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強化合宿9

感想、誤字報告、ありがとうございます!


〇side:レティシア




 ヒュー先生の所に赴こうとしていたら、何故か先生の近くでエディリア様達が待ち構えていました。

 ……いやだわ。この方、暇なのかしら?

 先生方は何かの理由で集まっておられたらしく、その先生方を目当てに生徒達も周辺に集まっています。

 突如声を張り上げたエディリア様に、勢い、その場にいた生徒達の視線が私達に集中したのが分かりました。衆人環視の中、エディリア様は何を仰るつもりでしょう?

 ――どう考えても良いお話では無さそうです。

 チラッと見えた近くの先生は苦い顔をされています。

 とりあえず、鉄扇を用意しておきましょう。殿下からも「気をつけろ」と言われたばかりですし、私は早くも臨戦態勢です。


「エディリア様、とんでもないこと、とはいったい何のことでしょう?」

「まぁ! 白々しい! 先生を惑わしておいてそれを恥じてもいないだなんて! ああ、それとも? レティシア様にとってはレイナード先生なんてその程度の御方ということかしら?」


 心に鎧を纏って対応した私に、エディリア様は吐き捨てるように仰いました。――口の端、笑みが抑えきれていませんわよ?

 それにしても……レイナード先生?


「嫌だわぁ! アストル家の公爵令嬢様は学園の教師如き手玉に取って弄ぶのはお手の物といったところなのかしらぁ?」


 意味が分かりませんわね……?

 そもそも、先生を手玉にとったことも弄んだこともありません。そんな技能をもっているのでしたら、とっくの昔に爺やにチャレンジしております。実際はむしろ私が軽々と爺やの手のひらで転がされていたような……い、いえ、あの優しい爺やがそんなことするはずがありませんとも。美味しいお菓子につられていませんとも。

 ですが、いけませんわね。周囲の方々の目が段々と苦いものや険しいものに変わっていっています。どういうことかしら? この場にいる生徒達には旧知の何かがあると?


「……レイナード先生がどうしたと仰いますの?」

「あぁ! なんて白々しいのかしら! あれだけ騒ぎになっていましたものを、あえて何も知らないかのようにお尋ねになるの!?」

「お言葉ですが、私達は特別棟の中で今まで課題に取り組んでおりましたの。騒ぎと言われましても、直に目にしていないのですから分かりませんわ?」


 私の言葉に、ユニ様達も大きく頷かれます。

 私達は午後ほとんど特別棟内に籠って薬学の課題をしていたのですから、魔法科のレイナード先生に関われようがありません。エディリア様の勘違いでは無いかしら?

 ……あら? エリク様、どうしてお顔が強張っていらっしゃるの? 険しい眼差しですが、その目、私には向きませんわよね? ね?


「本当に白々しいお方! レイナード先生が行方不明になられたのは、レティシア様が原因でいらっしゃいますのに!」


 ……は?


「レイナード先生が行方不明!?」


 ――まさか、まだ森からお戻りになっていらっしゃいませんの!?

 スコット先生は!?


「とぼけないでいただきたいですわぁ! レティシア様とお話になったのを最後にレイナード先生が森に姿を消されたというのを他の生徒達が見ていますのよ!」


 勝ち誇った顔で仰るエディリア様の言葉に、私は血の気が引くのを感じました。

 お昼過ぎにお話をしてから、夕方近くの今までずっと森で彷徨っていらっしゃる!?

 とっさに情報を得ようと叫びそうになるのをグッと堪えます。

 エディリア様は、私と話をした後でレイナード先生が森に行ってしまったのを他の生徒達から聞きつけ、レイナード先生が今もいないのを私のせいにしたいのでしょう。

 確かに、無詠唱の話をした後のレイナード先生が考え込んで森に入ってしまったのですから、私のせい、というのはある意味正しいことです。ですが、今この場で「私のせいで……」と言って罪悪感に押しつぶされるわけにはいきません。


「先生がいなくなってしまったおかげで、私共も課題を受けられなくて迷惑をしているのですわぁ! レティシア様、いったいどうしてくださいますの!?」


 事実は事実をして受け止めますが、エディリア様は事実の一端を知っただけで現状の何もかもを私のせいにしようとしているのです。アストル家の娘として、まずは戦わなくてはなりません。

 爺や! 出陣いたしますわよ!

 私は爺や特製の鉄扇を広げ、口元を隠します。私の口の端! 震えるんじゃありません!


「いやだわ、エディリア様。おかしなことを言うのはおやめになって?」


 お腹の底に力をこめ、震えそうになる声を調整します。

 周囲の目も気になりますが、今はエディリア様に集中です。目は逸らさず、力を込めて。


「レイナード先生とは、確かにお昼頃にお会いしましたわ。薬学の課題中に、『無詠唱』についてお尋ねになられたので、少しばかりお話をした程度です。レイナード先生は、今期の生徒の『無詠唱』のやり方について、(こと)(ほか)興味をお持ちでいらっしゃるようでしたから、私以外にも尋ねられていらっしゃいました。エディリア様はそのことについて、ご存じではありませんの?」


 エディリア様のお顔がハッキリとしかめられました。

 そうですわよね。エディリア様、無詠唱されていませんものね。先生に尋ねられたりしていませんわよね。

 私はあえて『知っていて当然ですわよね?』とばかりの表情をしてみせます。

 実際のところ、私達の前にマリア様が問われていたのと、私と一緒にアリス様が問われていたことぐらいしか私も存じ上げないのですが、嘘は言っていません!


