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第十三話 その者、謎を纏う異人―――冒険者〈改稿版〉

完結後の改稿により、一部内容を変更しました。2019/06/04


「おうおう、ファオ!! 大老がお戻りだってな!! 命拾いしたな!!」

「守護者は皆裏切ったんだって? 補充が欲しいなら言えよ!! おれの女になったら考えてやるぜ!!」

「こっち来いよ!! リベル家の延命を祝って飲もうぜ!! 酌しろ!!」


 ロタの街にある冒険者ギルドを訪れたファオは、荒くれ者の冒険者たちにちょっかいを出された。獣人は珍しくないが、獣人と奴隷を連想するのはここも同じで、人族よりも軽んじられる傾向がある。ファオに関してはその愛らしい見た目とリベル家守護者という実力から街での人気は高く、あわよくば手籠めにしようとする冒険者も多い。


「ああ?」


 そのファオの後ろについて来た男―――セーイチに冒険者が気が付いた。


「ん? おい、ファオが若坊主以外の男連れてやがるぞ!」

「まじか!! くそ、取られたか!」

「なんだ、どんな野郎だぁ?」


 ただちにセーイチに向けて視線が一斉に集まる。

 その視線に震えながら落ち着かない様子に冒険者たちは嘲笑し始めた。


「おい、なんだそのガキは? 情けねぇ、おれたちにビビってやがるぜ!!」

「ガハハハ!! 母親にでもなったのかファオ?」

「面倒ならおれの方を見てくれよー!!」


 ここロタの街の冒険者は、まさに冒険者の鏡のような者たちの集まりだ。

 この世で最も危険な森へ、わざわざ出かけていく兵法者、武芸者、求道者たち。

 ただし、それが良いか悪いかは別の話。

 彼らは争いになったら即ド突き合い、競うときは命がけ、賭けには常にオールイン、飲むときは潰れるまで飲み、戦うときは死ぬまで戦う。


 極端なのだ。


 今も正に、連れ添う若い男女を全力でいびり、冷やかし、からかいに掛かっていた。



「すいません、セーイチ様、いつもはもうほんの少し静かなのですが」


「……ん? え?」


 冒険者たちの大声で会話もままならず罵声を浴びながら二人はそそくさと受付に行く。ニコニコと営業スマイルの受付嬢はファオを見て戸惑いを見せた。


「あの〜ファオさん。冒険者登録の受付ですよ、ここは」


「うん、今日は登録をお願いしたい。私は彼の付き添いだ。リベル家は彼を冒険者ギルドに推薦する。これは証明のロン大老並びに現当主レンの推薦状だ」


「はぁ……?」


 ニコニコと受付嬢はセーイチを再度見た。


(……口減らし? 自殺幇助?)


「リベル家に……借金でもあるんですか? 御向かいでお金借りられますよ?」


「いや、何を言っているの?」


 ニコニコとセーイチに尋ねる受付嬢に、ファオが反論した。


「借金苦の人間を冒険者にしてクエストを受けさせ、わざと任務失敗にさせれば、依頼主に違約金が発生する場合があります」


「いや、当家は詐欺行為に加担などしてません」


「そうですか……はい、まぁ推薦状はお預かりしますが」

 

 冒険者になるのに推薦は必要ないが、それをするのは信用があり、実力も申し分ない場合だ。


(こんなオドオドしてる子をなんで?)


「で、ではとりあえず、この札に必要事項を記入します。ご自身でなさいますか、口頭で代筆を希望されますか?」


「そうだった。セーイチ様はバルト語に疎いようだから別の……」


「だ、大丈夫だ。書く方が……楽だ」


 セーイチは筆を受け取ると木札に名前や年齢、生まれ、戦闘スタイル、主な希望任務などを記入した。


「はい、えーと……セーイチ様、年齢十五歳、生まれ不明、戦闘スタイル後衛魔導士、希望は……要人警護ですか……はい承りました」


 ロイドとして名前が残ると後でどんな問題があるかわからないため、セーイチ名義で登録した。受付嬢は‟こんなんで要人警護が務まるのか?”という眼で見たがセーイチは俯いてじっとしていたので気が付かなかった。


