強化合宿4
〇side:シュエット
昼食を準備する時間がやってまいりました。人生初めての料理です。
「初日の今日はこちらで素材を用意している。また、これからの一週間世話になる鍋とフライパンも同時に渡す。各代表に渡すから調理にかかる者は取りに来い」
騎士科のスコット先生がそう仰ったのは、昼食にするにはかなり早い時間でした。視線の先にあったのは、料理の材料らしきものが沢山載った机と、調理用具、そしてその隣の敷地に大きめの石の山です。
「竃用の石は一パーティーにつき三つまでだ」
あ! あの大きな石、竃用なのですね。
……随分と原始的な竃になるのではないかしら……?
「先生! 竃の形は自分達で工夫してもいいんですか?」
「おお、構わんぞ! 自分達で素材を集めて来て工夫するのは自由だ」
「分かりましたー!」
どうやら、アリス様には何かお考えがあるようです。エリク様達も頷いていらっしゃいますね。
「少し早いけど、課題も順調だし、先生方も忙しそうであまり手が空いていないみたいだから、先に昼食の準備をしたほうがいいかなー」
「そうですわね。早めに食事を終えられれば、その分、皆様が昼食にとりかかっている間にお願いすることも出来るかもしれませんし」
「先生方の分も作れば、その分の加点もありますしね!」
クルト様、レティシア様、アリス様はやる気満々です。
あわわわ……
「僕とエリクが竃の石を運ぶよ」
「運び終わったら俺達で薪を探しに行くとしよう。まだ最初のうちは、浅い所でも獣が出る可能性もあるからな。かわりに食材の加工を頼めるだろうか?」
「任せてください! じゃあ、食材を取りに行って来ますね!」
「あっ、アリス様、私も一緒に参りますわ」
「じゃあ、レティシア様と行ってきます!」
あっあっ、アリス様とレティシア様、それにエリク様とクルト様が行ってしまいました。
私はどうしたらいいのでしょう?
「えぇと、何か、何を、すればいいのでしょう……?」
レティシア様達について行ったほうがいいのでしょうか? それともエリク様達の方?
どうしましょう……『料理』とは何から始めればいいのか分からなくて、動き方が……
「こ、困りましたわ。私もどうすればいいのかよく分かりません。でも、今は下手に動くと皆様のお邪魔になってしまいそうです」
「そ、そうですわね。エリク様達が石を運ぶそうですから、運んだ先で合流いたしましょう」
四人の方が動いている状態で、私達が勝手に動くと迷子になった私達の捜索に手をとらせてしまいそうです。頭がぐるぐるしてしまいますわ。……う……戦力外すぎて情けないです。
「あ! クルト様が合図をくれました! あちらに合流しましょう!」
「え、ええ。あ、レティシア様達にも合図しましょう」
私達はそれぞれの動きを見ながら手を振ったり身振り手振りでお互いの位置を知らせ合います。
大声をあげるのははしたないですからね。
『エリク様達の所で合流いたしましょう』
「ふぁ……!?」
今、遠くにいるはずのレティシア様の声が近くでいたしました。
ご本人はアリス様と一緒に遠くにいるのですが……
「……精霊術? 風の精霊術ですの?」
『そうですわ。風の精霊に声を届けてもらっていますの』
なるほど。
『やり方は簡単ですから、後でお教えいたしますわね』
「はい!」
新しい術……楽しみですわ!
男性陣が原始的な竃を作成した後、二人で薪を拾いに出かけられました。
森の奥の魔物は二年生以上の方々が課題で適宜討伐をしているけれど、浅い場所の動物は基本放置されているので予期せず出会うことがあるのだそうです。兎や鳥ぐらいならいいのですが、猪になってくると下手をすると怪我をしてしまうから男性陣で先に様子見をかねて行ってくるのだとか。ふふふ。殿方らしい気遣いですわね。
その後、竃はアリス様の土魔法で一か所を除き周囲をぐるりと囲われました。竃らしくなりましたわね。
そして私は現在、慣れない包丁を持っております。ああ、どうしましょう。刃先がプルプル震えています。
「このお肉をこれぐらいの大きさに切ってください」
丁寧に包丁の持ち方と切り方を指示してくださるのはアリス様です。切るお肉の大きさも見本として置いてくださっています。
こ、こうかしら?
「そうです。お上手ですよシュエット様!」
よかった! 出来ていますのね!?
