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強化合宿12


〇side:レティシア




 それは不思議な光景でした。

 ゆっくりと茜色に染まろうとしている空に向けて、金色の光の柱と白い光の柱が立ち上っています。二つの光の柱が交わる場所は、白とも金ともつかない色を滲ませ、そこから淡く光る精霊が今も召喚され続けていました。呼び出された精霊は、私達が何かを言う前にいずれも同じ方角へ飛び去って行きます。


「……これは……?」


 私が視線を向けると、アリス様がちょっと困り顔のままで頬を掻きました。


「これは――」

「これは何事ですか!? レティシアさん!」


 駆け込んで来た先生が、アリス様の真後ろで急停止されました。アリス様のお答えをかき消すような叫び声に、耳がキンとします。


「先程の周り一面を覆う膨大な精霊といい、何をしているのですか!?」


 えぇと……先生、何故、私に視線を固定されているのでしょうか?

 残念ながら、私には先生の問いに答えられないのですが。


「えーっと、先生、実は――」

「アリスさんは黙っていらっしゃい! 私はレティシアさんに尋ねているのです!」

「えぇ……」

「あの、アリス様、これは――」

「レティシアさん! 先生を無視するとはどういうことですか!? 答えられないのですか!?」


 尋ねるというより叫んでいる先生に、私達は顔を見合わせました。おそらく突然の事態に気が動転していらっしゃるのでしょうが……それにしても、こんなにパニックを起こされていては、まともな対応など期待出来そうにありません。

 ユニ様やシュエット様が口を挟もうとしましたが、先ほどと同じように叫ばれるだけでした。……誰か他の先生が来てくれないかしら……


「先生。足元の魔法陣をご覧ください」


 どうにも私から説明を受けないと気が済まないらしい先生に、仕方なく分かりやすいものを指さします。


「魔法陣……?」

「旧式の精霊術です」


 先生の意識が魔法陣に一旦向いたのを見計らって、アリス様がすかさず説明に入ります。


「まずレイナード先生の捜索を左の魔法陣で実行。その魔法陣と連結した召喚魔法陣で、精霊を召喚してレイナード先生の元に救援。私とレティシア様の魔力の大部分で実行しましたので、先のような沢山の精霊を一度に召喚する形になりました」

「なんですって? そんな魔法聞いたことがありませんよ!?」

「学園の図書館に載っていますよ?」


 アリス様は首を傾げながらそう仰いましたが、先生が見ているのは私でした。……何故?


「なんというタイトルです!?」

「精霊術の歴史第三十七巻、変化と応用編です」

「歴史書に!?」

「あのぅ……それよりも、精霊が救援に向かっているレイナード先生の方を気にされたほうがいいと思うんですけど……? ヒュー先生以外にもどなたか救援に向かっていらっしゃるんですか?」


