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第十五話 その者、謎を纏う異人―――曇天〈新話〉

改稿によって生じた新規書き下ろしです。2019/06/17


 

‶即死級三大立ち入り禁止地区〟が消滅した。


 冒険者ギルドが調査を行い、三地区とも更地になっていることを確認。迂回していた街道の修正と砦の再建の計画が持ち上がった。


 三日でロタの街が抱えていた問題を取り去ったことで、セーイチの冒険者としての能力には疑いがないことが周知された。



 ただし、それは冒険者ギルド内での話。



「ギガクさんの手柄を自分のものだと吹聴して回っているらしいぞ」

「ええ? おれは嵐で呪いの廃村が消えたのを自分でやったことにしたと聞いたぞ」

「いや、魔獣の死体から出たガスと毒霧が反応して爆発し、その場にたまたま居合わせて……自分の魔術ということにした、と聞きましたよ……」

「魔獣同士で殺し合いがあった場に遭遇して討伐部位だけ持ち帰ったらしいぞ」

「ロン大老の病、本当はあいつの仕業じゃないかって噂も……」



 謎の多い異人とその所業について、本人を良く知らない者は懐疑的だった。

 加えて、リベル家の衰退に投資をしていた者たちはセーイチの正体を探るべく、でっちあげの噂を流布した。


 なにしろ……


「いつもご利用ありがとうございます。はい、セーイチ様の情報ですか? もちろんございますよ」


 左カウンターの情報屋では、セーイチにまつわる情報は高額で取引されていたが、厳しい条項を守らねばならず、買う者はいなかった。

 通常この情報屋は公に無料で公開する情報も多い。しかし、即死級三大立ち入り禁止地区に関しては有料となっていた。


 情報屋も商売。


 この場合セーイチ自身が情報を買い取って無料公開しなければ真実は広まらない。

 だがセーイチは気にしていなかった。



「神殿にもかの者が魔の森より来たことを不安に思う方が相談に訪れています」


 

 リベル家を代表してレンが神殿にやって来た。審問の日取りを決めるためだ。


「ご心配は無用です。彼は当家で迎えた客人で、正当な手続きで極銀(ミスリル)級冒険者となりました。冒険者ギルドの決定を我々は尊重します」



「鬱陶しい揺さぶりだぜ。審議官様よぉ、もうセーイチ殿はおれたちの身内なんさ。そこら辺頼んますよ」

 

 リベル家傘下の者にとってセーイチは信頼のおける同志。

 異人であることや出自は関係なく、尊敬もされるようになった。

 極銀(ミスリル)級冒険者となったことが大きい。

 

「……何か、気がかりなことや、困ったことはございませんか?」


「問題ありません。助かってます。彼はリベル家とロタの恩人ですから。ところで、審問の件ですが、問題ありませんか?」


「いつでもどうぞ。ただ、懸念があるとすればここまでの道中ですね」


 呪詛という特異な暗殺、計画の規模から邦単位の大きな策謀がこのナブロに向けられている。


 その予想を裏付けるために、生きて薬師を神殿まで送り届けなくてはならない。

 護送には万全を期する必要がある。



「神殿へは、かの少年を同行させるのが望ましい」


「え? あ……そうですね、頼んでみます」





「おれが?」


「はい、お願いします」


リベル家の屋敷。

 セーイチは会議の部屋で、筋骨隆々の大男たちに囲まれながら護送を頼まれた。


(おれはいらないんじゃ……)


「わしらは壁にはなるが、魔術はからっきしだ。それに守護者が五人もいなくなったからなぁ。ん? なんだファオ?」


 ニヤニヤと意地の悪いことを言う傘下の男を、ファオがキッと睨む。ただし、全く怖くない。


「……正式な依頼ですか?」


「いんや、審議官様がぜひセーイチ殿を、と」


 神殿に招かれる。

 

(どういう理由だ?)


