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第十四話 その者、謎を纏う異人―――冒険者2



 冒険者ギルドで登録を終えた後。

 ようやくロタでの生活にも慣れはじめ、立場が決まったことでいよいよ帰る筋道が見えてきた。


 おれは極銀(ミスリル)級冒険者として認められた。たったそれだけのことで森で淀んでいた時よりずっと前向きになれた。

 

 立場というのは可笑しなもので、それを自覚しただけで自然と芯が強くなる。


 よーし、頑張るぞ!

 

 行くぞ、目指すは西の都!!

 

 そうと決まれば準備が必要だ。

 ここからパラノーツまでの旅程を計画する。詳細な地図が要るな。

 そういうのに詳しそうなのはやはりギルドだろう。

 

 おれはギルドで受付嬢に尋ねてみた。


「西側の詳しい経路ですか。知りたいですか?」


 ニコニコと営業スマイルを絶やさない受付嬢。

 やけにもったいつける。

 さっさと教えてくれ。知りたいから聞いてんねん。


「知りたければ、セーイチさん、指定クエストを受けて下さい」


「……なに、それ?」


 ニコニコと営業スマイルを絶やさない受付嬢。

 指定クエストとはなんぞや?

 説明!


「指名クエストのこと、か?」


「いえいえ、指定クエストはギルドからの依頼です。指定クエストとは―――」


 通常依頼をする人が、誰かに頼みたい場合は【指名クエスト】になる。

 一方ギルドが抱えている案件を冒険者に割り振る場合を【指定クエスト】という。


 今回はおれの実績評価のため。


 極銀(ミスリル)級に認定しても実際にクエストをこなせるか、最終確認する。研修期間のようなものだろうか。


 極銀(ミスリル)級は他国から指名クエストを受けられるし、下位ランクが受けたクエストに介入したり同行したりできる特権がある。一気に極銀(ミスリル)級となったおれはこれまでの実績が何もないので、このギルドの指定クエストの実績が依頼人の指名の目安になる。

 そのためおれの極銀(ミスリル)級認定後も会議を行い、ギルド内でおれに斡旋する仕事を考えていたらしい。


「はい、まぁいいです、が……」


 現在おれは時間を持て余している。一刻も早く西に行きたいが、捕らえた薬師の尋問を神殿に依頼し、ノルノバという西の都市まで書簡を送り、現状をナブロの首長に伝えている最中。尋問後、出立するのでまだ時間がある。


「ではこちらでお待ちください」


 ロビーで待つことにした。


 遠巻きに冒険者がこちらを見ている。

 やはり冒険者というものはランクを重んじるらしく、初めて来たときのように気軽に罵倒する者はいない。


「お前がギガクを倒したセーイチか?」


 言ってる傍から!

 絡んでくる輩はいるらしい。なんでだろう、見た目か? 髪切ろうかな……


「おい、おれと戦え!!」


 腕試しだ。

 返答は決まっている。 


「お断り」


 ノーサンキューです。


「よーし、演習場に来い。ギガクに勝ったからと言っていい気になるなよ。戦いには相性というものがあるからな。おれは拳闘士だ。普段森からやって来た魔獣と単独で戦っているし、ここの若い奴らを鍛えている。対人戦の経験で言うならギガクよりも上だし……今、何と?」


