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牛肉のポトフ


〇side:爺や



 ――強化合宿中の食事が悲惨なことになっています。


 鼻につく異臭、生徒たちの悲鳴、もうもうと上がる煙……うっ、涙が。

 お嬢様と殿下達は大丈夫そうですが、他の方々の調理風景は相変わらず酷いものでした。

 流石に懲りたのか調理材料を厳選してごく少量を調理する人が増えましたが、そうすぐに手際が良くなったりはしません。味付けの難しいスープを諦め、無難な炒め物をする人々が多くなりましたが、調味料を入れれば入れるほど良いと誤解している者達のおかげで、物凄い臭気が漂ってきています。なんですかな? その最臭兵器は。……先生方の胃袋は大丈夫ですかな?

 そして相変わらずの煙幕が辺りを白く染め抜いておりました。盛大な狼煙を焚くのはおやめください。

 ……先生方用の胃薬を用意していたほうが良いかもしれませんな。


 お嬢様の方は周りの方に支えられつつのびのびと課題を進めておいでですし、夜の料理では精霊術を活用する方法を思いつけたようですので、これで一安心でしょう。次の日の朝になっても思いつかないようでしたら投げ文をするつもりでしたが、準備は無駄に終わったようです。善哉善哉(よきかなよきかな)

 ……遠目にでも見ていた者はいないのでしょうか? すぐに真似出来ると思うのですが。

 合宿中は学園の授業と違って、生徒達が自分で動かなければいけない部分が多くあります。調理もそうです。上手な者にコツを教えてもらえばよいのです。課題中は邪魔になってしまいますから、調理中の様子をうかがうなり、夕食後の自由時間に問うなり、配慮をしながら行えばよいのです。

 だというのに、誰も何も行動を起こさない。今年度の生徒はずいぶんと恥ずかしがりやですな……?

 まぁ、もっとも、相手の課題を邪魔するようなやり方は減点になりますが……

 このままでは、明日からの『野生動物の討伐』という課題に進めない者が多数出てしまいます。

 ……学園、大丈夫ですかな、こんな調子で……


 そう言えば、森の食材確認時に蜘蛛型の魔物を発見しましたが、どうもあれのせいで大型の獲物が減ってしまっているようです。

 一応、一年生用エリアにいた蜘蛛は討伐しておきましたが、一度減った獣の数はそうすぐには増えません。蜘蛛が食材になれば良かったのですが、蜘蛛は美味しくありませんからなぁ……

 まぁ、ヒューに手紙をしたためましたので、情報を上手に使って対応することでしょう。


 掃討中、お嬢様達の魔法がすぐ傍に迫ってきていたので、獲物になりかかったお二方は放置して見つかる前に逃走いたしました。ちゃんと保護されたようで何よりです。

 お嬢様に見つからないようにしなければならないとはいえ、怪我人を放置するのはなかなかに堪えますな。大怪我でしたので大部分はこっそり先に治癒させていただきましたが……まぁ、敵を追い払う作業を担当させていただきましたので、そこまでで勘弁していただきましょう。

 それにしても、あの蜘蛛はいったいどこから来たのでしょうか? 旦那様の時代にも、先代の時代にも、あんな魔物はこの森にはいなかったのですが……


『支配人! いつになったら帰っておいでになるんですかー!? 料理の手が足りないんですけどー!?』


 おや、部下Bから緊急連絡です。

 泣き言でしたので無視することにしました。

 風の精霊に頼む伝言が泣き言とはどういうことでしょうか。再教育が必要な気がいたします。


『支配人。野菜の備蓄がかなり少なくなってきました。料理を肉主体に切り替えてもかまいませんか?』


 おっと。部下Aからは相談が飛んできました。


『かまいません。今週分は旦那様から融通していただいている分も全て調理に充ててよいですよ』

『ありがとうございます。……それを使用しても、野菜が不足してしまうのです。市場の魔物素材の取引量は増えているのですが……』

『ふむ……』

『魔物素材の取引を増やしてもかまいませんか?』

『質が良いものでしたら魔物素材でもどんどん使用なさい』

『畏まりました』


 魔物肉、と言わずに魔物素材と言ったのは、植物系の魔物素材が出回っているからでしょう。一般の野菜が減っているのに、魔物の野菜は増えているのでしょうか? おかしな事態になっておりますな。


