表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/63

閑話 焼き野菜のタイムソース

時間がちょっと遡ります。


〇side:爺や




 お昼になりました。

 お嬢様達が炊事の場所に選んだのは森にやや近い場所です。毎回薪を拾って炊事をするのですから、その位置が最適でしょう。数日後には自身で狩りをしなければなりませんし、森に近いほうが色々と出来る事が多いのです。調理で汚れた手を洗ったりするのも森でやれば水をポイ捨て出来ますしな。

 お昼ご飯は串とスープのご様子です。包丁を持つのが危なっかしいご様子の方もおられましたが、問題なく最後までやり切ることができたようです。私も手に汗握って見ておりました。頑張りましたな、シュエット様!

 どうやらお嬢様の偏食が発動してしまったらしく、一生懸命スープを喉に流し込んでおられました。残念ながら私にはどうすることもできません。せめて精霊術を使うやり方もお教えしておくべきでした……! 今すぐ駆け付けたいですが、やったら出入り禁止にされてしまいます。密かに応援するしかないのです。……おのれスティーブ。


 とはいえ、お嬢様もご自身のお体の事はよくお分かりだったようで、最初から食べられそうな分量だけを取り分けておいでのご様子。焼いただけの肉と野菜の串は問題なく食べておられましたな。基本、お嬢様は野趣あふれる料理の方がお口にあうのです。

 ……おっと。何やら視線が飛んできました。おかしいですな。今の私は姿も気配も完璧に消しているはずなのですが。


 お嬢様の隣のベースには、何故か殿下達がいました。……何故、隣にいるのですかな? 確かに炊事をするのはその場所近辺が一番良いのですが、温室育ちの殿下にそこまでの知恵があるとはとても思えません。ええ、偏見ですとも。全力で偏見ですとも。

 それにしても、色々噂のあったあのご令嬢、風の上級精霊とも随分親しいようですが、火や水も随分と親しそうです。相当な資質なのは知っていましたが、短期間で鍛え上げたその力量はなかなか目を瞠るものがありますな。なにやらそれに気づかずに随分と勧誘していた教師がいたようですが……またビシバシ鍛えてやるとしますかな。


 おや。お嬢様達が動き出されました。

 食後の処理も水魔法で終わらせ、夕飯までの間に乾くように竃周辺に干しておくご様子。お、風で結界を張っていますな。よい判断です。毎年、一部の問題児が他パーティーのベースに悪戯をすることがありますからな。用心に用心を重ねるぐらいが丁度よいでしょう。

 ちなみにこういった悪戯を防ぐのも合宿の隠された課題だったりします。そのため、ベースをめちゃくちゃにされたからといって何かしらの目こぼしがあるわけでもありません。まぁ、問題児は成敗されますが。防ぐ努力を怠った側にも問題があるとして処理されてしまうのです。学園、意外と鬼ですな。


 さて。お嬢様も午後に向けて動かれたようですし、個人的に問題視しておりました殿下達もわりと平和に過ごしているようですから、そろそろ私もこっそり動きましょうかな。






「まったく! 何故私がこんなことをしなくてはいけませんの!」


 おや。森で悪態をついているご令嬢を発見しました。

 森の食材確認に来ていたのですが、おかしな場面に遭遇してしまったようですな。

 ちなみに私の姿は誰にも見られていないようです。姿と気配を消すのは得意ですからな!

 ……教師陣が見抜けないのはいささか問題があるような気がいたしますので、後で厳しく教え込みましょう。


「面倒ですわね……【風よ! 木の枝を集めなさい!】」


 ふむ。薪を収集していたのですか。風魔法を使うのはある意味正解なのですが、その文言で大丈夫ですかな?


「フン。これぐらいあればいいですわね」


 集まった枝を抱えて帰られるようですが、何の確認もせずに全部持って行ってしまいましたなぁ……その枝、まだ乾いておりませんぞ?

 これは騒動の予感がいたします。先生方も大変ですな。ちょっと見に行ってみましょう。

 ああ、そこの精霊、お嬢様のことを頼みますぞ?

 ええ、遠くから守るだけでかまいません。手出しは無用です。何かあれば私に連絡を。

 さて、見学に行くといたしましょう。





 調理場が集まる場所に戻って来ました。先程のご令嬢は特別棟近くにベースを構えたようですな。

 ……後々、野生動物を捌いたりしないといけないのに、そんなに森から離れていて大丈夫ですかな? 特別棟近くでは洗い物もままならないと思うのですが、森から遠く離れた場所を選ぶ理由がよく分かりませんな。まぁ、近すぎても野生動物をおびき寄せてしまう可能性が出てくるのですが。


「さぁ、やりますわよ!」


 先程のご令嬢のパーティーメンバーが歪な形の石の竃に――お待ちなさい。何故、竃の石が二つだけなのですか? 三つで支えないと大変なことになると思うのですが?

