15. その者、謎を纏う異人―――冒険者3
◇
「セーイチさん、指定クエストを受けて下さい」
「また!?」
セーイチはお化け砦を消滅させた後、再度ギルドに戻った。
クエスト達成の報告のためだ。
ところが……
「砦を消滅させろなんて言ってません。魔獣の討伐確認部位もないですし、職員もどうやったのかわからないのでは誰も判断できないじゃないですか!」
「判断とは?」
ギルドは能力を、名家のお達しは人となりを判断すること。
「冒険に出て、討伐する様を見せて欲しいんですよ。過程、大事、お分かり?」
「はぁ……」
ノルノバにいる首長に手紙を出し、返信までまだ日数がある。
セーイチは仕方なく、街を出て、討伐に向かうことにした。
「次は、毒霧の沼の魔獣討伐です」
「「「「毒霧の!!?」」」」
聞いていた他の冒険者たちは一斉に反応した。
そこはお化け砦と並ぶ三大即死級立ち入り地区の一つ。
水源近くに毒を持つ魔獣が集まり、生物も植物も毒を持っている汚染地帯。
この水源の汚染が他の魔獣の移動を引き起こし、お化け砦にまで影響することが懸念されていた。そのお化け砦はもうないが、汚染が広がれば同じことだ。
「今度はしっかり職員と同行してください。汚染地帯ですから情報や装備もしっかりと用意してくださいね。そういうところも見るので」
「わかった」
一日後。
セーイチは帰って来た。
その顔は達成感に満ちていたが、同行した職員たちの顔色は優れない。
「早い!! どうしたんですか? 失敗しちゃいました?」
受付嬢が職員に駆け寄り尋ねた。
「いいや、その、一応達成はしたと思うんだが……」
「どうしたの?」
空気。
全員が空気を読んだ。
受付嬢はニコニコとしているが、内心ヒヤリとしていた。
冒険者たちも沈黙し、結果を目で尋ねている。
皆セーイチが現れて何事も無かった日がないと学び、突拍子もない話を聞かされることに備えていた。
「……毒霧の沼が消えた」
「また!!? どうして!!」
受付嬢はセーイチを問いただした。だが、彼は悪びれる様子もない。
興奮した受付嬢に対し、落ち着き払った様子で口を開いた。
「汚染地域は、魔獣が居なくなっても、元に戻らない。だから、全部一度焼き払う必要が、ある」
「それで?」
「焼き払った。十年後元気な緑が戻るだろう」
『地獄の業火』により、消し飛ばした跡地は、すでに清流が流れ込んでため池のようになっている。
同行した職員の脳裏には大爆発の衝撃波と青い炎の光が今もなお鮮明に残っている。内臓が体内で浮いたような感覚と肌が焼ける感覚を一生忘れることはないだろう。
汚染された空気も土も滅却したため、言っていることは正しいのだが、称賛する気にはなれなかった。
受付嬢は頭の中で様々な言葉を紡いでは消し、選んではためらい、結局方法に関して質問することを諦めた。
「それで、討伐部位は?」
「ない。全て灰にした」
「……」
喜んだのは情報屋だ。
謎に包まれたセーイチにまつわる情報は貴重で、最優先で収集された。
ギルドでは再度会議が開かれた。
もはや実力に疑問はない。ただ、やることが一冒険者の所業ではないことと、報告作業まで考えていないことが問題だった。
もうここまで来たら三つめも何とかさせてみればいいのではと、半ば投げやりな議論の末、最後の即死級立ち入り禁止地区にセーイチを派遣することが決まった。
◇
「なぜ、また?」
「まぁ、そう言うな。ありゃお前も悪い」
最後の即死級立ち位置禁止地区は柵で囲われた廃村。
