湯煙の向こう側 ―男湯編―
〇side:ベルナール
レティシアのパーティーと合同で動くことになった。
色々と因縁が残っている身としては胃が痛いというか肩身が狭いというか微妙なところなのだが、流石にそれを理由に断ることは出来なかった。……マリアは何故あんなに堂々としていられるのだろうか? 不思議で仕方がない。
一応、ベース地にいた先生方に尋ねてみたが『連携は大事じゃからな』とむしろ推奨された。退路を塞がれた形だ。だが、利点が多いのも確かだ。――もっとも、合同パーティーを組むことで他のパーティーからの誘いが激化する可能性もあるのだが。
脳裏に幾人もの顔が浮かぶ。胃が重くなるような、心臓の裏が凍てつくような、嫌な感覚がした。
――煩わしい。
心からそう思うが、こればかりはどうしようもない。
王子という身分は誘蛾灯のように人を惹きつける。それらの人々が善き人ばかりであれば、自分はもう少し素直な子供に育っただろう。だが、幼い頃から周りに集まって来たのは操りの糸を仕掛けようとする者ばかりだった。
言葉を利用され、立場を利用され、何かあれば素知らぬ顔をされる。表で笑顔を見せて近づき、少しでも自分の得になるよう動く人の多さに眩暈すら覚えた。
親しんだ乳母ですら掌を返す――それを見てからは、もう誰を信じていいのか分からなくなった。
両親が信頼できる人であったのは、不幸中の幸いだろう。
優しい顔をすればつけいられる。
寂しげな顔をすれば寄りつかれる。
知識を得ようとすれば嘘を混ぜ込まれ、自身を鍛えようとすれば罠にかけられた。何かをしようとすれば足をすくわれ、何もしなければ陰口を叩かれる。信じれば裏切られ、けれど信じなければ物事を成すこともままならない。
十を越える頃には、もう、何をどうすればいいのか、分からなくなっていた。
『裏切られてもいいと思う人を見つけなさい』
常に堂々とした佇まいの母はそう言った。
『この人に裏切られるのならもうどうしようもない、とまで思える人を見つけるといい』
我が子を不憫そうに見る父にはそう言われた。
二人とも、言葉も違えばそう告げてきた時も別だったが、言っている意味は同じだった。
――だがその前に、そんな人物をどうやって見つけるのかは教えてくれない。
おそらく自分で探し、見つけなくてはいけないのだろうが、正直突き放されたような気持ちになったものだ。あの時点でやさぐれなかったのを褒めてほしいとすら思う。
結局自分に出来たのは、一周周ってとことんまで真正直に生きることだった。
策を巡らせてくる相手の策を読み切るような頭脳は無い。努力は惜しまないが、出来ないことを無理にしようとして、結局身動きが出来なくなる方がよほどに情けないだろう。
完全に信じられなくても、自分に出来ないことを任せられる人を少しずつ探した。
百パーセント味方ではなくても、互いに裏切らない相手を少しずつ見つけた。
魔窟のような王宮で、自分に出来る精一杯をやった。婚約者を決められたのはその頃だ。
出会いが違っていたら――もし、婚約者という立場でくくられた相手でさえなかったら――もしかしたら、レティシアは両親が言っていた相手になったかもしれない。
今となっては仮定でしかないが、そんな風に思うことが増えた。
当時は婚約者が有力貴族の娘と聞いて、また策略が張り巡らされているのかと心底うんざりしたものだ。その時点で、全ての判断が好意的なものから離れていた。最初から目が曇っていたと言っていいだろう。学園に入るまで徹底的に会わないようにしていたのもそのためだ。
今更やり直したいとは――流石に図々しくて――思わないが、もう少し柔軟な考え方が出来なかったのだろうかと、我が事ながら頭を抱えたくなる。
逆に、こんな自分――いや、俺に全く不審を抱かれなかったマリアを思うと、別の意味で頭を抱えたくなった。彼女は、ある意味俺の都合に振り回してしまった被害者だ。どうやって償えばいいのか分からない。
マリアと出会ったのは学園に入る直前だった。
あの時は王子という身分も隠し、格好も貴族の子弟程度のものに変えていた。向こうもお忍びだったのか、何故かサイズの合わない女中姿で、さらに出会った場所が屋台の隅っこだった。それぞれ屋台で買ってきた戦利品にかぶりつこうと、人目につかない場所に滑り込んだ所で鉢合わせたのだ。口一杯に食べ物を詰め込んだ女性というのを見たのはあれが初めてだった。
