特別棟の探索5 ―日中―
〇side:マリア
なにこれなにこれなにこれぇえええええッ!!
レティシア様が触れた途端、慰霊碑が光ってレティシア様にプラス十歳ぐらいした女の人が出てきた!
こんな演出、ゲームじゃ無かったわよ!?
レティシア様そっくりな美女の『幽霊』って、どういうこと!?
ゲームじゃ出てこなかったわよこんな美女!!
「アリス!」
「し、知らないよ!?」
だよね!!
トゥルーエンド踏破者のあたし達でも知らない現象が起きてる!
前々から話し合ってたけど、絶対ゲームのブラックボックスってレティシア様でしょ!!
『どの時代、どの世界にいるか分かりませんが……私の血の末裔であるあなたに、この願いを託します』
『声』もレティシア様に似てる!!
『私はレティシア・セレーネー・アリストス・ミラ・アストル。我が母より母の一族名を継ぎし者です』
この『幽霊』が慰霊碑のトップに書かれていた人!!
ということは――うそ! もしかして、新ルート開いた!?
え、どうしよう!? トゥルーエンド以上の何かが存在するわけ!?
ゲームで出てこなかったのは、メインメンバーにレティシア様がいないからよね!? だってこの『幽霊』、レティシア様にそっくりだし!
殿下に似てた『幽霊』よりも詳しい内容聞けたりするのかな!?
アリス! アリス!!――あ! やっぱりアリスも気づいてる! めっちゃ目で合図してくる!
そうだよね!? 絶対コレ、新ルートだよね!?
もしかしたら、真ルートかも!?
いやあああ俄然やる気が出てきたぁああああッ!
『私達の愛する王、我が兄レディオン・グランシャリオは見罷られました』
ううううん……
――ふぇ?
『その後の呪いが聞こえましたから、この事実は覆らないでしょう』
「ちょ!? え!?」
「はぁあああ!?」
「『兄』!?」
「どういうことだ!?」
「しーっ! 静かに!!」
一斉に声をあげた現地人の皆に向かって、アリスが鬼気迫る顔で声をあげた。あまりの気迫に皆がピタッと口を閉ざした。
アリス! グッジョブ!!
『我が兄は、私達を殺そうとする世界を呪いました。けれど兄の呪いは強すぎた……切り離された私達の世界も僅かにその呪いを受けてしまうほどに……』
え。
……待って?
それって、つまり……
『元の世界に至っては、直接呪われたせいでどのような地獄になり果てているのか分かりません。他の世界も同様に。いずれ等しく滅びが訪れるでしょう』
滅びの呪い、『偉大なる王』本人が原因かい!!
マジで新しいルートだわコレ! ゲームで語られなかったわよこんな話!!
うわうわ、どうしよう! 他の人がいなかったらアリスと一緒にキャーキャー騒ぐんだけど今やったら絶対奇異の目向けられるし! 辛い!!
『私は、身籠っていた結果、戦地から遠ざけられました。戦えない他の皆と同様に。……私達は、置いて逝かれてしまった』
レティシア様似の『幽霊』が涙を零す。
こんな時に思うのもなんだけど……むちゃくちゃ綺麗な人だな! この人!!
レティシア様に似てるんだから、綺麗で当然なんだけど!!
『共に戦うことは叶いませんでしたが、こうして半分でも血を繋げれたことには、きっと意味があるのだと思います。兄は私が妹だということを知りません。私のお腹の子が、兄の親友との子供だということしか』
『幽霊』がすっきりとしたお腹を愛おし気に撫でる。――ぺったんこだけど。たぶん、産んだ後なんだろうけど。
『私の末裔よ。私達は未来の貴方がどこにどのようにして在るのか想像もつきません。……もしかしたら貴方は、安住の地にいるのかもしれない。かつての世界に戻るのは、もう一度地獄に行けということなのかもしれません。……けれど』
『幽霊』が顔を上げる。悲痛な思いを目に宿して。
『どうか、お願いです。兄を救ってください。私達の王を救ってください。世界を呪った兄は、きっと自身の呪いに呑まれておいででしょう。緩やかに滅びるこの小さな箱庭の世界と同様に。――いえ、きっとそれ以上の呪いの只中で』
零れた涙が頬を伝って、祈るように胸元で組まれた手に落ちた。
……あ。レティシア様との相違発見。
けっこう胸あるわね……この『幽霊』。
『あれほどの呪いを解くことが出来るのは、本人だけ。呪いに呑まれたご自身では、解く意志すら無いでしょう。……けれど、己と同じ血の者が現れれば、きっと呪いを解いてくださるでしょう。――あの方は、情の深い方ですから』
うーん。それってだいぶ希望論入ってないかな? いや、王様がどんな人なのか知らないから、そう思っちゃうだけかもしれないけどさ。
チラッと見たけど、アリスも困り顔になってる。
そーだよねー。初見の情報だけど、呪いの元凶が偉大な王様本人だったなんて、だからどうしろと? って話だよねぇ。
トゥルーエンドルート的に元の世界に戻るのは確定なんだけど、考えたら呪われてる世界に戻るのってだいぶ鬼畜だわ。ゲームやってる時はたいして気にしなかったけどさ。
――てゆか、元の世界に戻らなかったら、この箱庭の世界、壊れちゃうんだけど……
あれ? もしかして、詰んでない? この世界。
いやいや、箱庭世界が救われるためには元の世界に戻るのが正解だから、どのみち目指す場所は一緒なんだけど……あれぇ?
