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湯煙の向こう側 ―女湯編―


〇side:ヘシカ



 ……なんだかおもしろいことになってる……

 温泉に向かうために服を脱ぎながら、私は横の方を盗み見てそう思いました。


 私の名前はヘシカ。恐れ多くも殿下とパーティーを組ませていただいている者の一人です。

 私の家は男爵家ですが、学園にはもっと位の高い方々が多くいらっしゃいます。そんななかで殿下にお声がけいただけたのはとても名誉なことですが……反面、気位の高い方々の不興を買ってしまったのは痛いところです。

 まぁ、学園を出るまでに見返せるだけの実力をつければ良いだけですけれど。


 私達のパーティーには、殿下以外にもお一人とても目立つ方がいます。

 私達のパーティーに二人いる子爵令嬢の一人、マリア・ニンファ様です。整ったお顔立ちもさることながら、言動が色々と突出しているのでとても目立ちます。もちろん、目立つ分他の方々から目をつけられやすいのですが、それを撥ね退けてしまわれるだけの実力と胆力を有しておいでです。

 ……流石にアストル公爵令嬢に反発された時にはちょっとヒヤッとしましたけど……

 アストル公爵令嬢はレティシア様という方で、驚くほど整ったお顔立ちの才媛です。トップクラスの実力者を集めたAクラスの中でも、成績は常に上位。あまりの美しさもあってついつい目が追ってしまいます。整いすぎた美貌は思わず畏怖をおぼえるほどですが、性格はとても穏やかで、公爵令嬢という高貴なご身分を鼻にかけることのない優しい方です。クラスで唯一庶民の出であるアリスさんとも仲良くされていて、そのおかげもあってか入学直後頃にあったアリスさんへのいじめはほとんど無くなりました。他のクラスの方が主導していたようですが、流石にレティシア様のお友達にちょっかいをかけるのはためらったようです。

 もっと他のことに時間と労力をかけるべきだと思いますから、ご本人方にとっても良いことでしょう。……未だにエディリア様達はこそこそ何かしようとしているみたいですけど。


 エディリア様というのは、成績はギリギリAクラスに滑り込んだ程度の方で、性格はとても攻撃的で傲慢なご令嬢です。公爵令嬢という身分をつかって影で色々とやらかしているお方ですので、目端の利く人は遠巻きにしています。

 お顔立ちだけは公爵令嬢に相応しく整っておいでですが……あの程度のお顔、Aクラスでは珍しくないんですよね……

 Aクラスはもともと入試で成績の上位の者を集めたクラスなのですが、どういうわけかお顔立ちのお美しい方々が多くいらっしゃってとても華やかなクラスです。……私、地味顔なのでちょっと肩身が狭いです。

 エディリア様はご実家ともども殿下の御妃の座を狙っているらしく、殿下の周りにいる女子に対しては攻撃的な言動をされます。学園内であれば先生方の目が届かない場所や時間帯を狙ってそうされるので、かなり質が悪いです。私達もマリア様と仲が良いのでちょくちょく嫌がらせを受けていたりします。……マリア様が殿下と仲が良いからって、嫉妬して嫌がらせをするなんて、少し頭が弱いのでは無いかしら?

 ご自身で墓穴を掘っていらっしゃるようですから、私達は知らない顔をして自分達の実力を磨くことを優先しています。あの方、卒業した後どんなことになるか、考えていないのではないでしょうか? 周りの方もご忠告されればよいのに……


 そんなエディリア様ですから、殿下の婚約者であられたレティシア様に対しても色々となさっているご様子です。最近になって知ったのですが、入学した頃あたりから下位クラスを中心に悪い噂を流し続けていたようです。根回しがいいというか、小賢しいというか……

 そんな噂を信じてしまったのか、つい最近までマリア様と殿下もレティシア様に厳しい目を向けていらっしゃっていました。特にマリア様は実際に色々と人目の無いところで嫌がらせを受けていたせいか、その犯人がレティシア様だと思い込んでしまっていたご様子でした。

 マリア様が嫌がらせを受けた時間帯に、もしレティシア様が他の誰かの目に触れる場所にいらっしゃったら――そうしたら、すぐに誤解は解けたと思うのですが……レティシア様は授業が終わるとすぐに何処かへ消えてしまうものですから、なかなか誤解が解けなかったようです。おかしな噂が真実味を帯びて広まってしまったのも、きっとそのせいなのでしょう。

 ……レティシア様、いったいいつも何処へお出かけになっていたのでしょうか……?

