……まず、そこからかっ!
いつもこの塔を見上げていた。
此処に俺の本当の父親が居るのか? と思いながら。
近づくことすら恐ろしく、ただ、この周りを馬で足早に回るのがせいぜいだったのに。
……この莫迦が、とアドルフは、誤魔化すように笑いながら、悪魔らしき人物の上から降りる未悠を見ていた。
「すみません」
と未悠は自分に一応謝ったあとで、
「でも――」
と言ってくる。
でも、来ると思っていたぞ、でもとっ!
お前の性格からしてなっ、と異世界から来たとかいう訳の分からぬ女を睨む。
「でも、ちょっと確かめてみたくて」
と言い訳してくるが、いや、俺が怒っているのは、そのポイントじゃないんだが、とアドルフは思っていた。
何故だろうな、と自分でも思う。
長い間、自分の出生のことが気にかかっていた。
実は父にも母にも疎まれているのではないかとか。
いや、まあ、そのような様子は見えなかったのだが……。
ずっと長い間の懸案事項だったのに。
今、目の前に問題の男が居るというのに、今は、こいつが自分の父親かどうかなんて、どうでもいいと思っていた。
未悠っ。
なんでもいいから、その男の側から離れろっ! とアドルフは下げている手で拳を作る。
悪魔の顔は、噂通り美しかった。
自分に似ていなくもないが、それ以上に、この世のものではないかのような雰囲気があり、そんなところは、少し未悠と似ていた。
二人で並んでいると、一対の絵のようだ。
そんなことを自分が思っている間も、ぐだぐだ言い訳をしながら、未悠はまだ男のベッドに腰掛けていて、それもイラつく。
大体、さっきの体勢はなんだ?
お前、俺にもそんなことしたことないのにっ。
悪魔が未悠のくだらぬ言い訳になにか突っ込み、未悠が笑う。
もう腹は決まっていた。
そうだ。
殺そう。
「ヤン、剣を貸せ」
とアドルフは少し後ろで控えているヤンに向かい、手を出した。
「み、未悠様がまだお持ちです」
未悠の足許にそれは転がっていた。
自分が手を伸ばすと、シリオが焦ったように言ってくる。
「王子っ!
未悠は王子のために、此処に来ただけで、不貞を働いたわけではありません」
「誰が未悠を殺すと言った……。
私が殺すのは、この男だ!」
アドルフはヤンの剣を抜くと、悪魔の喉許に突きつけた。
王子っ、と未悠が止めに入る。
「何故、その男をかばう、未悠っ」
「なに言ってるんですかっ。
この人、貴方のお父上かもしれないんですよっ?」
だったら、なおのこと殺すわっ、とアドルフは思っていた。
「こいつのせいで、俺が……私がずっとどんな思いを……っ!」
「っていうか、王子っ。
この人、刺さなくても刺されていますっ」
そう未悠が叫ぶ。
……そういえば、と今、気がついた。
悪魔は普通に起きてしゃべっているが、その腹には深々と剣が刺さっている。
どうやら、この男、刺しても無駄なようだ。
アドルフがポイと抜き身の剣をヤンに投げると、ひーっ、と今、悪魔を刺そうとした剣からヤンは逃げていた。
未悠がまた腹の立つことに前に進み出て、悪魔をかばうようなことを言ってくる。
「王子、この人は悪魔ではありません。
ただ、お兄さんの奥さんをとっちゃって、毒を盛られて殺されかけただけの、ただの人間です……たぶん」
たぶん、と付けたのは、いまいち確証がなかったからだろう。
賢明だな、と思いながらも、アドルフは、
「それこそ、まさに悪魔だろう」
と言い放つ。
「人の女を寝取ろうなんて、悪魔よりもタチが悪い」
何故か、後ろでシリオが小さく手を叩いていた。
彼自身いろいろとあるからだろう、と思う。
「いやでも、ほんとに、この人はただ、解毒剤の副作用で、長く生きているだけの人なんですっ」
そこまで言って、未悠はハッとしたように。
「そうですよ、寝てくださいっ。
ずっと起きてたら、寿命が尽きて死ぬんでしょーっ」
とまた、男を無理やり寝かそうとする。
「莫迦っ。
死ななくても、ずっと寝ている人生になんの意味があるっ!」
と男は最もなことを言って抵抗していた。
……もうこの男が自分の父親かどうかなんてどうでもいい。
殺ろう、こいつを、とアドルフは覚悟を決めた。
悪魔だろうが、なんだろうが、手の早い男が未悠の側に居ること自体が問題だ!
そう思っていた。
だが、男は叫ぶ。
「いや、待て待てっ。
そもそも、大きな誤解があるぞ。
私は兄嫁になぞ、手を出してはいない。
そういう噂を立てられただけだ。
毒薬はおそらく、その兄嫁に盛られたのだ。
私のものにならないのなら死んでくれと言って」
そのとき、未悠が言ってきた。
「そうらしいですよ、王子。
ほら、せっかくこうして起きてきてくださったんですから」
「いや、お前が起こしたんだよな?」
という悪魔の囁きを無視し、未悠はこちらを見て言ってくる。
「貴方がこの人の子どもかどうか確かめてみてください」
……どうでもいいと思っていた。
未悠を前にして、最早、過去の自分の出生のことなどどうでもいいと――。
だが、いざ、わかるとなると緊張する。
「さあ、私がこの人を寝かす前に」
と言う未悠に、悪魔が、
「待て」
と言った。
「お前、どうやって私を寝かす気だ」
未悠は、屈んでドレスの裾をゴソゴソやり、
「此処に剣が」
と短剣を出してきた。
「まだ持ってたのかっ」
とシリオが言う。
「これで刺したら、毒薬の効果で眠れるそうですよ」
と抜いた刃先を悪魔に向ける。
今にも、つん、と軽く刺してきそうな未悠から逃げながら、悪魔が叫んだ。
「お前が一番物騒な女だっ!」
訊かねばなるまいな……、とアドルフは思った。
未悠がなにかの罪を犯す前に。
アドルフは、悪魔に向き直る。
「……悪魔よ。
お前は私の父なのか?」
すると、悪魔は自分に向かい問い返してきた。
「……人間よ。
まず、お前の母親は誰なんだ?」
……そこからか。
「そう訊くってことは、複数人の女性と関係を持ってきたってことですよね?」
と未悠が突っ込まなくてもいいところを突っ込んで訊いている。
すると、悪魔は開き直ったように言ってきた。
「だいたい私の子かどうかなんて、神でもないのにわかるわけもなかろう」
ついに神でもないのにとか言い出したが、この悪魔……。
アドルフは、もうかなりどうでもいいい気持ちで、長年こだわってきた、父親かもしれない人物を見つめていた。