出会いのインパクトが強すぎて、その後に再会した時の貴族然とした姿に爆笑しかけたが、それがきっかけで仲良くなったのだから不思議なものだ。あの出会いが無ければ、今のような関係になったかどうか――いや、むしろ他の令嬢同様、遠ざけていた可能性のほうが高いだろう。自分の性格は流石に分かる。
マリアと一緒にいると、ひどく呼吸が楽に感じられた。
最初に会った時から、俺と似た性格だというのは分かっていた。多分、二人とも賢い生き方は出来ないだろう。
父母が望んだような最良のパートナーでは無いかもしれないが、俺にとっての『最良』の相手がマリアだった。間違いながらでも生きることを楽しみながら生きていけるだろう相手だったから、彼女を選んだ。そのことに悔いはない。
……ただ、二人して盲目的に一人を疑いの目で見ていたのは、どう頑張っても言いつくろえない恥ずべきことだった。
――しかし、何故だろう。
誤解が分かったのだからレティシアに謝るべきなのだろうが、なんというか、すごく……すごく、言いにくい……
……いや、分かっている。どのみち俺はレティシアには異性として見られていなかった。俺もマリアという女性を見つけた。レティシアも自身の愛する者を見つけているらしい。なら、それぞれの相手を大事に幸せになろうな、と言えばいいのではないだろうか。いや、せめて以前までの態度を謝ってから、の話ではあるが。
だが、そう分かっていても、何故かなかなか謝れない。何故だろうか? 我が事ながら理由が分からない。謝ってすむような問題では無いからだろうか? 何故かそれとも違う気がする。
「殿下と湯殿が同じというのは、何気に恐れ多いな」
内心ぐるぐると答えの出ない問題をこねくり回していると、一緒に歩いていたエリクがそう言った。
女性の方が風呂に入っている時間が長いから、ということで食事の後片付けを男子で請け負い、全て片付けてから連れ立って温泉に向かっている。別パーティーではあるが、荷物を取りに寄る建物は同じだ。ちなみにきちんと男女別である。
「だよねー。学園の学生棟の中にも大浴場はあるけど、貴族用の個別浴槽もあるから、一緒に入ることって無いもんねぇ」
何故か黄色い小鳥のような玩具を持ちながらクルトが言う。そのひよこ色のアヒルは何なんだ?
学園にある宿舎には大勢が一度に入れる大浴場と、別料金を払うことで毎日用意してもらえる個別浴槽がある。俺もそうだが、貴族のほとんどが個別浴槽を利用しているだろう。
「ご、ご一緒でもよろしいのでしょうか?」
そう口にするのは俺のパーティーメンバーで、フリアンという男だ。マリアに魔法科の勉強をたまにみてもらっている男で、時々は俺も一緒に教えている。呪文を覚えるのが苦手な男だが、真面目で一生懸命なので勉強の覚えはかなり良いほうだ。そういうところは、少しクルトに似ている。
「学生の間は別に構わないだろう? 色々煩い連中もいないしな」
「先程の公爵令嬢もあまり気にされていないご様子でしたが、殿下もそういったことはあまり気になさらないのですか?」
「……そういったこと、とは?」
フリアンの言う公爵令嬢は、レティシアのことだろう。……さすがにエディリアとかでは無いはずだ。
「いえ、その、身分に厳しくされないご様子でしたので」
「ああ……」
そういえば、レティシアは前から平民であろうと貴族であろうと関係なしにいつも通り喋っていたな。
「王宮や、正式な場などの気を付けなければならない場所以外は、別にいいんじゃないか?」
「学園の建前もアレだしねー」
「……建前と言うのはやめてさしあげろ」
クルトはにこにこ笑っている。いつ頃からだろうか? 学園に入った当初の気弱そうな感じは無くなっていた。
「殿下も、なんだかんだであんまり厳しくないよねー」
「実際のところ、堅苦しいのは苦手だからな……」
「その結果、騎士団の稽古に混ざりに来て後で文官達に追い回されるんですよね」
「エリク! 昔の事をもちだすな!」
「それほど昔のお話ではなかったかと思いますよ」
くそ……過去を知っている奴というのはやりにくい……!