 いずれにせよ、今は神殿に入ることは避けるべきだと判断した。その葛藤を悟って、レンは軽い調子で補足する。


「別に無理しなくてもいいぞ。護送と言っても神殿までは大した距離は無いしな」


 セーイチは気を使われて、考えが変わった。


(子供に気を使わせて初仕事を渋ってる場合じゃないな)



「護送だけなら」


「ああ、頼む」


「ではセーイチ様、こちらを」


 すっかりセーイチ担当になったファオは護送の手順を説明し始めた。

 全てが明るみになるのを防ぐには、神殿に向かう際、牢から出し移動するときに襲撃させるほかない。


「広場は避ける、分岐が多い道で複数の経路、選択できる手筈を。ここは人が潜める、ここは弓で狙われたら不利、ここは―――」


 セーイチはそのまま街の地図と経路から、襲撃の予測ポイントと方法について、たどたどしいバルト語で語り始めた。


 ロイドとして、一国の王女の護衛をやって来た経験ゆえだ。

 予防策、対応策共に抜け目ない作戦ができた。



 審問の当日。



「出ろ」


「……」


 薬師の男は口枷をはめられたまま出された。感情を表に出さない男だったが、その先にいたセーイチを見てビクついた。


 セーイチは黙って人体の急所を順番に指さした。それも命に関わりのない場所だけ。

 それは不穏な行動をとったら、痛みが待っているという分かりやすいサインだった。


 元々場数を踏んでいた男にとって、拷問は覚悟していた。

 ただ、長い計画を一瞬にして叩き潰した少年は得体が知れず、それが恐怖を引き出した。


(拷問なら耐えられる。だが……おれはコイツの前で気を保っていられるのか……?)


 男が築き上げてきた自信は、どこかに消えていた。


 なぜなら、場数を踏んでいる故に、セーイチの何かの一端を本能で悟ってしまっていたためだ。

 その何かとは場数の違い、潜って来た修羅場の数、過酷さに他ならない。

 しかし、自分の半分の歳の子どもが死を経験し、魔道の謎を解明し、迷宮を攻略し、魔の森を生き抜いてここにいるなどとは想像にも及ばなかった。


(強い、恐怖のにおい)


 厳重な警戒の元、護送用の馬車に乗り込んだ薬師の男。


 

 ファオだけが無表情な男の変化を嗅ぎ取って居た。





 護送の馬車は無事神殿に到着した。


「何も無かったな」

「ああ」

「取り越し苦労だったか」


 傘下の男たちがホッと胸をなでおろしている。


「……じゃあおれは帰る」


「なぜだ? 急ぐことないだろう」


 神殿で神に発見されて、同じ時間、別の場所に同一人物がいることが知られたらどうなるのか、わからない。

 セーイチは試す気にはならなかった。


「少し、金が欲しい」


 指定クエストで大金が支給されるが、三日で大きな案件を一気に解決し、どれも見積もりが難しいため現地に職員が派遣されている。それが終わるまでセーイチは金がない。ロイドの口座はあるが、本人と証明できないので引き出せない。

 必要な者は周囲の者が買い与えていた。


「お腹空きましたか? はい、これで足りますか?」


「ニ、三人分欲しい」


「はいはい、食べ盛りですもんね」


 セーイチはファオに金を借りて帰った。


 


