特別棟の探索1 ―夜―
〇side:レティシア
刻一刻と夜の帳が降りる中、私の前で勇者達が戦場へと向かいます。
建物の陰になっている場所は周囲よりもよりいっそう暗く、先を行くマリア様達の光魔法が迫る闇を追い払いました。明るい場所と暗い場所の境界はハッキリと白と黒に別れ、明かりがつく前よりもより周囲の闇が濃くなったような気さえします。
手足に棒を張り付けたような動きで足を進める私の横から、心配そうな顔のユニ様がそっと背を押してくださいました。足だけ前に出して体が進んでいなかったようです。うう……このまま回れ右して宿泊棟に逃げ込みたいですが、たぶん皆様から離れたらしゃがみ込んで動けなくなりそうです。
足が地面から木の床へ移り、時折「ギィ」と奇怪な音を響かせてきました。心臓に悪いですわね! 昼間はそんな音鳴りませんでしたよね!?
恐々入った玄関ホールは皆様の光魔法で明るく照らされていました。ホッとします。思わず肩の力を抜いたとたん、狙ったかのように「ボーンボーン」と――
「ひィッ!?」
「時計です! レティシア様、時計です! ほら! 階段の近くにあったやつですよ!」
ああ! あの時計ですね! ありましたね! でも今ちょっと目を開けるの無理です!!
「……背負って行こうか?」
「お願いします!」
前の方から戻って来たマリア様のお声に一にも二もなく飛びつきました。ここで虚勢を張るのは無理です! 逆に皆様の足を止めることにしかなりません!!
「ほら、目を閉じたままでいいから、そのまま前に進んで乗っかって」
「すみません……マリア様……」
「お願いしますわね」
ユニ様とシュエット様が私の背を押しながらマリア様にお願いしてくださっています。ごめんなさい。足手まといですがよろしくお願いします。
マリア様の背は爺やのように広くありませんでしたが、なんというか、小さいのに凄い安定感がありました。
「お姫様抱っこのほうが良くない?」
「……殿下がちょっと不機嫌になるのよ」
「愛されてるねぇ」
「ふ、ふふん!? ま、まぁね!?」
仲が良くてよいことです。そして前に回している私の肘の裏がさっきから柔らかいものの中にめりこんでいます。その物体名に気づいてはいけません。ところでマリア様、すごく良い香りがしますのね?
「この建物内では、温室の人魂と光る図書室の二つの怪談があります」
前の方で眼鏡さんが解説をされているご様子です。私は頭の中で覚えている精霊術の復習をはじめました。悪霊退散悪霊退散……
「温室の人魂はちょっと目撃情報のある時間帯が先ですので、先に図書室に行きましょう。図書室に入る前に一時的に光魔法は消してくださいね」
「ッ!?」
「大丈夫ですよレティシア様。マリーちゃんの背中で目を閉じたままでいてください。怖いことないですよー」
「……今、ものすっごいビクッとなったんだけど……レティシア様、本気で幽霊とかダメなのね……」
「……む……昔、他領の鎮魂の儀式の時に、大勢のアンデット、湧いて、中に……」
「ちょ!? えぐいトラウマ来たんだけど!?」
マリア様の焦った声が背中越しにくぐもって聞こえます。周囲で「あー」とか「なるほど」とか聞こえてきましたが、私の頭の中は魔法の術式がぐるぐる舞っています。あの時はどこからともなく駆けつけた領地にいるはずの爺やのおかげで助かりました。爺やさえいてくだされば私はいつだって無敵です。光魔法【誘因】、闇魔法【引き寄せ】、風魔法【呼び寄せ】……
「アリス。安眠と鎮静の魔法、寝る前にかけてあげなよ?」
「わかってるよー。部屋にもちゃんと撃退魔法仕込んであるから」
「そう言えば、アリス様がお部屋にかけていた魔法、あまり聞いたことのないものでしたわね」
「ユニ様が麻痺系をかけてくださってたので、私は木魔法で束縛系にしてみたんです。悪戯しに来たら蔦がいやらしく絡みついたうえに窓の外にぶら下がるようになってるので、絵面が酷いことになりますよー」
「……意外に酷いな……アリス嬢……」
エリク様の愕然としたお声が後ろの方から聞こえた気がしますがきっと気のせいでしょう。
「なに、アリス、服を溶かすぐらいしないの?」
「それやると弁償とか発生するかもしれないからねぇ。とりあえず恥ずかしい縛られ方でぶら下がる程度にしておいた。スカートだとパンツ丸見えだよ」
「まぁ、最初の方だしそれぐらいでもいっか」
「……お前達、もう少し慎み深い仕返しを考えないか……?」
殿下の呆れたようなお声が聞こえてきましたが、慎み深い仕返し、とはどんなのでしょう?