通称〈呪いの閉鎖村〉
入った者が数日後に必ず死ぬことから誰も近づかない場所。そこには魔獣もいない。
「だからって、おれの仕事なのか?」
「なんでも吹き飛ばしやがるから調査依頼なんだろ。お前はロン大老の呪詛も見抜いたからな」
今回は職員ではなく、現役の冒険者が同行することになった。
同じ極銀級冒険者、ギガク。
「なぜ呪いだと?」
「神殿でも回復しない、それに死んだ奴が死んだあと動くことがあってな」
「帰ろうかな」
「うぉおおい! もう着いたぜ!!?」
馬で半日のところ、セーイチの『送風』による追い風で数時間で到着した。
そこだけ色を失ったように、生命の気配がしない。
柵で封鎖されているだけでなく、岩が積み上げられ入れなくされていた。
「入ったこと、あるか?」
「おれがロタに来る前から封鎖されてる。数十年かに一度異常を調べるために入る奴がいるらしいが、全員死んでる。前回は三十年くらい前だとよ」
セーイチたちはためらうことなく岩をどけて村に入った。
歩いて数秒。
すぐに、気が付いた。
「剣を抜け、ギガク!!」
「おう!」
不意に、セーイチが背の大太刀を抜き、振りぬいた。
空を切ったかに見える剣線に、キン、と火花が散った。
二人は斬ったその何かを確認した。
地面に両断された小さな蟲がいた。
「良く見えるな、こんなちぃせー蟲」
「動くなギガク」
「あん? おい、まさか……」
「ああ、気づかないか?」
ギガクは『鬼門/気門法』を解放した。その瞬間、全身から火花が散る。
「ぐおお、こいつら、おれの体内に入ろうとしやがる!!」
「ハッ!!!」
セーイチは魔力視で肉眼では捉えられない蟲の動きを捉え、正確に斬った。
その後すぐに『風の鎧』でギガクを包んだ。
「これが呪いの正体か!?」
「村中にいる。多分、体内でエネルギーを吸収する寄生蟲だ」
セーイチは魔力視で動きを把握した。加えて魔の森の魔蟲が使っていた『魔力網』という魔法を用いて、大太刀の間合いに入った蟲を感知し、斬った。
ギガクも勘で斬り始めた。
「慣れてきたぜ、だが……こりゃ一日やっても終わらねぇな」
「どうする。吹き飛ばしていいか?」
「そうだな。頼む」
エネルギー源を発見し、飛んで群がって来た蟲は風と炎の竜巻により巻き上げられながら跡形もなく燃やされた。
対軍級魔法『竜巻』と対魔級『火炎』の複合魔法『灰塵炎嵐』
炎の竜巻が隠れていた寄生蟲を吸い上げ燃やしていく。
やがて村中を蹂躙し、治まると同時に雨を降らせた。
「やったか?」
ギガクの問いかけへの答えは雨音を遮り響いて来た。
[ゴオオオオオオ]
村の地面が大きく振動した。
「下にも何かいる」
「なに?」
村の墓地の土が盛り上がり、巨大な蟲が姿を現した。
「こいつは!! 親玉か!」
巨大な複眼、まだら模様の蛇腹状の甲殻、ムカデのような多脚、全身から伸びる黄色の触手。
小山のような巨体が姿を現す前にセーイチが『光線』を発動した。
「む!」
「どうした?」
「跳ね返された」
甲殻が光線を反射した。
(雨のせいか? 上手く光を収束できない……)
「ならこれだ」
雷魔法『紫電』が放たれた。だが、巨大な蟲はビクともしない。
(防御力が高いタイプか。あの甲殻が邪魔だな)
「セオリー通りにいくぜ。おれが前衛だ。サポートしろ」
「おれに作戦がある―――」
触手が勢いよく群がってくる。二人はそれを斬り、ギガクが接近した。
「おりゃああ!!」
分厚い甲殻に剣を振りぬくと強烈な火花が散る。構わず何度も斬り付け衝撃で蟲が悲鳴にも似た鳴き声を上げる。
