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強化合宿8


〇side:エリク




 ヒュー先生から新しい課題をもらった。毒消し薬と麻痺解毒薬の作成だ。

 これが終われば次は魔力回復薬(マナ・ポーション)で、それがクリア出来れば強化合宿内のヒュー先生の課題は終了するらしい。しかし、残念ながら、魔力回復薬(マナ・ポーション)は残り時間的に取り組めそうにない。明日の課題となりそうだ。

 ただ、俺としては課題の進行具合よりも気になることがある。

 レティシア様達がヒュー先生と話している間に警備の人から聞いたのだが、レイナード先生とスコット先生がまだ森から戻ってきていないらしい。魔法科と騎士科の先生が一人ずつ抜けてしまった為、例年より生徒たちの課題進行が遅れているとか。

 ……何をやっているんだ先生……

 警備の何人かが森に向かったので、生徒の君は気にしなくていいと言われた。

 ……レティシア様達に言うのはやめておこう。自分のせいだ、と考えてしまう可能性が高い。

 人の少ない特別棟に戻って、課題をこなしていこう。





 研究室に戻り、温室で得た薬草を丁寧に潰していたらマリア様達が来た。


「あ。やってるやってる」

「……マリア」


 ああ……殿下が壮絶に渋い顔をされている。シュエット殿達も渋い顔をされている。

 ……マリア様、どうしてそんなに普通にアリス嬢達に向かって行けるのだろうか? ユニ殿達の目が怖いことになっているのだが。


「マリーちゃんも薬制作?」

「そう。先に二階の探索終えたから、薬作って今日は終わろうかと」

「まぁ、マリア様は二階を先に探索なさったの?」

「はぅっ……そ、そうよ! ……あ、毒消しレシピ。薬学科の課題、ほぼ終わりじゃない」


 レティシア様も相変わらず普通に対応してしまうから、シュエット殿が苦い顔になっていた。

 そしてマリア様。もしかしてレティシア様の笑顔にハートを打ち抜かれてないか……? 今までの絡み方、まさか構ってほしくてやっていたのだろうか? ……いや、深くは考えまい。俺に貴婦人方の花園は理解不能だ。


「マリーちゃん、二階の探索終わったなら、見取り図見せてー」

「いいわよ」

「マリア!?」

「マリア様、一階の探索がまだなのでしたら、こちらをご覧になってください。一階の見取り図ですわ」

「レティシア様!?」


 あー……殿下達やユニ殿達が慌てているが、二人とも気にせず互いの見取り図を写し合っているな。まぁ、共同で事にあたるのはむしろ推奨されているから、問題にはなるまい。

 殿下以外の殿下パーティーメンバーもむしろ嬉しそうだしな。……シュエット殿達は後でフォローしておこう。


「二階は、談話室、図書室、談話室、談話室、談話室、立ち入り禁止区域、倉庫……談話室、多いですわね……?」

「何のためにこんなに沢山あるのかしら?」

「二階で僕達に関りそうなのは図書室ぐらいかなー」

「そうよ。図書室は絶対行った方がいいわ!」

「……マリア……」

「マリーちゃん、図書室の本はもう見終わった?」

「まだよ。目ぼしいものはチェックしてるから、薬学の課題終わらせてご飯食べ終わったら行くつもり」

「まぁ。それでは私もご一緒させていただいてよろしいかしら?」

「……レティシア様……」


 ……何気に仲良くないか? この三人……

 殿下がもの凄くもの言いたげな眼差しを俺に寄越すんだが、俺にだって何がどうなっているのか分からんぞ。


「……エリク。どういうことだ?」

「殿下。俺に分かるとお思いか。女性の心は俺にとって永遠の謎です」

「……そうだな」


 殿下は片手で顔を覆ってしまっている。マリア様に振り回されっぱなしのご様子だ。

 ……それより先に、一度正式にレティシア様に謝罪しておくべきだと思うが……ユニ殿の目が怖い。

 テキパキと薬の作成に入る殿下達の横で、俺達も薬を煮詰める作業に入る。魔法水と潰した薬草が少しずつ融合していくのは、いつ見ても不思議だ。

 うん? マリア様達が風の精霊術を使い出したな。……換気か。


「マリーちゃん達は幻覚覚醒剤?」

「そうよ。字面が最悪よね」

「だねー。むしろラリッてそうな名前だよね」


 そうだろうか?