エリクとクルトはマリアと知り合ってから急速に仲良くなった友人だったが、最近はちょっと疎遠になっていた。……まぁ、その件もあってレティシアになかなか謝りに行けなかったりするのだが……それ以上に、この二人がそれぞれ選んだ女性というのが正直怖い。レティシア自身は派閥とか全く気にしてなさそうだが、あの二人は確実に『レティシア派』だ。……なんでトップが認知してない派閥が出来上がっているんだろうか?
「殿下……流石に文官に追い回されるようなことは……」
「ちゃんと責務は果たしている! ……あいつらは暇さえあれば釣り書きとか持って来て色々押し付けようとするんだ……」
「え。……その当時、レティシア様が婚約者でしたよねー……?」
「その時点で第二妃とか選ばせようとするんだぞ……父上の手伝いのつもりでついて行った先で令嬢が待ち構えていたこともあったんだぞ……」
「……うわぁ……」
クルト達は引いているが、こんなのはまだ可愛らしいほうだからな!!
「正直、学園生活が始まってちょっとだけ助かっている……男子寮に忍び込む馬鹿は流石にまだいないからな……」
「殿下……いつか出そうな言い方しないでくれないかなー……?」
「この平穏がいつまで続くのか、俺には分からない……」
「本気で暗い顔するのやめてほしいなー……」
クルトは笑うに笑えないという顔をしているが、俺は最初から笑えない。自業自得とはいえ、正式な婚約者がいなくなった身だから余計に。
「あ、あー、見えてきましたねー。おお、なかなかにすごいですよー」
話題を変えるべく、クルトがわざとらしいほど大きな声をあげた。視線を上げたエリクが感嘆の声を漏らす。
「すごいな。洞窟風呂か」
「うん……? 洞窟、風呂?」
特別棟にあった温泉って……洞窟風呂だったか……?
俺は父親である国王から露天風呂だと聞いていたのだが……それとも、日替わりで露天風呂と洞窟風呂が交互に入れるようになっているとかなのだろうか? ……いや、流石にそんな手の込んだことはしないだろう。何かの理由で洞窟風呂になってしまったんだろうな。例えばこれから先の天気が雨になる、とか。
「ホセ。天気を予測する魔法があったな?」
「あります。しばらく青天のはずですよ」
「……うん……?」
ホセというのはうちのパーティーで独りだけ眼鏡をかけている男なのだが、お遊びで覚えたという天気予測の魔法が使える。かなり精度が高い魔法なのだが……雨、降らないのか……
温泉を覆っている洞窟の意味が不明だな……?
