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強化合宿10


〇side:レティシア




 料理の下準備をしていると、マリア様達が隣のベースにやって来られました。


「レティシア様、エディリア様に絡まれたのですって?」


 相変わらず真正面からズバッと仰いますね、マリア様。ですが、遠巻きにヒソヒソ話される方々に悩まされていた分、目の前に立つマリア様の姿にホッとしてしまいます。心なしかユニ様達のお顔も険がとれていらっしゃいますね。

 マリア様の後ろにいらっしゃる殿下は苦い顔をしていらっしゃいますし、他のメンバーは顔を手で覆っていらっしゃいますけど。


「ええ。せっかく殿下にお言葉をいただきましたのに……申し訳ないわ」

「どうせ待ち構えられたんでしょ? 話は聞いたけど、文句言われるのならむしろ私じゃないの。一番最初にレイナード先生の目にとまっちゃったのは私なんだし」


 フン、と鼻で息を吐くマリア様は、「だから何よ」と周囲を睨みつけながら顎を上げます。


「優秀な生徒が先生方の目にとまるのも、声をかけられるのも、普通のことじゃない。それ以降のことなんて、先生方の私情だったり都合だったりするんだから、生徒の私達にどうこう言うのが間違ってるのよ。気にする必要なんて、全く無いわね!」

「……マリア様」


 ……もしかしなくても、慰めてくださっていますよね?


「レティシア様と勝負して勝つのはこの私なんだから、あんな人に翻弄されないでよね!?」


 それだけ仰ると、マリア様は殿下の腕を引っ張ってそそくさと森に走り去ってしまわれました。ああっ……お礼を言いそびれてしまいました……


「マリーちゃん、言い逃げかー」


 野菜を切り終わったアリス様が笑いながらその背を見送ります。

 引っ張られていった殿下が、何とも言えない苦笑顔をしておられたのが印象的でした。


「殿下は相変わらずあの方に引っ張られていますのね」


 ユニ様が呆れ半分の苦笑を零しておいでです。確かに、最近の殿下はマリア様に引っ張られているお姿ばかりな気がいたしますわね。……いえ、前からでしょうか?


「失礼いたします」


 置いてきぼりになった形の殿下のパーティーメンバーがそっと私達の方にやって来られました。

 あら? この方、以前どこかで見たことがあるような……?


「ふふ。……マリア様、レティシア様がエディリア様に絡まれたと聞いて、さっきまで凄い剣幕でしたのよ?」

「えっ?」

「殿下から詳しいお話を聞いて、大急ぎで薬を仕上げて来たんです。エディリア様とのお話はもう終わられた後のご様子でしたけれど、その……一部に、少し、良くない気配が漂ってましたので」


 どこかで見たことがあるやや小柄なそのご令嬢は、マリア様のご様子を楽し気に語られます。


「殿下がお止めにならなければ、ヒュー先生に課題を提出する前にレティシア様の所に走りそうな有様でしたわ」

「まぁ……マリア様が……」

「はい」


 おっとりと微笑む令嬢に、ふとラベンダーの香りを思い出しました。……ああ! この方は、確か授業中に編み物をくださった方です。


「マリア様は言動が突拍子も無くて誤解されがちですけれど、ご自身のお気持ちに正直すぎるだけなのです。あの……殿下とのことは、色々あると思いますけれど……」


 いえ、殿下のことは全くもって何もありません。


「私と殿下の間には何もありませんわ。私はマリア様と殿下の恋を応援しておりましてよ」


 本心からそう言ったのですが、ご令嬢はちょっと困ったように微笑まれました。


「大丈夫ですわ、レティシア様。私達も、マリア様も、わかっておりますから」


 え。本心なのですけれど……

 ……もしかして、殿下を思いながらも身を引いたと思われてしまっているのでしょうか? 誤解でしてよ!? 私は殿下には恋心を抱いておりません!

 しかし誤解を解く前にご令嬢は「大丈夫です分かっておりますとも」という笑顔でベース地に去られました。ああ……


「皆様は、マリア様とはどのようなご関係ですの?」


 料理の下準備にかかりだしたお隣へ、鍋に水を入れ終わったユニ様が問いかけられます。

 あ、シュエット様が切りそろえたお肉をアリス様が猛烈な勢いで串に刺していっています。わ、私もお手伝いしなくてはっ。


「マリア様とは入学してすぐの授業でペアを組ませていただきまして、その御縁でよくお話をするようになりましたの」

「私は小物を買いに行くのを手伝ってくださった御縁で」

「ボクは魔法科で少し苦手だったところをマリア様に手伝っていただいたのがきっかけです」

「私は調べ物を手伝ってもらったのがきっかけですね。今回の強化合宿でも興味深いお話があるので、調べるつもりですが」


 皆様、色んな出会い方をされたご様子です。あのラベンダーの編み物をくださった方は、マリア様と授業でペアを組まれたことがおありなのですね。


「マリア様、精霊魔法お上手ですものねぇ」


 思わずあの上級精霊を思い出してうっとりしていましたら、何故か注目されてしまいました。な、何故?