 幻覚で前後不覚に陥っている状態から覚醒させるからそういう名前なのだと思うのだが。


「薬草学はかなり進んでるんだけど、他の皆の状況ってどんなのかなー? マリーちゃん、知ってる?」

「他の連中ねぇ……まぁ、初期の魔法科の課題で躓いてるのは極一部よ。先生が一人つきっきりになってその連中の面倒をみてたわ」

「今の時期だと、Dクラス以下の人達かな?」

「そうよ。まぁ、何回かやればクリア出来てたみたいだから、最終日までにはなんとかなるんじゃないかしら」

「最初で躓いちゃうと、先々の課題に取り掛かれなくて大変そう」

「そうでもないわよ。一人とはいえ先生がつきっきりだから、他の連中みたいに課題を求めて先生を探さなくてもいいし、順番待ちもそれほど発生しないから、十分こなせられるわよ」

「あ、そうか。専任先生が一人出来てるんだもんね」

「そうそう。……まぁ、そんな頑張る彼等にわざわざ嫌味言いに行く馬鹿もいるんだけどね」


 何を思い出したのかマリア様が微妙な表情になった。他のパーティーメンバーも渋い顔だ。

 ……何を見たのだろうか?

 そして、相変わらずの情報収集力だな、マリア様。


「ちなみに、私達も知ってる人?」

「何人かは知ってる人よ。エディリア様達とか」

「……うはぁ……」


 アリス嬢が見えない空を振り仰ぐように天井を見上げた。


「やりそうだなー、とは思ってたけど……」

「自分より実力が上な人間に対抗意識燃やすのなら分かるんだけど、必死こいてる連中を馬鹿にしに行くって、どんだけ馬鹿なのあの令嬢」


 マリア様も人に絡むタイプなのだが、確かに絡む対象が違っていたな。どうもエディリア様は気に食わないらしい。……ユニ殿の目は「おまえが言うな」と語っているが。


「うん? マリーちゃん、もしやそれは、自分より私やレティシア様の実力が上だと遠回しに言ってくれておるのかね? ん? ん?」

「嬉しそうに言うのやめてくれない!? どうせ私の方が実力はまだ下よ! いつか抜いてやるんだから覚えてなさいよ!?」

「総合点的にそんなに差が無いから私自身はいつ抜かれてもおかしくないんだけどねー。けど、抜かさねぇよ!」

「イケメン顔で言わないでくれる!?」


 キリッとしたアリス嬢にマリア様が悔しそうに叫んでいる。

 しかし、そうか……マリア様、レティシア様達が自分より上だと見てるのか。……うん? ユニ殿とシュエット殿が目で何か会話をしているな。何か思うところがあったのだろうか。


「それ以外は、そうねぇ……気になる情報としては、ちょっと先生方でトラブルがあって、人手が足りなくなったせいで、課題を得るのに例年以上に時間待ちが発生しているっぽい、ってぐらいかしら。まぁ、人手不足はいつものことらしいけど」

「先生の人数、生徒数に比べて少ないからねー。お給料も良いのに、なんで教員数増えないんだろ?」

「面接が厳しいそうよ。まぁ、それでもミス・グリーディーみたいな教師が出ちゃうんだから、学園の闇も深いわよね」

「そう言えば、ミス・グリーディーはどうなさったのかしら? 学園長に連れられて以降、お姿を見かけませんけれど」


 マリア様とアリス嬢の会話に出て来た名前に、レティシア様が小首を傾げている。小鳥のような姿だが、何故か殿下は苦い顔になった。……何故に?