 相変わらず私に視線を固定している先生に、アリス様が微妙な呆れ顔で仰います。

 そうですよね。知識がどうよりも、先に『レイナード先生の元に救援』に反応すべきですよね。


「あ、ああ! そうですわね! 誰か……」


 指摘されて初めて思い至ったらしい先生が他の先生方の元に駆けて行きます。ようやく訪れた静けさ――というにはザワザワしていますが――に、私達もホッと息をつきました。


「アリス様、お疲れ様でした」

「いえ、レティシア様こそ、お疲れ様でした。すみません。レティシア様のお姿が目立つからか、何かあったらすぐにレティシア様に注目が集中してしまいますね……」

「アリス様があんなに一生懸命説明していらっしゃるのに、いくらなんでもあれは失礼ですわ。仮にも先生があのように取り乱して……」

「あの先生、確か数年前に入ったばかりの新米ですわね。胆力が足りませんわ」


 アリス様の背中を擦りながら、ユニ様とシュエット様が怒りの口調で不満をあらわにされています。

 まぁ、夕食の準備中に突然大量の精霊が召喚されたり光の柱が昇ったりすれば、気が動転しても仕方ないと言えますが……


「せめて爺やの千分の一ほどでかまいませんから、胆力をもっていただきたいものですわね」

「……爺やさんの千分の一って、かなりあるんじゃないかなー、と思います」


 あら、アリス様。そうでもありませんわよ? 爺や、昔は私のやることに何度も肝を冷やしたそうですから。人並みですとも。間違いありません。


「そ、そうかなー……?」


 そうですとも。


「それより、アリス様、この魔法陣の色が徐々に変わってきているのはどういう意味をもっているのでしょう?」


 ユニ様が最初の魔法陣を指さして首を傾げています。あ、赤黒かった部分が光に押されるように金色に変わってきていますね。


「おお! 上手くいったみたいです。えっと、赤黒い色は探し人が負傷してる時に出るんですが、その範囲が小さくなっていっているってことは、怪我を治されていっているってことです。精霊に頼んでいた治癒がいい感じに働いたんじゃないかなー、と。それか、ヒュー先生達も気づいて駆けつけてくれたのかも」

「なるほどー」


 つまり、先ほどまで先生は怪我をされていたけれど、今は元気になっている、と。

 ……うーん?


「あの……それでは、先生を負傷させたモノが森にいる、ということでしょうか?」

「あー……そこは先生に聞かないと断言出来ないんです。『先生の状態』は分かっても、どうしてそうなったのか、はこの二つの魔法陣では分からないので。もしかしたら、先生がどこかの大穴に落っこちちゃって、それで怪我して動けなくなっていたっていう可能性もありますし」

「確かに、森の中ですからそういったアクシデントもありますわね。頭を打たれていたとしたら、気絶している可能性もあるわけですし」

「ですです」


 大きく頷くアリス様に、シュエット様達があれこれと先生の現状を予想されています。考えに没頭してしまった先生なら、いつもと違って段差に躓いたり穴に落ちたりする可能性があるそうです。……先生、その癖を治さないと生活にも支障が出てしまうのではないかしら……


「まぁ、怪我は治ったみたいなんで、しばらくしたら帰ってくるんじゃないかな、と思います」


 綺麗な金色一色になった魔法陣を見て、アリス様がホッとした顔で仰います。私もホッとしました。先生がいなくなってしまったと聞いてから、ずっと胸の奥が重苦しかったです。もし先生に何かあればどうしようと、それを考えるだけで頭の奥が霞んで重くなるような感じでした。早くご無事な姿を拝見できれば良いのですが……


「目立つから消したいんですけど……消すと効果も消えちゃうんで、魔法陣に込めた魔力が消えるまで、連結魔法陣(これ)はこのままにしておきますね。レイナード先生の元に精霊が集まってることで、レイナード先生を探している人達の目印にもなるでしょうし、誰かが新たに怪我をしても精霊達が治してくれますし」

「魔法陣……なかなか面白いですわね。もしこれから先、野営訓練をすることになったら、魔力に余裕のある時に魔法陣を起動させておいて、見張りをお願いするということも出来るのでしょうか?」


 ユニ様の目がキラッと光った気がいたします。


「出来ますよー。あと、宝石に魔法陣を刻んで魔力を入れておくと、必要になった時に取り出して使えるようになります。魔道具の原理の応用です」

「ああ! 使用の為に魔力を補給するのと、貯蔵のために魔力を入れるのとの違いなのですね」

「はい!」

「ちなみに魔法陣に特定の条件を組み込んで罠を作ることも可能でしょうか? 狩りに使えればこれからの課題にも役立ちますし、領地の防衛にも役立ちそうですわ」

「出来ると思います。鳥とか足の素早い獲物を捕らえるのに重宝しますよ!」

「まぁ! それは楽しみです!」


 シュエット様の目もキラッと光ったような気が。

 えぇと、課題の狩りに使うのですよね? あと、ご領地での狩りとか魔物対策とかですわよね?

 ……何故お二人で意味深な笑みを浮かべていらっしゃるのかしら……?