「レティシア様の精霊魔法も綺麗ですわ!?」

「え。えぇ? ありがとうございます?」


 がしっとラベンダーの君に手を握られて、私は勢いに押されながらお礼を申し上げました。

 今、肉を鷲掴みにして脂まみれになっている手でよろしければ、いくらでも握ってくださってもかまいませんけれど……後で洗ってくださいませ?


「レティシア様は、マリア様のこと……あ、いえ、なんでもないですっ」


 殿下パーティーの中にいらっしゃる男性の一人が何かを口にしかけ、ユニ様の一瞥をくらって肉の調理に戻られました。魔法科で教えてもらったという男子生徒ですわね。……お話は何だったのでしょう?


「マリア様はお食事の後、図書室に向かうそうですが……あの、本当にレティシア様もご一緒されるのですか?」


 静かな声で問いかけられたのは、マリア様に調べ物を手伝ってもらった縁でパーティーに入っていらっしゃる男子生徒です。このパーティーで唯一眼鏡をかけていらっしゃる方ですね。


「不都合がなければご一緒させていただこうと思っております」


 何故かユニ様達は微妙なお顔をされていますが、図書室には一度足を運ぶ予定でしたし、ユニ様達も図書室には興味がおありだったと思いますし、予定通りだと思うのですが……


「図書室には珍しい本があるそうですからねー」


 アリス様もこう仰っておりますし!


「楽しみですわよね」


 にこー、と笑って話題をふると、ユニ様達が困ったような微苦笑を浮かべられました。


「そうですわね。今の期間にしか見ることが出来ませんし」

「ここにしか無い蔵書というのには興味があります」


 ああ、よかった! ユニ様とシュエット様も反対ではないご様子です。


「とりあえず、精霊に関する書物とか見たいですね。あと、古い伝承とか」


 物凄い勢いで肉と野菜を串に刺し終えたアリス様が手を洗いながら仰います。なんという早業……私も精進しなくてはなりませんね。

 私達のパーティーの言葉に、眼鏡の君は頷きながらこう仰いました。


「図書室にはいろんな本があると聞きますからね。私としても調べ物を進めるのに是非行きたいところです」

「調べ物ですか?」

「はい。学園の逸話や怪談を調べていたのですが」


 ピシッ


「? この特別棟にも独特の怪談や逸話があると先輩方に聞いていましたので、是非調べたいと思っています。知っていらっしゃいますか? 図書室にも一つあるんですよ!」


 ヒィィッ!!


「確か『光る図書室』でしたわね」

「ああ! ご存じでしたか! そうなんです、図書室に不思議な光が灯るというもので、人魂なのか精霊なのか、しかも毎夜現れるのは何故なのか、とても気になっていまして!」


 話に乗ったユニ様に食らいつくようにして声を弾ませる眼鏡の君。

 私は虚空を見上げて数を数え始めました。円周率を数えるのが良いと教わったことがあります。およそ3。……ああ……


「よし! あとは火をつけて焼いたり煮たりするだけです! ……えぇと、小枝か何かないかな……」


 密かにあわあわしている私の横で、アリス様が周囲を見渡しています。あ、お昼に燃やした薪の一部を拾ってきました。半分以上炭になってしまった小枝です。


「アリス様?」

「少しここのスペースお借りしますね!」


 ベース地の竃から離れた場所で、アリス様が地面に何かを書いていきます。これは……魔法陣でしょうか? 

 古い文字で書かれているのはレイナード・ダリル……ダリル家? レイナード先生のお名前でしょうか?


「あの……これは?」

「『探し人』の魔法です!」

「『探し人』? 探査魔法系ですか?」

「はい!」


 細かな文字をびっしりと書いているアリス様は、キリっとしたお顔をされています。


「探し人の魔法は、探す相手の持ち物があるのが一番いいんですけど、それは持ってないので、もう一つの方法で。生年月日と名前を精霊に伝えて、調べる場所を限定してお願いすれば、上手くいけば先生を探し当てることが出来るかもしれません」

「そんな魔法があるのですね!?」

「今書いているのは、どちらかと言うと古いおまじないみたいなものなので、確実に分かりそうなのは『先生の状態』ぐらいなんですが……その情報を起点にして、風の精霊に居場所の特定をお願いしたら、見つかるんじゃないかなーと」


 なるほど。二つの精霊術を駆使して見つけようということですね!

 そして魔法陣の中に書かれている年月は、先生の生年月日ですか……アリス様、生年月日までご存じなんですの……?