 ……ああ、精霊術で周囲を囲うのですか。それは正解だと思うのですが、形が随分と歪ですな。もう少し効率の良いやり方があると思うのですが……


「【水よ!】」


 ご令嬢の一人が竃に設置した鍋に水魔法で水を入れています。……その鍋、洗いましたかな?

 そして食材を投入――待ちなさい。何故丸ごとですかな? しかも全部ですと!? あの肉の塊では数時間煮込まないと火が通りませんぞ!?

 ……いけません。料理人としての魂が絶叫しかけております。そして先生方の胃が心配になってきました。……特別講習、少し手加減してさしあげましょう。そうしましょう。

 件の生徒達の胃腸は心配いたしません。食材に対する冒涜の結果です。甘んじて受けなさい。


「【火よ!】……げほっ!? なんですのこの煙!?」


 生木に火をつければそうなりますなぁ……

 盛大に煙があがっております。周囲がちょっとした混乱に。……酷い有様ですな。


「なにをしている!?」

「先生! 森で集めた木がおかしいのですわ!」

「枯れ木以外を大量に燃やせばこうもなる! やり直しだ!」

「そんな……!」


 何故そこで「そんな」と言うのかが分かりませんな。放置されなかっただけマシだと思いますが。

 しかし、よく見ればあのご令嬢方ほど酷くはありませんが、あちこちで同じように生木を放り込んだらしい煙があがっております。……その煙、食材にも移りますぞ。いやなスモークですな。

 学生達は学び舎で何を学んでいるのでしょうか? あれはもう煙幕か盛大な狼煙です。たぶん学園の学び舎からでも見えているのでは無いでしょうか?

 旦那様の時代もずいぶん酷かったですが、お嬢様の時代も負けず劣らず酷いものですなぁ……まぁ、それでも先代の時代よりはマシかもしれませんが。

 あ。あちらでは火加減に失敗して食材を焦がしています。ああっ……鍋をひっくり返してしまうとは……

 いけません。この場にいては私の胃にもダメージがきます。まさかこんなところでこの私にダメージを負わせるとは……!

 一旦、特別棟の調理室に逃げましょう。そうしましょう。

 なお、特別棟の調理室は生徒は使用禁止になっています。こちらにはオーブンやきちんとした竃がありますし、薪も揃っていますからな。

 そそくさと移動して――おや、特別棟に入ると外の音が消えましたな。結界が張ってあるようです。ああ、あの地獄絵図を知覚しないで済むのは良いですな。そして精霊よ、お嬢様の見張りは二重でお願いいたします。精霊は結界を普通に行き来出来るようですから、安心ですな。

 調理室の結界も二重にいたしましょう。これでお嬢様に嗅ぎつけられることはありません。……お嬢様の嗅覚は並ではありませんからな。

 さて。あまりにも酷い時のために、先生方の料理を作っておきましょうか。本当ならお嬢様にこそ食べていただきたいのですが……おのれスティーブ!


 ゴホンッ。さて、料理です。

 今回は野菜のみにしましょう。貯蔵庫も色々と充実しておりますな。ですが野菜のみです。お嬢様だって粗食なのですから。

 赤ピーマン、玉ねぎ、ズッキーニ、しめじ、茄子、それに白菜でいきましょう。

 ソースに使うのにタイムと大蒜。オリーブオイルとバルサミコ酢、塩とレモンもいりますな。

 茄子はアクが出るので、ヘタを取って切り、すぐに塩をしておきます。赤ピーマンの種をとって四つ割りに、玉ねぎは縦に六等分、ズッキーニは両端を気って縦に三等分、しめじは個房に分けます。白菜は芯をつけたまま縦割りに。厚さは三センチぐらいですな。

 野菜をバットに並べ、塩とオリーブオイルをふりかけます。

 さて、焼いていきましょうか。

 塩をふった面を下にして熱した鉄網の上に乗せて焼きます。野菜の水分がとんできたら上になっている面に塩をふり、ひっくり返します。焼き加減はお好みで。少し焦げ目がつくくらいのほうが美味しいですぞ。

 同時にタイムソースを作ります。

 フライパンにオリーブオイルとみじん切りにした大蒜、タイムの葉を入れ、弱火にかけます。大蒜がきつね色になったところでバルサミコを加え、塩とレモン汁で味を調えます。

 焼き上がった野菜を皿に盛り付け、タイムソースをかければ出来上がりです。

 さて、出来立てを食べていただくのが一番いいのですが、そろそろ落ち着いてきましたかな?






