特別棟の探索3 ―日中―
〇side:レティシア
朝です。ごきげんよう。私は今すぐ寝たいです。
現在朝食タイムなのですが、いっこうに食欲がわきません。この食事が終われば『慰霊碑の幽霊』と『時計塔の絶叫』と『隔離室の啜り泣き』の現場に向かわなくてはいけないのです。思わず食べる手もゆっくりになろうというものです。
――ええ。儚く「食欲がありませんの……」と言ってみたいものですが無理でした。く……こんな時でも爺や達に鍛えられた体が「朝食は元気の源!」と勝手にご飯を食べてしまっています。悔しい……!
「レティシア様、今日はあまり食欲がおありでありませんのね……」
「!」
ええ! シュエット様! 私、食欲がありませんの。食べる速度が遅いのもそのせいですの。他意はありませんの。
「……でも量的にはけっこう食べてるよねー?」
くぅ……! 精霊術でご飯が美味しくなっているのがここにきて仇に……!!
「レティシア様、急がなくてもいいですから、存分に食べてくださいね!」
ああっアリス様の笑顔が眩しい……!
ええ、分かっております。ちまちま食べる速度を遅くしても嫌な事から逃れられないということも……!
学園は集団生活なのです。皆で怪談を全部巡ろうと決めたのですから私一人の我儘で居残りすることなんて出来ません。けどどうして皆様、そんなに勇気がおありになるの!? 怖くありませんの!?
「……レティシア様、日が昇っている間はアンデットは湧かないぞ」
エリク様が私の心の声を読んでいらっしゃいます。駄目です読まないでくださいませ! 今の私の心は爺やに対する救援信号で埋まっておりますので!
「……ねぇ、せめて二班に分けるなりなんなりして、レティシア様を連れまわさずにすむようにしない?」
「……それが出来る状況にあるならよかったんだがな……」
マリア様が天の助けを出してくれましたが、殿下が困り顔で却下されました。理由は分かっております。虎視眈々と私の弱点をつこうとしている人達がいるからです。
ぐぅ……アストル家の女たる者が弱点を晒すなど、不覚ですわ……!!
でもアンデットは駄目なんです! お父様ごめんなさい!
「まぁ、一度巡ってしまえばもう二度と巡ることもないだろうし、特別棟近辺の怖い場所を巡り終わっておけば、これ以上怖がりようがなくなるだろうから、弱点を潰すためにも巡っておいたほうがいいとは思うぞ」
「……ここまで怖がられなかったら、私もそれを推奨しますけどね……」
「まぁ、おかしなことをしてきそうな相手にはこちらも対応するから……レティシアは、なんだ、その、頑張れ?」
ありがとうございます殿下! でも私今すぐに爺やの所に帰って爺やに抱き着きたいです!
「うーん……レティシア様が困難を乗り切れそうな何かがあればいいんですけど……爺やさんがいてくれたらお料理作ってもらうとか出来たかもしれませんけど」
ああ、アリス様、その案は素敵ですわね。ええ、爺やさえいてくれれば私は墓場でも無双出来――いえ、無理です。墓場は無理です。でも爺やは欲しいです。
「レティシア様、何か今、食べたいものありますか?」
「……爺やの手料理……」
「すみません、それは無理なんで、それ以外で。出来れば野営料理で出来そうなやつで」
クルト様に問われ、私は頭の中で自分の食べたいものを思い浮かべました。
爺やの手料理以外で野営でも出来そうな料理でしたら……そう……
「……お芋の丸焼きを少々……」
「……レティシア様、もうちょっと外見にマッチした食べ物言おう?」
なぜかマリア様からダメ出しをいただいてしまいました。
「マリア様、焚火でじっくり焼いたお芋は美味しいですわよ?」
「分かるけど! 分かるけどね!? レティシア様、公爵令嬢ですよねっ!?」
「秋にはよく爺やと庭の片隅でお芋を焼いてこっそり食べていましたの!」
「普通そこはモンブランとかじゃないのかなーっ!?」
「栗はけっこう危険ですもの……」
「焚火からちょっと離れようか!?」
「季節的にも無理だしねー」
アリス様が叫んでいるマリア様をなだめながらお笑いになります。爺やと一緒に食べるお芋、美味しいのですよ?