 婚約者であられた殿下がマリア様とどんどん仲良くなられていたのも、噂を加速させることになったのだと思います。あのお二人はあのお二人でたいへん問題があったと思いますが……レティシア様も殿下を放置なさらずに何かしらの対処をされても良かったのでは? とも思います。まぁ、きっと眼中に無かったのでしょう……そんなことを言うと同じパーティーのもう一人の子爵令嬢であるアダリナ様は「そんなことありませんわ!」と仰いますが、私は確信しています。レティシア様は絶対に殿下に惚れてません、と。


 アダリナ様はレティシア様に憧れていらっしゃるし、殿下にも憧れていらっしゃるし、マリア様のことも大好きですから、お三人の心を想像してはトリップ――いえ、慮っていらっしゃるようですけれど、一歩引いたところから見てると、似た者夫婦のお二人がレティシア様の前でから回っているようにしか見えません。だって私、レティシア様が殿下に秋波を送るところなんて見たこと無いのですもの。正直、想像もつきません。毎回額を押さえて頭痛そうにしていらっしゃったのは見ていましたけど……

 アダリナ様はコイバナも大好きですから、そんなレティシア様の態度を「お二人を思って辛い気持ちを隠し、身を引いていらっしゃるだけ」と仰っていますが、むしろレティシア様は辛そうというより幸せそうな気配を満載――失礼、幸せいっぱいという感じでいらっしゃると思います。あと、何故かマリア様のことを好ましく思っていらっしゃるような……?

 ……不思議です。暴走を止められなかった身からすると申し訳なさを感じるのですが、以前までのマリア様はレティシア様を敵視――と言うにはちょっとやっていることが幼かったのですが――ライバル視? していましたので、レティシア様への態度はとても褒められたものではありませんでした。普通ならユニ様達のように怒ったり不機嫌になったりするはずです。

 なのに、レティシア様は困ったり呆れたり窘めたりはしましたが、お怒りにはならないのです。これがもしエディリア様だったりしたら――ちょっと考えたくないかもしれません。下手をするとクラスを二分、いや、学年を二分しての大戦争とか始まったかもしれません。エディリア様も公爵令嬢ですので伝手とか多いですし派閥も持っていらっしゃいますから。


 私が思うに、現在のおもしろい状況――もとい、関係図になったのは、レティシア様という存在が特異だったからでしょう。

 纏めると、こんな感じです。


 まず、殿下とレティシア様は婚約者。これは入学前から貴族なら誰でも知っているお話。

 エディリア様は殿下の御妃になりたくてレティシア様が邪魔。そのために入学直後から――ううん、もしかするとその前から?――悪い噂を流したりと暗躍。派閥を作って、ついでに殿下に近づく女性も牽制、時には排除。

 そこへマリア様が登場。

 あっという間に殿下と仲良くなられて、エディリア様は排除対象の第一をマリア様に変更するも、嫌がらせ被害にあったマリア様を心配してますます殿下がお傍にいるようになって逆効果。

 その間、レティシア様はマリア様が非常識なことをする時に注意するぐらいで殿下についてはスルー。

 エディリア様の工作はレティシア様の評判を噂レベルの域では落とすのに成功したけれど本当に成功してほしかった『殿下の婚約者の座を自分に』というのは果たせないまま。

 エディリア様にしてみれば、せっかくレティシア様を追い落とそうとしていたのに全く無反応で、何故か別の人物が自分が狙っていた位置に収まっているというのが現状ですわね。

 マリア様はエディリア様かその近辺の人がしたのだろう嫌がらせを噂を信じてレティシア様だと誤解。殿下もそれを鵜呑みにして誤解。二人してレティシア様を警戒。レティシア様はスルー。