『元の世界への転移は、かつての道を辿ることで可能となるでしょう。五柱の精霊王の力を借りて、あるべき世界への道を開いてください』
あ。精霊王との契約が必要な話、ここで出てきた。
ちゃんと五柱って教えてくれてる。これ、もしかして図書館の本を読破しなくてもよくなったのかな? いや、怖いから既存ルートもちゃんと辿るけどさ。
『ここに、貴方の助けとなるものを残しておきます。……どうか、兄を、世界を、お願いします』
レティシア様似の『幽霊』が深く深く頭を下げる。
そうしてそのままゆっくりと姿が薄くなっていった。
「あっ! 待ってくれ!」
「殿下!?」
「さっきの話を詳しく! 頼む!! 教えてくれ! 『王』が兄だというのはどういうことだ!? アストル家が『王』の血族なのか!?」
消えていく『幽霊』に殿下が手を伸ばすけど、届く前に儚く消えてていく。
「なら、俺達王家はなんなんだ!?」
殿下が悲痛な声をあげる。
あたし達はそれを見ていることしか出来なかった。
……そうだよね。『王家』の一員として、さっきの発言は聞かなかったフリなんて出来ないよね。
アリスがあたしの方を見る。あたしもアリスを見る。
ゲームで見た内容ならあたし達でカバーできる。学園の最初の方で皆の悩みを解決したように、正解のルートで慰めることが出来る。
けれど、『偉大なる王』の血筋がアストル家だなんて話、あたし達も知らない。そんな話はゲームでは出てこない。ここはもう、未知の領域だ。
正解なんて分からない。
けど――
「殿下」
「……マリア」
好きな人が苦しんでるの見て、放置するなんてできっこない!!
「初代の王様の時代に何があったのかなんて、私達には分かりません。けれど、今の『王家』は間違いなく殿下のお血筋です」
「だが……」
「今の『王家』がこの国を治めている、そのことに何らかの意味があるんじゃないでしょうか? かつての『王』の血筋がどうとかではなく、今、この世界で、殿下のお血筋が統治している意味が」
血の気が引いて白い顔になってる殿下の手を握る。
……すごく冷たい。こんなに手が冷たくなるぐらい、殿下は怖かったんだ。
そうだよね。王族なのに『王』の血筋じゃないって言われたら、怖いよね。自分の血筋が否定された気になるよね。
でもね、例え『王』の血筋じゃなくても、それでもこの世界で、この国の王族は殿下の血筋なんだよ。
そう望まれたから、『王家』としてずっと続いてるんだよ。
大昔のことは分からなくても、それぐらいは分かるわよ。
だって、そうじゃなかったら、今の『王家』が王家として続いてこれたはずがない。アストル家がアストル家として、王家を名乗らず続いている理由もない。
「『王家』は、この国の統治者として、望まれてその地位についているんです。遥かな過去から、今に至るまでずっと。……それ以上の意味が必要ですか?」
手のぬくもりが伝わるよう、願いながら殿下の冷たい手を包み込む。
殿下が苦しそうに顔を歪めた。
どこか泣きそうなその顔に、その眼差しに、よいしょと背伸びする。
ちゅっ。
「ふぁああああ!?」
ちょ!? 殿下!? なんて声あげるんです!?
「うっわ、マリーちゃんってば、皆の前なのに大胆!」
アリスはそのニヤニヤ笑いやめて!
あと、殿下! そんなに真っ赤になられたらこっちも照れるんですけど!?
「ま、ま、ま、マリア! 淑女がそう軽々しく口づけをするもんじゃない!」
「えぇえ……ほっぺにチューしたぐらいでそんな……」
「駄目と言ったら駄目だからな!?」
しょーがないなー。
まぁ、元気出たみたいだから、いいけどね!