「戦わない」


 戦いが大好きな人だと思われたら困る。

 おれは平和主義だ。


 なんで平穏なこの時間まで戦いに穢されないといけないのか。


「この腰抜けめ。さてはおれに恐れを成したか!!」


「クエストの受付け中だ。戦う理由がおれにはない。どうしてもやりたければ、ギカクに勝ってからにしろ」


 よし上手く言えた。家で練習したからな。

 こうなることは想定していた。

 一人でギルドに来るからには、あらゆる面倒に対処できるよう準備して当然のこと。


 今回は人に押し付ける。


 ギガクさん、よろしく。


 それにしても遅いなー

 指定クエストを決めるのに時間かけ過ぎだろ。


「そうはいくか! 男が挑戦を受けたら応えるのがここの礼儀だ!」


 いやそんな勝手な。

 昭和のツッパリじゃないんだから。

 相手が断っているのに自分の都合で話し続けるしつこい人、嫌いだわー。


「リベル家はこんな臆病者に守護者を任せるのか!!?」

「そ、そうだよな……勝負から逃げるのはちょっと……」

「ギガクさんに勝ったのはマグレかも……」


 さっきまで遠巻きに話しかけても来なかった男たちが、徐々に示し合わせてきた。

 こういう奴らも万国共通でいるんだな。

 嫌いです。


「この腰抜けがギガクに勝ったなんて、ただのマグレだ!! ギガクは腹でも下していたんだ! 勝負から逃げるこんな情けない奴をおれは認めないぞ!!! 皆はどうだ!?」



 やれやれ。


「身体は丈夫、ですか?」


「ああ? 当たり前だ、鍛えてるからな。見ろ、この筋肉―――」


「家族は、ご健在か?」


「ああ? いねぇよ、家族なんか。おれの生まれは―――」


「じゃあ、やるか」


「「「「おおおおおお!!」」」」


 おれが了承した瞬間、男たちが吠えた。

 前もそうだったが、こいつらはケンカで賭けをしている。それを肴に飲むのが最高の娯楽なんだそうだ。勝手に盛り上がらないで欲しい。うるさいし、びっくりするから。


「ルールは?」


「んなもん、ねぇよ! 互いに全力だ。死んでも恨みっこなしだ。うへへ」


 脳筋なの?

 それとも勝算があるのか。




 もちろん勝った。


 拳闘士と言いながら魔法を使ってきた。それが勝算だったらしい。


 その後おれに挑戦する者はいなくなった。

 さっきよりもギルド内の空気が暗い気がする。


 別に相手の男を殺したわけじゃない。殺したわけじゃ……


「うわぁぁぁ、脚が!! おれの脚、感覚が!!!」


 通りから叫び声が聞こえる。

 良かった。元気そうだ。


 再び訪れた平穏。

 


 いや、遅いな。会議に時間かけ過ぎじゃないか?



「ああ、見つけたわ!!!」



「ん?」


 おれ以外も全員「ん?」という顔をした。


 おばさんがこちらに駆け寄って来た。

 知らない顔だが。

 人違いか?


「ああ、わからないのね。でも、もう安心して! 大丈夫、これからは私が付いてるわ!」


 涙を浮かべたおばさんは両手を広げて抱き着いて来た。


 もちろん全力で回避。

 なんなのこの人。


 怖い!!


「大丈夫、大丈夫よ! 怖がらなくてもいいのよ!!」


「だれ?」




「あなたのお母さんよ!!!」




 何を言っているんだ、この人は?

 おれの母はケモミミ美人だ。

 

 このおばさんは思いっきりバルト人だ。



「おれはバルト人、じゃない」


「いいえ、あなたの父親そっくりよ、間違いないわ! あなたは魔の森ではぐれた私の息子よ!」


「はぁ……」


 魔の森で生き別れた息子。それが街に戻って来て、会いに駆け付けた母親。

 

 ギルド内は感傷的な空気に包まれている。泣いてるやつもいる。


 おばさんは再びおれに抱き着いて来た。


 もちろん全力で回避した。


「おい、母ちゃんだぞ」

「恥ずかしがるなよ!」

「良かったな! 再会できて!!」


 周囲の人間が勝手なことを言っているが、この人がおれの母親ではないとおれだけが確信している。問題はおばさんはどうかということだ。


「人違いだ。おれは―――」


「ああ、やっぱり恨んでいるのね。あなたを森に置き去りにしてしまったから! あああああああ!!!!」


 おばさんが泣き崩れた。

 

 そして、やけにハッキリした口調で、淀みなく、息子をなぜ森に置き去りにすることになったのか説明し始めた。

 同情的な空気。

 もちろんおれの心には響かない。


 

「父親はどこの生まれだ?」


「あなたのお父さん? あの人は、さぁねぇ……」


「はぐれたのはいつのことだ?」


「何も心配しないで。大丈夫、突然のことで戸惑うのは無理もないわ、大丈夫」


「いつか、答えろ」


 あいまいな情報を否定しても、とぼけるだけだ。

 魔の森で生き別れた息子だと主張するなら、その日は覚えているはずだ。


 さすがにおれの言わんとすることを周囲も察した。


 金目当てだ。


「ちっ」


「「「「「ええ〜!」」」」」


「ああ、ごめんよ、私の勘違い勘違い。何見てんだい! どきな!!」


 母親ではないとのおれの確信を悟ったのか、おばさんは舌打ちしながら出て行った。


 怖っ。


 

 ここにいると、面倒が起きて困る。

 さっさと帰りたいな。


 ギルドの人、いつまで話し合っているんだ?