 他の者は薬師を連れて無事神殿内に入った。


 バルトにある神殿は木造で、高度な木工技術で高い塔を築いている。

 神官見習の案内で内部の長い廊下を何度か曲がり、石畳が敷かれた中庭に出た。吹き抜けになっていて陽光で照らされている。


「ようこそ、リベル家の皆さま」


 リベル家を出迎えたのは黒い出で立ちの審議官。

 年端もいかない少女。顔はベールで覆っていて、手には立派な錫杖を持っている。

 他の神官や見習い、下働きの者と異なる出で立ち。

 警護に当たっている聖戦士も顔立ちがバルトの者ではなく、上席である彼女に付き従っている。


「当家への大逆の罪にて捕縛したこの男は、ナブロの治安を著しく損なう大きな企てに加担している疑いがあるため、審議官様の審問をお願いしたく存じます」


 リベル家を代表してレンが薬師の男を引き渡した。


「この男を捕らえたという、かの者は?」


「はい、ここに!!」


 捕縛したリベル家傘下の男が元気よく名乗りを上げた。間違いではない。ただし御所望とは違うと他の者は気づいた。実際捕らえられたのは九割九分九厘、セーイチの成果だ。


「……いえ、先日、審問のご依頼の際にお話しした、セーイチさんのことです」


「あ、セーイチ様は帰りました。神殿に入るのは恐れ多いからと」


「そうですか……」


 審議官の少女は聖戦士と内密にやり取りをした後、審問に取り掛かった。

 彼女は薬師の男を前に、ベールを上げた。


「!?」


 ベールの元にある彼女の顔は皆の想像よりさらに幼く見えた。年の頃は十二、三歳ぐらい。明るい茶髪の巻き髪で、ツインテール。

 だが、リベル家一同が驚いたのは、彼女の眼。


 左右で異なる瞳の色をしており、右の金色の瞳に対し、左は緑色の瞳をしている。王族や貴人に多い金眼に対し、緑の瞳は珍しく神秘的な印象を与える。それだけなら美しいオッドアイの持ち主で済む。


 彼女の場合は緑の瞳の彩度が強く、まるで発光しているかのようだった。


 それは色は違えど、リベル家の者たちが最近見たセーイチの右目と同じ輝き方をしていた。



「今から質問します。嘘をついても構いません。ただし神の与えしこの左は、いかなる偽証も通じません。あなたが大きな企てとやらに関与しているのならば、話して下さい。それが、償いの第一歩となるでしょう」



 セーイチと同種の絶対的力を彷彿とし、薬師は観念した。


「……おれはサンガ家に仕えている。家族を人質にされ脅されて、暗殺を請け負った」


「ウソをつくな!! 貴様、この期に及んで罪を逃れようと―――」


 声を荒らげ、迫る傘下の一人をロン大老が制した。


「真実です」


「おれが聞いた概要はナブロの東の有力者、ロン・リベルを密かに呪殺し、跡継ぎのレンを守護者の謀反により暗殺させ、内乱状態にする。それをサンガ家が治安維持のため鎮圧するというものだ」



 それは予想もしていなかった計画だった。

 内乱を鎮圧する武力などサンガ家にはないからだ。


「ロタを手に入れるためか? サンガ家がこの地を欲してのことか? 義によって成立しているロタをサンガ家のような商家で統治できるはずがない。それに魔の森の脅威を抱えることは大きなリスクとなるだろう。なぜ、ロタなんだ?」


 レンの質問に薬師は目を泳がせた。



「……わからない」


「本当ですか?」


 審議官の左目が淡い光を帯びた。


「ほ、本当だ!!」


「知らないと、察しがつかないは違います。サンガ家の暴挙の意図をあなたはどう解釈していますか?」


 薬師の顔には動揺が見られた。

 

「家族が人質になっていると言っていましたね」


「……っ!」


「真相を話すと、家族に危険が及ぶ。しかし、サンガ家のことは話しましたよね。あなたはサンガ家とは違う者を恐れているのでは?」


 傍から見ていたレンたちにも、それが薬師の確信を突いていることがハッキリわかった。


「……サンガ家なぞ、所詮は守銭奴の集まり、守護者の名誉も金で買えるようなところだ。おれの家族はどこかに売られるだろう。それで済めばまだいい……だが……」


「黒幕はあなたの家族を容赦なく殺すと?」


「もうそちらも察しがついているだろう。頼む、おれが口を割ったと知られれば家族の命が」


「仮にここで口を噤んでも、家族が助かる保証はありません。我々が結論にたどり着けば同じことです」


「うう……そんな……」


「今、この地上は危機に晒されています。脱するには、まずその原因を知る必要がある……救いを求めるならば、勇気を持って動かなければ。信じるだけでは救われません」


 長い沈黙。


 しばらく周囲は薬師の勇気が恐怖を上回るのを待った。




「……神よ、救い給へ」


 その言葉の後も沈黙が続いた。

 やがて男はあきらめたように口を開いた。


「…………あれは………おそらく、ジャイだ」


「北方のジャイか?」

「バカな!」

「若様の読み通りかよ」


 ナブロの北、山脈を超えた先にある大きな邦。

 東西に延びた広い地理から、資源は豊富だが地方格差が大きい。


「そうだ。だが、それだけじゃない。あいつらも誰かに命令されていた。それも、バルト人とは毛色のちがう奴らだった」


「お主、その者を見たのか!?」


「いいえ、ただ、おれにあなたへの呪詛の方法を教えた魔術師……姿は見せませんでしたが、発音がジャイのなまりでもなかった。もちろん他の邦でも。あえて言うならば……あの少年―――」