「あぁ……うん。いつもの殿下に戻った、かな?」
「なかなかやりますわね、マリア様……」
半笑いのエリクんの隣で、シュエット様が目をキラリと光らせてる。
この二人、つきあってるはずなのに、なんで頬がちょっと赤いんだろう?
ねぇ、まさか頬チューもまだしたことないの? いや、確かに乙女ゲームにしてもかなり純愛路線だったけどさ、この世界。流石にこの年齢でそこまで純情な……
「マリアからのキス……マリアからのキス……」
……あぁ、うん。殿下、頬チューでこんだけ取り乱してるもんね。他の人もそんな感じだよね、きっと。
おっかしいな……エディリア様みたいな肉食系もいるのに、メインルートの人達が純情すぎる。いや、あたしも前世は恋愛未経験者だから、これが正しいのかどうか分かんないけどさー。
……てゆか、そこのお婆ちゃん。あんた元バツイチなんでしょ!? 子供も孫もいたんでしょ!? これぐらいとっくに経験済みだよね!?
「おっと、マリーちゃん。そんな目で見ても今の私はピュアピュアなんだよ!」
「そんな発言してる時点でピュアじゃないわよ馬鹿アリス!」
「馬鹿は無いと思うなー」
ああもう! いいから、この何とも言えない空気、どうにかして!!
「ところでレティシア様、フリーズしたままだけど、立ったまま気絶してないよね……?」
あ! 問題のキーパーソンさんのこと忘れかけてた!
クルトんの台詞に素早くユニ様とシュエット様がレティシア様の元に駆けつける。さすが親友ポジの人達。素早い!
「レティシア様……レティシア様!?」
「なんで泣いてらっしゃるの!?」
慌てた声がお二人から。
うわ! 本当にレティシア様、泣いてる!!
「あら……?」
しかも無自覚!?
自分で不思議そうな顔して涙を拭ってるけど、その手に持ってるのって……
「レティシア……その手のソレは……」
「え? ……あら?」
それも無自覚!?
「王冠……だな?」
「先程の女性から、ですよね?」
殿下とアリスの言葉に、レティシア様はポロポロ涙を零しながら頷いてる。
……こんなときに思うのもなんだけど、やっぱレティシア様、別格で綺麗なのよね。
てかこれ、さっきの『幽霊』の時にも思ったわね……
「いきなり手の中に、現れましたの。あの方が、どういう方なのか、分からないのですけど……」
言って、レティシア様は唇を震わせる。
「何故か、胸が、痛くて……気持ちが、伝わってきて……」
「あぁ……」
……そっか、レティシア様、その前の『幽霊』を見た時のあたし達と、同じ状態なんだ。
現れた『幽霊』の気持ちがダイレクトに伝わってきて、自分でもどうしてか分からないぐらい胸が痛いんだ。あの、切なくなるぐらい大好きな人を喪ってしまった、辛さや苦しさで胸がいっぱいの状態なんだ。
さっきの女性の『幽霊』の時には、あたしは何の感情も揺さぶられなかった。他人事のような気持ちで言葉を聞いていた。
だからこそ分かる。
やっぱり、あの『女性の幽霊』は、レティシア様限定で現れるヒトなんだってことが。自分の血を継いだ、大切な王様の血も継いでいる子孫に対して、願い託すためのメッセンジャーなんだ、って。
「そうか……お前に渡されるのが、王冠、なのか……」
「殿下……」
殿下は痛みを堪える顔で呟いてる。あたしはその手をぎゅっと握った。
「痛ァッ!?」
「あっ! 力入れすぎた!」
「……マリーちゃん……」
ちょ!? アリス! 残念な子を見る眼差しはやめて!?
「まぁ、マリア様ったら……」
「なんか台無しだよ、マリーちゃん……」
涙拭いながら笑ってるレティシア様はいいけど、アリス! あんたは後で話があるからね!?
「なんというか……」
「マリア様らしいや……」
そこのエリクんとクルトん。あんた達にも後で話があるからね!?
あと殿下、あたしを見て苦笑するのはやめてほしいです!