 先ほどからおれを監視している人が何人もいるんだが、このままだとまたトラブるな。



 冒険者の中だと非常に浮いた物腰の男が2人、女が1人。

 時折こちらを見ている。


 

 誰かに目を付けられるような心当たりはないが、居心地が悪い。

 

 思い切ってこちらから声を掛けてしまおうか……



「セーイチさん、お待たせしました!」


「ホントだよ」


「そこは『全然待ってないよ』と言うべきですね」


「数時間、待った」


 愛想笑いでやり過ごそうとする受付嬢。


「セーイチさんには〈お化け砦の魔獣掃討〉をお願いします」


「お化け砦?」


 その瞬間、ギルド内が一気にざわめいた。

 どうやらヤバいところらしい。




「彼が魔の森で暮らしていたと、あまり良くない噂を耳にしました」


 それは、リベル家に慰問に訪れた、然る名家の長が発した言葉。


 投げかけられた言葉の意味を、ロン大老は察し、黙して頷いた。


「セーイチ殿と言いましたか。守護者たちが街ですれ違ったそうで、噂をしています。実力は疑っていません。あなたを救った方だ。しかし―――」


「うむ、あの森で散った命の重さを、軽んじる意図はない。ただ、事実である」


 ロタの街には、他邦の生まれの者も集まる。

 魔の森に挑戦する者や、魔の森を危ぶむ者だ。

 よってこの街には、武勲を追い求める者、平穏を追い求める者が集う。

 魔獣討伐、都市防衛、情報収集。

 いずれにしても、彼らの仕事は戦時の前線のように苛烈で、常に死と隣り合わせだ。


「私の甥と叔父は森で死に、我が門下の者も森からやって来た魔獣との戦いで命を落としています。あの森に近づくだけでも恐ろしいというのに、暮らしていたとは信じられません」


「そうか」


「ギルドの情報屋にも彼に関する情報が全くない。謎が多すぎます」

 


 セーイチに指定クエストがリクエストされたのには、この話が関係していた。


 

 その名家の長の疑念を受けて、魔の森からやって来た少年を調べることになったのがギルドの情報屋。

 彼らは冒険者ギルドに指定クエストを出させることで、手っ取り早く情報取集することにした。

 また、ギルドにとっても、突如現れた極銀(ミスリル)級相当の冒険者の情報を得ることは必要な措置だった。


 西方の詳細な経路を記した地図と引き換えにセーイチが指定クエストの受領を承諾。

 その後受付嬢は、幹部職員たちにその旨を伝えた。


「セーイチさんが指定クエストの受注を検討するとのことです」


「そうか、では候補をいくつか……」


「とはいえ、極銀(ミスリル)級の実力を推し量るクエストなど限られるな」


「そもそも、彼は極銀(ミスリル)級なのか? 聖銅(オリハルコン)級も狙えるはずだ」


「ああ、そうなればバルトではガウス以来の大事だ」


「バルトで聖銅級と言えばバレルだろ」


「いやいや、クレイだよ」


「彼はバルト人じゃない。大体―――」


 議論はまとまらず、はじめから脱線していた。

 バルト人は英雄や勇者が好きだ。


「三大即死級立ち入り禁止地区」


「え?」


「まさか、あそこをクエストでやらせるのか?」


「あまりにも危険だ。軽はずみに触れるべきではない」


「だが、放置できる問題でもないぞ」



 街から森までの間にも局所的に魔獣が住み着くエリアがある。特にそのうちの三つは魔の森と同等の危険度とされる。


‶即死級三大立ち入り禁止地区〟


 文字通り、入った者は生きて帰れない。


 このエリアはそれぞれ、拡大し、人の行動領域を侵食し始めている。

 