「ま、まぁ、中に入りませんか。万が一にも女性陣を待たせることになると悪いから」
エリクはそう言って『男性用』と書かれた方の入口に入る。入口近くに魔法を使い、『男性用』と書かれている内容が偽物でないことを確認するのも忘れない。誰かが悪戯しているかもしれないからな。
建物自体には、情報隠蔽系や視界阻害系の魔法が多数、あちらこちらに組み込まれているらしい。おそらく痴漢対策なのだろう。集まっているのは世界の未来を狙う子女だからな……貴族も多いし、変なことが起こらないよう手をつくしているはずだ。
――もっとも、それでも例年馬鹿な真似をする馬鹿というのはいるらしいが。
俺達は脱衣所の所で班ごとに集まり、脱衣籠に脱いだ服を入れて魔法をかける。誰かに悪戯されないよう、撃退魔法も付与しておいた。
「ベース地を離れる時も思いましたけど、殿下達ってそういう保護とカウンターを頻繁に使っておいでですよね」
エリクが興味深げそう言ったのは、俺達がベース地にある調理器具に徹底的に保護と反撃の魔法を重ね掛けしていたからだろう。エリク達の班も似たようなものを掛けていたはずなんだが……
「お前達もやっていただろう?」
「流石に殿下達ほど重ね掛けしてませんよー? 何かあったんですかー?」
「いや……別に何かあったというわけではないんだが、何かあってからでは困るから、とマリアが言ってな」
「……それでやり始めた、ということですか」
「ああ。……そちらはどうなんだ?」
「うちはアリス嬢が発起人ですねー。悪戯をしかける人もいるから、用心のためにしておきましょう、って言われまして」
「……成程」
……あの二人、行動が似ている気がするのだが、気のせいだろうか……?
「あの令嬢、妙にマリアと仲が良いんだが……おい、お前達、その表情やめろ」
ニヤニヤ~とした妙な笑みを浮かべるクルト達に、俺は低い声を出した。エリクはまだなんとか無表情を装っているが、目が完全に笑っている。ホセ達も笑うんじゃない!
「殿下、女友達に嫉妬はどうかと思いますよー?」
「あれだけ仲良すぎるとちょっとぐらいはむっとするだろう!? お前達ならどうなんだ? 例えばレティシアにあんな風にべったりしてたら」
「あの二人もべったりはしてないと思いますけどねー。けど、もともとユニはレティシア様が大好きだから僕は別にいいかなー。目の保養になるし」
「気持ちは分かるのですが、仲が良いのはいいことかと。シュエット殿もレティシア様を慕っているので、今より仲良くなってもたいして変わらない気がしますね。……まぁ、寂しくは思いますが」
「……確かに、あの二人は今でも十分にレティシアが大好きだよな……」
色々と思い出しながら脱衣所を出て温泉側へと向かう。むわっとした熱気と湯気に包まれる。洞窟だからだろうか? 外から見るとあちこちから湯気が排出されていたのだが、露天と違って完全には排出出来ていないようだ。気持ちいいからこれはこれでアリだな。
「殿下、背中でも流しましょうかー?」
「いらん。自分で出来る」
「他国だと自分の体を自分で洗う王子様って珍しいそうですよ」
「逆に洗ってもらうほうが気持ち悪いと思うんだがな……?」
丸腰の状態で他人に任せるなんて怖くないのか?
「国によっては美人の侍女さんにやらせるらしいですけどねー?」
「どのみち怖いと思うがな」
「……殿下、前から思ってたんだけど、じつはちょっと女性恐怖症じゃないですか?」
「恐怖症というほどではないと思うが、怖気が走る時はあるな……」
特にあの肉食獣のようなギラギラした目を向けられるとゾッとする。自分が明日の朝食の肉になるような気分になるんだが、クルト達にはそんな怖い女性が寄りつかないのだろうか?
「僕はもともとモテない容姿ですからねー」
「そうか? 前の時も安心感があったし、今も穏やかで好感の持てる姿だと思うが」
「女性の視線はもっと厳しいんですよねー。まぁ、今となってはユニ以外どうでもいいので気にしないですけど」
「しれっと惚気がきたな……エリクはどうだ? わりと寄って来る女が多かったと思うんだが」
「うちの家訓で女性も騎士の訓練に参加したり遠征に出たりしないといけませんからね、その時点である程度は撥ねのけられていますよ。……それ以外については、まぁ……殿下の気持ちもわかります」
だよな!!
