強化合宿 二日目 1
〇side:クルト
昨日は色々あった。
強化合宿二日目の今日、宿泊棟でのルームメイト達を挨拶をかわしながら、僕はしみじみと昨日を思い出していた。
日中も色んな出来事が起きていたけど、夜になってからも色々あった。怪談巡りをかねた探索で謎の人形の手と腕が出て来たのも驚きだったけど、そのしばらく後で響いた女の人の悲鳴には度肝を抜かれた。
ちょうど見つけたヒュー先生に話しかけたタイミングだったから、先生と一緒に悲鳴の元に駆けつけたんだけど――宿泊棟の外側だったんだよね。
この時点で僕の背中に冷汗が浮いた。
ちなみに、悲鳴の主は女性宿泊棟の窓から宙ぶらりんに吊り下げられた女生徒だった。
部屋はレティシア様達の部屋だった。
――どう考えても、アリス嬢の施した悪戯防止魔法の成果だった。
その後はヒュー先生の命令に従って、女性教師を呼んできたり集まりつつある野次馬を遠ざける手伝いをしたり。いつの間にか合流した殿下達とも連携してたので、後で先生から加点をもらったのはいいんだけど……アレ、どういう扱いになるんだろうか……女生徒、パンツ丸見えで宙吊りになってたんだけど……
まぁ、宙ぶらりんになってた生徒は先生の説教部屋に連行されたけどね。なにか泣きながらレティシア様の悪口言ってたけど、部屋に入らない限り防犯魔法が発動することは無いんだから、情状酌量の余地もないよね。鍵のかかっている他者の宿泊部屋に不法侵入した時点で犯罪なんだから。
アリスさんのあの魔法については、見た先生方の誰も話題にしなかった。ちょっと額に手を当てて遠い目をしてる先生もいたけど、防犯対策はオッケーというか推奨されているから問題無いのかもしれない。どうやったのか、窓から外に放り出したのに怪我一つ負わせてないんだから、意外と凄い魔法なのかもしれないしね。……あの女生徒、今日からもう外を歩けないかもしれないけど……
ちなみに宿泊棟における僕の同室者は、パーティーメンバーであるエリク以外にも二人いる。もちろん、他のパーティーのメンバーだ。僕らと同じAクラスで、わりと活発的な子と大人しい子のコンビだった。
「なんか昨日は一日目から濃かったよなぁ……」
赤毛の活発な方の生徒トルマが半笑いの表情でぼやく。
全くだよ。日中の分だけでもお腹いっぱいだったのに、立て続けに色々起きすぎじゃないだろうか? 誰か変な出来事を率先して引き当てに行ってるんじゃないかなって思う。……違うよね?
「今日は普通の日だといいねぇ……」
顔を洗っていた大人しい方の黒髪の生徒カインがタオルに顔を埋めながら答える。
僕とエリクはちょうど口を洗っていたので頷くことで同意を示した。今日こそ普通の合宿になるといい……普通の合宿って何だろう……?
「二人は今日で薬草学の課題が終わりそうなんだよな?」
「うん。先生から最後の課題もらったしね」
トルマの声に、口をゆすいだ僕は頷いた。
実は昨日の騒動の後、手伝いのお礼で加点と一緒に最後の課題もヒュー先生からもらったんだよね。時間が時間だったから女性陣と詳しく話し合うことは出来なかったけど、朝ご飯の時に言えばいいだろう。
ちなみに昨日の悲鳴の後、レティシア様は気絶しちゃったらしい。部屋に帰って寝させてあげたくてもその部屋は騒動の渦中にあるしで、動きが取れずにマリア様にお姫様抱っこされたまましばらく玄関に留め置かれちゃってたみたいだ。おかげで、一部の生徒から好奇の目が殺到してた。気絶したレティシア様があんまりにも儚く美しかったのと、それを可愛らしい系美少女のマリア様がお姫様抱っこしていたのが印象的だったらしい。……うん、インパクトあるよね……
同室者二人にも「あの二人ってどういう関係!?」ってそりゃーすごい聞かれたもんだよ。いや、気持ちわかるけどさ。あの二人は今のところただの友達だよ。……うん。今のところ。
ただ、あれはけっこうレティシア様にとってプラス要素になったんじゃないかと思うんだよね。
けっこう他の人の見る目が変わっちゃってた感じだから。……まぁ、変な感じにぶっ飛んだ視線ではあったけど……ひそひそからニマニマって感じだったけど……
「姫様は今日は大丈夫そうかな?」
「うーん。大丈夫じゃないかなー? レティシア様、か弱いけど頑張り屋だから」
カインの声にそう答えておく。
ちなみに「姫様」はあの騒動からついたレティシア様の通称だ。王家の血も引いてるし、公爵家の直系だし、確かにお姫様ではあるんだけど――絶対、皆、違う意味で口にしてる。
あっという間に共通認識で「姫様」になっちゃったけど、そうなると、マリア様は騎士様なのか王子様なのか……あれ、何か殿下の空気感が半端ない……殿下、頑張って!!