「そういえば、見ていませんわね」

「今度会ったらただではすまさないつもりでしたのに!」

「……ユニ……」


 クルトがユニ殿をおさえている。うん。おさえていてくれ。俺も怖いから。

 殿下はますます苦い顔で、ややあってから口を開かれた。


「ミス・グリーディーは解雇された。おそらく、学園を追放になったのだろう。更迭用の黒馬車が来ていたからな」

「!」


 全員が息を呑んだのがわかった。

 解雇だけならともかく、学園追放に更迭。その単語の不吉さは俺でも分かる。


「では、ミス・グリーディーは修道院に? それとも……まさか、監獄へ……?」


 この学園は特殊だ。いや、『特別』だと言ってもいい。

 この学園を追放されるようなことをした場合、確実に社会からも追放される。そして、そうなった人物が市井に野放しにされることはない。世俗から――世界から切り離され、死ぬまで隔離されるのだ。送られる先が修道院ならまだマシなほうだ。王城の地下牢や、出身地の領主の地下牢、下手をすれば監獄へ送られる。


「そんな……決闘騒ぎだけで、どうしてそんなことに……」

「決闘騒ぎだけが問題ではないのだろう。確かに教師でありながら生徒と決闘、というのはかなりの醜聞だが、それだけで追放処分にするのはおかしい」


 真っ青になったレティシア様に、殿下は視線を逸らしながら言う。


「おそらく、我々が知る以上に、学園が『そうせざるをえない何か』が先生にあったのだ。……流石に詳しくは教えてもらえなかったがな」

「殿下。もしかして、先生方に直に聞きに行かれたのですか?」

「……学園の裏門に更迭用の黒馬車が来たという噂が聞こえてきたからな。まさかと思って問い詰めた」


 ……殿下も無茶をする。

 いや、殿下だからこそ、決闘騒ぎ一つでそうなったのだとすればあまりにも厳しすぎると思い、行動してしまったのだろう。そういった行動も、下手をすれば己の首を絞めることになるのだが……真正直だからな、殿下……


「ミス・グリーディーがどこへ送られる予定だったのかは、俺も知らない。ただ、素直に更迭されなかったらしい、というのは分かる」

「更迭されなかった……? え? 逃亡しようとしたの!?」

「おそらくは、な。裏門側から喧噪が聞こえてきたし、門番や更迭兵が殺気だっていたのが遠目からもわかったからな。さすがに近づけはしなかったが」

「殿下。あまりそういう所に近寄ろうとしないでください」

「すまん。マリア。……だが、ああいったことを知らないままではいられなくてな。……もっとも、精霊に頼んでも、あの後どうなったのかは教えてもらえなかったが」

「精霊に頼みごとを拒否されたんですか!?」


 マリア様が驚愕の声をあげられた。俺達も思わず動揺してしまった。

 精霊が頼みごとを拒否するというのは、それほどのことなのだ。


「ああ、無理だと断られてしまった。精霊には謝られてしまったから、別に精霊と仲違いをしたとか、そういうのではない」

「あぁ、ビックリした……」


 マリア様は心底ホッとした顔で胸をなでおろしている。……レティシア様、どこを見ておいでか?