そしてマリア様は私を背負ったままサクサク階段を上ってしまわれました。マリア様、凄いですわね!?
左右にいるユニ様とシュエット様の方から感心したため息が漏れています。
「ひゃぁ!? レティシア様、首に息吹きかけるのやめてくれない!?」
「ごめんなさい!?」
うっかり私のため息も漏れていたようです。失礼しました。
「あ、この辺で灯りを消してください。――お、おお!」
眼鏡さんの声で瞼の裏側が真っ暗になった途端、前の方で驚きの声が次々にあがりました。待って! 怖い! でもどちらかと言うと感嘆の声です。どうやら図書館の光る何かが見えたようですね! 早く光灯して!!
「ほ、本当に光ってるんですね」
「あれ、本が光ってるのでは?」
「棚の本の何種類かが光ってるみたいですね。……なんか、マリア様が見つけていた本の位置と似てるような……?」
「おー。リアルで見ると幻想的だねー!」
「ちょっとアリス! ……まぁ、気持ちは分かるけど」
「本に魔法がかかっているのでしょうか?」
「本の装丁に仕掛けがあるのかもしれませんわよ?」
「おーい、二人とも部屋の中に入ってー。僕とエリクが入れない」
「ごめんなさい!」
皆様の声が周囲を賑やかに彩ってくださいますが、私はさっきからマリア様の背中で震えたままです。きっと目を開けたら珍しい光景が見えるのでしょうけれど、とても怖くて目を開けられそうにありません。マリア様の方から「ぐぇ」とか聞こえた気がします。ごめんなさい。慰めるようにポンと右肩に手を置いていただいていますが、震えが止まらないのでどうしようもありません。
「とりあえず、光ってる本を集めましょう。集め終わったら光を灯す形で」
「そうだな。動かした時点で光が消えるかどうかも試したい」
「あ、これ、風魔法の上級ですよ」
「こっちは水魔法ですから、ユニ様にお薦めです!」
「え? アリス様も水魔法が得意でいらっしゃったような……?」
「私は別のを読みますから!」
「こっちは精霊術の歴史第三十七巻ですね」
「あら? それは、確かアリス様が魔法陣の図式が載っていたと仰っていた本のような……?」
「うわ、懐かしい。『偉大なる王への追悼詩』だ。子供の頃に読んだなぁ」
「こっちはタイトルが無いですね……何だろう?」
「レティシア様、そろそろ終わりだから降りて。皆を待つわよ」
皆様の足音や、棚から本を出す音、話す音が聞こえる中、私はゆっくりとかがんだマリア様の声に従ってそろそろと床に足を下ろしました。ちなみにさっきから冷汗が止まりません。
……どうして音も声も人数分、離れた場所からするのでしょう?
