第三話 それは小麦粉ですわ!
「なんか久しぶりに食べた気がしたなぁ……」
「うんうん、特別美味しいわけでもなく不味いわけでもない。3ヶ月後くらいに懐かしいと感じるのも無理はない味だったね」
「向こうも平和になった事じゃろうし、もう何年かすれば同じ料理も開発されるじゃろ。開発されてなかったら同じのを我が作ればいい」
「そうだねぇ……ってファルン、ピザの時も思っていたけれどキミは魔力体だから食事は必要ないだろう?」
そんなアシュティルの発言を聞いて、魔王が「はぁ」と嘆息する。
「貴様も似たような物だから分かるだろう。幾年も生きていると暇になる。娯楽、知識を追及したら次は食、その合間に闘争をして、暇ならば睡眠が必要なくとも寝るのだ。それでももう、退屈だったからこちらに留まれるのはむしろラッキーと言うべきじゃな」
「まあ分かるけどさぁ……今の状況は実質アレ公認みたいなモノだし、安全に別の世界を観光出来るなら機会を逃さず楽しまなきゃだしね」
アレってのはなんだ?
2人がわざわざ言葉にするのを控えるレベルだから相当な存在か誓約なのだろうか?
「あー、アレについては主様も後々分かると思うから今は気にしないで」
「まあ端的に言うなら神じゃな。もしかしたら日向の記憶喪失はアレが意図的に起こした可能性も……いや、無いな。日向達を呼んだ事に少しは責任感じていたようじゃし、そこまで心も捨ててないだろうて」
「いやいや、前に酷い目にあったでしょ……神ってのは大体自分勝手な連中ばかりなんだから絶対特に悪いとか思ってないって」
「いや、まあそれは我らも禁忌に触れていたからで、今回日向達は何もしとらんじゃろう?」
「いや、でも……」
「ティルがそう懸念するのも分かる。しかしだな……」
2人で話が盛り上がってきてやがるな。
だとしたら邪魔者の俺は寝ますかね。
今日一日色々な事があったな……。
いや、本当に色々な事があったのはこの1か月だと思うが。
向こうでは楽しくやっていたんだろうな……。
なんとなくみんな良い人たちだってのは伝わってきたし、メイベルさんはちょっと怖いけど。
まだまだ問題は多いけれど、とりあえず明日の俺に任せるとしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
はい、というわけでやって来ました、明日の俺です。
そんな俺の前では、争いが繰り広げられています。
片や、漫画を読みつつ俺の妹の頭を足で抑える魔王。
片や、俺の方へ向かおうとするが足で妨害される我が愚妹。
うん、よくわからんから寝よか。
「二度寝をするではないわ、たわけが。起きたならこの読み物に集中させてもらうぞ」
俺の安眠を守ってくれていたヒーローは、現実逃避の二度寝を許してくれるはずもなく、
「あ、はい、おはようございます」
俺はこの奇妙な居候達との二日目を迎えるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えへへ〜、2日ぶりのお兄様〜」
とりあえず、妹は俺にひっつかせて大人しくさせる事にした。
「なあ、魔王様。その漫画はどこから?」
「ん?ああ、貴様が寝た後にティルと少し出掛けてな」
「へぇ、お金は?」
「こっちでも金剛が装飾品として需要あるみたいだね!ファルンが炭をギュッとして作ったのを質にだしたよ」
いつの間にか隣に来ていたティルが説明する。
「うむ、価値が下がるから何度も使いたくない手だがな。こやつらの食費と我の娯楽代くらいはある程度出せるだろうて」
「あ、ヒナタさん、台所お借りしますね」
「おう、大丈夫だぞ。いや、窃盗とかそういうのじゃなくて良かった…」
「馬鹿にするでない、そのくらいの常識くらいあるわ」
「うん?今台所に行ったのは誰ですか?」
「え、お姫様だけど…」
先程まで俺に抱きついてトリップしていた月夜が、その言葉を聞くと我に返って、台所は目の前だと言うのにかけていった。
「あ、ツクヨ様、おはようございます」
「おはようございます。で、ロウ、何を作ろうとしていたのですか?」