「大変なんですね……」
ホセとフリアンが気の毒そうな顔をしてきた。同情は嫌いじゃない。見下してきてるわけじゃないのは、相手の目で分かるからな。
「しかし、二人がレティシアの友人と恋仲になるとは思わなかったな……」
体を洗い終わった順に温泉につかる。……あ~……
「殿下、前も言いましたけど殿下に言われるとちょっとどーかなって思いますよ?」
「あ……すまん。いや、うん……」
クルトもエリクも怒っているというより呆れている顔だが、うん……これは俺が悪い。
「二人もマリアが好きだったんだよな……」
「まぁ、わりとすぐに諦めましたけどね―」
「マリア様の気持ちは分かりやすかったですからね」
エリクが苦笑しながら顔を洗う。――クルト。湯を押しやって俺の方に黄色いアヒルを送り込むのはやめろ。
ホセとフリアンはといえば、温泉の温もりに微睡んでいた。とはいえ、こちらの話に耳を大きくしている気配がするのだが。
「ホセとフリアンは誰か思う相手はいないのか?」
話題を提供してばかりというのも悔しかったので尋ねてみた。ホセ達からギョッとしたような目を向けられたが、ここは男ばかりだ、白状してもらおうか!
「殿下。どこの世界にコイバナをせっつく王子がいるんですかー」
「うるさいな。気になるだろ?」
「乙女ですか」
エリクが呆れ顔になっているが、パーティーメンバーの恋愛事情だぞ? どんな風に仲間に影響があるか分からないんだから、気になると思うんだが?
「今はいないですね」
「私もです。研究がひと段落するまでは興味を向けられませんよ」
ものすごい真面目な答えが返って来た。この二人の性格からして嘘では無いだろう。……そうか、まだいないのか……
「……殿下。残念そーな顔しない……」
「人の恋愛に見聞を求めずとも、ご自身の恋愛を楽しめばよいのでは?」
「いや、別にそういう方面で尋ねていたわけじゃないんだが……それに、俺はマリアと勉学に励めるだけで十分満足している」
「「「「……え」」」」
おい!! なんでそんなに意外そうな顔なんだ!?
「あれだけすぐに仲良くなったのに、ダンスパーティーでもくっついてたのに」
「殿下……確かに学園では交際も清いものが求められるでしょうが、卒業後即結婚という人も在学中に結婚という人も少なからずいるのですよ?」
クルトとエリクは俺を何だと思ってるんだ!?
「いえ、でも、殿下とマリア様って、仲良く勉強されていますが、それ以上は何もありませんよ?」
「腕組むのはよくされていますが、逆に手を繋ぐのは恥ずかしがっておられてました」
ホセとフリアンはそれ以上バラすな!!
「まさかの純愛」
「まさかと言うな!」
「いやだってあれだけ急速に仲良くなってたら、それ以上も急速に進むと思うじゃないですかー」
「そんな不埒な真似ができるか! そもそも、当時はまだ婚約者が別にいた身だったんだぞ!?」
「まさかのストッパーがレティシア様」
「まさかと言うなッ!!」
「え。じゃあ、これから加速するんですか?」
「しない!!」
何故か目をキラキラさせてくるホセ達はともかく、クルトはニヤニヤ笑いを深める一方だ。そしてエリク。微笑ましそうな目をするんじゃない!
「ということは、マリア様のお胸に顔を埋めたレティシア様が一番手なわけですかー」
言うな!!
