強化合宿6
〇side:レティシア
午後の部は薬草学と錬金術を最初に行うことになりました。先生方の手が思った以上に空かなかったので、手間のかかるものを先に行うことにしたのです。
薬草学と錬金術に関する課題は、まず森の中から必要な薬草を手に入れることから始めなくてはいけません。ですが、今回はエリク様やクルト様が先に必要量を採取してくれていました。枯れ枝を集める時に一緒に集めてくださったのです。
「助かりましたわ」
「課題一覧は頭に入ってるからね~。かわりに夕食前にまた薪拾いに行かなきゃいけないけど」
「もっと時間をかければ夜の分も拾って来れたのだが、先に昼食を作ることを優先したからな。こんなに先生方の手が空かないのであれば、時間をかけて拾ってきたほうが良かったかもしれないが……」
エリク様は少し気落ちしておられるようです。
私は笑って首を横に振りました。
「いいえ、エリク様。エリク様の判断は正しかったと思いますわ。確かに先生方の手は思ったより空きませんでしたが、早めに昼食を作れたおかげで加点も多めにいただけましたし、それに――あの大騒ぎの中で食事をすることにならなかったのですから」
全員の視線が各パーティーが調理中のベース地に向かいます。
ここからは距離があるのですが……何というか……
「阿鼻叫喚だね……」
「炊事にしてはやけに大量の煙が上がっていたりするな……生木を使ったのか……」
「隣近所も被害甚大でしょうねー」
「あの中で料理をするのは嫌ですわ」
「マリア様はこれを見越してあの場所に来たのでしょうか? アリス様達なら安心だと仰ってましたし」
シュエット様の言葉にアリス様は「そうだと思います」と頷いていらっしゃいます。
マリア様に信頼されているのですね、私達は!
……何故、信頼が発生したのかはよく分かりませんが。
「皆様、やはり料理は不得手でいらっしゃるのかしら?」
「レティシア様。普通、貴族の子女は厨房には入りませんから……ある意味、未知の世界なのですわ」
「そうです。初めての経験でしたから、私、失敗したらどうしようかと……」
あら~。シュエット様とユニ様は戦々恐々とされていらっしゃったのですね。
うーん……
「学園の錬金術の授業で、調合なども普通になさいますでしょう? 料理に通じるところがあると思うのですが」
「そう……ですわね……考えてみれば、洗って切って、あとは手順通りに焼いたり煮たり……錬金術より工程は単純ですわね」
「レシピ通りにやればいいのも同じ……でしょうか」
シュエット様とユニ様は目から鱗が落ちたようなお顔をされていますが、『料理』として身構えさえしなければ、そう怖くないと思います。苦手意識が消えてくだされば良いのですが。
「魔法薬は特に料理に通じるものが多いですから、あとは単純に慣れだと思います!」
「慣れ……そうですわね。慣れれば同じですわね!」
うふふ。アリス様の声に勇気づけられていらっしゃいますね。この調子で少しずつお二人にも料理に馴染んでいただきましょう。
……問題は私の偏食です……
「私はなんとか食べられるものを増やしますわ……!」
「レティシア様は無理なさらないでくださいね?」
何故!?