「まぁ、今の時期で美味い芋は無理だろうが、頑張ったご褒美は何か皆で考えるか……」
「でも、レティシア様が欲しがりそうなものってあまりピンとこないんですよね……」
「レティシア様が欲しがりそうなものというと……爺やさん関連だけですものね」
「……もうずっと気になっているんだが、その、度々出てくる『爺や』って、誰なんだ……?」
「あれ? 殿下、会ったことありますよー?」
「アリス嬢のお家のパン屋でお会いしたのが最初だったな」
クルト様とエリク様のお言葉に、殿下とマリア様が顔を見合わせ、次いで「あっ」と声を揃えられました。
「あの時の! あのイケ爺ちゃん!?」
「……いけ?」
殿下、マリア様の叫びに気勢を削がれたのか変な単語になっておりますよ。
「へぇええ! あの時のあのかっこいいお爺さんかー!」
「! ええ! 爺やかっこいいでしょう!?」
「うん! かっこいい! かっこいい! あのタイプの人って見たことなかったけど、どうしてレギュラーに入って無いのか不思議なぐらい美形――あわわ」
私とハイタッチしたマリア様が、途中でものすごく慌てた顔をされました。なにかあったのでしょうか?
「マリア様、お言葉が乱れてましてよ?」
「アリスにだけは言われたくない! ……ご、ごめんあそばせ?」
お二人とも、相変わらず仲が良くて楽しそうです。
「けど、そっかー……あの人が『レティシア様の爺や』さんかー」
「尋常では無い覇気の御仁だったな。……うん? アストル家で、現公爵の時代にもいただろうから……もしかして、『アストルの悪夢』か?」
「? なんですか? それは」
なにか不穏な響きのような……
「いや、父の時代やその前の時代に、恐ろしく強く情け容赦のない御仁がいたらしくてな。相対した者が全員悪夢を見るほどに恐れられていたらしい。アストル家縁の人だったことから『アストルの悪夢』と呼ばれているという――まぁ、通称と言うか異名というか」
「え。そんな名前初めて聞いた。アリス知ってる?」
「いやぁ……初耳だけど、爺やさんならありそうだなーと思う」
「マリアやアリス嬢が知らないのは無理ないな。当時の関係者以外には知られていないし、市井に伝わっている話でも無い」
「マリア様のお父様は、陛下とは入れ違いで卒業されていますものね」
「あ、えーと……そうですね?」
「あはは……」
マリア様とアリス様がなんだかちょっと不思議な微笑みを浮かべていらっしゃいます。なんでしょう?
――というか、
「私も初耳ですわ」
「なんで本家の人間が知らない!?」
「まぁまぁ、殿下。それはたぶん、公爵や『悪夢』さんご本人が内緒にしてたからだと思いますよー?」
「あ、ああ……なるほど。レティシアは大事にされているのだな」
「! ええ! 爺やには大事に育てていただきました!」
「……ねぇ、公爵も入れてあげよう?」
も、もちろんですわマリア様! お父様にも大事に育てていただきましたとも。本当ですとも。……爺やの印象が強すぎてあまり覚えていませんけれど。
「しかし、ということは、伝説の御仁とお会いしていたのか……」
王家に伝説とまで言われる爺や……どういうことかしら……
「お会いしていた、どころじゃなかったですけどねー?」
「うん? どういうことだ?」
「爺やさん、レティシア様のことものすっっごく大事にしてますからねー?」
「…………」
すーっと殿下のお顔から血の気が引いていきました。え。待って。しかも膝から崩れ落ちられました。待って待って!? 爺や、そこまで畏れられてますの!?
「よく命あったな……!?」
「うちの爺やはそこまで酷くありませんわよ!?」
「レティシア様のお爺様を鍛え上げた方でもあるのですから、数多くの偉業がおありなのでは……?」
「そ、そうかしら……?」
「ねぇ、もしかしなくても、レティシア様もその爺やさんに色々と教わってたりするの?」
「ええ。私のお勉強は爺やが主にみてくださいましたから」
「なるほど……ちょっとだけ謎が解けたわ……爺やさんとやらの謎は深まったけど」
遠目で仰っていますが、マリア様は私の何が謎だったのでしょう?