 日々のアレコレでさらに仲良くなった二人がダンスパーティーでもペアに。ここでもレティシア様はスルー。しかもとんでもない美男子のパートナーを伴ってのダンスまで披露。殿下の面目丸つぶれですが、先に公爵令嬢であるレティシア様の面目を潰したのは殿下ですから、流石にあれはもう自業自得だと思います。殿下も後の方で反省してましたしね。……未だに謝れてないみたいですけど。

 結果的に、レティシア様と殿下の婚約は無かったことに。表立っては王家も公爵家も何事も無かったかのように振る舞っているので、察した他の貴族達もあえてお二人のことについては公式の場で口にしないご様子です。暗黙の了解で、触らぬ神に祟りなし、沈黙は金、というところでしょうか。

 かわりに、学園にいる同世代の子女に発破をかける親が増えている気がします。

 親世代が黙るかわりに、子供達を動かして王妃の座を得ようというのでしょう。セコイというか、狡賢いというか……いえ、貴族社会はおおむねそういった仕組みですから、これは私の考え違いというものでしょう。ある意味学ばなければならないことです。……とはいえ、好みではありませんが。

 レティシア様との婚約が『無かったことにされた』時、マリア様が正式に王家から婚約者として指名されることはありませんでした。一応、殿下は自らの婚約者は彼女にするとダンスパーティーの時に言ってしまっていますし、今も恋人同士ですから一番可能性が高いのはマリア様でしょうけれど……公式には『婚約者なし』なのですよね。


 だからこそ、エディリア様達が躍起になっていらっしゃるのでしょう。

 ……人の恋路に突撃して邪魔するより、協力者となって良い地位を得た方が賢いと思うのですが、どうしても婚約者の地位を手に入れたいのですね。確かに殿下は美男子ですし、性格も真っすぐすぎて融通が利かなかったり騙されやすかったりしますが、悪くはありません。家族がそれとなく「どうなんだい?」と聞いてきちゃう程度には魅力的な本人と地位なのでしょうが……

 ……私、絶対、王妃とか無理。なりたがる人の気がしれません……

 個人的には出来ればお金に不自由しないだけの資産と、のんびりした閑職についている殿方のお嫁さんがいいです。殿下や殿下に近い高位貴族の方の所なら側室とか二番目さんがいいです。権力とか面倒なだけです。

 今文通している辺境伯の次男さんなんて、まさに理想です。ほとんど小競り合いも魔物討伐も無い砦の責任者なんですよね。お屋敷は小さいらしいですけど、面倒なダンスパーティーを開催する必要も無いらしいので最高です。良い筋肉をしているし、出会った時からめちゃくちゃ狙っています。

 ちなみにマリア様と仲良くなったのは、彼に出す手紙用の便せんを買うのを手伝ってもらってからです。お守りなどの小物を添えると良いとアドバイスをいただきました。作戦は成功しました。今は料理のレパートリーをガンガン増やしている最中です。この合宿では狩りと解体をマスターしきるつもりです。


 ――話が逸れました。私のことよりマリア様達のことです。


 レティシア様と殿下の間柄が、ダンスパーティーを機会にハッキリと決着がついた――それを境に、レティシア様と殿下とマリア様の間柄がかなり変化したような気がいたします。

 最も顕著だったのはレティシア様が何故かミス・グリーディーと決闘したあたりからなのですが……

 まず、マリア様のレティシア様への態度が軟化しました。あと、ちょくちょく衝突していたアリス様との仲は激変しました。

 もともと、マリア様はよくレティシア様に突っかかりに行こうとしていたのですが、アレって、傍から見てるとレティシア様に構ってもらうために突進していたようにも見えたのですよね。……そこのところどうなのでしょう?

