強化合宿 二日目 2
〇side:レティシア
朝日が射すと同時に目が開きました。おはようございます。今日も青天のようです。
同時期に起き出したアリス様と小声で挨拶を交わし合い、音を殺して洗面所へと向かいます。この宿泊棟は全ての部屋に大きな洗面所がついているので一斉に身支度を整えることが出来ます。――流石に身支度を整える前の姿で部屋から出るわけにはいきませんからね。
音で起きてしまったらしく、歯磨きを終え支度を整えたところでユニ様が身を起こされました。どうにもお眠いご様子で、ぐらぐらと体が揺れていらっしゃいます。寝ていても大丈夫ですわよ?
「(ユニ様、寝ていてくださいませ。後で起こしに来ますから)」
「(れてぃしあさまは……?)」
「(私はちょっと朝の鍛錬に……)」
答えた途端、何故かユニさまがスッと真顔になって目を開かれました。……あら?
「鍛錬……?」
アリス様まで目を見開いておいでですが、私、何かおかしなことを言ったでしょうか?
あ! 合宿中ですものね! 個人の鍛錬より朝食の準備の方がいいかもしれません。そうしましょう!
「(ちょっと一狩り行ってきますので、ご飯が出来るまで寝ていてくださいませ)」
ゆっくり寝てもらおうと思って言ったのですが、何故か聞こえていたらしいシュエット様までふらつきながら起きはじめました。待って待って。とりあえず、お二人を一度ベッドの中にそれぞれ戻しておいて部屋を出ます。
「……別の言い方にした方が良かったのでしょうか?」
「……ぇぇ……うん……そうですね……?」
アリス様も腕を組んでものすごく考え込んでくださいましたが、残念ながらいい案は出ませんでした。
それよりも食糧、食糧!
二人で足音を殺して宿泊棟の外に出ると、朝食用の食材を準備していたらしい先生方に驚かれました。
「……君達もか」
君達『も』?
「アリスにレティシア様じゃない。二人とも、早いのね?」
あ! マリア様です。おはようございます。今日もいいお胸ですね。
「おはようございます、マリア様」
「おはよー、マリーちゃん。マリーちゃんも早いねぇ」
「慣れでしょ? こんなのは。それに、時間は有効に使わなきゃね」
その通りです。
せっかくなので三人で森へと向かいます。まだ薄暗いため、先生方にはちょっと不安そうな表情をされましたが、この程度の暗さならどうということはありません。精霊もいますしね。
「【来たれ】」
風の精霊を呼び出すと、楽し気な笑い声をあげながらたくさん集まってくれました。よろしくお願いいたします。アリス様とマリア様も呼び出したので、周囲がかなり明るくなりました。これで護衛もばっちりですね。
「まぁ……大丈夫そうだな……」
呆れたような感心したような顔の先生方に見送られて、暗い森の中へと入って行きます。暗いとはいえ、夜とは違ってだんだん明るくなるのですから、私に怖いものはありません。ええ。なにしろアンデットは朝になるとどこへともなく消えてしまうそうですから! ……嘘情報ではありませんよね……?
「あれ? 今日は鳥の声がするね」
「本当だわ……ということは、昨日の異変の主は倒されたってことかしら?」
森の奥から聞こえてくる鳥の声に、お二人がそんな風に話し合っています。鳥は森の異常をいち早く察知するからでしょうか?
「てっきり討伐イベントが発生すると思ったのに……」
「あー! え、えーっと、昨日先生を助けに行った時に倒すなり追い払うなりしたんだよきっと! ね! れ、レティシア様も、そう思いませんかっ!?」
「え、ええ。そうですわね?」
何故かアリスさんがちょっと大きめの声で仰いました。どうしたのでしょう? あと、あまり大きなお声を出すと獲物が逃げてしまいますわよ?
「先生方がご無事でいらっしゃいましたし、それで良いではありませんか」
「……そうね。どうせ明日からは野生動物狩りもあるし……っていうか、もう今日からはじめちゃったほうがいいと思うけど」
「うん? まだ食材沢山あるから、必要なくない?」
「馬鹿ね、アリス。先生方のあの食事に対する切実な眼差しを忘れたの? 一気に点数を稼ぐチャンスじゃないの!」
「おお!」
「なるほどー」
つまり、追加の大量加点を目指してより多くの食材を集めて調理し、沢山の先生を招こうということですね!