そのまま魔力を口元に集中し始めたのでセーイチは『魔の手』でその魔力を魔素に分解した。抵抗することができず、うねるようにもがく蟲の関節を『氷結』で徐々に凍らせていき動きを封じた。
様子見することなく、一気に攻撃を畳みかけ、甲殻を削っていく。
それを何度も繰り返す。
触手が再生し、その先から一斉に風魔法を発動させた。
何度か触手を斬り、接近、甲殻への攻撃を繰り返したところで、触手の再生の仕方が変わった。
より小さく細かく枝分かれし、一斉に襲いかかって来た。
無数の触手の先から風魔法が繰り出され、まるでエアーダスターのように二人は吹き飛ばされた。
空中で身動きの取れないギガクが触手に捕まる。触手の頭がパッカリと開きそのままギガクを飲み込みかける。
セーイチは『風圧』でギガクを触手から強引に遠ざけた。
「準備完了、チェックメイトだ」
ギガクが眼を閉じ、耳を塞いだ。
セーイチは『石棺』で造った反響壁に隠れた。
空から強烈な閃光が一筋飛来した。
稲妻が巨大な蟲を貫き、徹底的に破壊。数千万ボルトにも及ぶ高電圧が蟲の内部を焼き尽くした。
衝撃から回復し、ギガクは恐る恐る蟲の背に登った。剣を回収するためだ。
「おれの剣目掛けて、雷を落とす……まさかとっさにそんな作戦を思いつくとはな。というかできるんだな、そんなこと」
わずかに破壊した甲殻に剣を打ち立て、そこから雷魔法で誘雷を引き起こした。
「思いつきだったが、出来たな」
「おい、セーイチ」
「ああ、やったな」
「おれの剣が溶けてるんだが」
「……やったな、ギガク!」
「ごまかすな! お前、コレ、極銀製だぞ!! 代わりに腰の寄越せ!!」
「ヤダ」
今回討伐した蟲の素材でもっといい剣が買えると説得し、二人は討伐部位をはぎ取って街に向けて馬を走らせた。
「これで、認められるか」
「当たり前だ。街の近くにこんな厄介な奴が眠っていたなんてな。しかも成長し切っていたから街を襲うのは時間の問題だっただろう。おれたちが揃っていて幸運だったな」
「おれがいて幸運だったな、ギガク」
「ん? 言うようになったな。まぁ、助かったぜ」
毒霧の沼で派生した新種が村の墓地で巣をつくり、死体を養分にして繁殖。地下に眠っていた特別な個体に養分を与え続け村人が餌食に。その新種の魔蟲〈百年大蟲〉は討伐難易度にすれば確実に聖銅級に匹敵した。ギガク一人では討伐が不可能だったということになる。
念のため、村中を焦土にし、魔力視で確認も済ませた。抜かりはなく寄生蟲も消滅させたうえ、討伐部位もあるので完璧だ。
「ひょっとしたらお前、聖銅級なんじゃねぇか」
「いや、これ以上、目立ちたくない。絡まれたり、母親を名乗る奴まで出てきたし」
「なんじゃそら。それはお前、気弱そうな面だからじゃねーの? 髪切れよ」
ハッキリ言われてムッとしながらも、やっぱりそうか、と納得した。伸ばしっぱなしの髪の毛は右目を覆える上、視線を遮れるので重宝していた。
(どんな髪型にしようかな)
そんなのんきなことを考えながら、馬で街道を走っていた時だった。
「……小屋だ」
休憩したいわけではなく、何気なく遠目に木々の隙間から見えた。
(なんでこんなところに……)
「どうした?」
「いや……小屋がある」
「小屋があるな」
「ああ、なんでここに?」
「ああ、なんでだろうな……?」
呪いの廃村、お化け要塞、毒霧の沼からちょうど同じくらいの距離にある小屋。
二人は好奇心からその小屋に向かった。