「わ、私、は」


 知らない、と認めれば、私達より自分の能力が下だとハッキリ認めることになります。

 エディリア様としては、どんな場面であれ、自分が誰かより劣っているとは認めたく無いでしょう。

 さぁ、どうお答えになりまして?


「私は貴方とレイナード先生が話し合っていた内容までは存じ上げませんわ!」


 む。論点をそっちに向けましたか。


「話し合っていた内容を知らないのに、私のせいでレイナード先生がどうにかなってしまったと仰っていましたの? それはまた随分と、悪し様に決めつけられたものですわね」

「事実を事実として言ったまでですわ! 貴方に会った直後に森に行かれたのは確かですわ!」

「確かに先生は森のある方へ足を進められていましたわね。ですが、たかが一生徒との『無詠唱についての話』に、先生が森に行く何があると仰いますの? 森に行ったところで、無詠唱についての叡智が手に入るわけでもありませんのに」


 実際のところ、レイナード先生の思考没頭が原因なのでしょうけれど……エディリア様の前で『私が』それを言うわけにもいきませんわよね。きっと足を引っ張る材料にするでしょうから。


「ねぇ、エディリア様? まさかこの私が、レイナード先生の精神をどうにかした、などと仰いませんわよね? たかが一生徒でしかない私が、魔法科の先生であられるレイナード先生をどうにかしたと、本当にそう思っていらっしゃいますの?」

「ち、違うと仰るのかしら!?」

「嫌ですわ、エディリア様。私を買い被りすぎではありませんこと? 私に先生をどうこう出来るような力はございませんわ? ああ、それとも、こう仰りたいのかしら? 学園の先生は、入学して数ヵ月しか経っていない小娘にどうにかされてしまうほど、程度が低い、と?」

「違いますわよ!? そんなこと思ってもいませんわ!」

「ではどうして、入学して数ヵ月しか経っていない小娘()が、レイナード先生が行方不明になった原因だ、と言うお話になるのかしら? 私が何をどうすればそうなると仰いますの? 私には、見当もつきませんわ? けれど、エディリア様には見当がついていらっしゃいますのよね? そうでなければ、あのようなこと、仰いませんものね?」


 例え同じ国の公爵家令嬢とはいえ――私もアストル公爵家の娘。エディリア様がご自身の地位や身分を誇っておられるのでしたら、相手方の身分に対しても意識を割いているはず。


「ねぇ、エディリア様。無知な私に教えてくださらないかしら? 先生は今どういう状態でいらっしゃいますの? 私には分からなくても、エディリア様は分かっているからこそ、私にあのようなことを仰ったのですわよね?」


 私の鉄扇が夕日を反射してギラリと輝きます。

 エディリア様は憎々し気に私を睨んだ後、僅かに視線を逸らしました。


「そんなこと! 私が分かるはずありませんわ!」


 ――よし!


「失礼いたしますわ!」

「ええ。ああ、先生について何か新しい情報を得られましたら、ぜひお教えくださいませ。私も興味がありますわ」

「ッ!」


 ギリッと睨みつけ、足早に走り去る姿を悠然と見送ります。爺や、褒めてくださいませ! 私、敵を追い払いましたわよ! ……足が震えそうになっているのは気づいてはいけません。

 ああ、でもどうしましょうどうしましょう!? どう考えても実際に私のせいですわよねぇ!? あの無詠唱のお話のせいですわよねぇ!? 先生に何かあったらどうしたらいいのでしょう!?


「なんでしょう! あの方! いくらなんでも失礼ですわ!」

「レティシア様がちょっとでも関わっていたら、なんでもすぐにレティシア様のせいになさるおつもりかしら!?」


 ユニ様とシュエット様がプリプリ怒っておられますが、私はそれどころではありません。ああああこういう時に爺やがいてくだされば、行くべき道を指示してくださいますのに。いえ、いつまでも爺やに頼っていてはいけません。何とかしなくてはでもいったい何をどうすればいいのでしょうかどうしましょうどうしましょう。


「うーん。レイナード先生は、いつどこで自分の思考に陥っちゃうか分からない先生だからねー。学園でも時々考え込んで茂みに突っ込んだり、授業の教室間違えたり、色々してたねぇ」


 クルト様のお声に、聞いていた学生たちが「確かに……」「ああ、先生またか……」「また先生の悪癖が始まっただけか」と話し始めました。私はあまり存じ上げてなかったのですが、そんなに有名なのですか、先生の思考没頭の癖。


「それにしても、まさかお昼頃から今までずっと、とは……」

「強化合宿期間中にご自身の思考に没頭されるなんて、いくらなんでもちょっと……」


 ユニ様とシュエット様は、先生の行動に眉を顰められています。

 私は頭の中が「どうしよう」でいっぱいでそれどころではありません。

 ああ、私の脳内の爺や、助けてくださいませ! 爺やが笑顔で「ファイトですぞ、お嬢様!」と声援だけくださいます。酷い!