「だよなぁ、姫様って基本、努力家だよな。……なんで下のクラスの連中、わけわかんねぇ噂を信じたりしてるんだ……?」
「直接姫様の日常を見てないからじゃない? まぁ、うちのクラスにだって目の曇ってる人はいるけどさ」
「ああ、煙幕姫な」
トルマが皮肉気な顔で言う煙幕姫は、エディリア様のことだろう。こっちの「姫」は、あまり良い意味じゃない方の「姫」だ。曰く、傅かれチヤホヤされることが当たり前だと思っている女性、という意味での「姫」だ。
ちなみにレティシア様の「姫様」は周りからニヨニヨされたり憧れたりといった感じの扱いだった。日頃の言動ってすごい大事だね。
「そっちは大変そうだけど、頑張れよ」
「うん。そっちもね」
トルマもカインもそう言って僕らを応援してくれる。
ちょっとずつでもレティシア様の誤解が薄まってくれるなら、合宿での怒涛の出来事も良い出来事といえるだろう。
「――さぁ、頑張ろうか」
朝一で支度を整えてベース地に行った僕達が見たのは、眠そうなユニ、シュエット様、アダリナ様、ヘシカ様の四名と、元気いっぱいに調理をしているレティシア様とアリスさんとマリア様、そして綺麗に積まれた首無し野兎肉の山だった。
……マリア様、また狩りしたの?
「言っとくけど、今日はレティシア様やアリスも狩りをしたんだからね!?」
何故か僕の言いたいことを察知したマリア様が、ビシッと包丁をこちらに向けたポーズでそう叫んだ。怖いよマリア様。その切っ先が。
「三人とも、朝から元気だねー?」
「早起きは得意ですから!」
「私も朝の鍛錬のために早起きする習慣がついてまして……」
「アリスはともかく、レティシア様はほんっっと意外だったわ」
昨日わりと酷い防犯魔法で女生徒の一人を再起不能にしたとは思えない健全な笑顔のアリスさんに、朝になって元気が復活したレティシア様、いつでも逞しいマリア様の三人は、昨日の疲れなど微塵も感じさせない隙の無いお姿をしていた。――他一同との対比が凄いことになってるよ。
他の女性陣は、この三人に起こされて引き連れてこられたのだろうか? それとも三人が起きたことで自分達も起きなければと頑張って後追いをしてベース地で死んだのだろうか。珍しくぽやぽやとしたユニが見れて僕は大満足だけど、毎日これだとキツイんじゃないかなー……?
「無理に早起きしなくてもいい、って言ったんだけどね。ご飯できたら起こしに行くし」
「そんな……真似は……でき……ませ……」
眠そうに頭をフラフラさせながらアダリナ様が言う。気持ちは分かるけど、頭がちゃんと起きて無くて何も出来ない状態なら、いっそ寝てたほうがいいと思うんだけど……まぁ、口に出して言わないけどね。
「レティシアさま、アリスさん、すみません、役に立てなくて……」
「大丈夫ですよ! 朝にちょっと弱いぐらい気にすることありません!」
「そうですわ。それに、私も夜は全く役に立ちませんから、役割分担ですわ」
フラフラの頭で謝るユニに、アリスさんとレティシア様は輝くような笑顔だ。ちなみにシュエット様とヘシカ様はお互いに身を預け合って眠っている。どうやら力尽きたらしい。
「そう言えば、殿下達は?」
「今来たところだ」
今後ろにいるの!?