 アダリナ様には「それこそ思い違いですわ」と言われてしまいましたが、最近の様子を見るにこちらのほうが真実味を帯びている気がいたします。

 だって、今も目の前で物凄く嬉しそうにレティシア様と話していらっしゃるんですもの。


「そんなに沢山防御魔法をかけなくてもよいのでは無いかしら?」

「なに言ってるのよ! この脱衣所は基本的に監視が無いのよ!? それって、エディリア様みたいなのが服を隠したり汚したりする可能性が高いってことじゃない! 絶対三重に防御してカウンターもつけておくわ!」

「私もマリーちゃんに賛成です。レティシア様の魔法は確かに強力ですけど、何十回もトライされたら万が一がありますしねー」

「なるほど……」


 納得したというより感心している顔のレティシア様に、マリア様はそれはもうとてもとても嬉しそうなお顔を一生懸命ツンと明後日の方向に向けられています。マリア様、レティシア様のこと絶対好きでしょう?

 ――口にしたら絶対否定するに違いありませんので、あえて問うたりはしませんけど。


「確かにあのエディリア様達ならやりそうですわね……」


 伯爵令嬢のユニ様や侯爵令嬢のシュエット様もそう頷いて、次々に魔法を重ねられました。

 ――脱ぎ終えた衣類と、着替えの衣類に。

 そう。マリア様達が防御魔法をかける提案をした相手は、私達の衣類です。

 何を馬鹿なことを、と普通なら思うかもしれませんが、呼吸をするように他人に嫌がらせをするエディリア様達相手なら、これぐらいの用心は必要でしょう。同じ意味で、炊事場でもある私達のベース地も、レティシア様のベース地も、何重にも防御魔法がかけられています。

 レティシア様はあまり防犯意識が無いご様子ですが、パーティーメンバーのアリスさんが目を光らせているので大丈夫そうです。そして対エディリア様についてはユニ様とシュエット様が目を光らせているからこちらも大丈夫そうです。

 ――だからマリア様、そんなに心配してレティシア様のための結界を何重にも張らなくてもいいと思いますよ?

 マリア様、絶対にレティシア様のこと大好きですよね?


「流石に脱いだ下着にまで手を出すとは思いたくありませんが……」

「甘いわ! ヤル連中は、脱いだ下着を盗んで男連中のところに目立つように張り付けておくぐらいはヤルわよ!」

「へ、変態!?」

「間違ってないと思うけど私を見ながら言うのはやめてくれない!?」


 あ。ちょっと本気で怒ってる。


「いえ、マリア様がそうという意味では無いのですけれど……」

「あらそう? そのわりになんで……いやちょっと待って、レティシア様、なんでさっきから私の胸にばっかり注目してるのよ!?」

「そ、そんなことありませんわよ!?」

「否定しながらも見るのやめてくれない!? そっちのケは無いわよ!?」


 悲鳴をあげながら後ずさるマリア様ですが、その動作はマズイです。何がマズイって、ますます胸が強調されて凄いことになってるんです。今は全裸ですからその破壊力は計り知れません。……というか、もうちょっと隠しませんか? いや、恥じらって隠そうとするほうが逆に変な風に色っぽいですけど。


「マリーちゃんのデッカイからねぇ。よくそんなにブルンブルン育ったね」

「言い方ァッ!」


 遠慮の無いアリスさんの言葉に、マリア様が絶叫されます。

 しかし、アリスさんのお言葉は真実です。アダリナ様やユニ様のお胸も御立派ですが、マリア様のは常に反重力の魔法でもかけてるのかと疑いたくなるほど実に見事な御立派様なのです。ちなみに私は普通です。アリスさんとシュエット様は私より立派です。レティシア様は……うん……そこまで完璧だとむしろ超人すぎて引いてしまうので、そのお胸でいいのだと思います。いえ、きっとそのお胸が良いのだと思います。詳しくは申しません。


「あんただって普通にデカイでしょ!?」

「普通のデカさとマリーちゃんのデカさは違うんだよ。諦めな」

「最後イイコエしてんなァ!!」


 ……ここ最近、マリア様のお言葉がものすごく乱れている気がいたします。アリスさんとお話してる時限定ですけれど。……もしかしなくても、アリスさんと仲良しでしょう? ちょくちょく殿下が嫉妬されているのは秘密です。なにしろ親友か幼馴染レベルの距離感なんですもの。それは殿下も嫉妬しますよね……いつの間にそんなに友情を深められたのかしら?