「爺やさんから、子供の頃からそうだったと聞いておりますから」
「無理やり食べて吐き気で動けなくなる方が大変ですよー」
「食べられる物の傾向は聞いておりますから、レティシア様の分だけ別料理にすれば大丈夫ですわ」
「お待ちくださいませ。それでは手間をとらせてしまうだけですわ。私が頑張れば良いことではありませんか」
「うーん……そんな単純な話じゃないと思うんですよ」
アリス様が困り顔で仰います。
「レティシア様が平気なお料理って、もしかしたらアストル領原産の素材を使ったものがほとんどなんじゃないかなー……と」
「え!?」
「爺やさんの所も主に産地に拘っているみたいですし。アストル産のものでなくても、扱っているのは有名処の作物だったりしますし。――あ、この辺の情報は爺やさんにお聞きしました!」
「え。え」
「精霊の逸話が残る場所の作物がメインなんだそうです。ちなみにうちのパンに使っている小麦の産地はアストル領です」
……知りませんでしたわ。
「そう……なんですの?」
「はい。なので、レティシア様の偏食が一番発動しないのは『産地に拘ったもの』という結論が出ています」
「……あの、それでは、この合宿中は拙いのではありませんの?」
「大丈夫です! 素材の味を引き出す料理なら大丈夫だという結論も出ています! 串はまだ平気だったんですよね?」
「ええ……」
「なので、串で塩焼きにしたものをメインにします! お肉も野菜も炙り焼きにしたものを塩で軽く味付けしたものなら大丈夫そうですし、あとは果物を見つけられれば完璧ですね!」
「今の時期でしたらベリー系だねー。あとはアプリコットとか」
「薪を集めていた場所には無かったが、少し奥に行けばありそうだな」
「あ、あの……そこまでしていただくわけには……」
おずおずと申し出ましたが、全員に自分達がやりたいからやります、と言われてしまいました。あわわ……
「日頃はレティシア様にお世話になっていますから、こういう機会でもないと恩返しできませんし!」
「森の果実を集めるのも、料理に手間をかけるのも、巡り巡って自分達の役にたつはずですわ!」
「私は料理そのものを覚えるいい機会でもありますし」
「楽しんだ者勝ちだって言うしねー」
「レティシア様は気にされる必要は無い。皆、やりたいことをやるだけだ」
お鼻のあたりにツンと熱が。
「……ありがとうございます、皆様」
ようよう言葉を絞り出しましたら、ユニ様達に抱き着かれました。あっあっ今体を揺らされると涙腺が……っ!
「だいぶ進んでいるようだな」
あっ! 先生がおいでになりました。薬草学のヒュー先生で……す……?
「あの……先生、少し煤けていらっしゃるような……?」
「……馬鹿どもが生木で焚火しおったからな……」
あ~……あの被害にあわれたのですね。先生方も大変です。
傍においでになるだけで煙たい匂いがします。どれだけ燻されてしまったのですか先生……
「先生、失礼いたします」
精霊にお願いして、ちょちょいと魔法で先生の汚れを取り除きます。精霊術は応用が効くのでいいですわね。
「ほぉ……良い腕だ。有り難い。他の先生方にもお願いしたいところだ」
「行ってまいりましょうか」
「いや、君達は自分達の課題を進めなさい。それに、今綺麗にしてもらっても、またどうせ燻されるだろうからな……」
ああ、先生が遠い目に……
「ふむ……薬草の潰し方も丁寧だな。抽出も申し分なさそうだ」
「あと少しでポーションも出来ます!」
「アリス君はいつも元気でよろしい。さて、諸君、今作っているのは何だね?」
「ポーションと丸薬です」
「よろしい。もし次の課題に移りたいのであれば、軟膏やクリームの作り方を伝授しよう。主な材料となるドクダミは、ちょうど今が一番薬効が高いからな」
「ありがとうございます。これが終わったらお願いいたします」
「うむ。一つ一つをこなしていこうとする姿勢も宜しい」
ヒュー先生が満足そうに頷かれます。
「君達のパーティーと殿下達のパーティーは実に安定しているな。見ていて不安が無い。現段階では新入生でトップクラスだろう」
「……あの、先生、そういうのを言ってしまって良いのですか?」
エリク様のお声に、ヒュー先生は「かまわんよ」と肩を竦められます。
「あくまで『現段階』の評価だ。明日になればまた明日の評価があるだろう。これから飛びぬけて良い成績を出す生徒が出て来るかもしれん。評価は常に変化する。慢心や堕落は罪だ。それは授業でも教えていよう?」
「はい」
「我々は発破をかける材料として評価を口にする。それを聞いてどう行動するか、あるいは行動しないか……それらは生徒の自由だ。そして全ての結果は合宿終了後に出る。期待しておるよ」
ポーションと丸薬を見せ、ヒュー先生から合格を頂きました。今は教えてもらった軟膏に挑戦しています。
馬油などは先生からいただきました。これら現地で収集できないものは先生方から課題と共に与えていただけます。
軟膏は煮て濾してさらに煮詰める作業がありますので、わりと時間がかかります。そのため、三人ずつに分かれて作業を分担することにいたしました。片方が軟膏を作っている間は、片方が森に食材や薪、薬草などを取りに行くのです。これを交代で行います。連絡は風の精霊にお願いしているので、最終工程は全員で行えます。
メンバーは、私、アリス様、エリク様で一つ。ユニ様、シュエット様、クルト様で一つ。
男性が二手に分かれたのは、何かあった時に私達女性陣の盾になるためだそうです。うふふ。男の子ですわね!
