは臨戦態勢を取った。
『魔の手』の発動と同時に魔力を感知し、何かの魔法をレジストした。魔法はレンを狙っていた。
危なかった。
風魔法か?
気を取られている間におれを襲撃した男は分厚い得物を振りかざし、今度はファオを狙う。
「舐めるな!!」
ファオは馬上から手綱と槍を巧みに操作し、石突で攻撃を受け流した。
だが、分厚い塊は、ファオの技を押し返し、馬ごと跳ねのけた。ファオは即座に態勢を立て直して、槍を構えた状態で男と相対した。
見ると槍の石突きは粉々だった。
なんて力業だ。振り切る前に割って入った槍を、馬ごと跳ねのけるとは……
危ない。
伏兵の本命はコイツらか。
「二人とも動くな」
「わ、わかった」
「はい……」
敵はどうやら二人。
前衛は凄まじい膂力の持ち主。後衛は魔導士で、姿を見せない。巧みな連携。
さっき気絶させた者たちとは明らかに違う。
纏わりつくような殺気。近くにいたサンガ家の男は泡を吹いて失神している。
分厚い鉄の鉈は切っ先に行くほどに太くなっている。斬るというよりカチ割るための物。さすがにアレを頭部に受けたら即死だろう。
おれでもちょっと怖い。
レンとファオを見ると、震えていた。
大丈夫だ。
おれが付いてる。
おれは魔の森で学んだ威嚇を実践した。二か月間二十四時間野生の猛獣、魔獣の中で生活したおかげで殺気を返す感覚は掴んでいる。
眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。眼で殺す。
敵の男が動きを止めた。
効果があったな。はっはっは、どうだ!!
そのまま膝ついて詫び入れんかい! 泣き入れたら半殺しで勘弁したるわ。
振り切って敵を威嚇する人間になりきる。
これが結構大事。
おお? なにや、コイツ……
あれあれ? お、おれの膝が笑ってる?
これは……?
敵の男からさっきより明確な殺意が伝わって来た。
身体が明らかに重く感じる。
これは魔力を応用した精神圧迫技か!?
男が剣を振りかぶって前傾姿勢になった。マズイ!!
右目で構成を理解。やはり、固有魔法か。
この程度ならすぐさまマネできる。
さぁ、反撃だ。
「……ッ!」
男が動きを止めた。
おお? なんや、お前おれに迫力勝ちしたつもりなんかコラぁ!!
魔力操作で負けてたまるか。
この新たな威嚇、『威圧』ならば大型魔獣にも匹敵する。
驚いたことにそれでも男とは互角だった。
驚いたのは向こうも同じようで、動きを止めて、おれと対峙している。おれはおれで、魔導士の警戒もしているので、このままでは分が悪い。互いに『威圧』し合いながら、じりじりと歩み寄る。身体全身が鉛のように重い中、おれの左手が大太刀の柄を掴んだ。
おお? 武器を掴んだ方が楽になるようだ。
『威圧』が敵を上回った。
「……ッ????」
(イケる!!)
その瞬間、死角から真空の槍が投げ込まれた。
「ぐぉ!?」
『風の槍』か!
拮抗していた場が崩れた。
風の槍を何とか避けた先に、大鉈が振り下ろされる。
「ちぃ!!」
[バァァァンッ!!!]
謎の二人組の連携が容赦なく命を奪いに来た。
「セーイチ様!!」
「セーイチ!!?」
「がぁあああ!?」
砂埃の中に鮮血と呻き声。
男は振り返り、ギロリとおれを睨んだ。
そう、大鉈を掻い潜って一太刀入れてやったのだ。『風圧』を剣術と組み合わせた返し技だ。技名はどうしよう……ん?
完璧に決まったはずの技を受けて、男は立っていた。
手応えが変だ。
大太刀で斬ったのに、ほとんど撫でただけで骨までいかなかった。ローブの下に鎧を着こんでいるならわかるが、金属の感触とは違った。
「人が……我二傷をツケルとハナ」
ずるりと切れたローブの隙間から、男の顔が見えた。
「そ、そんな……」
「どうしてこんなところに……?」
大鉈を振り回す男の正体。
多種族を射殺すような、食物連鎖の頂点であるかのような紅い眼。
蒼い光沢を放つ鱗。
頭部から生えた硬質性のある鋭い角。
肉食性を誇示するかのようにむき出しの大きな牙。
それはバルト人やゼブル人、ローア人などの人族はもちろん、獣人族でもない。
ドラゴンの血を受け継ぐという〈竜人〉
なぜか、バルトの政変に魔族が入り込んでいた。