「皆、とりあえず、全部取ったら一度こっちの机に集まってくれない? もう魔法使っても大丈夫?」
「ああ、光っているのは全部とった。……取りこぼしは無いな?」
「無さそうですね」
足音が集まって、瞼の向こう側がカッと明るくなったのを感じました。
「暗いのに慣れてたから眩しいな……」
「ぅー、目がチカチカします……」
「とりあえず、光る図書館の謎は、これらの本にあるみたいだねー」
「棚から取り出しても光ったままだったから、この本そのものに魔法がかけられているんだろうな」
「中もぼんやり光ってたから暗闇のままでも頑張れば読めそうな感じでしたね」
「目が悪くなりそうですね」
「とりあえず、ニ十冊ぐらいあるから、皆で気になる本を読んでいこうか。一応、タイトルと場所は記述しておこう」
「あ……あのっ」
皆様が楽し気にされているところに水を差すのは心苦しいのですが、私は合間を見て声をあげました。かなり震え声なのが情けないです。
「? レティシア様、もう明かりつけてるから目を開けても大丈夫よ? ほら、椅子に座って」
左前方にいてくださったマリア様がそう言って促してくださいます。なんとか目をこじ開けた私の前には、全員揃っていました。机の上に置かれた本が、きっと光っていたという本なのでしょう。体の震えがどんどん大きくなっていきます。
「ちょ……ちょっとレティシア様?」
「あの……皆様、全員、そちらにいるのですよね?」
視界の中で、皆様が不思議そうな顔を見合わせてから頷かれます。それなら、それなら――
「それなら……私の右肩に手を置いてくださっているのは、どなたなのでしょう?」
「…………」
全員の視線が私の右肩に向きました。
次の瞬間、顔の右をものすごい風圧が駆け抜け、目の前が柔らかいもので塞がれます。
「むぷ?」
「ちィ! 逃がした!」
「【蔓】!」
「【壁】!」
「うわ、なにそれ?」
「手だけの人形? ですか?」
なにか不気味な単語が聞こえました!!
「魔法人形の欠片というか、一部と言うか、そういうやつ……っぽいわね」
「びっくりだね……」
「うん。……あー、というか、レティシア様、もう大丈夫ですよ」
「幽霊じゃなくて魔導人形ですよー」
唖然としていたマリア様とアリス様が、私の背をポンポン叩きながら仰ってくれます。ユニ様達が駆けつけてくれる足音が。あうあう。
「苦手な者に何故か苦手な物が集まる、というのは昔からよく言われていたが……珍しいものを引き寄せたな……」
「女性型の人形でしょうかー? 綺麗な手ですよねー」
「特別棟の状態維持の為に作られた魔導人形でしょうか?」
「凄いですよ! これは私が今まで集めて来た怪談の中にはありませんでした!! 全く新しいものです!」
「ホセ……レティシア様が涙目だから喜んじゃダメだよ……」
男性陣がすごく楽しそうにその物体を観察しているご様子ですが、私は女性陣に視線を固定してソレを視界から外しました。やだ。視界が水で揺れてます。
「大丈夫ですよ、レティシア様。ただの人形です」
「捕縛したのでもう怖くありませんよ」
「はい、涙をお拭きになりましょうね?」
「どこから紛れて来たのでしょう? 怖がっているレティシア様の肩にわざわざ着地するなんて、いやらしい人形ですわね!」
「他に無いかちょっと探査魔法使ってみるわ」
「一気に全部品集まったら凄いだろうねぇ」
ぎゅぅぎゅぅと皆様に抱きしめてもらって、ようやく人心地つきました。お湯上りなので皆様とても暖かくて良い匂いがします。マリア様が使われた探査魔法が体を勢いよく撫でていきましたが、さっきまで身近に感じていた魔力だったのでびっくりはしませんでした。マリア様の魔力って、なんというか、ものすごく逞しいのです。
「うぅん……? コレと同じ波動を目印に探査してるんだけど、他のはいないみたいね」
他の部位も存在するような言い方はおよしになって?