「筋の部分は切りにくいでしょうけど、力はそんなに入れなくても大丈夫ですから、手元に気を付けて」
「う……ぬくく……」
肉を押さえている左手がヌルヌルして気持ち悪いですわ……!
しかし、これもいつか役に立つ……はず!
「レティシア様、お鍋と食器を洗って乾かしましたわ」
「では、次も水魔法でこちらのお野菜を洗うのをお願いいたします。ただ、野菜の方は乾燥させるとパサパサになってしまいますから、ついている水を取り除くように精霊にお願いする形で余分な水を拭ってくださいませ」
「が、頑張りますわ」
ユニ様は水魔法を駆使しての洗い等を担当していらっしゃいます。
「シュエット様、慣れないうちは意識を別の所に向けない方が良いですよー」
「はひ……!」
危ない! 危うく指に包丁を突き立てるところでしたわ!
き、気を付けないといけません。集中、集中。
ちなみにアリス様とレティシア様は先に洗い終わったお野菜の皮剥きをされています。薄皮一枚分スルスルとナイフで剥いでおられますが、器用なことです。
今日の分の食材は学園が先に準備してくださったもので、豚肉と牛肉が一塊ずつ、玉ねぎ、人参、ピーマン、キャベツが幾つか。それに香辛料が少し、といったところです。
調理具としては、鍋とフライパンが一パーティに一つずつ。それ以外にも鉄串と小さな片手鍋も貸してくれるそうです。レティシア様達はそれらを一パーティーに与えられる分全部受け取って来たようです。鉄串とか、何に使うのでしょう?
そして私はお肉係です。うう……お肉の感触が気持ち悪い……
あ。切り終わりました。やりましたわアリス様! 出来ましてよ!
「お疲れ様です! お水で手を洗わせていただきますね!」
ああ! アリス様の水魔法がネチャネチャになっていた私の手を綺麗にしてくださいます。生き返る……
「ありがとうございます。アリス様」
「どういたしまして! じゃあ、次は串うちですねー」
クシウチ?
「鉄串に先程のお肉を突き刺していきます。こっちの玉ねぎと交互にお願いします!」
ああ、鉄串は材料を突き刺すのに使うのですね!
……なんというか、野趣あふれる食事になりそうですわ。
「シュエット様は、串とかお食べになったことありませんか?」
「ええ、ありませんわ……。外、特にこういう野外で食事をするということもあまりありませんし、ピクニック等ではバスケットにトラメッツィーノやパニーノを詰めて行きますし」
「なるほどー」
「アリス様はよくお食べになりますの?」
「うーん。うちも串はそんなに食べませんねー。基本、豆料理が多いですし。スープとパンが主体ですね。蒸したり焼いたりしたお肉が御馳走として並ぶぐらいです。串は屋台で売っていますけど、女性が街中で大口を開けて肉にかぶりつく、というのは、その、やっぱりあまり良い目では見られませんから、食べたのは子供の時ぐらいですね」
成程。形からして、食べようとすると口の両端や頬に肉汁がつきそうですし、女性が食べるものとしては少々難ありなのですね。
「ただ、野外で炙り肉を作る時とかによく利用するやり方なので、覚えておくと万が一の時とかに役立つ……かもしれません。貴族のご令嬢が野外で串焼きをする事態って、相当稀な気もしますけど」
「そうですわね。平時であればかなり希少かもしれません。……ですが、この先どうなるかは分かりませんものね」
「色々きな臭くなってきていますもんねー……」
アリス様と一緒にため息を一つ。
今は母国も平和ですが、いつまでもそうだとは限りません。お爺様の代には国境付近で隣国と小競り合いがあったそうですし、魔物の被害というのも年々増えてきている気もいたしますし。
「レティシア様が以前仰っていたように、将来、私が領主軍の一部を預かって出兵する日が来ないとも限りませんものね」
「学園の卒業生は魔物の討伐などで活躍することが多いそうですし、あり得ないことじゃないですもんね」
「ええ。……ふふふ。その時に料理を披露出来たら、皆の反応が楽しそうですわ」
「いいですね! 張り切って覚えましょう!」
「ええ!」
クスクス二人で笑いながら串にお肉とお野菜を通していると、向こうからやって来る人の姿が見えました。
……む。
「あれ、マリーちゃん、そこにベース作るの?」
やって来たのはマリア様です。まさかまたレティシア様やアリス様に突っかかるおつもりかしら!?
……ところで、普通に軽々と石を持っておられますけど、殿方に任せたりしませんの……?