 しかし、アリスさんもなかなか多芸でいらっしゃるようです。最後の一声なんて一瞬男性がそこにいるのかと思うような素敵ボイスでした。どうやっているのかしら?


「ま、まぁ、その、皆様、こんな所で長居するのもなんですし、早く温泉につかりましょう?」


 楽しそうなアリスさん達に、ユニ様がレティシア様を気にしながら声をかけます。

 レティシア様……黄昏てないで行きましょう?







 温泉はとても素晴らしいものでした。

 何故かレティシア様達が「……洞窟……」と呟いて遠い目をされていましたが……そう言えば、脱衣所に入る前も絶句して立ち尽くしていらっしゃいましたね。もしかして洞窟風呂はお嫌いなのでしょうか?

 私はこういう洞窟風呂は大好きです。なんというか、非日常的な感じがして好きなのです。街の外には川のように大きな温泉があったりするらしいですが、そういった所だとどうやって男女を分けているのでしょうか? それとも湯着を着て入るのでしょうか? 一度入ってみたいものです。


「あ~~やっぱり風呂はいいねぇ」

「おばーちゃん、今の実年齢思い出して」


 丁寧に体を洗った後、じっくりとお風呂を堪能しているアリスさんにマリア様が真顔でツッコミを入れています。流石にお婆ちゃん呼びは酷いのではないでしょうか?


「皆様と一緒にお風呂に入るというのはいいですわね。すごくワクワクします」

「分かります。侍女にお風呂に入れてもらうのとは全く違いますものね」

「「え!?」」


 レティシア様のほんわかとした声に頷いたシュエット様に、マリア様とアリスさんが揃ってギョッとした顔をされました。


「? どうなさいましたの?」

「い、いえ、そのー、私平民なんで、お湯たっぷりのお風呂そのものにあんまり入れないので、凄いなぁと思って!」


 アリスさんの言葉に、全員が納得顔になりました。

 ただ、マリア様だけは首を傾げておいでです。


「一般用の公衆浴場って無かった?」

「あるんだけどねー……うち、兄弟姉妹が多いからそんなに頻繁に入りに行くのはちょっとキツイ」

「あー……そっか。てことは、盥にお湯張り?」

「そう! それ! マリーちゃんの所は?」

「子爵家に入った直後からはバスタブにたっぷりのお湯だったわね。……最初凄かったわよ。四人がかりでブラシと石鹸でゴシゴシ洗われて、肌は痛いわ周りの目は怖いわ逆らえないわで」

「うわ大変……ああでも、学園で寮に入った時の私も似たようなものかなぁ……いくら清潔にしてても貴族様の暮らしとは雲泥の差だから、お湯が汚れる! って三回ぐらい体洗わされてねー。まぁ、確かに垢が落ちたから正解っちゃ正解なんだけどねー」

「乙女としてはちょっとねー」

「それだよねー」


 ……あなた達、絶対、大の仲良しでしょう……

 あ。レティシア様が仲間に入りたそうな目をしていらっしゃる!


「あ、あの、皆様はいつもお風呂はどんな風になさっていますの?」


 流石にお二人の話題に入るのは難しかったのか、全員に向けてそんな風にもっていかれました。レティシア様! がんばって!


「私はお風呂はじっくり入りたいので、いつも侍女には遠慮してもらっていますわ」

「私もです。お風呂あがりのマッサージからはお願いしていますけど、入るのは一人のほうが好みですので」


 アダリナ様とユニ様はお一人派のご様子です。

 え。次、私ですか!?


「私も一人で入ることが多いです」


 と言うか、うちに侍女にお風呂場待機させられるような資産力はありません。

 続いてマリア様を見ると、胸を張って言われました。――あ、そんな姿勢をとるとほらまたレティシア様が……!