「いないのなら、安心ですわね! ところでこの『手』はどうします?」
シュエット様が男性陣の方に行って、何かをコツコツと叩きました。ちょうど体の影になっていて見ずにすみましたが、そこに皆様の言う『手』があるのでしょう。音は硬い木のような感じです。
「他の部位と合わせるまでは保管してたほうがいいですね」
「……レティシア様の目に触れるのはやめておいたほうがいいと思うわよ? それに、『手』に呼ばれて他の部位が来たらちょっとしたホラーでしょ?」
「……想像するとホラーだな……」
「殿方に持っていただいたほうが良いと思いますわ」
「いや、ちょっと待て、これはどう見ても女型だろう? 『手』の持ち主が夜中に現れたら別の意味で騒ぎになりそうなんだが」
「エリク様。怖いのですか?」
「怖いというより、人聞きが悪い噂がたちそうなんだが」
「ああ……全裸の女性型人形が男性の部屋に突入したら色々噂されそうですよね」
何故か皆様『手』の持ち主がやって来ることを前提に話されています。やめてやめて想像させないで!
「同室の皆がかまわないのなら、私が持っておくけど、アダリナ様、ヘシカ様、どうです?」
「私はかまいませんわ」
「私も別に平気です。防御や捕縛の為の魔法はかけておかないと怖いですけど」
「そっちは私が全力でやっておくわ。じゃあ、異議がなければ私が預かるわね」
「マリーちゃんに任せた」
「お願いします」
件の『手』はマリア様が預かってくださることになりました。マリア様達の勇気に脱帽です。
その後は皆様と読書になったので、何も考えずにすむようにガンガン読み進めました。やはり魔法書は余計なことを考えずにすんで良いです。何かあったらまた魔法の術式を頭の中で展開しましょう。
また、図書室には他の学生たちも集まって来ました。一部の方からはやや煤けた臭いがしました。燻されてしまったのでしょう。大半は温泉に入ってからおいでになったようで、煤けた臭いの人に早く風呂に入れと怒る方もいらっしゃいましたが、大きな喧嘩はありませんでした。後から来た生徒達は色んな噂をしているようで、クルト様やホセ様が耳を大きくされていました。書物に集中されたほうが良いと思います。
「そろそろいい時間ですね。きりがいいところまで読み終わったら『次』に行きませんか?」
もう帰って寝ては駄目ですか!?
本を読み終わった皆様と一緒に温室に行くことになりました。泣きそうです。
図書室に人が増えたため、流石にマリア様に背負っていただくのは駄目になりました。あうあう。左右のユニ様とシュエット様が腕をとってくださっているので、私の意識はそちらに集中です。根性で足を動かしましたが、シュエット様曰く「お顔が仮面のようになっておいでですわ」とのことでした。きっと残念顔になっていたのでしょう。進むのに精いっぱいで顔にまで気を配れませんでした。
「一気に消すとレティシア様が可哀想だから、一人ずつ光を消していこっか」
前の方でマリア様がそう仰ったのを合図に、フッフッと少しずつ光が消えていきます。あうう。ちなみに私は魔法を使っていません。暴走する可能性があるからです。
「俺が廊下に出た状態で光をつけているから、先に全員入れ」
なんと。殿下がそう言って一人廊下に残られることになりました。
「あ、ありありありあり……」
「……いいから入れ……」
お礼を言おうとしたのですが口が上手くまわりません。殿下の困り顔が印象的でした。
そして温室の中は真っ暗に近いと思いきや、全面硝子張りのおかげで月明りが差し込んで明るかったです。よかった!