そして爺やが謎なのは同意いたします。まぁ、爺やが爺やであってくださればどんな謎があろうとかまわないのですが。
「と、とりあえず、皆さんの食事も終わったことですし、予定通り行動しましょうか! ――あ、先生方、ご飯はもう大丈夫ですか?」
気を取り直すように声をあげられたアリス様の指摘で、私は自分のご飯をいつの間にか食べ終えてしまっていたことに気づきました。ぁあああっ!
そして何故かすごく静かだった先生方は、アリス様のお言葉に大慌てで首を振っておられます。
「こちらは気にする必要はない!」
「美味かった! うん! 実に美味かった!」
「遠慮なく片づけをして課題に取り組みたまえ!」
いえ、今日は課題では無く恐ろしい自主研究なのですが……
昨日と違って素早く食べ終えて去る先生方に首を傾げながら、私達は後片付けをして慰霊碑へと向かいました。ぁぁー……
特別棟の慰霊碑は、特別棟の北にあります。
昔、私達の先祖がこの世界に来た時、今にも崩壊しそうだったこの世界を維持する為に大きな犠牲を払ったと伝えられています。
慰霊碑には、力を貸してくれた数多の精霊と、未曾有の災禍から命がけで逃してくれた偉大な王への感謝と共に、世界の礎になった人々の名前が記されているのです。
「もともと、我々は今よりも遥かに強靭な肉体と、無限の如き魔力とを持っていたと伝えられている。それらの力を精霊に捧げて、この世界で生きられるようにしたのだ、とも」
「滅びの呪いから逃れる為の対価ですね」
「そうだ。実際のところ、祖先がどれほどの力をもっていたのかは、歴史書にすらほとんど記されていない。だからどれだけ強かったのかは不明なんだが……」
「王家にも伝わっていないのですか?」
首を傾げたマリア様の質問に、殿下は少し悩む顔をしてから口を開かれました。
「……嘘か本当か、一人で国一つ滅ぼすような偉人が幾人もいたそうだ。だが、そういった方々は呪いが発動するより前に、我々の祖先を災禍から逃がすために命を賭して戦い、散っていったと伝えられている」
「一人で国一つ、って、どれだけ強かったんだ祖先……」
「今じゃ考えられないよね……」
「……つまり、滅びの呪いの前に、祖先を襲った災禍があり、その災禍は戦だったということ……」
エリク様とクルト様が祖先の非常識な強さに呆れ、マリア様が深く考え込みながら呟かれました。
戦? と首を傾げたのはユニ様とエリク様で、シュエット様は「なるほど」と納得されました。
「『災禍から逃がすために命を賭して戦い』ということは、何らかの戦いがあったということですものね!」
「相手が誰であったのか、は伝わっていない。あえて『災禍』としてぼかした理由も不明だ。だが、確かに戦はあったのだろう……それもおそらく、滅亡に向かいかねないほど厳しい戦いが」
「そんな災禍に見舞われ、滅びの呪いまでかけられてしまうなんて……」
「我々の祖先に、何が起こったのだろうな……」
殿下が遠い目をされています。その様子に、シュエット様が首を傾げられました。
「殿下は、『命を賭して戦い』散っていった人々のことを、どうしてご存じでいらしたのですか?」
「王家の者は、誰であれ『偉大なる王』の逸話を幾つも聞かされて育つ。その中の一つに、王と共に災禍と立ち向かい戦った人々の話があるんだ。とはいえ、戦の詳細が伝わっているわけではないが」
「市井ではそんな戦があったことも伝わってないですから、やっぱり立場が上の人達には色んな情報が受け継がれているんですね」
アリス様が納得したように頷きながら仰います。殿下は苦笑されました。
「主に伝わっているのは『偉大なる王』の御業だがな。せめて『災禍』が何だったのかが伝わっていればよかったんだが……」
「滅びの呪いとは別、というのが気になりますよね。とんでもなく強いモンスターだったのかな? ……どう思う? マリーちゃん」
アリス様がマリア様の真横にぴったりくっつきました。あ。殿下の眼差しが……