「スコット先生はどうしたんでしょうか? レイナード先生を探して連れ戻してくる、ってお話でしたけど……」

「そのスコット君もまだ帰ってきていないのだよ、アリス君。……大丈夫かね? レティシア君」

「ッ!?」


 ヒュー先生に肩をポンと叩かれて、あやうく悲鳴をあげるところでした。心臓が……! 心臓が跳ねましたわ!!


「同僚のせいで迷惑をかけたね、レティシア君」

「い、いえ、先生方のせいではありませんわ」

「いいや。レティシア君、エディリア君は君のせいだと言っていたようだが、決してそうでは無い。現状で分かる範囲においては、これはあくまでレイナード先生の瑕疵だ。生徒の強化合宿に来ていながら、教師としての責務を放棄したのであれば、教師としての気構えが足りないと言えるだろう。魔法を使う者は総じて自らの思考に没頭しがちな面があるが、教師である以上、生徒を教え導くのを第一にしなくてはならない。それを怠った挙句、生徒達に迷惑をかけるなど言語道断だ。――レティシア君。重ねて言うが、決して君のせいではない。君が負い目に思う必要も無ければ、思いつめる必要もない。絶対にだ」


 とても強い眼差して仰ったヒュー先生は、穏やかに目を細めながら微笑まれました。


「レイナード先生を案じてくれる君の気持はありがたいものとして、同僚の私から礼を言おう。今の君達は森の浅い部分しか行き来を許可出来ないが、明後日以降になれば行動範囲が広がる。そのための前準備として我々教師が森の奥を一度精査することになっているから、もしかするとレイナード先生達は先にそれを行っているのかもしれないね? このところ東の方角は精霊の加護が少ない。何かの異変が森に現れていたのかもしれないし、それを発見した先生が早めの探索をしているのかもしれない。――ほら、君のせいではないだろう?」


 先生の温かい気配りに、私は小さく息を吸ってから吐息を零すようにして微笑みました。……大丈夫。顔はひきつっていません。


「……先生が無事にお戻りになるのをお待ちしていますわ」

「うん。それがいい。……ああ、課題は無事に終えているようだね。二つともかね。……うん。実に見事だ。合格だよ。皆も見せてごらん」


 ヒュー先生は、私のせいではない、ということを強調すると同時に、生徒である私が安易に動いてはいけない、と忠告をしています。

 正直に言えば今すぐ先生を探しに森に行きたいのですが、私はこの森に詳しくありません。広い森に踏み入って迷子になれば、探す対象を増やしてしまうだけです。これが私のよく知る故郷の森でしたら、爺やと二人で探しに行ったでしょうけれど……

 ……爺や。

 爺やがいないと、私はちっぽけな存在ですわね。貴方がいればいつだって私は無敵ですけれど、いなければこの有様です。人ひとり満足に探す手伝いをすることすら出来ません。


「もう時間も時間だから、夕食の準備に入るといい。念をおすようだが、森の奥に入ってはいけないよ?」

「……はい」


 頷いた私達に満足そうに頷きを返され、ヒュー先生が警備の人を連れて森の方へ向かわれます。先生は今からレイナード先生達を探されるのでしょうか?

 ――森に入らずに、先生方の手助けをする方法は無いのでしょうか……


「レティシア様、森の中には俺とクルトが入る。他の皆には昼と同じように食事の準備をお願いしたいのだが、構わないだろうか?」

「え……?」


 エリク様は私達のベースがある方角を指し示すと、もう一度私の目を見て仰いました。


「薪を集めに行かなくてはいけないからな。薬草の類も補充したい。昼と同じだ。頼めるだろうか?」

「……分かりました。浅い場所とはいえ、どうかお気をつけて」

「了解だ。シュエット殿、後は頼む」

「ユニ、アリス嬢も、レティシア様をお願いねー」

「任されました!」

「行ってらっしゃい!」


 あえて元気よく送り出すユニ様達が、私の背を押して食材を取りに向かいます。食材の傾向はお昼と同じです。

 手分けして持ち運ぶ私の耳に、遠くの囁きが聞こえました。


「……レイナード先生……のに……レティシア様……」


 エディリア様の大声は多くの人の耳に入ったことでしょう。レイナード先生の癖を思い出して納得する生徒がいる一方、先行する噂を信じる生徒もいるはずです。

 ……先生方が無事だとよいのですが……

 ……合宿は始まったばかりだというのに、どうやら前途は多難な様子ですわね。







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― 新着の感想 ―
[一言] 噂を信じた生徒、先は長くないでしょうね~ 勿論、噂の発生源になった人物も でも出来れば潰し潰されなんてやらずに、現状打破に努めて欲しいものです。言ってる場合じゃ無いですしね
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