「そうよ。場所的にいいのがここだもの。一番いい所取られちゃったわね」
「ふふふー。なにしろ取り掛かるのが早かったからね!」
「く……出遅れたわ! でも、他にも早々と動いたメンツいたのに、なんでわざわざ遠くにベース作るのかしら」
……あら? 和やか……?
キツい風貌なのはいつものことですけど、以前とは違って当たりが柔らかいというか……アリス様と仲良さげというか……?
ちなみに『ベース』というのは、パーティーが煮炊きする場所で、学園が指示した土地の一角に自分達で作ります。大きさは学園が決めてますので、お馬鹿さんが大スペースを占領ということはありません。
なお、人気なのは特別棟付近の場所です。私達は森にやや近い場所に『ベース』を構えました。『ベース』は一度決めたら一週間ずっと同じ場所ですので、不便になったからと変更することは出来ません。
私も特別棟付近のほうが良い気がしたのですが、エリク様達は否を唱えました。どうやらマリア様も同じご意見のようですが……そういえばどういう理由なのかしら?
「……マリア、やはり、此処はやめないか?」
あら。殿下。マリア様の後ろからおいででしたか。ちゃんと石を持っておられるようですが、手早く隣のベース地に石を設置したマリア様と違い、此処は嫌なご様子です。まぁ、普通に気まずいですわよね! ご自身の身から出た錆ですけれど!!
「ここが二番目にいい場所ですよ、殿下」
「……しかしだな」
「それに、他のパーティーと違って料理で大失敗しないメンバーがお隣だから、安心です。調理場が大惨事になるパーティーだっているんですから」
嫌そうな殿下と違って、マリア様は平気なお顔です。ご自身が婚約者を奪い取った相手であるレティシア様の隣でもあるのに、面の皮が厚い女性ですわね!
「マリア様もお料理は得意なのですか?」
……レティシア様……どうしてそんなにマリア様に対して普通に接してしまわれるの……?
「うっ……笑顔が眩しいッ……と、得意というほどじゃないわよ! じゃなくて、ありませんわ! ……というより、レティシア様が包丁使い上手いのが不思議」
「爺やに鍛えられましたからね!」
惚れ惚れとレティシア様の手元を覗き込むマリア様。顔の険がとれて、生来らしい幼顔になっています。……今更レティシア様の凄さを思い知っても遅いのですわ!
「マリーちゃんもスープと串?」
「いや、うちはスープと炒め物にしようと思ってるわ。串だと時間かかるし」
「早めに慣れさせ……慣れておいた方がよくない?」
「明日以降にね。今は早く課題を終わらせて自由時間を手に入れるほうが重要よ。時間は有限なんだから」
「そうですわよね、無駄にする時間が惜しいですものね。ところで殿下、竃を早く作ったほうがよろしいのではありませんか? マリア様ともうお一人は置き終わっているのに、殿下だけ石を持ったままというのもどうかと思いますわよ?」
「く……」
レティシア様に指摘されて殿下が渋々石を下ろされます。……結局お隣になりますのね。レティシア様は気にしていないようですけど、私は気になりますわ。あ、ユニ様も同意見のようですわね。変な真似しないかどうか、二人で見張っていましょう!
「じゃあ、ちゃちゃっと薪を集めて来るから……」
「待て、マリア。女性が一人で行くようなものではない。いくら森の浅い場所だからといって、何があるか分からないんだ。俺が行く」
「殿下……! ゴホンッ、山菜や薬草の類も集めたいですからやっぱり私が……」
何か桃色な気配を漂わせながら言い争いかけた二人にかわって、お二人のパーティーメンバーが物凄く手早く支度を整えて立ち上がりました。
「僕らが行ってくるよ! マリア様と殿下は残ってて!」
「そうそう! あたし達が行ってくるから!」
「じゃあ!」
「え……ぇー……あー、気を付けてねー!」
「はーい!」
あらあら、マリア様と殿下、お仲間に置いてきぼりにされてしまいましたわね。
……パーティー仲は良さそうですけど。あと、かなり私達のほうを気にされてましたけど。
「それじゃあ、殿下、皆が帰ってくるまでに支度終わらせて驚かせてあげましょう!」
「……そうだな」
その後、二人はテキパキと下準備を進めていきました。お仲間が戻るまでに終わらせたせいで、肉や野菜の下準備を殿下に丸投げした形となった彼らが青ざめてましたけど、お二人が手早すぎたのが悪いのですから気にしなくていいと思いますわ。
あと、二人とも私より遥かに手慣れていらっしゃいました。
悔しい!!