「このような魔法のやり方は初めて見ます」


 ユニ様が興味深げに魔法陣を覗き込んでいます。あ、ご自身の手帳に魔法陣を書き写していらっしゃいますね! 私も真似しましょう……


「学園の図書室に魔法の歴史書みたいなのがありまして、そこで見つけました。大昔には魔法陣を多用した魔法が多かったみたいです。今は【力ある文言】での魔法が主流なのであまり伝わっていませんけど、文献にはけっこう残ってました。一部では今でも使われてるみたいです」

「なるほど……魔道具には魔術回路を組み込んだり魔法陣を描いたりしたものがありますけれど、あれは古い時代の名残なのですね」

「はい。道具にはけっこう使われてますね。ただ、今はあまり一般的ではないです。学園で習うのも、言葉を使った魔法が主流ですし。儀式魔法みたいな大掛かりな魔法の時は今でも使うみたいですが、日常で使う魔法には魔法陣って使いませんからねー。戦闘中とかだと魔法陣を描いてる時間が無かったりしますし」

「陣地を作ってそこで固定砲台として魔法を使うのならともかく、たいては場所を移動しながら戦闘をしますものね……」


 シュエット様がアリス様のお話に興味深げにされています。あ。シュエット様も手帳に魔法陣を写しはじめました。


「以前、エリク様が行方不明になった兵の捜索について騎士の方と話し合っておられましたから、何かお役にたてるかもしれません」


 あら~。うふふ。


「さて、あとは魔力を流すだけです!」

「呪文は必要ありませんの?」

「今回は陣の中に組み込んでるので魔力を流すだけで大丈夫です! 魔法陣を簡略化すると呪文も必要になってきますけど」

「なるほど~」


 アリス様が魔力を流し始めると、魔法陣が白い光を放ちだしました。綺麗ですわねぇ。

 ……あら……?


「え」

「赤くなっていく……?」


 私達の間に動揺と困惑が広がります。

 白く光っていた魔法陣が、中央部分からじわじわ赤く染まってきたのです。黒に近いような赤です。まるで血の色のような……


「あの、アリス様……これはどういう状況なのでしょう?」

「…………」


 アリス様は険しい表情になって、片手で陣に触れたままもう片方の手で新しい陣を描きはじめました。


「う……書きづらい……レティシア様、すみません。こっちの魔法陣に魔力を流すの、代わってもらっていいですか?」

「あ、はい」


 アリス様の代わりに魔力を流すと、魔法陣が金色の光に変わりました。あわわ。そしてアリス様は猛烈な勢いで新しい魔法陣を描いていきます。早い!


「風の精霊に先行してもらって……先生達を誘導……先生には回復……敵は何だろ?」


 敵?


「よし!」


 小さく呟いていたアリス様が二つ目の魔法陣に魔力を通し、次いで二つの魔法陣を線で繋ぎます。


「あ」

「あ」


 私とアリス様が同時に呟いた瞬間、ドッと魔力が体から抜ける感覚が。

 ……あ、眩暈が。








「……ま! レティシア様!!」


 ふいに遠ざかっていた音が戻ってきた感覚がして、目を開けるとユニ様のお顔がすぐ近くにありました。

 あら?


「よかった! 気づかれましたのね!?」

「え……ええ、もしかして、気を失っていましたの……?」

「はい! ほんの数秒ですけれど……」


 まだ少し頭がクラクラします。貧血かしら……?

 周囲もやけに騒がしいように思えます。軽く見渡すと、立ち尽くしている生徒や駆け寄って来ようとしている先生方の姿が。あ、アリス様がシュエット様に抱き起されています!


「う~……分配、ミス? 魔力めちゃくちゃ持ってかれた~……」


 アリス様が呻きながら頭を振っています。

 ああ! あれ、魔力の急激な消費による暗転でしたか。小さい頃に何度かやってしまって爺やに怒られたことがあります。ああ、懐かしい。

 ――ではなく。


「先程の、魔法陣の仕業、ですか?」

「はい。……すみません、レティシア様。想定以上に精霊が召喚されたらしく、二人とも魔力限界近くまでもっていかれちゃったみたいで」

「アリス様……そんな危険な事をなさらないでください!」


 アリス様の声を遮るようにして、ユニ様が厳しい声をあげられます。


「レティシア様もそうですが、アリス様のお体にも何かあったらどうされるんですか! 魔力が必要なら私もお貸しいたします! 気を付けてくださいな!」

「はい……すみません」

「お二人が倒れた時は、生きた心地がしませんでしたわ!」


 ユニ様のお声は涙まじりです。相当心配させてしまったようです。

 ユニ様の手を包むようにしてポンポンと叩きます。可愛いお顔が涙で台無しになってしまいますわよ?


「すみません……。レティシア様も、本当に申し訳ありませんでした」


 私は申し訳なさげに小さくなっているアリス様に微笑みかけました。


「何かの手違いでそうなってしまったのでしょう? 大丈夫です。ちょっと魔力を多めにもっていかれただけで、今はもう何ともありませんわ。ユニ様も、心配してくれてありがとう。シュエット様も」

「……はい」


 アリス様とシュエット様が近くにおいでになると、ユニ様が私ごとアリス様とシュエット様に抱き着きました。ああ……涙でお顔が。


「つぎは、わだくしも、てつだいますから、ねっ」

「私もです」

「……はい」


 顔を埋めるようにして泣くユニ様の背を撫で、地面に視線を落とすと二つの魔法陣が光の柱を空に放っていました。まぁ、綺麗。

 ところでこれ、どういう状態なのでしょう?



 





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