7.剣技(新)
ギブソニアン家の養子になって二か月の間。おれが悠々自適な生活を送っていたわけではないことも知っておいてもらおう。
人には必ず苦手分野があるよね。
おれにもあった。
剣術だ。
おれは剣を見て最初はテンションを上げた。
あれれ、おっかしいぞー。
上がった緊張感はそのまま下がらなかった。
切っ先を見てわかった。
おれは先端恐怖症だったようだ。うぉぉい! 神よ! おれが何をしたっていうんだぁー!!
刺されて死んだからでした。
転生しても悪影響が残っているなんて、迷惑な奴だ、荒木め!!
そんなことを言っていても剣術は修得しておかなければならない。なぜなら、剣はブランドンの得意分野だからだ。
後数か月もすると、学院の休みで戻ってくる。
その時に陰湿な嫌がらせをしてくるであろう、あいつに得意分野で勝つ!
幸い、おれには立派な先生が就いてくれた。
領地の防衛を担っている騎士のスパロウとローレル。時々エルゴン隊長。
スパロウには基礎を、からめ手や小技をローレル、戦術や精神論をエルゴン隊長に教わるようになった。彼らは父、ヒースクリフに雇われた師匠だが、ちゃんとおれも見返りを用意した。魔法だ。別に秘密にすることじゃないし、思いついたことはどんどん実践で使えるのか試したい。それで訓練中も魔法を使い、聞かれたら教えた。そのおかげか急がしい合間を縫って、より訓練に付き合ってくれるようになった。
わかっていたことだが剣術に近道はない。地道な積み重ねだ。
ここでそんな地味な話をしても退屈だから、師匠たちについてちょっと説明しておこう。
騎士と言ってもスパロウは元々平民で、爵位は持っていないらしい。
兵士として軍に所属し、一定の地位に上がると、騎士と呼ばれる。まぁ、普通の鎧を着ているのがこの軍人騎士と言うわけだ。
一方、エルゴン隊長はモノホンの騎士爵だ。土地も持っているし、立派な貴族。この国の騎士爵は結構地位が高いらしい。闘う人が重要視されているというわけだ。
面白いのがローレルだ。
彼女、スパロウと同じ部隊長だけど、実質的影響力はエルゴン隊長を凌ぐようだ。彼女の御実家はこのベルグリッド領を遥かにしのぐ大領地で、この国で二番目にデカい都市を有するブルボン家。彼女はそこのご令嬢だったそうだ。この娘はそういう大事なことを後になってから言う。本人の口から聞いた時はつまらない冗談だと相手にもしなかった。本当だと分かったときはゾッとしたね。
そもそもそんなお嬢様が軍人やってるなんておかしいじゃん。
その理由は付き合いの長いスパロウに聞いた。
「あの女は昔からお嬢様なんて感じじゃなかったんですよ。何度アイツに泣かされたことか……」
「お二人は、いつからお知り合いなんですか?」
「子供のころからですよ。おれは父親がブルボン家の衛兵で、幼いころからアイツの遊び相手をやらされていたんです。一体何度アイツに泣かされたことか……」
どうやら二人は幼馴染のようだ。
子どもの頃のローレルとスパロウの関係は、大貴族のお嬢様と平民の子。
スパロウは子供のころにどんな仕打ちを受けたのか、深刻そうに回想するが、悪いけど結構楽しそうだと思った。
ひどいいわれようのローレルだが、美人で頭の回転が速くて少しお茶目な性格をしているが根はいい娘だ。
「あいつが軍に所属して、おれと同じベルグリッドに派遣された時は嫌がらせかと思いましたね。アイツの方が強かったですし、おれの出世を潰す気だと」
でもそれからスパロウは負けてたまるかと奮起して、見事第一部隊隊長に任命された。
聞けば、彼が剣で大成できたのはブルボン家でローレルと剣の師匠の下で修業したおかげらしい。座学も彼女の側にいて聞いていたためすんなり昇格した。
「いつも優秀なアイツの引き立て役でした。だから、おれはあそこを出たんです。なのに……最悪だったのは、アイツが軍人になったことをおれのせいにされた時です。ブルボン家に目を付けられたら生きていけませんからね」
でも、結局スパロウはここでローレルと同じ領地を護る騎士になった。もちろんお咎めなし。
察しのいい皆さんはもう気が付いているだろう。
まるで忌々しいライバルのように語っているが、彼に話を聞いたのは間違いだったようだ。
「痛っ! 若様、何ですか突然」
「ごめん、手が滑った」
◇
「ローレルは何で騎士になろうと思ったんですか?」
「ええ~どうしたの急に? 私のこと気になるの~?」
「だって、貴族のご令嬢だったんでしょう?」
「だったじゃないよ。いまもだよ……」
「騎士は危険な仕事だし、女性が騎士になるのは男より大変だったのでは?」
華奢な体でどうやってあの重い剣を振り回しているのか不思議だ。もしかしたらあの訓練着の下は筋骨隆々なのか?
「これでも私って、昔は気弱であんまり外に出ないような内気な子供だったの」
「はぁぁん……?」
「疑ってるね……でも、そんな私を見かねてお父様がおも――スパロウを連れて来てくれたの」
「今おもちゃって言いかけましたよね」
曰く、スパロウが構ってくれるおかげで活発になり、興味のなかったことにも挑戦できるようになったのだという。
スパロウと言うライバルがいるから頑張れた。
そんな美談を聞かされたがおれは騙されないぞ!
「もう付き合っちゃえよ」
「ふぇ!?」
「何でもねーよ」
「お口が悪いよ、若様どうしたの?」
スパロウは朴念仁でローレルはひねくれもの。
たが、もう二人は他人ではない。
いつも一緒にいるし、まるで夫婦のような軽妙な掛け合いで話し続ける。
リア充爆発しろ。
「坊ちゃま、お二人のことが気になるのですか? 実は私もなんです。いいですよね、身分差を越えて支え合う二人。憎まれ口も互いを信じていればこそ」
「妬ましい、羨ましい……あんな美人に想われていることに気が付かないスパロウが恨めしい」
「坊ちゃまお口が……あの、坊ちゃま……もしかしてローレル様のこと……」
ヴィオラが嬉々としておれの好みを聞いて来た。
剣を習う間、おれはこうしてヴィオラの好きな話題をしながら、彼女と弁当を食べる。
ツライ反復練習も、これが楽しみだから続けられた。
リア充の師匠たちと可愛いメイドによる平和的な描写をしてみたが、その間おれは血反吐を吐きながら剣を振るってたんだ。
本当だ。
本当にだよ?
この国の代表的な剣術、パラノーツ軍隊剣術の基礎をおれはわずか半年でマスターした。
「全然マスターしてないよ若様~」
「うん、若様がマスターしたと口にするには百年早いですね」
息ピッタリか、リア充め。
「でも、立派に剣を振るわれていると思いますよ! ロイド様かっこいいです!!」
「ヴィオラ、苦しゅうない。もっと言って」
こうして屋敷にやって来て半年。
六歳になって間もなく、その時はやって来た。