「私も一人で入るわね。と言うか、一人で入らせてくれって断ってるわ」

「え!? マリア様もそうなんですか!?」

「ユニ様の中の私のイメージがどんなのか聞きたいかなぁっ!?」

「ごめんなさい! 体の隅々まで侍女に磨かせている想像をしていましたわ!」

「まさかの私がそっち側!?」


 何気にユニ様達のマリア様への対応も変わってきましたわね。ごく最近までけっこう厳しい目で見られていたご様子でしたけれど。……マリア様の今までが今までだったので、仕方ないと言えば仕方ないのですが……

 そしてレティシア様、そんなに食い入るようにマリア様のお胸を見るのはやめてさしあげてください。待って。待って。ご自分の胸に視線を戻して泣きそうな顔をなさらないで!!


「私のような入り方は珍しいのでしょうか……?」

「いいえ、シュエット様。私のお姉様は侍女に香油を塗ってもらったり、マッサージをしてもらったりと入浴を楽しんでいますわ」


 アダリナ様がそう言ってシュエット様をフォローしています。シュエット様は侯爵令嬢ですから、身を清めるのにも沢山のお付きの人がいて当然でしょう。背中や足先を洗うのを侍女に任せるという人も少なくないですからね。

 ところで最も位の高い公爵令嬢のレティシア様は……


「……ちょっとレティシア様。ひっそり涙目になるのはやめてくれない? 何があったのよ……」

「……この世の格差について、真剣に考えておりましたの……」

「はぁ!? この中で一番地位が高いのレティシア様なんですけど!?」


 マリア様……たぶんレティシア様の言う格差はソコじゃありません……


「と、ところでレティシア様はご入浴はお一人派ですか? それとも侍女さんに手伝ってもらう派ですか?」


 慌てたようにアリス様が身を乗り出して尋ねられます。駄目ですレティシア様の眼前に胸を出してはいけません!


「……」


 ちゃぷん、と音をたてて顔を両手で覆ったレティシア様が湯の中に沈まれました。ああっ!? 追い打ちになった!?


「ちょっとレティシア様!? なにがあったの!?」

「待ってくださいマリア様駄目ですマリア様は!」

「どういう意味!?」


 私が止める間もなくレティシア様の頭を胸に抱えた――そう、あの巨乳にレティシア様の頭を埋めた!――マリア様に、私はもうどう申し上げていいのか分からなくてユニ様達に助けを求めて視線を向けました。

 ……そっと逸らされました。

 もしもし!?


「あー……なるほど……」


 アリス様が気づかれたらしく遠い目になりました。マリア様の胸に埋もれたレティシア様はといえば、無の境地に達したようなお顔をされています。ああ……目が死んで……


「のぼせたんじゃないの? ちょっとアリス、氷ちょうだい」

「いや、だいじょーぶだよ、マリーちゃん。放してあげて……てゆか、軽々抱えるねぇ」


 放心状態のレティシア様をひょいとお姫様抱っこしたマリア様に、アリスさんは呆れたような顔をされました。私とアダリナ様は驚きませんが、ユニ様とシュエット様はおおいに驚いていらっしゃいます。


「これぐらい出来なくてどうするのよ。入学前に重点的に能力値が鍛えられるようにカリキュラム組んだんだから」

「ああ、ゴリラルート」

「言い方ァッ!」


 キッとアリス様を睨んでから、マリア様はザッパザッパと足元が湯に埋まってるとは思えない速度で歩いて行かれました。以前、魔法の練習のしすぎで目を回した私とアダリナ様を両肩にそれぞれ担いで歩いたこともあるマリア様ですから、水の抵抗とかほとんど無いに等しいものなのでしょう。……ゴリラは流石に言いすぎな気がいたしますが。

 レティシア様の介抱にはユニ様とシュエット様が向かわれたご様子です。お二人に預けたマリア様がまたザッパッザッパ歩いて来られるのですが、それよりも揺れる二つの物体のほうにどうしても目が行ってしまいます。