「流石に今は魔力が心もとないんで、明日以降にでも――」

「レティシアさん! おいでなさい!」


 提案をしかけたアリス様のお声を遮って、先ほどの先生が走って来られました。


「あの……?」

「早くなさい!」

「お待ちください、先生。何故レティシア様をお呼びになりますの?」

「レイナード先生を救出するためです!」

「正気ですか?」


 シュエット様がズバッと言いました。顔色を変えた先生の前に、ユニ様と二人で立ちはだかります。


「入学したての学生を初日に森に連れ出そうとするとはどういうことです? それが栄えある学園の教師のすることですか?」

「先程からの先生の言動は教師としての品位に欠けます。精霊の恩寵を失いましてよ?」

「あ、貴方達には関係ありません!」

「関係ありますわ。私達はパーティーですのよ? 仲間が不当な扱いを受けそうになっているのであれば立ち向かいますわ」

「そもそも、先生方の不備を生徒に押し付ける事そのものがおかしいですわ。レティシア様達は先生をお探しし傷を治される魔法を使ってお疲れです。これだけ明確な目印があるのですから先生方でも光を辿ってレイナード先生を探しに行くことが可能では? 学園のルールをおかしてレティシア様を連れ出そうとするのは何故です?」

「あのー。そもそも、魔法陣はレティシア様じゃなく私が描いたものなので、連れ出すにしてもレティシア様を名指しするのはおかしいと思います」


 アリス様のお声に、隣のベースからも「それもそうだよな」「描いている所を見ましたが、確かにアリスさんが描いてました」と証言があがりました。先生のお顔が真っ赤になっています。あ、後ろ――


「そもそもレティシアさんがレイナード先生を――」

「ちょっとアリス! なにやらかしてるのよ!」


 マリア様です。

 なんと先生を押しのけて飛んできました。


「ああっ! やっぱり複合魔法陣!! しかもレティシア様巻き込む!? 馬鹿なの!? ねぇ馬鹿なの!?」

「マリーちゃん酷くない!? 馬鹿は無いと思うよ!?」

「精霊タラシが二人も揃えばどうなるか、結果を見るまでもなく明らかでしょ馬鹿!」

「そ、そこはぐぅの音も出ない……」

「やっぱり馬鹿じゃない! アリスの馬鹿! 馬鹿!……馬鹿ッ!」

「溜めての三連投は酷いよ!?」

「馬鹿ッ!!」


 マリア様が子供の様にアリス様の頭をポカポカ殴るフリをします。実際に殴ってないし子供が癇癪をおこしたような動きにちょっとほんわかしますが――精霊タラシ、とは。


「あの……」

「レティシア様止めないでくれる!? どうせこの馬鹿に付き合わされて魔力ごっそり使わされたんでしょ!?」


 何故、それを。


「ええ、かなりもっていかれましたけど、それより――」

「ほらー! もう! どうするのよ夜の勉強会とかお風呂での痴漢対策とか色々あるのに! もー! もーッ!!」

「ま、マリーちゃん、どぅどぅ」

「馬鹿ッッ!!」


 ああ……マリア様が駄々っ子のように……

 私達もポカンと見守ってしまいましたが、周りもお口をパカーンと開けて見守っておいでです。マリア様のあまりの勢いに先生も呆気にとられていますね。変な空気になりかけたのでありがたいです。


「マリア!」


 あら、殿下が駆けつけて来られました。……その手にもっている首無し兎は何でしょう?


「落ち着け! 貴族の令嬢のふるまいではないぞ!?」

「むぅ……」


 どこか慌てた声の殿下に引きはがされ、マリア様が不満そうな顔でアリス様を睨みます。アリス様はちょっと困り顔。


「すぐに回復するから」

「そんなの間に合うか分かんないでしょ!? もう! ほら、二人とも手を出して!」

「マリア……?」

「殿下、少しだけお待ちくださいね」


 不思議そうな声をあげる殿下の腕から抜け出し、マリア様は私達に並ぶようにちょこんと座りました。

 ハイ、と手を伸ばしたアリス様に習って、私も手を差し出します。何故かガン見されました。


「……アリス、見習いなさいよ、この優雅さ」

「無理ー」


 アリス様、宮廷作法のお勉強はまだこれからですわよ?