「(……あんなに飢えた状態を放置なんて出来ないわよ)」
「マリーちゃん、ツンデレが全方向に進化しかけてるよ」
「なんで聞こえてるのかなっ!?」
ごめんなさい。私にも聞こえました。
「心の声がダダ漏れだからさー」
「ぐぅ……プレイ中の癖が出るとか……」
「マリーちゃんのゲーム中状態って楽しそうだよね。――いや、ゲームだと思い込んでた時の言動ってちょっとアレだった」
「思い出させないでくれない!?」
なんの遊戯のお話なのでしょう?
出来れば私も、その……ま、混ぜて……?
「そんなことより素材集めでしょ!? 時間は有限なんだから!」
残念なことにマリア様が話題を切り上げてしまわれました。遊戯については今度お暇な時にでも尋ねてみましょう。
「では、早速狩りを……」
「待った、レティシア様。どこからともなく取り出したその剣についてもすっごく気になるけど、待った。人力で探して倒してたら時間かかるでしょ? せっかくだから精霊術で分担しましょう。獲物を一度に獲りすぎても調理しきれないから、野兎ぐらいの小さな獲物なら最大ニ十匹までにして、出来れば猪とか大きめの獲物を探しつつで。あと、薪と果物類も集めましょう。肉ばかりじゃ栄養が偏るわ」
「森の奥への探査もしたいよね」
「そうね。広範囲の精霊に森の異変を探査してもらいましょうか。――レティシア様もそれでいい?」
「はい」
剣に変化させていた杖を元に戻して、腰の定位置に吊り下げます。何故かお二人に杖を凝視されてしまったのですけど、その位置を見られるととても辛いです。……ご飯を食べてないから、側腹部はまだ危険領域になっていないはず……
沢山集まってくれている精霊に、よく乾いた木の枝等の薪と、朝食用の食糧をお願いします。魔力を多めに渡したので快く引き受けてくださいました。あとは……
【木の精霊よ、大地の精霊よ】
この森のに詳しいだろう精霊に意識を通し、今の魔物の分布について尋ねました。一年生である私達が魔物と戦うことはまだ許可されていません。――ですが、向こうから来る可能性はあるでしょう。戦場において敵の布陣を確認するのは当然です。けれど……これは……?
「…………」
「……レティシア様?」
ポーチから筆記具を取り出し、精霊から伝わるイメージを図にして書き込んでいきます。建物がここでベース地がここで、森がこうだから……
「……地図?」
「魔物の分布図です」
「「マジ!?」」
覗き込むお二人のおかげで私の両隣がポヨポヨしています。ぐぅ……何故私には備わっていないのでしょう。……邪念よ、去りなさい!
「……近場は思ったより少ないわね……」
「一方向だけやたらと集まってるよ? ……東はやっぱり不穏か……」
確かに東から送られてくるイメージが多いです。うう……大きな昆虫系が……
「――完了ですっ。現段階でこれぐらいですね」
「お疲れ様です!」
「凄いわね、レティシア様。さっきのって索敵の魔法のアレンジ?」
涙を堪えてやり切ると、アリス様が労ってくださり、マリア様が褒めてくださりました。ありがとうございます! けれどポヨポヨを押しつけるのはおやめになって……! あ、涙が……
「……レティシア様?」
「……え……ええ。精霊に魔物の姿と場所を映像で伝えてもらっているのです。森の中だけを限定しましたから、洞窟や森が途切れた向こう側とかは不明なのですけど」
「まぁ、一年の合宿期間中に洞窟には入らないもんね。これだけでも凄いわよ。……でもこの分布だと、昨日の先生の騒動が謎よね……」
「これといって不穏なのは東だけですものね……」
精霊が伝えてくれたイメージでは、東側には魔物が多く生息しているようなのですが、それ以外の所は奥地に数か所固まっている程度でした。特に私達に関りそうな近場には魔物は全くいません。ただ――
「蜘蛛」
マリア様がポツリと呟かれました。
「奥に固まってるけど、多いね……?」
「巣かしら……? それにしては、やけに森の端に密集してるけど。……肉食動物系や鳥型は東か」
「二年生以上の方は魔物討伐も課題に入ってくるのですよね……先輩方、大丈夫かしら……」
私の言葉に、二人が揃って「う~ん」と腕組みして唸ります。なんだか姉妹のように似ていますのね……?