「これなら大丈夫そうです?」
「はい!」
アリス様が殿下に合図したらしく、廊下の方の明かりが消えました。それでも周囲はほんのりと明るいです。どうやら魔道具が起動しているらしく、温室の外周にポツポツと小さな光が灯っています。
「【灯】の魔道具だけど、ちっちゃいね?」
「あまり光が強いと植物に影響しちゃうからじゃないかな?」
「境界にそうように設置されているのは、硝子にぶつからないように境界を分かりやすくしてるのでしょうか?」
「上級生になったら、夜の間にしか採取できない薬草とか課題で出るようになるのかなぁ?」
「あー。月下草とかですね」
「アリス。――まぁ、そういうのを使うのってまだ先でしょうね。……この明るさならレティシア様も夜の採取大丈夫そう?」
「はイ皆様がゴ一緒でこれぐらいの明るさなラなんトかかろうジて」
「……うん。ギリギリなのはよく分かった」
おかしいですわね。頑張って声の震えを抑え込んだつもりなのですが、マリア様達にはバレバレのようです。頑張って私!!
「うーん、温室の人魂っていうぐらいだから、なにか光る玉みたいなのがフヨフヨしてるんだと思うんですけど……見当たりませんね」
ホセ様のお声に皆様が周囲を探りに歩かれましたが、それらしいものは無いご様子です。私はといえば、マリア様とアリス様に引っ張られて、『精霊の宿』の下に設置されてしまいました。あうあう。
「えぇと……せっかくだから余剰の薬草を採取させてもらいましょ。明日になれば復活するやつ限定で」
「だねー」
「いいのでしょうか?」
「すぐに新しい葉が生えるやつなら大丈夫でしょ。日持ちのしないやつ以外で、明日に練成できるのを摘んでおけば、課題をもらう順番待ちの間に残りの人で練成できるし」
「これから先を考えると、外傷用の回復薬は多めに持ってたほうがいいもんねー」
「確かに。余った分を提出すれば加点もくれますからね」
マリア様とアリス様が採取しはじめるのを見て、フリアン様達も温室内の薬草を丁寧に見回りながら摘み始めました。月明りでは目の前の植物がどの薬草か分かりにくいので、一つ一つ丁寧に確認しているようです。私も手伝いを……あら?
「明るくなっ……」
近くに光が灯ったのに気づいて顔を上げると、『精霊の宿』に淡い光が集まりはじめていました。おかげでハッキリ見えました。
「まぁ、綺麗ですわ!」
「精霊が集まっているのですね」
「あー、これが温室の人魂の正体かぁ……」
「なんで突然集まって来たんだろう?」
採取の手をとめて皆様が集まって来てくださいましたので、私は震える手を必死に伸ばしました。ユニ様が素早く手をとってくださいます。あうあう。
「精霊ですよ、レティシア様」
「レティシア様、本当に苦手なんだねー……」
「ち、ちが、ちが、ちが、うぇ、うえ」
「上?」
「――――」
皆様の視線が『精霊の宿』の上に集中した途端、シン、と沈黙が降りました。次の瞬間、怒涛の勢いで蔦が二方向から伸びて来て『ソレ』を絡めとります。
「マジで!?」
「レティシア様なんか呼び寄せてない!?」
「うわ、手首のない腕だ」
「こわ!?」
「どうやって『精霊の宿』を吊るす鎖に絡みついたのでしょう?」
「昼間には無かったよねー?」
アリス様とマリア様の無詠唱魔法で束縛されたのは、白い人間の腕の形をした物体でした。一見すると変わった形の棒のようにも見えます。ええ、これは棒です。棒ですとも。
「さっきの手の続きだよね、これ……」
「どういうこと? 図書室で探査の魔法使った時には引っかからなかったわよ?」
「まさか、コレが温室の人魂の正体でしょうか?」
「え。違いますよ。アレは『精霊の宿』に集まる精霊の光がそう見えるっていう――ほ、ほら! そうじゃないと人魂って感じじゃなくなっちゃいますから、きっと精霊の光のことですよ!」
「でもさっきに続いてここでも人形の腕ですよ? もしかしたら怪談のある場所に人形の一部が隠されているのかもしれないじゃないですか!?」
「え、あぁー……うーん……」
なにかすごい怖いことを言い始めたホセ様に、アリス様がたじたじになっておいでです。私は抱きしめてくださっているユニ様にしがみついて悲鳴を堪えるのに必死で、とてもではありませんがものを考えられません。ひぃぃ……
「と、とりあえず、今日の探索はここまでにして戻りませんか? レティシア様も限界みたいですし」
ありがとうございますアリス様!! 大好きです!!