 代わりにファオが気付き、その実力を伝えようとした。


「彼はすぐにでも極銀(ミスリル)級になる逸材です。それを考慮に入れた登録試験をお願いしたい」


 それを聞いて即座に反応したのは周囲の冒険者たち。


「バハハハハ!!! このガキが極銀(ミスリル)級だと!!?」

「どうしたんだファオ! お前も冗談を言うことがあるんだな!!」

「そんな弱弱しいガキが誰を護れる?」

「おい坊主、冒険者登録ぐらい一人でできねぇのか? 腰抜けは帰れ!」

「ファオさん、いくら何でもその子を極銀(ミスリル)級だなんてひどいですよ!!」


 口々に非難を浴びせかける冒険者たち。


 その様子を奥からじっと眺めていた男が席を立った。




「なんならおれが試してやろうか?」




 口々に騒ぎ出した冒険者たちの声がシンとなった。皆がそのまま席に着いた。



「……あのギガクさん、新人の方の試験はあらかじめ頼んでいる方に……」


 ニコニコと営業スマイルで受け答えた受付嬢ではあるが、その顔は青ざめていた。


極銀(ミスリル)級かどうか試せる奴が試験官にいるのか?」


「え、いえ、でもギガクさんがやったら……」


 彼女はセーイチの方を見た。


(このままだと、彼、死ぬよね)


「えぇーと、えーと……」


 受付嬢は狼狽し、萎縮した。


「おお、すまん。提案してみただけだ。別にアンタを困らせたかったんじゃねぇ。悪かったな。だが、そいつ……おれ以外じゃ二秒も持たんぞ」

「……へ?」

「「「「……え?」」」」


 試験官を名乗り出た男、ギガクはこの街で唯一の極銀(ミスリル)級冒険者。その態度、言葉はすさまじい影響力がある。

 しかし、唐突なその言葉に、黙っていた冒険者が口を開いた。


「ギ、ギガクさん、冗談ですよね。ここには(シルバー)級の人もいるんですぜ? それをこのガキにどうこうできるわけ……」


「いや、こいつなぁ……入ってきた時からおどおどしてたからよ。場違いと思って、ずっと脅し入れてたんだわ」


「……え?」


「こんな感じで……」


 ギガクは入り口にいた大柄な冒険者に眼を向けた。

 体中の血流が止まり、酸素が消えたような錯覚に襲われ、倒れ込んだ。


「う、うわ……ああああああああ、ギ、ギガグざん゛い、息ができ…………」


「おっと、悪い」


 玉の汗をかいてへたり込んだ冒険者と、ギガクの正面にいるセーイチを皆が交互に見比べた。


「だが、そいつは全く反応ねぇんだ。お前らの悪態でビクビクしてるってのによ。鈍感なのかとも思ったんだが……」


 ギガクが距離を詰める。セーイチは恐れるどころか初めて、真っ直ぐギガクを見た。何か、懐かしいものを感じたからだ。


「……タンク……」


 神聖歴八紀221年。


 もうすぐ、タンクは魔物と戦い命を落とす。



(あいつも同じようなことしてたな……いつも自分より他人の心配をして……)

 


 

「……いやおれはギガクってんだが……驚いたぜ。本物だな」


「おれはセーイチ」


「そうか……へへへ、〈後衛魔導士〉ってのは冗談だよな? 早くやろうぜ。お前のことがもっと知りたい!」


「おれも相手があなただと……ありがたい」


 二人の間にかわからない何かがあった。

 見た目には現れないその何かを、短い会話で眼を見て、直感で確かめ合った。それだけで互いの多くを理解できた。

 


「あの、ギガクさん、この方は」


「よぉ、ファオ。大老の御快調お喜び申し上げる。良かったな。今度見舞いに行くからよ」


「はい、ありがとうございます」


「安心しろ。大丈夫だ。察しはついてる」


「差し出口でした」


 進んでいく話についていけない周囲の冒険者と受付嬢たち。そこに奥からギルド長がやって来た。


「これは、どうしました? ギガクさん」


「ギルド長、すまねぇが今すぐこいつの登録試験をおれがやるから、書類手続き頼むぜ」


「えええ、ちょっと、ええ? なに? どうしたの、何があった?」




 訳が分からず、受付嬢に確認している間に演習場に向かうギガクとついていくセーイチ。それを慌てて追うファオと受付嬢。


「おい、おれたちも行こうぜ!!」


 騒然とする冒険者たちは飲みかけの酒や任務の受付を放って、付いていった。


 演習場は事情を知らない試験官や訓練を行っているパーティが、ギガクが来たことで場所を譲った。


「おお、すまねぇ、時間はかからねぇからよ。ちょっと場所借りるぜ……さて、どうするかな。ちなみにおれは前衛剣士だ。魔法は使えねぇ。お前の実力を測るには組み合わせ最悪だな。ハハハハハ!!」