『部下B。東部の情報で何か新しいものはありませんかな?』

『まだその呼び名なんですか!? 東部の新ネタ……魔物が増えていることでしょうか? あと、その関連で、アストル領の野菜も高騰してきてます。流通ルートが潰れた商人がこっちに流れてきてるみたいで』

『ふむ……引き続き情報を集めてください』

『まだ帰らないおつもりなんですか!?』

『まだも何も、まだ一日目なのですが。精進なさい』

『支配人がいないと大変なんですよーっ!』


 おお、部下Bよ、初日で音をあげるとは情けない。

 しかし、野菜の一大生産地であった東部の影響で、豊穣なアストル領の野菜も手に入れづらい状況になっているようですな。旦那様に融通してもらっていても、備蓄が乏しい状況ですか。一度アストル領に帰還しないといけないかもしれませんなぁ……

 まぁ、お嬢様の合宿が終わるまでは放置させていただきますが。


 さて、スティーブとヒューに手紙を出して、一旦湯あみをしてから森の探索を再開させていただきます。

 姿と気配を消しておりましたので、一緒に入っていた殿下達も私には気づかなかったご様子ですな。ふふふふふ。

 もう少し気配に敏感にならないと、後ろから私がお湯鉄砲をくらわしますぞ?


 なかなか考え深いお話合いをされていましたので、あの一時は実に有意義だったと言えるでしょう。色々と考えさせられましたな。あと、クルト様、ご依頼は密かに承りましたぞ。

 旦那様への手紙をしたためるついでに、王宮へ一筆したためて手紙を送っておきました。陛下には頑張っていただきましょう。

 あと、もうちょっと配下の貴族たちを掌握していただきましょうかな。子供がのびのび成長しようとしている時に、邪魔をする者は皆ゼブラハゲになるとよろしいかと存じます。そこの精霊、ちょっと手伝ってくだされ。





 さて、夜の探索にまいりましょう。

 それにしても、野生動物よりも魔物が多い森ですな。一年生が活動するエリアにまでずいぶんと魔物が足を伸ばしてきております。

 サクッと倒しておきましたが、このお肉はどうしましょうか……ちょっと一回りしただけで山のようになりました。血臭が酷いですな。風の精霊、空気の循環をお願いしますよ。

 肉ばかりとはいえ、食糧が不足している場所に回すという手もありますが、ここは学園の敷地ですからなぁ……勝手に売りさばくことはできますまい。

 ふむ。血抜きと下処理だけしてヒューに丸投げしておきましょう。合宿での食材にするなり、学園に回すなりするでしょう。

 二年生以上が活動するエリアにも魔物が多いようですが、まぁ、あちらは一年生と違って魔物と戦う術を学園で身につけておりますから、独力で頑張っていただきましょう。先生方もついているようですし、過保護にはいたしません。

 ――む。そこの魔物、こちらは一年生エリアです。入ってくるのではありません! 肉にしますよ!?

 目で会話して快く引き返していただきました。人と違って無駄な言い合いが無くて良いですな。

 返り血は浴びておりませんが、少しばかり運動した後ですので、またお風呂に入らせていただきましょう。

 今度ご一緒させていただいたのは、調理で失敗してスモークされていた方々でした。湯煙のおかげでカバーされていますが、人数が人数でしたので微妙に煙の残りが……頭から体から洗った彼等が流した泡は、綺麗な灰色になっていました。先生方の休憩室に胃薬を置いておきましょう。そうしましょう。

 さて、夜が明けるまでしばらく時間がありますし、付近から野生動物を攫ってきて森に放流しておきますかな。





 夜が明け始めました。野生動物の放流はここまでにいたしましょう。精霊達もお疲れ様でした。またよろしくお願いしますぞ。

 早朝までに把握した内容等を手紙に書いて封をします。また、ヒューのローブのフードにでも投入しておきますかな。

 さて、せっかくですから疲労困憊している先生方用の料理でも作っておきましょう。生徒達の料理を食べないといけないので、それほど量は作りません。口直し用ですな。……こんなものが必要にならなくなるのが、一番良いのですが。


 料理は……そうですな、牛肉のポトフでも作っておきましょう。

 鍋に湯を沸かして牛すね肉を入れ、表面が白くなったら取り出してアクを抜きます。

 新たな鍋に牛すね肉と縦半割にした玉ねぎを入れ、材料がかぶるくらいの水を注ぎます。塩、押し麦を入れれば、あとはアクを取りながらの煮込み時間です。煮込むのは二時間ぐらいですな。