「とりあえず、天変地異ではなさそうよね。自然現象が相手だったのなら『戦い』なんて表現されないはずだし」
「それなんだよね。……こんな設定、無かったよね?」
「無かったわ。トゥルーのエンディングでも流れなかったはず」
「これもブラックボックスだったのかなぁ……」
アリス様とマリア様がひそひそお話されています。それはいいのですが、殿下の眼光が鋭くなっていっています。殿下、女性に嫉妬なさるのはおやめください。
「二人とも、気になることがあるなら皆に話してくれないか」
「あ! すみません! えっと、『災禍』は『自然現象』じゃなく『生き物』なんだろうな、っていう憶測というか、推測というかが出来るんですが……」
「わざわざ『戦い』と明記されていたということは、対象となる生き物がいたということなんですけど、その相手を明記しなかったのはどうしてなんだろう、って気になりまして。普通、相手がモンスターならそう記載しますよね? 後の世にも出てくるかもしれないですから」
やや慌ててそう言ったお二人に、殿下は考えるお顔になりました。
「……そうだな。実際、二百年前の災害モンスターはちゃんと明記されているものな」
あら? そのお話は……
「二百年前の、というとモンスターウェーブでしたっけ? 主に『小型毒蜥蜴』と『巨大蛇』が大量発生した、っていう」
「ああ。他にも何種類かの魔物が大量発生して、隣の国が滅びかけたな。うちの家の歴史書にも書かれていた。確かに、あれはモンスターの名前が明記されていた」
「そういえば、エリクの家は当時の隣国の救援に向かっていたな」
クルト様の声にエリク様が頷かれ、殿下が思い出したようにエリク様の顔をご覧になりました。エリク様がしっかりと頷かれます。
「はい。アストル家からも出ていたはずです」
そして次の視線が私に。
えぇと、これは話しても良い内容なのでしょうか……?
お父様に確認をとってからにしたいですが、そんなことをしていたら合宿中にお話するのが難しくなりますわね。爺やだったら笑顔で「大丈夫ですぞ」と言ってくれそうな気がしますから、お話しましょう。
「はい。我が家でも出兵したという記録がございます。ただ、あれは天災というより人災だったと記憶しています。爺やから教えてもらったことがありますが、あれは隣国の上の方々が時空に穴を開けて過去の偉人を呼び出そうとしたところ、大量のモンスターを呼び込むことになった、と」
「は!?」
「待て! 初耳だぞそれは!」
「え!? 王家にない記録がアストル家にあるんですか!?」
「ちょ、ま、なんで私を盾にするのかなっ!?」
発言はエリク様、殿下、アリス様、マリア様です。
ギョッとなった皆様の視線に晒されて、私は思わずマリア様の背中に逃げ込んでしまいました。ごめんなさい!
ちなみに他の方々は全員ポカンとしたお顔をされています。皆様、お口が開いてましてよ。
「我が家だけが知っている、というわけではありませんのよ? 物的証拠は王家預かりとなったはずですもの。隣国が領土を縮小させたうえ、貿易の関税で不利益な条件をのんだのは、それらが原因だったはずです」
「……うちの家には、そんな内容、伝わってないが……?」
「あら……?」
私の話に出兵仲間であるはずのエリク様が呆れ顔で呟かれます。
「……もしかして、それ、一般には秘匿された情報というか、王家直系にだけ伝えられる系統の秘密じゃないかなー……?」
「……レティシア……」
ああっ! クルト様と殿下からも呆れた眼差しが!
「わ、私にとっては『爺やが教えてくれた昔話』の一つでしかありませんもの?」
教えてくれた爺やの口ぶり的に、秘密のお話という感じではありませんでしたし。
「……前々から思っていたが、爺やさん、何者なんだ……?」
「私の爺やです!」
「そこで輝く全力の笑顔……」
「レティシア様、ほんっっとに爺やさん大好きですよね」
エリク様のお声に反射的に答えていたら、マリア様とアリスが真顔で仰いました。
ええ! 爺やのこと大好きです!!