 力比べなら、魔導士は魔導士同士でなければならない。


「互いに……鬼門/気門法なし、魔法なし……で、やろう!」


「わかった!!」


「え、ちょ!! あの、セーイチ様、マズいですよ!!」


 魔導士としてセーイチの実力が途方もない高みにあるのは分かっていたが、それを使わずにギガクと戦うことは無謀。そう判断してファオは止めに入ろうとした。


(セーイチ様はきっとギガクさんが何者か知らない。もしかしたら会話の内容も分かっていないのかも……)


「別に……勝てなくても……いい」


「え?」


「そうだぜファオ。これはイレギュラーな試合だ。適当に決めた条件で勝ち負けを争っても意味はねぇ。互いに全力は出せねぇんだしよ。だが、手は……抜くなよ」


「し、心配ない」


 腰の剣を抜くギガク。

 それは対魔獣用の片刃の大刀。期せずしてタンクの魔剣と似ていた。

 それに対し、セーイチは腰の聖銅の剣(オリハルコン)を抜いた。

 

 剣の大きさ、厚さ、重さのどれもギガクの剣が上回っていた。


「やっぱり、相当使うな……」


 こうして、場が落ち着いたところで、話に追いついたギルド長が立ち会い人となった。


「釈然としないが、特例として極銀(ミスリル)級ギガクと……セーイチの試合を認める。ただし双方何があってもわだかまりが無きよう、いいか?」


「「もちろん」」


「では…………はじめ!!」


 開始の合図があっても両者構えたまま、ゆっくりと距離を詰め、攻めに入らない。

 ギガクが片手で斜めに剣を寝かせているのに対し、セーイチは両手で正面に構えている。

 

(クセの無い構えだ。この歳で大したもんだ。これは毎日相当な相手と鍛錬を積んできたに違いねぇ。それがなんであんなにおどおどしてたのか……演技? いやそんな感じでもない。あながちあの噂も本当に―――)


 少し思考を巡らした瞬間、セーイチの剣が迫ってきた。


「お……」


 それを余裕で躱すギガク。それを皮切りに両者の剣が激しく交錯した。大振りが多いセーイチに対し、冷静に間合いを測り躱すギガク。


(見たことの無い流派だがしっかりした筋がある。動きにくそうな布の多い服装だが、迷いがない速い剣だな。歩幅も微妙に変えてきやがるが服のせいで……ああ、その為か……だが……)


「期待外れだな!!」


「……!」


 金属と金属が衝突し火花と轟音。


 ドオッ―――とセーイチの身体が宙を浮く。

 鍔迫り合いになり、弾き飛ばされた。


 二人の技量以前にパワー、体格が違う。この規格外の膂力と冷静な対応力がギガクの力の所以であり、シンプルなゆえに弱点が少ない。


「なに!」


 しかし、この一撃で驚いたのはギガクの方だった。


(耐えた……! 今の……構えが変わったよな? 思ったより剣が重かった。さっきまでの速さ主体の剣技とは別なのか?)



 セーイチが態勢をすぐに戻し、攻めに転じる。剣速が速くなっている。


(コイツ……おれの動きに慣れてきやがった!?)


 

「あの小僧、ギガクさんの剣をまともに受けて打ち返してやがる!」

「何で前に出られる? 当たったら死ぬぞ」

「いや、当たってねぇ、前にガンガン出てるのに、全部スレスレで躱してやがる!!」


 すかさず押し返そうとするギガクに対し、セーイチは先ほどのような力比べを受けず、完全に見切って躱した。


(……!! 学習能力もハンパじゃない。いやそれよりも、こいつはおれ並みの剣術とやり合った経験があるんだ。実力はまだまだだが、時折、()()がある。そこだけお手本になった奴の模倣って感じだ。それもたぶん一人や二人じゃないな)


「……なぁ、お前どっかの国の王子だったりするか?」


「……?……いや、全然」


「そ、そうか?」

 

 セーイチは背の大太刀を抜いた。


「二刀流だと!」

「あの背中の細長ぇのは剣だったのか!!」


 日本刀を見たことがない観衆はその独特な形に驚いた。


 