 その間に冷たいソースを作っておきますかな。

 パセリ、アンチョビ、ケッパー、大蒜をそれぞれみじん切りにしてボウルに入れ、粒マスタードを加えながら軽く混ぜます。さらに泡だて器で混ぜながらオリーブオイルを少しずつ加え、これをピューレ状にいたします。こちらは出来上がりのポトフに添えるものですので、それまで氷室に置いて冷やしておきましょう。温かいポトフに添えると、なかなか良いアクセントになりますぞ。


「…………」


 丁寧にアク取りをしていたらヒューがやって来ました。昨日より顔色は良さそうですな。良い朝ご飯でもあたりましたかな?

 私はこの場にいないことになっておりますので、ヒューが入室する前に姿を消しておきました。気配も断っております。無人のように見える部屋にヒューがちょっと腰が引けていましたが、気にせず調理を続けます。……ふむ。アク取りはもう不要のようですな。


「……おられますかな?」


 そっと声をかけられましたが、返事をすることは出来ません。代わりに朝にしたためておいた手紙を近くの机の上に置きました。ヒューには手紙が唐突に現れたように見えたのでしょう、ちょっとビクッとなってから手紙を受け取りました。生徒達を導くのにお役立てくだされ。

 手紙を読んで驚いたり難しい顔をしたりしていたヒューが、ふと何かを思い出したように懐から手紙を三通出して机の上に置きました。……おや?


「……ユニ君とシュエット君とクルト君から手紙を預かったので、ここに置いておきます」


 クルト様から手紙が来るのは予想しておりましたが、ユニ様とシュエット様は何のお手紙でしょうかな?

 受け取り、サッと目を通しておきます。

 なんとまぁ、ユニ様とシュエット様はお嬢様に対して悪感情をもっている方々のご実家とやり口の内容をリストにしてくださっておりました。間者があちこちで暗躍しているのは知っていましたが、なるほど、こういう情報を調べていたのですか。ありがたいことです。しかし、あの短時間でこれだけのことをまとめ上げるとは……あのお二人は情報戦において大変優秀ですな。

 あと、アリス様のことをどうかよろしくお願いしますとお手紙にありました。畏まりました。クルト様からのお手紙も、予想通りアリス様のご実家のことです。すでに旦那様に手配をお願いする手紙を出しましたので、大丈夫ですぞ!


「……ポトフですかな」


 ふと、ヒューが呟きました。

 私は黙って小皿にスープを入れ、そっと机の上に置きます。

 やはり突如出現したように見えたようで、またもやビクッとされました。慣れてください。

 そろそろと小皿を取り、口に含んだヒューの顔が、じんわりとした笑顔に変わります。


「ああ……沁みる……」


 ……大丈夫ですかな、合宿の食事……


「……昨日の騒ぎはご存じですかな?」


 おや?

 ふむ。魔物のことですかな?

 ――いや、魔物のことであれば、先の手紙にしたためておきましたので、それは無いでしょう。

 何かありましたかな?


「……夜にあった、学生の騒動のことなのですが」


 おや。夜の狩りの間に何かあったようです。お嬢様の方には七不思議がやって来たぐらいしか異変が無かったので放置しておりましたが、何かあったのでしょうか。


「留守にしている部屋に入ろうとした愚か者がいたのです」


 合宿のお約束ですなぁ。


「……お怒りにならないので?」


 何の反応も無い私に、恐る恐るそんな問いかけがきました。

 ちょいちょいと精霊を呼んで詳しい話を聞くと、どうやら侵入された部屋はお嬢様達のお部屋だったようです。ははぁ……それで尋ねているのですな。

 とはいえ、忍び込んだのも女学生とのことですので、私が男同士のHANASIAIをする必要は無さそうです。

 まぁ、相手が大人であるなら厳罰を要求いたしますが……


『学生なのでしょう?』


 メモに書いて机の上に置くと、困ったような顔で答えられました。


「ええ……まぁ……」

『では、学園の法に合わせた処罰を受けさせればよいかと。課題の上乗せなどでしたかな』

「……お怒りにならないので?」


 繰り返し言われて、私はヒューを見下ろしました。

 ヒューは静かながら決意を秘めたような表情をしております。ちなみにその目線の先に私はいませんぞ。

 ……それにしても、ふぅむ? これはもしや、何か誤解されておりますかな?