「……そうね。腕は私が預かるので大丈夫?」
「……それ、動いたりしないだろうな? 危なくないか?」
「魔法で縛っておくから大丈夫ですよ、殿下。一応、ヒュー先生あたりにこういうの見つけたって報告しときましょう。ヒュー先生なら大騒ぎしないでしょうし」
「なら、俺達で先に先生を見つけておこう。見つけたら風魔法で知らせる」
「お願いします」
ドタドタと足音がして男性陣が走って行きました。二班で手分けしてヒュー先生を探すご様子です。
「マリーちゃん。レティシア様達を先に宿泊棟に避難させてもいい? ここにいるのも辛そうだし」
「そうね……そっちの男性二人がいれば、合同で見つけたって主張できるし。……顔真っ青じゃない。大丈夫なの?」
「立て続けに怪異にあったからねぇ……」
「このタイミングで現れるとか、どうなってんだか……」
シュエット様に背中を撫でてもらいながら、女子全員で一塊になって玄関まで戻ります。途中でユニ様が私に【勇気】の魔法をかけてくださいました。はぅーはぅー。
玄関周りがいやに明るいと思ったら、玄関では大勢の学生達が行き来していました。いつのまにこんなに沢山の方がいらっしゃったのでしょう? 私が気づかなかっただけなのかもしれません。そうと気づいた途端、周りの賑やかな音が耳に飛び込んできました。……ああ……怖かった……
「皆も図書室とか向かうみたいですね」
「ご飯を食べたあとはお風呂に入って寝るだけですものね。就寝時間まで本を読まれる方も多いでしょう」
「流石に温室に向かう人は私達以外にいないみたいですわね。静かだったはずです」
「だからこそ素材確保のいいチャンスだったんですけどね!」
「やりましたね!」
「あら、わりと談話室を使ってる人も多いみたいですわ」
「本当ですわね。パーティー単位で独占していらっしゃるのかしら……お家の位が高い方々ですから、他の方が入れずにいますわね」
「放っておいていいわよ。申請せずに独占してたら、先生に忠告くらうでしょうから」
「そうなんですか? マリア様」
「共同の場所を占有するなんて、学園が許すはずないもの。理由があって申請したら貸してくれるから、必要になったら申請しましょ。……まぁ、今のところまだまだその予定は無いけどね」
「相談だけなら外でも出来ますものね」
「……そうね」
皆様の声を聞きながら玄関の様子をうかがいます。湯上りの方が多いようです。もう外は暗いですし、遅くまで課題で残っていた方も撤収してきたのでしょう。宿泊棟の方から着替えを片手に外に走って行く人の姿も見えました。人の多さと賑やかさにホッと息をついたところで、頭上から笑い含みの声が聞こえてきました。
「あらあら、レティシア様、ずいぶんと腰が引けていらっしゃるけど、どうなさったのかしらぁ?」
「あ、燻し犯」
エディリア様の発言で一瞬音が途切れた結果、ぼそっと零したマリア様のお声が玄関に大きく響きました。そこここで誰かが噴き出す音がします。……燻し犯?
「なんですって!? あなた――」
二階から階段で降りかけたエディリア様が、マリア様を見た途端に硬直されました。私達はその反応に首を傾げます。何でしょう?
「ひ、人の腕!?」
あ。忘れてました。
そこここで小さな悲鳴やどよめきが起こりましたが、階段を踏み外してお尻を強打したらしいエディリア様以上のリアクションの人はいません。そしてそれ以上の声は別の所から響いてきました。
――キャアアアアアアアアーッ!!
ひぃ!?
遠くから響く女性の悲鳴に思わずユニ様に抱き着きます。もうこれ以上怖いことはおよしになって!?