「マリーちゃん。お湯が跳ねるから体沈めておいでよ」

「這い寄ってもいいけど、速度遅くなるのよ」

「立派なものがブルンブルン揺れて気になってしょうがないんだよ。凶器だよソレ」

「だから言い方ァッ!」

「ちなみにお湯に浮いてるとおしりみたいにも見えるよね」

「あんたわざと言ってるんじゃないでしょうね!?」

「大真面目な話だよ」

「大真面目に酷い話題よね!? もうちょっと役立つ話しない!? 怪談探索ルートとかさぁ!?」

「そういうのはお風呂あがってから男子交えてやったほうがいいよ。今は女子トークだよ。女子トークと言えば下ネタだよね」

「男子か!!」


 私はあまりアリスさんを存じなかったのですが、なかなか愉快なお方のようです。マリア様が振り回されっぱなしなのが新鮮ですね。行動力がありすぎるマリア様は、いつも周囲の方――特にどなたとは申しませんが――を振り回しておいででしたから、こうやって振り回されている姿を見るのも楽しいものです。


「下ネタと言えば……」


 ちょ!? レティシア様!?

 いつの間に復活して戻ってらしたのか分かりませんけど加わる話がソレなんですか!?


「マリア様は殿下とどんな感じでおつきあいをなさっていますの?」


 なんだかすごい爆弾来たんですけどー!?


「……ねぇレティシア様? 下ネタの意味が分かっててその話題ふってる?」

「? 好き合った同士の御交遊のことですわよね?」

「違うッ!!」


 マリア様が絶叫して顔を覆われました。気持ちは分かります。けど、私の心は救われた気がいたします。私の敬愛するレティシア様はやはりピュアでいらした……! よかった……!!


「いいことレティシア様!? 絶対に今後いっさい下ネタなんて単語はつかっちゃいけないわよ!?」


 血相を変えて迫るマリア様に、レティシア様の後ろから来たユニ様とシュエット様がうんうんと深く頷いていらっしゃいます。……お二人とも、止めないのですね……


「あの……では、どういう意味の言葉だったの……?」

「純粋な眼差しで聞かないでくれない!?」


 流石にあまり良くない意味合いの言葉だと分かったのか、混乱したようにレティシア様がふるふるしています。え。なにこの可愛い生き物。答えを求めて視線を彷徨わされるのですが、皆してそのつぶらな眼差しから逃げ去ります。無理。


「あの……アリス様?」

「んー……爺やさんに怒られそうだから勘弁してくださいレティシア様」

「爺やが怒るような言葉なのですか……」

「ちなみに誰からその言葉を聞いたんです?」

「爺やですけど」

「……爺やさんなにやってんの……」


 アリス様がちょっと遠い目をされてから、レティシア様の耳元でぽそぽそと何事かを話し始めました。徐々にレティシア様のお顔というか全身が真っ赤になっていきます。……あ、ピュアなレティシア様が下ネタを知ってしまった……


「じ、爺やの嘘つきっ! 嘘つきっ!」

「爺やさんも苦肉の策で逃げたんでしょーねー」


 あはははー、と笑っていますが、アリスさん、天使みたいな可愛らしいお顔で色々と凄いですわね。ユニ様とシュエット様は苦笑しておられます。


「レティシア様。もうお使いになりませんよう」

「……ぅぅ……はい……」

「まぁ、下手に変なところで使ってエディリア様みたいな人に利用されるよりマシだと思いますよ」

「……確かにそうですわね」

「というか、爺やさんも聞かせてしまったスラングはきちんと説明して使わないようにお教えすればよろしいのに……」


 パーティーメンバーに慰められるレティシア様は、非常に恥ずかしそうに小さくなっておいでです。私達にとっては珍しいお姿ですが、彼女たちの中では珍しい姿ではないご様子。もしかして、レティシア様はおっちょこちょいなお方なのでしょうか……?