「うーん、レティシア様の爺やさんの事、もっと知っておく必要があるのかな、これ……」
「ま、まぁ、アストル家の不思議はともかくとして、まずは怪談の検証をしましょう! 時間は有限ですし! ね!?」
マリア様が唸り、アリス様が慌てたように話題を変えられました。私も頷いて同意を示します。
爺やのことを語るのは幸せですが、私、語り出したら止まらない自覚があります。明るいうちに怖いエリアを踏破したいですから、泣く泣く諦めますとも……
「そうだね。明るいうちに三か所巡っておきたいものね」
「ええ。夜は危険ですものね」
クルト様とユニ様が深く頷かれ、疑問でいっぱいなお顔をした殿下も渋々頷かれました。
「とりあえずは、『慰霊碑の幽霊』だな」
特別棟から北に真っすぐ進んだ場所にある慰霊碑は、見上げるほどに大きなものでした。これほど大きいのに特別棟付近からは見えないのは、森の木々に視界を遮られているせいでしょう。慰霊碑付近はぽっかりと開けた場所にありますが、ここに来るまでの距離と木々の密集具合を考えれば、見えないのも道理です。
「そういえば、慰霊碑には沢山のお名前が彫られているのに、そのお名前を記した書物などはありませんよね」
びっしりと名前の書かれた巨大な黒い石を見上げ、シュエット様が思い出したように仰います。私達貴族家の全員や殿下が頷かれ、アリス様が首を傾げられました。
「無いんですか? ここに書かれている皆さん、この大陸にとって救世の偉人ですよね?」
「ええ。お名前を記された書物というのはありません。お名前を知ることが出来るのは、この慰霊碑のみですわ」
「民間に伝わってないだけだと思ってましたけど、上の方々のお家にも伝わってないんですね……」
「だから特別棟の図書室が重要になってくるのね……」
「そうなのですか?」
「ああぁぅえあえぇと、たぶん!?」
「……マリーちゃん……」
ボソリと呟かれたマリア様に尋ねると、ものすごく慌てられました。何故かアリス様が「あちゃー」というお顔をされています。
「特別棟の図書館って、そこでしか見られない特別な本が置かれてるみたいですし、きっと私達が『なんでだろう?』って思うことも載ってるはずですよ!」
「そ、そうよ! 慰霊碑みたいに国にとってもすごく重要なものが建てられている場所なんだもの、きっとここにしかない情報が沢山あるはずだわ!」
「昨日見つけた光ってる本とか!」
「あとでしっかり確認しましょ!」
アリス様とマリア様が力説なさいます。
確かに、この特別棟は色んな意味で特別な場所のようですから、お二人の主張も納得です。殿下は少々疑問顔ですが。
「……レティシアのところも謎だが、お前達もちょくちょく謎だな?」
「な、謎なんて無いですよ!?」
「そ、そうですよ! 殿下がお望みになるのでしたら、全てお見せできますよ!」
「い、いや、ゴホンッ、そ、それはまだいいっ」
お二人に疑問の眼差しを向けた途端、マリア様がアリス様を背に庇う形で前に出られ、ついでに殿下の腕にむにゅっと抱き着かれました。ああっ! あの素晴らしいものが一瞬で形を変えて殿下の腕を飲み込みました! すごい!
……あの装備、私には備わっていないのですよね……
そして殿下は真赤になってしどろもどろに。アリス様が陰でマリア様にグッと親指を立てておいでです。あらー……
「殿下がチョロすぎる……」
エリク様、それを言ってはいけませんわ……
「あの……ところで、すごく気になることがあるのですが……」
じいっと慰霊碑を見上げていたユニ様が、恐る恐るといった体で小さく手を挙げられました。全員の視線を受けて、戸惑ったようなお顔で慰霊碑の一番左上を指さします。
「あそこに、レティシア様と同じ名前があるような気がするのですが、気のせいでしょうか?」
え、私??