「びっくりした!」
「すまんな。ところで……これは、薪を集めに行くのでいいのか……?」
「あ、森の資源は集め終わってるので、みんなでご飯作りましょう!」
「こっちも集め終わってるから大丈夫ですよー」
どうしよう。女性三人が朝からすごすぎる。
野兎肉の山に視線を奪われすぎてたけど、確かに薪も沢山積まれているし、ぱんぱんに膨れた布袋もいくつかあった。
……超人かな……?
「そ、そんなに早起きしたのか……!?」
「違いますよ。三人で精霊術を使ったんですよ。流石に人力でこの量は無理です」
「そ、そうか」
愕然とした殿下の声に、マリア様があっさり種あかしをした。
「ほとんど精霊達が頑張ってくれたので、私達がやったのは受け取って纏めたり、兎さんを捌いたりするぐらいでした!」
「アリスさんもマリア様も解体が上手で、あっという間に準備出来ましたわ」
「……レティシア様、自分だけは違うみたいな言い方してるけど、レティシア様も異様に慣れて上手だったんだけど?」
「貴族の嗜みですもの」
「そんな貴族の嗜み聞いたことないかな!?」
ちょっと照れながら言うレティシア様に、マリア様が絶叫してる。いや、マリア様も大概だと思うよ? うん。
「そうか……三人とも、その、ありがとう。後はこちらでやるから、休んでいてくれないか?」
殿下がなんとも言い難い表情で言う。僕らも口を開いた。
「うん。後は僕らがやるから今度は休んでて」
「せめて焼くぐらいはこちらでしよう。――あと、精霊術を施すのも」
元気な三人は顔を見合わせてから、何故かくすくす笑って頷いた。なにか微笑ましいものを見たみたいな表情をされてるけど、気にしないでおこう。朝はスープで胃を温めるほうがいいだろうから、肉と野菜のスープと――串は時間がかかるから炒め物にしようかな。せっかく朝早く皆が集まっているんだから、早めに終わらせて課題に取り組みたいからね。なにしろ、他の生徒達のほとんどがまだ起きて来ていないから。
爺やさんみたいな美味しい料理は作れないけど、精霊に手伝ってもらって味を引き上げる。精霊さん、お願いします。皆が美味しく食べれる料理を作らせてね。
野兎肉は風と炎の精霊に頼んで丸焼きにすることになった。ハーブと精霊頼りの調理だ。精霊達が楽し気に空中にズラリ並んだ兎肉の周りをぐるぐる周っている。……量が量だからだいぶシュールな光景だ……
手分けして調理する僕らの後ろで、レティシア様達はベリーを食べながら歓談をしていた。
「獲物によって状況が分かるというのは、不思議ですわね」
「そうでもないでしょ? 環境の変化が覿面に現れるってだけよ」
「猪が獲れなかった、ってのがカギだと思うんだよねー」
どうやら精霊術で資材や獲物を集めている時の会話の続きらしい。横目で見るとエリクも火の調整をしながら三人の会話に耳を傾けていた。
「大型の獣を捕食する魔物、ですか」
「候補は色々あるけど、たぶん蜘蛛型でしょうね」
「だねー」
「? どうしてですの?」
「助けられたレイナード先生達って、昼まで身につけてたマント着て無かったし、髪の毛にちょっと蜘蛛の糸っぽいのがついてたのよね」
「それに、他の候補である鳥型とかだと、少なくとも鳴き声をあげるじゃないですか。そういった奇声とか、昨日全然聞いてないんですよね。なら、そもそも鳴き声をあげない魔物だろうな、って」
「なるほどー」
「先生方がどうして情報をくれないのか分からないんだけどねぇ……普通なら、どういう魔物が出ている、って告知ありそうなもんなのに……」
「もう討伐しちゃったんじゃないかな? 精霊も普通に茂みの向こうから獲物とってきてくれてたし」
「――ちょっと待て。境界の茂み近くまで行ってたのか?」