「同性だから仕方ないだろう。そもそもそれを言うならアダリナやヘシカもマリアには抱えられて運ばれたことがある。密着度ならどちらも似たようなものだ」
「え。どういう状況?」
「魔法の使い過ぎでバテちゃったんですよ。そうしたら、マリア様がお二人を肩に担いで運ばれたんです」
「……マリア様、思っていた以上に逞しい……」
目を丸くしたクルトにホセが説明している。エリクがちょっと遠い目になったのは、自身が知っているマリアとの差異に気が遠くなったからだろうか。……いや、マリアはわりと以前から強かったから、力の片鱗ぐらいは見せていた気がするんだが。
「えぇと、でも、この時期に上級精霊と契約まで出来るなんて、マリア様は凄いですよね」
マリアの怪力を知っているフリアンが話題を変えるためかそんな風に話をふってくる。変な話をしていたら後が怖いから乗っておこう。
「本当にな。みるみるうちに実力をつけてきたからな」
「最初の方は僕らとそんなに変わらなかったですよねー。やっぱり才能の差かな」
「クルトも才能はあるだろう? 自信をもて」
「エリク様の言う通りですよ。クルト様達は十分凄いです」
「レティシア様達もすごかったですよね」
「ホセとフリアンもすごいぞ。それぞれ趣味や研究に特化しているからまだ目立たないだけで、才能もある」
俺は真面目に言ったつもりなんだが、何故かホセとフリアンには「そんなことないですよ!」と否定された。解せぬ。
「二人とも自信をもて。マリアも太鼓判を押していただろう?」
「マリア様が太鼓判を押すなら確実でしょうねー」
「人の素質を見抜くのが上手いからな」
クルトとエリクも大きく頷いている。この二人もマリアが素質を見抜いて色々助言していた相手だからな。
「マリア様は人を導くのがお上手ですよね」
「そう言えば、あの問題児上級生と対峙した時に、精霊術の級や親和度についても見抜かれていたと思うんですが、やっぱりあれってマリア様の固有才能でしょうか?」
「そうだろうな。詳しくは聞いていないが、言動から察すると相手の素質……いや、能力値か? それらを見抜くことが出来るんだろうな」
普通、生まれ持った特殊技能である固有才能は隠す者が多いんだが、マリアはそのあたり全く気にしてないようだったな。……今度注意しておくべきだろうか?
「うーん……知られたら色々利用しようとする人が出そうですねー」
「……そうだな。今度マリアに注意しておこう」
「それがいいと思いますよー。まぁ、マリア様は殿下が囲い込んじゃうから大丈夫でしょうけど」
「囲い込むとか言うな」
「まぁ、マリア様はそれで大丈夫だと思うのですが……」
うん? エリクが思案気な顔をしているな。
ちょいちょいと全員を集める様な仕草をしたので、ホセ達と一緒に全員で小さな輪になる。内緒話か?
そしてクルト。輪の中に黄色のアヒルを放流するな。
「……実は、まだ確認はしていないのですが、アリス嬢もマリア様と似た能力を持っている気配がするんです」
「あ、確かに、決闘騒ぎの時にマリア様と不思議なやり取りしてましたよね」
声をひそめたエリクに、フリアンがうんうん頷く。確かにあの二人は妙に何かを解り合っているような会話をしているが――
「言動が似ているのもそのせいか……?」
「仲良くなったのもあの決闘騒ぎ以降ですし、似た固有才能を持つ人なんて滅多にお目にかかれないですから、それで急速に仲良くなったのかもしれませんね」
「んー……アリスさんはそれ以前からマリア様に親しみを感じていたみたいですけどねー?」
「マリアの言動から資質に気づいて仲間意識を持っていた、とかでは無いのか?」
「あー、そんな感じですね。マリア様の方はそうでもなかったようですけど」
「あの決闘騒ぎが起こるまで、あの令嬢とマリアが似ているとは思わなかったからな……マリアの方はそれまで気づかなかったんじゃないか? マリアに比べれば、あの令嬢は普通だろう?」
「普通でしょうか……? 確かに成績とかも、レティシア様と一緒になるまではAクラスの中間ぐらいをキープしてましたけど、平民でその成績というのはかなり凄いと思いましたよ?」
フリアンの言葉に、ホセも頷く。
「精霊術の契約は必ず一発で合格していました。応用や学術の時は時間がかかってましたけど……時間をかけて丁寧にやっていた感じで、躓いている風ではありませんでしたね。合同魔法は、まぁ、相手が見つからなかったりしたので、レティシア様達とご一緒されるまでは頓挫してましたけど」
ホセは日々の授業について細かく生徒の様子を見ていたから、アリス嬢のことについてもよく覚えていたのだろう。正直、俺なんかは授業中に誰がどんな風であったのかほとんど覚えていない。
「よく見てるねー?」
「人によって精霊術との接し方というか……精霊との付き合い方、でしょうか? そういうのが違うので、課題を終えたら注目することにしていたんです。自分が躓いた時の参考にもなりますし」
「なるほどー」
感心したように頷いてるが、クルト、お前もホセと同じ側だろ。課題やってる最中から色々情報仕入れていたのを知ってるぞ。……だから集中力が続かなくて時々躓いてたんだが、あの癖はもう直ったんだろうか?