「時間無いからちゃちゃっと終わらせるわね」

「はーい。……そういやリアルで魔力譲渡って初めて――ふぉ? ちょ!? あはははははは!?」

「ふぅ……っく」


 え。なにこれ。なにこのくすぐったいの!


「ちょっと!? 二人して身悶えるのやめてくれない!?」

「マリーちゃんっこれっくすぐったいっ! 無理! わき腹っ全力っで擽られてっるっ感! もー無理!」

「くぅ……っ!」

「ぇええちょ……もう!」


 パッとマリア様が手を放した途端、今までのくすぐったさが嘘のように消えました。かわりに体中がポカポカします。

 隣のアリス様はゼェゼェと肩で息をしておられました。どうやら擽りに弱いようです。


「酷いよマリーちゃん、今の拷問に近かったよ?」

「人聞きの悪いこと言わないでくれない!? 普通に魔力を流しただけよ!?」

「うん。それが無茶苦茶くすぐったかった。まさかあんな感じだとは思わなかったよ」

「……ちょっと。これから先に不安を覚えるんだけどその感想……。…………殿下」

「!?」


 マリア様が何かを考える顔で殿下を振り返った途端、音すら立てる素早さで殿下が遥か後ろに飛び退きました。あらー。


「殿下!?」

「私は魔力減っていないからな!? 不必要なことはするべきではないと思うぞ!?」


 わき腹をしっかり抱え込むように押さえた殿下がジリジリと逃げています。さては殿下、わき腹が弱点ですわね?


「慣れておいた方が良いと思います殿下」

「大丈夫! 大丈夫だ! 魔力管理を徹底させるから!」


 ジリジリ近づくマリア様とジリジリ逃げる殿下の追いかけっこを見守って、ふとあの先生が静かなことに気づきました。しかも姿がありません。あら?

 ――と思ったら、森の入口に集まっている集団の中にいました。あら、あそこに見えるのはレイナード先生? なるほど、無事に合流出来たのですね。そして先生は喜色満面でお迎えになっている、と。なるほどなるほど。そういうことですか。


「ただいまー。なんだかすごいことになってるねー」

「途中でレイナード先生達の集団が見えたので少しばかり情報収集していたんだが、どうやら森に異変があるようだ」


 いつの間にかクルト様とエリク様が帰って来られていました! ユニ様達が如才なくお迎えしていますが、お二人ともいつおいでになったのでしょう?


「二人がマリア様に手を握られていた時に、こっそりと。なんだかワナワナしていた先生にはレイナード先生がそろそろ着きますよ、って言って向こうに行ってもらったんだけど、よかった?」

「よかったですとも。クルト様、良い判断ですわ」

「あの先生、レイナード先生に片思いなさっておいでなのね。やたらとレティシア様に絡んできてうっとうしかったですわ」

「……レイナード先生、若い女性教師にも人気だからな」


 未だ怒りが冷めやらぬユニ様とシュエット様に、クルト様とエリク様が苦笑を深めておいでです。


「先生達が無事に帰ってきたんで、コレ、消しますねー」


 アリス様はレイナード先生をチラッと見て素早く魔法陣を消していきました。ああ……光の柱が消えていく……なかなか幻想的な風景でしたが、目立つから仕方ありませんね。そして何故か精霊達がわんさか私達の周りに戻って来ました。……お帰りになりませんの?


「こちら側に遊びに来る機会があまり無いから楽しいみたいですねー」


 私同様に精霊に囲まれているアリス様がほんわかした顔で仰います。小さな精霊達は可愛らしいですし、しばらくすれば帰るでしょうから気にしないでおきましょう。それよりも炊事です。ご飯です。


「さぁ! 美味しい串焼きを作りますよ!」


 アリス様のお声に、何故か精霊達が小さな腕を振り上げていました。




 ちなみに精霊が手伝ってくれた串焼きは、びっくりするほど美味しかったです。









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