 ――仕方ありません。非常時ということでスティーブには勘弁していただきましょう。


『スティーブには内密に願います』

「……畏まりました。うお!?」


 重々しく頷いたので姿を現したのですが、真横にいるとは思わなかったのか驚かれてしまいました。


「……お、お手を煩わしてしまい、申し訳ありません」

「かまいませんよ。お嬢様のためですからな」

「……昨日はスコットとレイナードの危機も救っていただいたとか」

「緊急時でしたので、最低限の手当と魔物の討伐を行ったにすぎません。お嬢様達の放った精霊が近くに来ていましたから後はお任せしました。お礼はお嬢様にお願いいたします」

「レティシア君たちには、すでに礼を伝えておりますれば」

「では、この件に関してはこれでお終いです。私はこの場にいないことになっておりますので、私に対しての礼は不要です」

「……そうもいきますまい。魔物の討伐も、お礼を申し上げます。殿下達やレティシア君達はともかく、他の一年にはまだ荷が勝ちすぎたことでしょう」


 ヒューは相変わらず真面目ですなぁ……


「今年は例年になく森が危険なようでしたので、少しお節介をしただけにすぎません。不測の事態に備えるためならば、本当は放置しておくべきなのでしょうが……」

「い、いえ、あの量の魔物はとても生徒では捌ききれますまい。本当にありがとうございました」


 うちのお嬢様あたりなら片手で葬れるレベルなのですが、他の一年生には荷が重いのでしょうかなぁ……


「殿下達やお嬢様達のパーティーなら倒せると思いますが」

「……他が死にます……」

「……そうですか……」


 ……この学園、本当に大丈夫でしょうか……


「それで――その、昨晩の不祥事なのですが」


 ああ、そういえばそのお話でしたな。


「ヒュー殿。相手は子供ですな?」

「子供です」

「おイタをした子供用の罰も、ちゃんと決められていましたな?」

「はい」

「では、それ以上に子供を罰する必要がありますかな?」

「…………」


 ヒューがちょっと困った顔をしました。何故、困り顔なのでしょう?


「男子たる学生がレディの部屋に無断で踏み入ったのであれば私も少々肉体言語を披露いたしますが、悪戯な子猫がおイタをしようとして撃退されただけであれば、目くじらをたてる必要も無いかと」

「……ちなみに、男子生徒が女生徒の部屋に無断で入った場合の肉体言語、とは?」

「旦那様の時代にも披露させていただきましたが――お尻を百叩きですな」

「……あー……」


 思い出したのでしょう、ヒューが遠い眼差しになりました。


「……そういえば、生徒の問題につきましては、貴方様も穏便でしたな」

「仕方ありません。相手は子供なのですから」

「大人には厳しいですが、な」

「それも仕方がないことでしょう。子供ではないのですから」

「……思えば、貴方様は子供にはお優しかったですな」


 ちょっと暗い顔なのは、ここ最近の彼是あれこれを思い出したからでしょう。

 私も思い出しましたが、反省はいたしません。遠慮も配慮もいたしません。私はもとからこういう存在ですから。

 それと、一つ訂正を。


「私は別に子供に優しいわけではありませんぞ?」

「そうでしょうか……?」

「単純な話です。ヒュー殿、過ちを犯さない子供がいますかな?」

「…………」

「罪には罰があってしかるべきでしょう。けれど、相手はまだ幼生体こどもなのです。ヒュー殿、人は成長する生き物でしょう? まして子供であれば、過ちを犯しながら成長する子もいるでしょう。で、あるならば、大人は時に助言を与え、時に叱り、時に褒め、子供達を見守ってやらねばなりません」


 例えば殿下のように。

 例えばマリア嬢のように。

 ――人は、過ちから成長するのですから。


「たった一つの誤りで全てを失うような何かをしたわけでもありますまい?」

「……はい」

「まぁ、学園を卒業し、大人になった者のオイタについては手心を加える気はありませんがな」

「…………」


 ヒューが目元を指で揉んでいます。頭が痛いことでもありましたかな?


