第十話 その者、謎を纏う異人―――不審人物〈新規〉
完結後に改稿作業によって生じた話数です。2019/05/31
ロタの街はどんなところか。
そんな描写をしている余裕はない。
心臓が大きく脈打ち、汗が噴き出る。脚に上手く力が入らない。
「なにビビってんだよ。大丈夫だ、ここはおれの街だ」
「若様、セーイチ様は街に不慣れなご様子です」
街に、ではない。
「おおう、若、おかえりなさいませ。おや、他の守護者は?」
「森で…………魔獣にやられた」
「……魔獣に? そう、でしたか……」
街にはいるなり、レンに人が群がって来た。
ナブロというのは小さい国のようだが、それでもその一都市を治めるというのは大変なことだ。
このレンという少年は結構な有力者なのかもしれない。
「若様、そいつぁ? 見慣れない顔立ちですが……」
「ああ、彼がおれとファオを救ってくれた、命の恩人だ!!」
「ちょ……」
一斉に視線がおれに集中した。
[ムカついたら、ぶん殴れ! ほら、この能天気な坊ちゃまに愚かしさの代償をくれてやれ!!]
もちろんそんなことはしない。
だが、街の人々はおれを怪しげな目で見る。
視線をここまで不快に思ったことは無かった。
「見ろよ、アイツ帝国人じゃないか?」
「例の森に住んでた奴か?」
「野人……には見えねぇが」
「余計に怪しいぞ。スパイじゃないのか?」
「若様、騙されてるんじゃ……」
吐きそうだ。
[刺し殺しちゃえ]
「……っうあああ!!!」
この視線には耐えられない。
「あ、セーイチ様!!」
おれは思わずその場から駆け出して逃げた。
「おい、逃げたぞ!!」
「怪しい奴、若様を騙せてもおれらはそうはいかねぇ!!」
「よそ者だ、きっとサンガ家の回し者だぞ!!!」
「ちょ、早いぞ、あいつ!!」
なりふり構わずおれは逃げた。その後ろを街の人々が武器を持って追って来た。
「やめろ!!! セーイチはおれの客だぞ!!!」
「若様、信用してはなりません!! あんな怪しい風体の異人を今、この街に入れるなど!」
「武器を持ってるぞ!! 早く取り上げろ!!!」
思っていたよりレンは大人物でもなかった。
おれが何をしたって言うんだ。
[逃げるから追われるんだろ。恐れる必要はない。お前がこの恩知らず共に反撃する気があればな]
ブラックロイドの声はおれが精神的に追い詰められるほど大きくなる。
「うるさいうるさいうるさい!!!」
[さぁ、どうする? 暴力に訴えずに話し合いでもするか? そのたどたどしいバルト語で?]
パニックになったおれは逃げることしかできなかった。
◇
どれぐらい走ったのだろうか。
人気の少ない農地。段々畑に出た。
「これが今のおれ……」
少し睨まれただけで狼狽える。
情けない。
「見つけたぞ!!!」
「……!! しまった、回り込まれた!?」
騎馬が正面からやって来た。背後からも男たちが走ってくる。
武器を持った男たちに囲まれた。
「捕まえろ!!!」
「おおおお!!!」
[殺せ。実力差もわからないあの馬鹿共みたいに。また詠わせろ]
耳元で悪魔が囁く。
(おれはこれからもこんなことを繰り返して生きていくのか?)
騎馬の迫る音、男たちの叫び声、ブラックロイドの囁き。
全てが耳障りだ。
(とにかく、静かにしてくれ!!!!)
「待て。降参だ」
おれは両手を挙げて、膝をついた。
「……! よし、拘束しろ」
[バカが! 弱者に甘んじるというのか!!!]
考えてのことじゃない。
それしかできなかった。
おれは抵抗することなくお縄に着いた。
「おれは、無実ダ。信じて、くれ」
自然と出てきた言葉。
耳に届いていないのか、怒号にかき消されてしまっているのか、無実の訴えにおれへの手を緩める者はいない。
「おれは、何もしていない。敵じゃ、ない」
言葉を繰り返した。
[繰り返したな!!! 同じ過ちを!!! 自分の運命を他人に委ねるなッ!!!]
脳裏に、仕事を押し付けられて、罵られ、黙って従っていた時の自分が蘇った。
(ああ、また、おれは……なんて弱いんだ……)
「彼を放してください!!」
「……!」
追いかけて来たファオがおれを囲む男たちを遠ざけ、縄を解いてくれた。
「いやしかし、こんな怪しい奴を野放しにはできない。守護者がいないのもこの男のせいではないのか?」
「守護者は私です。リベル家当主のレン様がお決めになったことに背くならば、あなた方こそ私の敵です」
彼女の言葉に一応は皆が耳を傾けた。
だが、彼らの顔を見るに、ファオを侮っている。
厳めしい顔でファオをにらんでいる。
「当主を守れずになにが守護者だ!!」
「他の守護者はどうした!!」
「獣人のお前になぞ若君を任せることはできない!」
罵声を浴びせられた彼女を助けるどころか、おれは彼女の後ろで震えていることしかできない。
いたたまれない。
「喚くなッ!!」
「!」
「「「「ッ!?」」」」
目の覚めるようなファオの一喝。
「仮にも武によってこの最果ての地を生きる者が、能書きを並べ立てて恥ずかしくないのか!! 私の力が不足というなら、黙って掛かって来い!!」
その言葉に男たちはたじろぎ、武器を収めた。
同時に、彼女の言葉はおれの耳にも痛く、目が覚めた気がした。
思考が開けた。
「申し訳ありません、セーイチ様」
「いや、ありがとう」
おれの生き方が果たして間違っていたのか。
確かなことはおれの手にした力は並じゃないということだ。
では彼らにおれを殺せるのか?
ブラックロイドの偏った物の見方のせいで忘れていた。客観的にみて、今のおれならば目隠しして両手を拘束されても、殺されはしない。
最初に刺されたときは死んだが、おれを刺して殺せる者が果たしているのだろうか。
[フフ、過信で死んだ奴らが一体どれだけ居ただろうなぁ?]
きっと、この声はおれの本質の一部だ。
そう、例えば恐怖心、とか。
[……]
おれは生きている。
例えば雷に打たれてり、岩の下敷きになったり、火事にあったりしたらそれは生き方と関係あるか?
十二歳の子供に殺意を抱いて殺すような奴らに遭遇することは、おれの生き方とは関係ない。それを避けようとして生きるなんてことも無理だ。
ただ、今のおれならあいつらに何をされても殺されない。
雷に打たれても、岩の下敷きになっても、火事にあっても、毒を盛られても、刺されても死にはしない。
「さぁ行きましょう。お屋敷で若様と大老のロンが御待ちです」
「ああ」
それに、信用できる人もいる。
おれはまだ大丈夫だ。
[おれを無視するなら後悔することになるぞ]
無視なんてしない。できるはずがない。
まだこうして見えているということは、おれはまだ治っていないのだから。