アリスさんの言葉に、殿下が慌てて声をあげた。ちょっと手元が怪しくなったのを見て、ホセが炒め物係を交代してる。
「女性三人で、何かあったらどうするつもりだ!」
「ふぉぉ……殿下が心配して怒ってくれてる……!」
「……マリーちゃん……。えぇと、殿下、すみません。あと、ありがとうございます」
「御心配をおかけして申し訳ありません。それと、ありがとうございます」
頬を染めたマリア様の乙女の視線をくらって勢いが削がれたところに、アリスさんとレティシア様の詫びとお礼のコンボをくらって殿下が顔を覆っちゃった。うん。この三人に連携されると本気で怒るに怒れないよね。
「アリス! アリス! 超レアだよ! くぅぅ……生きててよかったぁ……!」
「うん、分かった、分かったからマリーちゃん、ちゃんと殿下にお礼言おう?」
「殿下大好きです!」
「そうきたかー……」
ああ、告白までくらって殿下が撃沈した。強いよねー、女性陣。僕ら絶対勝てないよね。
ちなみにレティシア様は口を手で隠しながら目をキラキラさせて殿下とマリア様を見てる。あ、隠してる口元がめっちゃニマニマしてるね。そっかー。レティシア様も恋バナ大好きか―。たぶん殿下と趣味あうよ、レティシア様。あと、爺やさんとの恋バナも気になるかなー?
「レティシア様――レティシア様、めっちゃ嬉しそうですね?」
「え!? だって、素敵じゃありません? 私も爺やにこれぐらい素直に言った方が良いのでしょうか……」
「うーん。爺やさんは一筋縄ではいかない感じですもんね……でもこっちから攻めないと、向こうからは絶対攻めてきそうにないっていう感じが……」
「ですよね!」
あ。レティシア様が何か意気込みはじめた。……あれ? 手伝ってくれてる精霊が何か別方向に視線を向けて凝視してるっぽいんだけど……これ、大丈夫? 料理失敗してないよね?
「とりあえず、出来たが……もう食べる準備に入ってもいいか?」
呆れ顔のエリクがそう言って、ホセ達と確認しあって先生を呼ぶ。早朝から食材広場で待機していた先生達がザワッてなった。……争奪戦始まっちゃってるけど、そんなに他のパーティーの料理は駄目なの……?
「食べる量だけ自分の器に入れていってくれ。残りを先生方に振る舞うから。――ほら、シュエット殿、起きてくれ」
「ひゃい……」
寝ぼけているシュエット様を起こすエリクを横目に、僕もユニを手伝いながら自分の分を器にとっていく。食材をまるまる使ってるうえに、野兎肉もあるからかなりの量だ。野兎肉、僕も一つとっておこうか。……食べきれるかな……
「レティシア様、ベリーの残り食べていいわよ」
「え!? いいんですの!?」
「いいわよ。もともとそのつもりで採ってきてもらっ――べ、別にそういうわけじゃないけど!? 好きそうだったし、余ってるからよ!?」
「マリーちゃんのツンデレがまた進んでる……」
アリスさんはニヤニヤ笑いだけど、殿下はちょっと困り顔だった。何故なら笑顔のレティシア様がマリア様に向かって大きく両腕を広げているからだ。
――それ絶対、ハグだよね?
「ふぉおお……」
恐る恐る近づいてからそっと抱きしめ合ったマリア様が不思議な声をあげている。僕らとしてはなんだかんだあった後の微笑ましい光景なんだけど、他から見るとまた別の光景だったらしい。
……ザワ……ザワ……
「……ゴホンッ。二人とも、友情の確認はそこまでだ」
咳払いした殿下が二人をひっぺがす。
僕らの調理中に起き出して来た生徒達が、あちこちからこちらに視線を向けていた。この好奇の視線に気づかないレティシア様は流石だと思う。
「今日も一日頑張りましょうね!」
「そ、そうですねっ」
満面笑顔のレティシア様に、アリスさんの必死に笑いを堪えている表情が印象的だった。