「……先生方の問題については」

「どの問題ですかな?」

「研究熱心な先生と、私情を優先して生徒にあたった先生の『問題』です」

「それぞれ学園にお任せいたします。法を犯したわけではありませんから、今のところは厳重注意でよいのではありませんかな?」

「かしこまりました」


 ホッとしたような声のヒューが、ややあって大きなため息をつきました。


「今年も大変のようですな」

「全くです。料理であれほど躓くとは……」

「学び舎で何を学んでいたのやら」

「きちんと学ばねば、いずれ自らに跳ね返ってくるというのに……どうも学ぶ意識に乏しい者が一定数いるようです。残念な事ではありますが」

「今年は『当たり年』ですからな。目の色を変えたくなる相手が多いから、なおさらでしょう」

「殿下達のことですな。……あからさまに年齢差のある者を送り込んでくる馬鹿はおりませんでしたが、多少のゴリ押しはありました」

「本来なら一年上、あるいは一年下だった生まれ月の子供ですな」

「そうです。たった数日、たった一月だけの違いで同じ学年に入れないのはおかしい、と言うのがあちらの言い分なのでしょうな。殿下が生まれた年の、年初めと年の終わりの月には異様に新生児の誕生日が集中しておりましたよ。同じ学年に入るためでしょう」

「親の罪がそのまま子の罪になるわけではありませんが……どのように歪められて育てられたのかと思うと、子供達が哀れですな」

「得意な精霊術に特化して、なんとか同じクラスに入ろうと画策されていたようですが……精霊は、そんな彼等を愛してくれますでしょうかな?」

「……さて。精霊によるでしょう。人が千差万別であるように、精霊も千差万別です。全ての精霊が、同じ価値観というわけではありませんからな」

「……子供達は、精霊王の慈愛を得られるでしょうか……」

「…………」


 ポツリと零された言葉に、様々な思いが含まれていました。

 不安は分かりますが、それを私に零されてもどう答えてよいものやら……


「精霊王も、様々ですからな」

「…………」


 ヒュー。そんな捨てられた子犬みたいな目をするのはおやめなさい。私はお嬢様以外にほだされるつもりはありませんよ!?


「ヒュー殿」

「……はい」

「……信じて導いてあげなさい」

「……はい」

「貴方方が不安に揺れていては、子供達は道に迷ってしまうでしょう。貴方方は夜道を照らす灯りでなくてはならないのです。子供達がいずれ自らの力で光を灯し、自らの行く道を定めて歩き出せるように、明かりで道を照らしてあげなさい。可能性は決してゼロではないのですから」

「……はい。……はい……っ」

「道の険しさも、足場の不安定さも、道中にある様々な障害も、子供達が自分達の手で切り開き、乗り越えていかなければなりません。そうすることで、人の魂は輝き、その輝きでもって精霊を惹きつけるのですから。――けれどその道に踏み出す最初の一歩を、貴方方は助けてあげられるでしょう。道を案内する者が、迷ってはいけませんよ」

「……かしこまりました」





 何故か泣き出してしまったヒューを慰めながら、ポトフの煮込みは完了しました。

 そこの精霊達、もらい泣きするんじゃありません。ポトフが涙味になったらどうしてくれるのです。あと、風の精霊は言葉を運んできたのなら遠慮せずに通しなさい。変な配慮をするんじゃありません。

 さて、気を取り直して周辺の見回りを再開しましょう。

 まともな食事にありつけなかった時は食べるように、と申し送りをしてもらって厨房を後にしました。

 ヒューはお嬢様の作成した魔物分布図をもとに、二年生以上の者の森への出入りに注意を呼び掛けるようです。お嬢様の魔物探知は優秀ですからな。

 ちなみに東側に魔物が固まっている理由は存じませんが、空白エリアが出来ているのは私のせいです。乱獲した肉類はヒュー曰く学園都市に卸されるようですので、肉類の不足は解消されることでしょう。……野菜類についてはしばらく農民の皆様に頑張っていただきましょうかな。

 どうやらお嬢様はヒューからの最後の課題を無事にやり遂げたようですし、宿泊棟近辺の安全は確保していますから、ちょっと足を伸ばしてみましょうか。

 昨日あれだけ倒したのに、なんでこんなに魔物が沸いているのでしょうなぁ……






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― 新着の感想 ―
[一言] 先生………(T-T) きっと…きっと良いことが在りますよ?( ;∀;)
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