「新しい課題に取り組んでいるようだな」
あら。レイナード先生がいらっしゃいました。お疲れ様です。
「ヒュー先生から軟膏の課題を頂きましたので」
「そうか。他の三人はどうした?」
「森で食材や薬草を採取しています。煮て濾すまでは一緒に行いまして、時間のかかる煮詰める作業中は交代で森に行くようにしているのです」
「成程。最終工程は合同か?」
「はい。風の精霊に連絡を請け負ってもらっていますから」
「……色々と工夫をしているな」
レイナート先生は納得したように頷かれました。
……ところで、先生はどうしておいでになったのでしょうか?
「確か、アリスとレティシアは無詠唱、エリクは詠唱短縮が可能だったな?」
先生のお声に私達は顔を見合わせてから頷きました。
ちなみに先生方は基本的に私達を呼び捨ての名前呼びになさいます。爵位などの地位は学園で効力を発揮しない、先生方は貴族でも平民でも等しく同じように接する、という二つの意味でそうなさいます。
ただ、先生にも個性がありますので、誰に対しても「殿」をつける先生や、「さん」「君」などをつける先生もいらっしゃいます。ヒュー先生はこちら側ですね。
ちなみに殿下だけは誰もが「殿下」と呼びます。王族ですからね。さすがにこればかりは仕方ありません。とはいえ、殿下であっても先生方に叱られたりはしますが。
「君達は食事の時に聞いたマリアの無詠唱について、どう思う? 同じ無詠唱である二人や、詠唱を短縮出来ているエリクの意見を聞いてみたい」
「マリア様の無詠唱について、ですか……」
確か……『呪文を少しずつ短くしていった。絆が出来た今なら無詠唱でも応えてくれる精霊が増えた』でしたわね。
「理にかなっていると思いますわ」
「り……理にかなっている?」
「はい。体に魔術式が慣れるまでは詠唱を行い、少しずつ短くしていき、完全に体が魔術式を覚えて精霊との間に強い絆が生まれたのでしたら、無詠唱で応えてくれるでしょうし」
「なんだと……?」
あら? レイナード先生が驚愕のお顔をされています。
おかしいですわね。爺や直伝のやり方なのですが……一般的では無いのでしょうか?
「アリス様はどう思われます?」
「私も同じ感覚ですね。そもそも、精霊と直に契約を結んだ場合、詠唱は必要では無くなりますし。確かに詠唱をしたほうが魔力をより多く精霊に渡せるので有用ですけど……」
「ですわよね」
ああ、よかった! 合っていましたわ!
……あら? 先生とエリク様が固まってしまっています。な、何故……?
「そんな話は初めて聞いた……」
え!?