 そのうちの一つ、〈お化け要塞の魔獣討伐〉が指定クエストに決定した。



「そういうことですので、職員を走らせてリベル家に認可をいただいて参りました。遅くなり申し訳ございません」



 街への影響もあるため、即死級立ち入り禁止地区は街の代表であるリベル家の許可が必要になる。


「いい。それは何処だ?」


「これが地図になります。ここです。馬で半日―――」


「わかった行ってくる」


「ええ、あの、セーイチさん!!」


 ギルドは職員の中で元冒険者の者を派遣し、同行させる手筈だった。

 だがセーイチはすぐに街の外に向かって走っていってしまった。


「そんな、何の準備もなく、どんな魔獣が居るかも聞かずに……ちょ、冒険者を招集して防衛ラインをつくるので、待って!!」


 同行予定だった職員に急いで後を追わせた。


(全く、困った大型新人だな……ん?)


 後を追う者は他にも何人か居て、それぞれが互いにその存在に気がついた。


(有力者の守護者たちと情報屋。それに、彼らは神殿の戦士……それもバルト人じゃない。なぜ彼を?)


 

 ギルド職員、名家の守護者たち、情報屋、聖戦士三人。

 彼らは一般人とはかけ離れた速度で走り抜ける。


「うわああ!!」

「キャアア!!」

「おい、気をつけろ!!」


 人混みから壁、壁から屋根へ飛び回りながら突き進む。

 だが、彼らでもセーイチには追いつかない。


風圧(ウィンドプレス)』による急加速。

 それに加えて、成長したセーイチは単純に脚が速かった。


(なんて速さだ! これだけでもあの魔の森を生き抜いたという信憑性がある!)



 街の東。

 

 門まで行きついて、職員は先にたどり着いていた神殿の戦士たちと合流する形になった。そこにセーイチの姿はない。

 

 職員は神殿の戦士がなぜセーイチを追うのか心当たりは無かったが、特に警戒することもなく尋ねた。

 

「見失いましたか?」

「いえ、あそこに」

「ん?」


 戦士の指さす先。

 もっとも壁が厚く、高い場所にセーイチがいた。



「あんなところになぜ?」

「狂っているのかもな」



 遅れてやってきた守護者の誰かが言った。

 壁の上に登って何をするのか。



 考える間もなく、辺り一面が光に覆われた。



「ぐっうう、何だ!?」

「魔術?」

「なんて規模だ!!」



 遅れて数十秒。



「「「「!!!」」」」



 ロタの街を地揺れが襲った。


 雷鳴のような激しい轟音。


 遠くの空を真っ赤に染める火柱。



「……この世の終わりか?」



 神殿の戦士がぼそりとこぼした。


 

 目が慣れて、状況を確認する頃には、異常な振動も音も光も消えていた。



 本当に一瞬のことだった。



「終わったぞ」


「へ?」


 そう言ってセーイチは職員に地図を返した。

 そのまま門とは逆方向に歩いていく。その後ろ姿を街中の人がただ黙って眺めていた。


「まさか!」


 職員が門の外に走り出した。それを追うように他の者たちも駆け出し、ついに外の光景を目の当たりにした。


 東の空に黒煙が立ち上っている。


「お化け砦の方角だ……」



「ああ!!?」


 頭上で声がし、皆が振り返ると、門の見張りの男が遠見鏡を覗いていた。


「無い!! お化け砦が……消えてる!!!」


「なんだって!!!」



 職員は壁の内側から階段を駆け上がり、見張りの男から遠見鏡を奪い確認した。


 そこには確かに、かつて砦があった。

 鳥獣系の魔獣が住み着いた場所。そのせいで砦の近くにあった拠点や、人が住めそうな場所は全て放棄され、元々あった街道も大きく迂回させられることになった。

 水場が近いことから居座り続け、もう数十年、街への脅威となっていた。




「ここから……一瞬で消し飛ばしたのか……」



 彼らは揃ってしばらくの間、遠い空に昇る黒い煙を眺めていた。



完結後に改稿で生じた新規書き下ろしです。

ちょっと長いです。うそです一万字あります。超長いです。2019/06/05

長いので二話に分割しました 2020/5/5

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