 ……ちなみにアダリナ様は珍しいレティシア様のお姿をうっとり眺めておいでです。気持ちはわかります。


「なんて言うか、レティシア様は知れば知るほど私の既知から外れるわね」

「マリア様は周りの悪い噂を信じすぎですわ」

「ぐぅ」


 アダリナ様の指摘にマリア様は言葉を詰まらせておいでです。


「それを言うのでしたら、マリア様も知れば知るほど今までと違った一面がおありですわ」

「……ユニ様達から見たら相当アレだったでしょーからねー……」


 自覚があるらしく遠い目のマリア様に、ユニ様も困ったように言います。


「私達も一面しか見ずに険悪な目を向けておりましたから、人の事は決してどうこう言えませんわね……」

「いや、あれは私が……」

「いえ、私達も……」


 そのままマリア様とユニ様とシュエット様で話が堂々巡りしそうになったところで、アリスさんが私達の方を見ながら言いました。


「私としてはマリーちゃんが誤解した『嫌がらせ』の犯人が気になりますね。どなたか姿を見た方はいらっしゃらないんですか?」

「私は被害にあわれた後のお姿しか見ていませんわ」

「上から水が降ってきた時に見上げたことがあるのですが、一瞬すぎて誰がいたのかまでは分かりませんでした」


 私とアダリナ様の言葉に、アリスさんは難しいお顔になります。


「うーん……時期は殿下とイチャイチャしはじめた頃だよね?」

「言い方ァ……まぁ、学園で殿下にお声をかけていただけた日から始まったわね」

「いつ?」

「1-1-3の直後」

「マジか」


 マリア様の仰った数字がどういう意味のものなのか分かりませんが、アリスさんが呆気にとられたお顔になりました。


「早くない?」

「実は学園始まる前に街で偶然会ってたのよ。で、再会して声かけられたわけ」

「あー……あー……それも前倒しかぁ」

「なんかもう全体的にね」

「ちなみに心当たりは? 一名除いて」

「いや、頭っから疑ってちゃったから、別人を想定してなかったのよね……逆にその他大勢の嫉妬民だとすると、どの人だろう? って言う感じ?」

「わざわざ危険地帯に突入するからだよ……」

「仕方ないでしょ!? 大好きなんだから!」


 何故か最後に惚気がきましたが、どうやらマリア様は嫌がらせの相手をまだ特定してはいないようです。エディリア様がすっごく怪しいと思うのですが、マリア様的にはエディリア様も『その他大勢』なのでしょうか?


「あのぅ……個人的にはエディリア様がすごく怪しいのですけれど」

「まぁ、すごくよく分かるんだけど、個人なのか集団なのか、ってなると集団っぽいから、難しいのよ」


 一応、小声で言ってみたらマリア様が真面目なお顔でそう答えられました。

 集団……ということは、派閥全体で行っている、ということです。


「……個々人でないから、摘発が難しいのですね」

「現行犯を捕まえれたらいいんだけどね。逃げ足だけは素晴らしいから……まぁ、もう精霊術がだいぶ上がったから、これからは今までみたいにはいかないけどね!」


 私の呟きに、マリア様が左腕で力こぶを作って仰います。……あれ、なにか、乙女にあるまじき筋肉が見えた気がするのですが気のせいですね?


「追跡の魔法覚えてなかったのかー」

「魔法は学園に入ってからガン上げ出来るから、後回しにしちゃったのよね。下手に最初に組んだカリキュラムを変更すると予定値に進めるのが難しくなるから途中で変更も出来なかったし」

「私と逆だもんね……」

「おかげで後手に回りっぱなしよ。けど、上級精霊とも契約した今の私なら一網打尽よ。見てらっしゃいよ、今までの鬱憤を晴らさせてもらうわ!」

「束縛までに留めておきなよ? 色々面倒なことになるから」

「ハッ! 私を誰だと思ってるの? 裏技駆使してえげつないのやらかしてやるわ」


 手をワキワキしながら宣言したマリア様は、控えめにって非常に悪魔的な笑顔をしていらっしゃいました。

 レティシア様達がすごく心配そうなお顔をしていらっしゃいますが、こういう笑顔の時のマリア様は大抵上手く物事を進めてしまいますから、大丈夫でしょう。

 もっとも、やりすぎないように皆で連携しておいたほうがいいでしょうけれど。

 どうやら合宿の日々も波瀾万丈になりそうです。







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― 新着の感想 ―
[一言] さらりと重要な言葉を使ってるけど、彼女たちって基本的に純粋だから「?」浮かべる程度なんでしょうね~…。 上級精霊と契約なんて早々に出来んと思うのですけど(-_-;)
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