 ――むしろ悪化しておりました。


「どうして食べてくださいませんの!?」

「お前達は自分で味見もしないのか!? こんなアクが浮いたままのものを一食分食えるか! 見た目にめげずに味見しただけでも褒めてほしいほどだぞ!」

「何を仰いますの! レティシア様達を担当した先生方は全員食べておられたのですよ!?」

「むしろあの二つの班は当たりだ! 俺だってアレが食べたかったわ!! きちんと調理出来ていたうえに普通に美味かったそうだからな! お前達は減点だ! 自分達でコレを食べ終えない限り他の課題には出られんからな!」

「横暴ですわ!」

「コレを喰えという方がよほど横暴だ!!」


 おや珍しい。温厚なはずのヒュー殿が怒鳴っておいでです。

 まぁ、あんな見た目からして酷い料理もどきを食べる羽目になれば怒りはしますか。……せめてアクぐらい取ってほしかったものですな。

 そしてやはり肉は塊のままですか……確実に中は生ですな。くわばらくわばら。

 昼食は、実のところ学園が用意した『罠』の一つでございます。

 学園に入って来るのは大半が貴族の出ですからな。お嬢様の所でもシュエット様やユニ様といった生粋のお嬢様だとご実家の厨房になど足を踏み入れることもなかったでしょう。基本、そういったことは下働きの仕事ですからな。

 お嬢様のように厨房に入って私の近くをちょろちょろするのは異常なことなのです。……あの頃のお嬢様もお可愛らしかったですな。今ももちろんお可愛らしいですが。


 殿方であれば狩り等で外に出向くこともありますので、その場で調理する従者達の動きを目にする機会も多くあります。貴婦人でも狩りを好まれる方はこちらの分類に入りますな。一歩進んで自ら料理をする方になれば、狩った獲物を捌き、客に供することもあります。

 騎士団であれば貴族の子弟であろうともこういった下積みをさせますが、一般の貴族では少ないでしょう。クルト殿のように家族で商売を営んでいる場合、旅等で慣れることもありますが、やはりこれも一般的ではありませんな。

 ですが、いつでも――そしていつまでも――『命じればものが食べられる環境』にあるとは限りません。

 政に関わる戦い。あるいは魔物や災害から命からがら逃げ延びた時、もしくは旅の途中で独り逸れてしまった時。

 たった一人で立たねばならない時に、食べ物を得ることすらままならないのでは生き延びることは出来ません。自然の中で食べ物を採取する方法を学ぶのも、料理を学ぶのも、そういった不測の事態を見越してのことです。精霊術が使える者は貴重ですからな。出来る限り失わずにすむよう、生きる力を学ばせようとしているのです。

 学園の授業をしっかりと受け、身につけていれば、少なくとも多少は失敗してもそう酷いものは出来ないはずです。食材も、何も全てを使う必要はありません。食材を見て、自分が調理可能だと思うものを持ち帰り、自分達で食べる分を調理すれば良いのです。

 罠なのですよ。欲をかきすぎて身を滅ぼすか、自分の今を理解して堅実に歩むか――それらを見るための、とても簡単で単純な罠です。

 先生方の分まで作ろうとするのは、料理が不得意な者にとっては分の悪い賭け。加点を望む欲を捨て、堅実に自分達で消費できる分だけにすれば被害は最小限ですむのですから、避けようと思えば避けられる類の罠でもあります。

 ――まぁ、それでもどうしようもない者もいるわけですが。


「ぶぇ……なんですのコレ!?」

「こんなもの食べられませんわ!?」

「材料を入れたのは貴方ですわよね!? 貴方が責任もって処分なさい!」

「酷い煙の出る薪を用意したのは貴方ではありませんの! この煙臭い味は貴方のせいですわ!?」

「なんですって!?」


 ……どうしようもありませんなぁ……

 先生方も匙を投げているご様子です。

 そもそも、今までの学園の授業にも『調理』に関するものはあったはずです。どうせ身を入れて聞いていなかったのでしょうが、それにしても酷い出来ですな。学科はどうやってクリアしたのでしょう?

 おや。周囲にいた生徒に強要しはじめましたな。見下げ果てたものです。しかも爵位を持ち出しますか。

 そして帰って来る先生方。お帰りなさいませ。存分におやりなさい。


「貴様達が全て食べ終えるまで、見張ってやる! 逃れられると思うな!!」


 空腹でしょうに、ご苦労な事です。

 ヒューには後で口直しを差し上げましょう。

 ――やれやれ。お嬢様は今頃何をしておいででしょうかな……?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 寧ろ其れを食べた事に驚きを隠せないんですが…… 先生は本当に真面目なんですね~… 誰とは言いませんが、一大事に生徒よりも自身の恋愛感情を優先した馬鹿女に見習って欲しいですわ~(ーдー)
[一言] 調理実習、他の者にやらせた。担当教師を脅してクリアした。調理担当教師は既に辞めさせられているかこの強化合宿終了後責任取らされるかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