そこの者共、あの者共
「未悠っ」
王妃が玄関ホールから居なくなったあと、顔を上げた未悠は、階段をこちらに向かい、駆け下りてくるシリオに気がついた。
うわっ、と慌てて避ける。
未悠に避けられ、シリオはリチャードに抱きついていた。
その様子を見ながら、アドルフが、
「まだ暗示は解けてなかったようだな……。
まあ、一日やそこらじゃな」
と呟く。
だが、めげずにシリオは未悠の手を握りにやってきた。
「未悠っ。
会いたかったぞっ」
「気のせいです」
アドルフは勝手に返事しながら、シリオが未悠にそれ以上近づかないよう、彼の額に手をやり、押し返してた。
「会いたかったぞっ」
「気のせいです」
なにやってんだろうな、と思っていると、今度はエリザベートが階段を下りてきた。
「未悠、部屋に戻って着替えなさい。
そこの者共も、私の指示に従い、着替えなさい」
階段途中で、リチャードたちを見下ろし、そう言う。
……似てるな、この人、王妃様と。
さすが親友、と思いながら、この城では、誰より恐ろしい人なので、素直に従った。
使用人たちに手伝ってもらい、着替えた未悠は、大広間に向かった。
みんなが居ると聞いたからだ。
すると、なんだかわからないが、リコがやたらモテている。
まあ……整った顔してるしな。
ちゃんとした格好をすると、その意外な品の良さが際立つし。
シリオのようなマントを身につけたリコは、まるで、何処かの貴公子というか、吟遊詩人というか。
すす、といつの間にか側に来てエリザベートが訊いてくる。
「何者ですか、あの男」
その視線はリコを見ていた。
「本人は盗賊だと言い張ってるんですけど。
妙に品がいいんですよね」
と未悠が言うと、
「お妃様が、あの男のことは特別扱いしろと申しておりました」
と言ってくる。
特別扱いねえ、と思いながら、エリザベートの顔を見、笑うと、
「どうしたのです?」
と訊かれる。
「いえ、ずっと街中に居たもので。
此処の匂いが懐かしいなと思って」
エリザベートが側に来ると、香水やなにかの混ざったようないい香りがほんのりとした。
城の匂いだなあ、と未悠は思う。
街中も楽しいが。
もっと雑多なものの混ざった匂いがするから。
そして、その城の匂いを既に懐かしく感じるようになっている自分が不思議だった。
まるで、此処が自分の居場所であるかのように。
「しかし、短い旅でしたね。
持ち帰ったものは多いようですが」
とエリザベートはリコたちを見ながら眉をひそめ、言ってくる。
はあ、すみません……と思っていると、リチャードたちが広間に入ってきた。
何故か甲冑を身につけている。
「あれは……」
と言うと、彼らの支度を手伝ったらしいラドミールが、
「すみません。
ちゃんとした服を用意していたのですが、あの者共が、あれを着てみたいと申しまして」
と言ってくる。
だが、目つきが鋭く、体格のいいリチャードたちが甲冑を身にまとうと、まるで将軍のような威厳があった。
ほう、と横でエリザベートが頷く。
もしや、意外と好みなのか? ああいうタイプが。
タモン様とは全然違うようだが、と未悠が思っていると、リチャードがこちらに挨拶に来た。
ちゃんと未悠とエリザベートの前に跪き、騎士のように礼をする。
「いかがですかな。
私が殺した何処ぞの騎士と同じようにしてみましたぞ」
と笑顔でロクでもないことを言ってくるが、そこのところ、エリザベートはスルーだった。
「未悠様たちが世話になりました。
王妃様がゆっくりしていくようにと仰せです」
ありがたき幸せ、とリチャードはエリザベートの手を取り、その甲に口づける。
エリザベートが少し赤くなったように見えた。
……熟女殺しだな、と思いながら、眺めていると、他の女性たちも、まあ、男らしい人が、という視線で、リチャードを見ている。
リコはともかく、リチャードがモテるとは意外だな、と思っていると、貴族の女性のひとりが、
「まあ、まるで将軍のようね」
とリチャードを評して言い出した。
よく見れば、近くに本物の将軍が居る。
立派な軍服を着、勲章をつけた彼は、渋い顔をしていた。
怒っているというより、落ち込んでいるようだ。
彼は頭脳派なのか、少しひょろっとしていて、体格は明らかに、リチャードの方がよかった。
「将軍」
とアドルフが将軍の側に行き、肩を叩く。
「大丈夫だ。
将軍というのは、血筋でなるものだ。
お前を置いて、他にない」
はっ、ありがたき幸せっ、と感激したように、将軍は畏るが。
いや……それ、褒められているのですかね? と苦笑いしながら、未悠はそのやりとりを眺めていた。