「だが、あの令嬢がマリアと同じ異能持ちだとすれば、ちょっと問題があるな……」
「アリス嬢は平民ですからねー。流石にレティシア様のご友人を無理やり従えようなんて人は……そんなに出ないとは思いますけど、ご実家のほうがちょっと気になりますね」
「とはいえ、俺の方が人手をやると、逆に変なのも呼び寄せそうだな……」
「殿下は動かない方がいいですよ。何かあった時は助けてくださいねー」
「まぁ、助力ぐらいはかまわないが、変に門閥貴族とかが出て来たら厄介だぞ?」
「うーん……そこはレティシア様に相談してみます。あと、爺やさんに助力をお願いしてみようかなー、と」
「爺やさん?」
「レティシア様の爺やさんです。無茶苦茶凄い人ですよ」
「ふぅん?」
アストル公爵の懐刀みたいな御仁だろうか?
まぁ、公爵家に助力を願えるのなら、あの令嬢の安全も確保できるか。
「ところで殿下、そろそろ外に出て怪談巡りの準備に入りたいのですが、よろしいでしょうか?」
ホセが今はつけていない眼鏡をクイッと上げるような仕草をする。……お前、それ癖になってるだろう。今は眼鏡無いのになにやってんだ。
「そうだねー。うっかり女性を待たせてもいけないから、そろそろ出ようっかー」
「殿下はどうされます? しばらくのんびりされますか?」
「いや、俺も出よう。遅れて待たせるのは嫌だからな」
怪談と図書室に心を馳せているホセがウキウキしながら外に出ていく。
早めに行動をすれば、こうやって風呂にもゆっくり入れるようだから、これからも早め早めに行動を起こすか。……いや、流石に、親しい仲間内だけで風呂に入れるのは今日ぐらいだろう。初日の今日は夕食で躓いている者が多いが、野外料理は『慣れ』だからな。
――いや、明後日以降は狩りの要素も追加になるから、分からんか?
「殿下、何か気になることでも?」
「……いや、これからの課題をどうこなしていくか、と思ってな」
「課題を得るための時間待ちが勿体ないですよねー。順番待ちの間に別動隊で狩りとか採取とかしてたほうがいいかもしれませんよー」
「先生方の言う森の異変がこれからどう影響してくるかも分からないですね……例年通りとはいかないかもしれません」
そんな風にこれからのことを相談しながら着替え、外に出ると、遠くからうっすらと煙の臭いが漂ってきた。……また誰か生木で焚き木したのだろう。
だがそれよりも問題が。
女性陣が先に風呂から上がっていた。出たばかりらしくそんなに待っていないとのことだが、待たせてしまったのだ!
「すまない」
「平気ですよ。レティシア様が湯あたりしちゃったんで早めに出て来ただけですから」
マリア達は笑ってそう言う。湯上りでほんのり色づいているのが目の毒なんだが、それ以前に気になることが一つ。
「……レティシアは大丈夫なのか?」
「のぼせてるだけですから平気でしょ」
マリアの腕の中にはぐったりしているレティシアが。何故かまたあの見事な双丘に頭が埋まっていた。
そこ替われ!!