「殿下」
その殿下をレティシア様が呼ぶ。
「これを私が託された理由はまだよく分かりませんけれど……でも、これは、王位とか、そういうのとは関係ないものなのだと思います」
そう告げるレティシア様は、どこか沁みる微笑みを浮かべていた。
殿下はまだ苦しそうな顔のままだけど。
「この冠は、とても懐かしい気持ちになります。きっと、思いのこもった品なのだと思います。――私と同じ名前のあの人が、誰かから受け継いだ」
「……それは、王の血筋だからじゃないのか」
「そうかもしれません。……けれど、『王位』を表すものではないと思います。だって、ここにこもっている気持ちは、ただ、たった一人に対する気持ちだけですから」
微笑みながら言ったレティシア様の瞳から、またぽろっと涙が零れた。
「……なんて気持ちがこもってるの?」
あたしの問いに、レティシア様が涙を拭いながら言う。
「『泣かないで』」
「…………」
「『泣かないで』『悲しまないで』『苦しまないで』『独りにならないで』……そして、『愛しています』」
それって……
「王様だったからとか、そういうのではなく……大好きなお兄様に対する、願いと思いだけが伝わってくるのです。きっと、あの人が……いいえ、あの人達が、伝えたかった気持ちが」
だから、と形のいい唇が言葉を紡ぐ。
「その思いを伝えるための願いの結晶が、これなんです。愛する人の元に辿り着くための道具として」
「…………」
言われた言葉を反芻して、あたしは空を見上げた。
……そうだよね、ゲームの時とは違うとか、未だにゲーム世界を引きずってるあたしは、きっと馬鹿なんだろうね。
レティシア様達も、大昔のあの人達も、この世界で生きている。あたしだって、今はこの世界で生きている。
今も呪いの蔓延っているだろう元の世界に戻るのってどうなんだろ? って思うけど、神様みたいに崇める程大好きな『王様』の所に戻りたいっていうのは、この世界に来ちゃったご先祖様達の悲願なんだよね。
伝えたいこと、いっぱいあるよね。
抱きしめたい思いも、いっぱいあるよね。
あたしが殿下達の苦しみを見過ごせなかったみたいに、呪いの中で苦しんでるだろうその人を助けたいんだよね。
あー……もう、放っとけないよねぇそうなると!
世界だって救わないといけないのにさ!
このうえ呪いの元凶である王様も救うとか!
無茶にもほどがあるって思うけどさぁ!!
「……ねぇ、アリス?」
「……うん。言わなくても分かるよ、マリーちゃん」
あたしの一番の理解者は、あたしの声に苦笑を返してくる。
「愛しちゃってるんだもん、しょうがないよね?」
「本当にねぇ。しょーがないよねぇ」
「待て、マリア。どういうことだ!?」
ありゃ。聞こえてた殿下が血相変えちゃった。
え。レティシア様のお血筋云々より顔変わってない!? マジで!?
「もー! 殿下大好き!!」
「そ、そうか!?」
「……うわ、殿下、チョロい……」
「もう殿下のことはマリア様に任せれば大丈夫っぽいよね……」
エリクんとクルトんが半笑いになってる。
「ええ! 任せてちょうだい! 殿下はちゃんと幸せにするから!!」
「ま、マリア!?」
「早く結婚しなよ、マリーちゃん」
「王様達説得するまで我慢かな!」
「マリアッ!?」
殿下はまた真っ赤になってるけど、こんなの序の口だからね!?
「殿下。あたしは覚悟を決めました。だから、殿下も覚悟してください!」
「な、何を!?」
しどろもどろになってる殿下にあたしは指をつきつける。
「絶対! 世界も殿下も幸せにしてみせます!! 殿下も幸せになる覚悟をしていてくださいね!」
「~~~~ッ!!」
まっかっかで声もない殿下。
ああもぅ! 可愛いなぁ!!
その手を思わずギュッと。
「痛ァッ!?」
「また力加減間違えた!?」
失敗したあたしに、誰かが噴き出す声が聞こえた。
アリスが「あちゃー」て表情で顔を手で覆ってる。
誰かの笑い声につられるように殿下達が笑いだすのを見て、あたしは肩を少しだけ落して笑った。
この世界は不安定で、いつ壊れるか分からないボロボロの揺り籠だ。
裏側を知ってるあたしやアリスと違って、この世界でこれからそれに直面する殿下達は、その心の強さを試されることになるだろう。
目の前に突き付けられるのは絶望の現実だ。
だけど絶対、心は折らせない。
どんな時だって笑うことができたら、きっと世界も滅びも『王』様も救うことが出来るって信じてるから。
「……マリーちゃんが乙女じゃなくゴリラに転生してる……」
ちょっと!?
「馬鹿アリスは後で話があるからね!?」
あたしの声にアリスが「えぇー」とわざとらしく嫌そうな顔をする。
あんたも精霊王攻略ルートばかりしてないで、恋愛パートも頑張りなさいよ! 相思相愛キャラの数だけ精霊との絆にバフかかるんだから!
けど殿下は渡さないからね!?
ふんだ!!