「でも、珍しいですね、精霊が頼みごとを拒否するなんて。やっぱり、更迭とか尋常じゃない事態の時は、精霊術を阻害するような結界とか張られてるんでしょうか?」

「……更迭されるような方は、精霊術を悪用しないように特殊な拘束具をつけられる、というお話は聞いたことがありますわ」


 アリス嬢の声に、レティシア様も深く考え込むようにしながら答えられる。


「対象の脅威度によっては、舌を切り取ったり、全身を拘束具で固めたりする、とも」

「あぁ、子供の頃に聞いたことがありますわ。子供を大人しくさせる為の脅し話として使われることが多かったですが」

「まぁ、シュエット様もお聞きになったことがありまして?」

「ええ。いい子にしないとこうなるぞ、と言う感じで。……その、子供の頃は、お転婆だったものですから……」


 ……シュエット殿、子供の頃はお転婆であったのか。今でもわりと――いや、なんでもない。なんでもないから、睨まないでくれ。


「ミス・グリーディーはそこまでの拘束はされていなかったのだろうな。でなければ、逃げ出せるはずがない」

「逃げ出せてしまったのですか!?」

「……結末までは分からんが、逃げ出そうとしたのは確実だろう。――そして、何かが起きた」

「『何か』――殿下が精霊に頼んでも、精霊が調べに行くのを嫌がったような何か、ですか……」


 レティシア様の言葉に、殿下は頷く。


「精霊達には『恐ろしい』『とても近寄れない』『怖い』『ここからすぐに離れて』と言われた。精霊が恐れる程の何かがあったのか――あるいは、いたのだろう。上位の精霊か、あるいは化け物のようなものか」

「精霊が恐れるなんて、よっぽどですわね……」


 思わず顔を見合わせ、身震いする女性陣を見ながら、俺は何故か脳裏に浮かんでしまった人物の姿に頭を振った。……いや、流石に違うだろう。精霊が恐れるとか、どんな化け物か。


「確実に分かるのは、ミス・グリーディーが学園に姿を見せることは二度とないだろう、ということぐらいだ。他にも数名の教師がいなくなったという噂は聞いたが……印象に残っている教師では無いのか、ピンとこなかった。詳しく調べれば分かるだろうが、学園長に釘をさされてしまったからな」

「無暗に嗅ぎまわるな、と?」

「言葉は違うが、ニュアンスとしてはそうだな」


 俺の言葉に頷く殿下は苦い顔だ。


「学園の成り立ちを思えば、俺であっても全てを調べられない、というのは仕方がないことなのだろう。だが、やはりまだ慣れないな……」


 殿下は学園に入るまで、知りたいと思う情報は全部知ることができる立場にいたからな。学園に入って、王家の威光が通じない場所もある、ということを学ばれつつあるのだろう。


「俺から提供できる情報はそんなところだな」

「なるほど。ありがとうございます」

「いや……」


 レティシア様の礼に、殿下は何やらもの言いたげな顔のまま、視線を逸らした。

 ……ユニ殿。そんな目で殿下を睨むのはやめてさしあげてくれ。殿下が何か言いたげなのに、言い辛そうだ。


「それから……エディリア達に、気を付けておいた方がいいだろう」


 ……うん?


「エディリア様に? また何か、突っかかってこようとしていらっしゃるの?」


 即座に反応したユニ殿に、殿下は視線を逸らしたまま頷く。


「おそらくは、な。こちらに来る途中、回復薬を作っていた他の生徒を捕まえていたが……途中、レティシアの名前が出ていたから、何かしら足を引っ張るネタでも掴んだのかもしれん」

「レティシア様があのような令嬢にどうこう言われるネタを掴ませるはずがありませんわ」


 ……シュエット殿。その言い方だと、掴ませないネタならある、と誤解されかねんぞ。


「殿下。俺は今までレティシア様と一緒にいたが、あの令嬢が好みそうな話のネタなぞ、無かったと思うのだが」

「……だといいがな」


 殿下は視線を逸らしたままだ。……何故かマリア様が殿下を見て口元を笑ませている。その表情は何だろうか?

 ――と思っていたら、レティシア様もくすくす笑い出した。


「なんだ!?」

「いえ、何も。……ふふ。殿下、ありがとうございます」

「……フンッ」


 殿下はそっぽ向いたままだ。

 ……ああ、つまり、心配しておられた、と。

 ……殿下、もう少し素直になられればよいものを。

 しかし、俺達が薬を完成させ部屋から出ていく時まで、殿下はそっぽ向いたままだった。







 殿下が『気をつけろ』と言ったエディリア様達には、気をつける間もなく出会ってしまった。

 ……絶対これ待ち構えていただろう。


「レティシア様! とんでもないことをしてくださいましたわね!? この始末、どうつけてくださいまして!?」


 まず、何をしたと言いたいのか先に言え。





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[一言] さぁて…っと、此の馬鹿な娘さんの行く末は修道院か監獄かも知れませんね…
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