 ミシリと、薬師の頭が巨大な手に覆われた。

 ロンが薬師の頭を掴み、持ち上げた。


「が、ああっ!!?」


「それより先は軽々しく言うでないぞ、小僧。我が恩人たるあの方を貶める物言いは看過できんぞ」


 

 あまりの剣幕に誰も止められなかった。

 審議官の少女を除いて。


「彼は嘘を言っていません。あと、ここは神殿ですよ」


「ぬぅ」


「私を睨んでも真実ですから。それに発音が似ているだけでは、黒幕が、かの少年であるという結論にはなりません」


 ロンは黙って手を放した。


「簡単な質問をすれば済むことです。あなたは、そのセーイチという少年が何者なのか、心当たりがありますか?」


「はぁ、はぁ……いや、ない。おれが知りたいくらいだ」


 

 審問で多くのことが判明した。


 サンガ家の裏切り。

 ジャイの関与。

 さらなる謎の黒幕の存在。


「これらの証言が真実であることを神殿が保証します。それにしても、これだけの大事、ここまでの道中は問題ありませんでしたか?」


「ええ、何事もなく」


「本当に?」


「は、はい」


 審議官の少女はそっとベールを下ろし、顔を覆った。


「審問は以上です。失礼します」


「あ、はい。ありがとう……ございました」




 審議官は護衛の聖戦士たちに小声で尋ねた。


「……セーイチの監視はどうなっていますか?」


「問題は起こしていません。一連の陰謀についてもリベル家へは協力的に動いています。その力は人族のものと思えませんが。それと、どうやら西へ関心があるようです」


「……なるほど。監視を解きます」


「危険はないと?」


「それは私が会って確かめます。それが私がここに遣わされた理由ですから」


「はい、神のご加護を」


「神のご加護が、この地上にあらんことを……」



 神殿に入らず馬で屋敷に帰る途中、セーイチは何か所か寄り道をしていた。

 馬を降りて道端にできた石のドームを魔法で開く。


 すると中から刃物が飛び出してきた。


「おらぁぁ!!」


「はずれかー」


 刃物が届くよりも早く、『石棺(ストーンドーム)』が発動し再び男を岩が覆った。

 

 同じ要領で建物の影、塔の上、橋の下などで拘束された者たちを検めていく。


「なんじゃ、なんじゃ! 寝とったら石に喰われたぞい!!」


「すいません。おれがやりました」


 たまに人違いがあったが、そういう人には謝って金を渡していく。


 結果、薬師暗殺の実行犯は三人。全員ただのチンピラ同然で、急ごしらえの刺客だった。


 予め怪しいポイントにいる人物を問答無用で拘束する。それがセーイチの取った確実な護衛策。

 神殿に向かう中、馬上から索敵し、反応があったら即魔法で拘束した。

 同行していたリベル家の者たちは何も気づかない手際だった。

 手応えから、大した情報もないことは分かっていたので、あえて報告することもなく、戻り際に確認することにした。



(万策尽きたか、それとももっと大きな計画があるのか?)


 

 致命的な証人である薬師を抑えるのにチンピラ三人。


 結果的に何事もなく済んだが、それが反ってセーイチの気を重くした。嫌な予感がした。


[もうバレても構わないということか。戦争になりそうだな]


 ブラックロイドの言葉を重く受け止めざるを得なかった。

 ふと空を見上げると、厚い雲が空を埋め尽くし、暗く不穏で不快な空気が漂っていた。



大筋は変わりませんが、バルト編で三章は終了し、四章から魔族編、全く書いていなかった共和国編、エルフの森編、緑竜列島編など約四か月ほどの旅程を書きたいと思っています。その関係でバルトはほぼ丸々書き直しとなりました。

大筋が変わらないので、今のところ最後の締めくくりは考えていませんが、四章の進め具合にもよるので未定です。

更新につきましては、ストーリーの切りがいいところまで書いてからの投稿になるので、投稿が集中したり、大きく間が空いたりになります。


2019/06/17現在、初見の方は次話以降が近々大きく書き換えられることをご留意くださいませ。


長くなりなりましたが今後もカンスト魔王をよろしくお願いします。


加筆 2020/5/6

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新作です。よろしければこちらもお読み下さい
『ゾンビにされたので終活します × 死神辞めたので人間やります』
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