(誰だ? こいつに剣を教えたのは?……金持ちなら高名な剣士を雇えるだろうが、複数なんて……この辺りでそんなことできるなんて言ったら……それこそ首長の息子、いや、おれ並みの力を持った奴が一人の首長についたなんてありえねぇ……いや、そもそもコイツの顔立ち、この辺の生まれじゃ……まさか帝国の貴族か?……ああ、もう、わけわかんねぇ……)

 

 混乱するギガクをよそに、セーイチは徐々に対人戦の感覚をつかんでいく。その剣の腕は本人も自覚がないま間にすでに開花し始めていた。

 


 体格と筋力が付いたことと、もはや刃物ごときでは死なないという開き直りに近い考え方が、刃物を見て硬直する、動きが鈍る欠点の克服につながっていた。そして何より、様々な異なる剣技が力や才能で劣るセーイチの剣術を思いがけず攻略し辛いものにしていた。


 スパロウが教えた基礎、パラノーツ式軍隊剣術。

 マイヤやオリヴィアの天才的剣技。

 メイジーの近距離高威力、刺突剣。

 ナタリアの中距離攻防一体、流麗な薙ぎ技。

 テトラの剛柔自在、重心操作。

 ローレル、ピアースに叩き込まれた、小技、からめ手、環境応用法、様々な近接戦闘への対応力。

 

 さらに構えたれ爺さんに毎日斬り込まれて自然に身に付いた大太刀を振るう理想的で無駄の無い体捌き。そこから生まれる速く、鋭く、的確な一刀必殺剣。

 

 これらが未熟な剣を補い合い、全く別の剣術へと昇華しようとしていた。それは思考強化を使わずに直感的に動くことを繰り返してきた〈魔の森〉での戦闘経験が生きた形だった。 



 そして、その戦い方はいつか見た、タンクの二刀剣術をなぞっていた。


(おいおい・・・戦えば何かわかるかと思ったのによぉ・・・逆にわからないことが増えたぜ)


 セーイチの大太刀での一閃。


(やべ!)


「ぐッ!!」


 直感で剣で受けるのを避けた。極銀(ミスリル)製の剣だか、受けてはいけない気がしたからだ。

 

 一振りごとに轟音を轟かせるギガクの剣に対し、セーイチの大太刀は風切り音だけを残す。


「お、おい、なんかギガクさんの方が押されてねぇか?」

「気のせいだろ」

「いや、見ろ。ギガクさんの攻撃をあいつは下がらず全部捌いて反撃してやがる。逆にあの長い剣で振ったときはギガクさんが受けねぇ」

「あんな細い剣を、なんでだ?」


 観衆の疑問の答えは、実際に戦っているギガクにしか分からなかった。


(あの細い方はマズイぜ。このガキとは別の気を感じる。まるで生き物みてーだ)


「うおっ!!」


 初めてギガクが下がった。

 その隙をセーイチは見逃さなかった。


(ここだ!!)


 返す刀で聖銅の剣(オリハルコン)を脛へ。確実にギガクの脚を捕らえた。


 だが―――

 

「うっ……!」


「チッ!」

 

 セーイチは本当に斬ってしまうと思い、一瞬ためらった。



「手加減すんなって言っただろうがぁあ!!!」



「しまっ――」


 カウンターで入った跳び蹴り。


 思いっきり『鬼門/気門法』を用いての攻撃をもろに受け、セーイチは吹き飛んだ。

 演習場の床をゴロゴロと転がり壁に激突した。


「あ……」


 ギガクは戦いの前の約束を、怒りで忘れてしまっていた。




「ちっ、これはおれの反則負けだよな……う痛っ!!!」


 脚を誰かに蹴られて、ギガクは背後を見た。


 そこにはセーイチの手を離れた大太刀が地面に突き刺さっているのみだった。


「……気のせいか???」


「なにが?」


「うおっ、お前、すまん大丈夫か?」


 何事も無かったかのようにセーイチは立っていた。


「ああ、飛んだ……だけだ」


 魔獣と日常的に戦っていたため、大きな衝撃への体裁きや受け身は自然と達人級と化していた。ギガクの不意打ちのような蹴りも、威力を殺し、ほぼノーダメージである。


「大老を救った魔の森の男ってのは本当だったんだな。おれの完敗だ。まさか魔導士に剣で負けるとはな」


「勝者、セーイチ!!」



 ギルド長の宣言により、セーイチの極銀(ミスリル)級冒険者セーイチとしての生活が始まった。



「ようこそ、冒険者の世界へ」


 


微調整 2020/5/5

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