「俺の所では、精霊に意思が届く言葉であれば、文言を多少変えても同じ効果を得られる、と聞いた。ただし、文言によっては思った通りの効果が得られないこともあるから、そこは慎重に行うように、と」
「頭の中でイメージすれば伝わりませんか?」
「音声に魔力を乗せるので力の譲渡はスムーズにいきますが、願いは頭の中でイメージするだけで大丈夫だったかと」
「ですよね」
私とアリス様はうんうん頷きあいます。
精霊と契約して魔法を行使するのが精霊術です。一番最初の頃と違い、契約した精霊とは絆が出来ていますから、詠唱は必ずしも必要では無いのですが――
「なるほど……確かに、精霊はアストラル・サイドの生命体であって、物質界のそれとは違うものな」
エリク様は納得されたご様子ですね。ですが、先生はまだ固まっておられます。
「……少し、頭の中を整理してくる……」
「あ、はい」
何か先生を混乱させてしまったようです。どことなくフラフラした足取りで森の中に去って行かれました。
「先生、あのような状態で大丈夫でしょうか……」
「うーん……浅い部分でしたら出ても野兎ぐらいでしょうし、流石に先生も森の奥には行かないでしょうから……大丈夫じゃないかなー、と」
「少なくとも、考えに没頭しすぎなければ大丈夫だろう。……ああ、クルト達が戻って来たな」
見れば、先生が歩いて行った方角に三人の姿がありました。ちょっと不思議そうな顔で後ろを振り返ったりしています。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りましたわ。レティシア様、先ほどレイナード先生とすれ違ったのですが、少し様子がおかしかったのです。何かご存じでしょうか?」
「ぼんやりしていたというか、考え事に夢中になってたというか……心ここに在らずって感じだったよねー」
「レイナード先生は魔法のことになると寝食を忘れるそうですから、何か新しい魔法にでも夢中になっているのでしょうか?」
私達は思わず顔を見合わせました。
「資源の採取と共に先生の捜索もしたほうが良さそう、だな……」
「あー……変なフラグ立っちゃったかなぁ……」
「と、とにかく探してみましょう。皆様、先生はどちらに行かれました?」
「僕らが散策してない方に行ったから、東側だね」
「後で事情を教えてくださいませ」
「煮詰まる頃にはご連絡いたしますわ」
手早く交代した三人に後をお願いして、私達は先生が向かった森の東側に踏み入れます。森の一番浅い場所は、合宿が始まる前に先生方が下草を刈ってくださっています。下草が刈られていない部分は、森の奥の方――合宿の後半になってから赴く場所です。まだ真新しい靴跡を探しつつ、精霊にもお願いして先生を探してもらいます。どうやら方角はあっているようですね。精霊さん達はとても優秀です。
「先生、ずんずん奥に進んでいるみたいですねー」
「早く我に返ってくれないものだろうかな……」
「そんなに画期的なことを言ったでしょうか……?」
私達も足を速めますが、先生、足が速いですね!?
すでに駆け足になっている私達ですが、まだ先生に追いつけません。困りました。大変です。
私達の目の前に、下草の刈られていない森の一部が見えてきました。
……ここから先は、初日では踏み入れることを許可されていないのですが……
「こらこら、一年はまだ奥には行けないぞ」
スコット先生です! いいところに!
「先生。レイナード先生が森の奥に入ってしまったようなのです」
「何……?」
「おそらく無詠唱のやり方で、既知のものとの違いを頭の中で整理しようと夢中になっておられるかと」
「何をやってるんだあの馬鹿は」
スコット先生は呆れと怒りが綯交ぜになったお顔で嘆息をつきました。
「レイナードはこちらで探しておく。君達は自分達の課題に取り組みなさい」
「大丈夫でしょうか……?」
「ぶん殴ってでも正気に戻すから大丈夫だとも」
それは大丈夫なのでしょうか……?
「では。――ああ、そうそう、レティシア嬢、先の決闘は実に見事だった」
あっ。――お礼を申し上げる前に去られてしまいました。
「スコット先生、レイナード先生とは違う意味でオトコマエですよねー」
「実直で公正な良い先生だ。俺達もよく手合わせで世話になっている」
「騎士科の先生ですものね」
レイナード先生はスコット先生にお任せして、私達は引き返しつつ薬草や食料の調達に専念しました。
あ、ベリーです! ベリーがありました!
「晩御飯用に沢山採っていきましょう!」
その後、シュエット様から風の精霊さん経由で軟膏の煮詰めが終わりそうだと連絡がありました。
戻って皆で手早く作成。ヒュー先生を捕まえて見てもらい、課題合格。
うふふ。順調です!
けれどヒュー先生と話している間もスコット先生やレイナード先生は戻っておいでになりませんでした。
奥に行ってしまったのでしょうか? 少し心配ですわね。