「レティシア様さえよかったら、あとでこの地図、ヒュー先生あたりにお見せしませんか?」
「そうですわね。では、【複製】の魔法で写してお渡ししましょう」
「あ、私も一枚欲しいわ」
「では、マリア様にもお渡ししますね」
「ちょっと待ってね、複写代を……」
「いえ、色々助けていただいていますし、そのお礼にさせてくださいませ」
「そ、そう? 何かいるものがあったら言ってよ? あ! 殿下だけは駄目よ!?」
いえ、殿下はいりません。
「この分布だと、私達が遭遇しそうな感じじゃないですよね。物騒な状況よりいい……うわぁああ!?」
「え、なに? うぇえ!? ちょ、ごめん! そんなに食べられない! ストップ! ストップ!」
安堵したアリス様のお声がふいに素っ頓狂なものになったので視線を追うと、沢山の首無し兎が風の精霊によって次々に運ばれてくるところでした。あら~……
「もしかして、私達それぞれにニ十匹、と誤解されてしまったのかしら……?」
「流石に食べきれないですね……」
「獲物狩るのは一時中断でお願い!」
アリス様とマリア様が慌てて精霊さん達を止めたおかげで、最終的に三十ちょっとで終了しました。あやうく近隣の野兎を殲滅させるところでした。それぞれお礼を告げると、誇らしそうな精霊達がくるくる回って別の方向へと飛び立っていきます。――あ。
「薪!」
「え? あ! 薪も二の舞になる!?」
慌ててお願いしてあった精霊さん達を呼び戻すと、その時点で相当な薪その他が集まりました。……これ、もう合宿全期間中の分があるのでは……?
「精霊術……難しいですわね……」
私の呟きに、薪を圧縮して束にしながら、お二人も無言で頷いておられました。
なんとか兎を捌き終え、汚れを落として森を出ると、ベース地に座り込んでいる四名のお姿がありました。
「ちょ!? 無理に起きなくていいって言ったのに!」
マリア様が慌てて走り出しました。戦利品を運んでいる精霊達がその後を追っていきます。
「レティシア様、ユニ様とシュエット様が……」
「頑張って起きてこられたのですね……」
大気の精霊が作る椅子のようなものにぐったりと座っているのは、私達のお友達です。あの後、起き出してようようベース地までおいでになったものの、そこで力尽きてしまったのでしょう。マリア様のパーティーメンバーも大気の精霊が作る椅子の上で伸びてしまっていました。皆様、朝が弱くていらっしゃるのね……
「学園の授業が始まるよりずっと早い時間帯でしたからねー……あぁ、これは眠らせてあげたほうがいいですね」
アリス様がシュエット様を一度抱き起した後、丁寧に寝かせ直しました。私も気配に気づいて起き出したユニ様の髪を整えてさしあげます。ぼんやりしているお二方を見るのは初めてですわね。
ですが、そんなお二人も朝食を食べ終わった頃には元気を取り戻されました。やはり食事は偉大ですわね!
ちなみに複写した地図はヒュー先生にお渡ししました。ヒュー先生はジャンケンで食事の権利を勝ち取って来られたご様子です。今回はお肉がいっぱいですから、いつもより多く人をお呼び出来て加点がとても美味しかったです。やりましたね! 地図に対しての加点は地図をもとに探索をした結果で、とのことです。よろしくお願いいたします。
ところでユニ様とシュエット様が何かお手紙らしきものをヒュー先生に渡していたのですが、何のお手紙なのでしょう?
……短文のやり取りの出来る魔道具はありますが、お手紙というのもなかなか風情があっていいですわね。
――私も爺やにお手紙を書いてみようかしら……?