「はい、卵焼きと目玉焼きとスクランブルエッグを作ろうかと思いまして!」
「全部卵料理じゃありませんか!せめてどれか一つに絞ってください……」
「じゃあ……卵焼きで!」
「はい、じゃあ卵1パックも要りません。4個だけ出してあとは冷蔵庫にしまいますよ」
「えーと……お塩はこれですか?」
「それは小麦粉ですわ!どうしたら間違えるのか……はい、じゃあこちらが砂糖ですね」
「はい!ありがとうございます!」
「うちは塩は大体ふたつまみ、砂糖は大さじ1でいつも作ってますので」
「はーい!」
「それは!つまんでるのではなく!ほぼ掴んでます!」
「こうですか?」
「いえ、もうちょっと減らして……そうですわ。次は砂糖、いや、それは大さじ1じゃなくてひとつまみですわ…まあ少ない分には良いです……」
「これを入れて溶きほぐせば良いのですよね?」
「うーん……ある程度溶きほぐしてから入れて欲しかったけどまあいいです。卵割るのは上手いですね……いや、混ぜるのが激しすぎです!お菓子を作るわけではないのですから泡立てないように!」
古来より美女は、料理が上手いか、ド下手かに分けられると言う。
「ねぇ、もしかしてお姫様ってさ、料理下手?」
「我に聞くな、奴の料理は一度も食った事無いのでな。ティルに聞けば良いのでは無いか?」
そんなティルの方を見ると彼女は苦笑いしていた。
なるほど、つまり、
「姫様は後者の方だったか……」
仕方ない、妹を手伝いに行きますかね。
そう思って立ち上がった時、裾を引っ張られた。
「どした?魔王様」
「あちらは任せておけば良かろう、しばし待て」
そう言って、ソファに寝そべっていた状態から起き上がり、隣に座る事を促す。
断ると後が怖そうなので、台所の方を心配しながらも座る事にした。
「こちら側の本は……面白い物が多いな。魔法だけではない、超能力や宇宙人、様々なものを想像し、創造し描かれている」
「向こうにはあまり無いのか?」
「魔族領の者達も、人族も争ってばかりだったからな。特に人と人同士でも争っていた人族はそのような余裕などなかろうて。まあ、これからはこういうのも増えていくとは思うがな」
「争いは無くなったのか?」
「ああ、大体は沈静化した。お主も立役者の1人だったのだぞ?」
「へぇ、そりゃ光栄なこった」
「……」
「……」
「貴様はあると思うか?超能力」
「魔法があったんだ、あるんじゃねぇかとは思う」
「そうか」
「ああ」
沈黙。
台所の2人の喧しいやり取りと、時折ファルンが漫画のページをめくる音しか聞こえない。
数分後ーーー。
その一冊を読み終えたのか、口を開いた。
「ふぅ……待たせたな、本題に入ろうではないか」
「あ、今の本題じゃなかったんすね」
「当たり前じゃろう。そんな事で呼び止めたりせんわ」
それより、朗報じゃ。
と、魔王は告げる。
「魔力が必要量まで溜まるおおよその時間が分かった。このままゆっくりしているならば大体1年じゃな」
「1年……か。長いようで短いな」
「我やティル、あとは……うむ、メイベルにとっては一瞬じゃろうな。まあ、その一瞬、せいぜい楽しませてもらうぞ」
「へいへい、断ってどうにかされたくもないんで受け入れますよっと」
言うだけ言って満足したのか、ファルンはまた漫画の続きを読み始めてしまった。
パラ、パラと時折ページの捲る音、そして台所の方から少しいい匂いが漂ってくる。
さっきまでの喧騒は既になく、料理も出来上がる頃だろうか?
「……ロウェル様が作っているのだけが気がかりですが、こちらの料理、少し楽しみです……」
いつの間にかソファの隣に立っていたメイベルが口を開いた。
「ほんとにどんだけ料理が下手なんだ……」
「まあほら、それは出来てからのお楽しみって事で!ほらほら、そろそろ出来上がるみたいだよ?」
マジでどんな料理なんだ……。
まあ、月夜が見てるから大丈夫でしょう、と少し不安になりながらも、俺は座布団を人数分用意して料理を待つのであった。
だいぶ遅くなりましたが投稿です
失踪はしてないです、しかけましたけど
これからも頑張ります