表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/63

強化合宿3


〇side:エリク




 強化合宿が始まったのだが、初っ端から波乱の気配しかない。どうしてこうなったのだろうか。

 まず、レティシア様が別の公爵家の令嬢に絡まれた。

 以前にアリス嬢が言っていたが、殿下との婚約がほぼ解消確実となったことでレティシア様を下に見る動きが一部にあるようだ。あのアストル公爵家のご令嬢相手に、そんな馬鹿な真似をする者などいないと思っていたが、意外と馬鹿が多いらしい。

 ……いや、以前の俺もある意味『一部の馬鹿』と同じだったから、どの口がそれを言うのか、と言われても仕方がないが。

 次にマリア様が驚くべきことに上級精霊を召喚してみせた。無詠唱で、ということもあって一瞬にしてその場の注目を一身に受けた状態だ。恐らく、これからマリア様の周囲は騒がしくなることだろう。ただでさえ殿下の恋人として注目されていたのが、ここにきて『精霊王との契約を可能にするかもしれない有望株』としての注目も加わった。今後、彼女の言動によっては学園での生徒達の力関係に大きな変化がおとずれるだろう。

 もっとも、ここ最近はレティシア様に突っかかることもアリス嬢と衝突することも無くなっていたから、俺達の近辺に即座に影響が出るとは思えないが――ユニ殿達は警戒しているようだ。今までの彼女を思えば、致し方ない。

 まぁ、それ以前にエディリア嬢達と盛大に衝突しそうな気配がするが、余波がこちらにきそうな気もするな。むしろ俺としてはそちらのほうがすぐにきそうで怖い。クルトも同意見のようだ。


「エディリア様達が今後どう動くか、だよねー。あと、親世代。マリア様の方は殿下が関わらない限り真面目で勉強家だからねー……」

「まぁ、流石にユニ殿達にそれは分からないだろう。目立つ言動をしていた時は……まぁ、あまりよくない目立ち方だったからな」

「だねー……」


 二人して森の中で小枝を集めながらため息をつく。

 俺とクルトがいるのは、合宿が行われている特別棟の東、自然豊かな森の中だ。

 森の中、とはいえ、それほど深い場所では無い。これから昼食を作るための薪は、今はまだ浅い場所でも十分にとれる。これから数日経った頃には浅い場所では取り尽くして無くなってしまうだろうが、その頃には深い場所まで入って活動できるようになっているだろう。パーティー単位で動くのだから、索敵と警戒、それに採集を分担すればさほど難しくない。

 ――もっとも、課題をクリア出来ずに『課題に追われている』状態であれば、それも難しくなってくるだろうが。


 俺達のパーティー、俺、クルト、レティシア様、シュエット殿、ユニ殿、アリス殿の六人は、午前中に本日の課題を全て終えている。手の空いている先生をつかまえて可能な限り先の課題へも進めているから、かなり順調だと言えるだろう。

 クルトは自身の精霊術に自信が無かったようだが、そもそも一年の今の段階で課題に出される精霊術などたかが知れている。クルトは勤勉で精霊との相性も悪くないから、躓くとはとうてい思えない。ただ、自信が無いだけなのだ。……そういえば、以前はマリア様もそこを随分と心配していたな。ある一定まで成果を出せるようになったら、心配しなくなっていたが。


「今回も目立っちゃってたけど、まぁ、殿下が傍にいれば彼女の引き抜きとかの動きは防げるかなー」

「むしろ、殿下と並べるだけの足場が出来たと言えるだろう。そのせいで、彼女を『養女』にしようとする動きが水面下で活発化しそうだが」

「一番心配なのがそれらの余波だよね……。まぁ、そっちは今考えても仕方ないか。少なくともエディリア様の公爵家は動かないだろうけど」

「……動いたら、ある意味骨肉の争いだぞ。どんな泥沼だ」

「いやー……僕らの親の世代って、だいぶ色々やらかした人がいる世代じゃない? そういうの一切配慮せずにやらかしそうな気もするんだよね」

「恐ろしい想像をさせないでくれ……俺としては大穴でアストル家、というか、レティシア様が手をあげる可能性もあると思うのだが」


 ……レティシア様、殿下とマリア様を応援してるふしがあるからな。

 普通一般の『婚約者をとられた令嬢』というのとは一線を画すのは、レティシア様がレティシア様だからか、それとも爺や殿の存在あってのことか。

 ……両方かな。


「レティシア様、マリア様に対して別に何も思ってなさそうだしね……でも公爵や爺やさんは怒ってると思うよ?」

「レティシア様が一言言えば覆りそうな気がする」

「ああ、うん。僕もそんな気がする。……確かにアストル家が動いたら、不穏な動きを封じ込められるんだよね。やっぱりレティシア様と殿下のことは、色々と波紋を呼んでいたし」

「学園にいる分、外にいた頃ほどは影響は無いが……それでも伝わってくるものはあるからな」

「やめて欲しいよね。ただでさえ親世代の分も精霊王との契約が出来るかどうかがかかってるのに……」

「全くだな」


 とはいえ、引き金になったのは殿下なのだが。

 ……いや、俺も殿下のことは言えない。


「薪、けっこう集まったね。一応、夕食の時の分も集めておく?」

「……いや、早めに戻って昼食をつくろう。食事を早く終わらせれば、その分手の空いた先生に次の課題をお願いできる」

「そうだね。山菜や薬草を採取しながら戻れば丁度いい時間かな」


 合宿に参加している先生の数は、生徒の数に対してずっと少ない。そのため、先々の課題を前倒しにしたくとも先生の手が空いていない、という状況になっていた。

 俺達が早めの昼食に取り掛かろうとしているのも、無為な時間を過ごすのを避けるためでもある。ついでに、昼食を多めにつくって先生方に振る舞えば、その人数や料理の出来によって成績に加点をしてもらえるらしいので、それも狙っている。

 今のところ俺達と同じペースで動いているのは殿下達のパーティーぐらいだ。エディリア嬢は火の精霊術で躓いているらしい。ついでに、昼食を自分達で作らないといけない場面に直面して悲鳴をあげていた。……カリキュラムについては前々から言われていたはずなのに、何故土壇場になって騒ぐのだろうか。エディリア嬢達が何をしたいのか、いまいちよく分からん。


「殿下のパーティー、大丈夫かな?」

「殿下も王宮の騎士と訓練をつんでいたから、煮る焼くぐらいは出来るだろう?」

「……いや、手伝いと称して邪魔をする女性陣に閉口しそうな気がするんだよね……」

「ああ……」


 誰とは言わないが、エで始まる女性達が群がりそうではあるな。

 マリア様が跳ねのけそうな気配がするが。


「大丈夫じゃないか? マリア様が先生方に注目されたから、さすがに先生の目を気にして大きな騒ぎは起こさないだろう」

「だといいんだけどねー……殿下、自分に対してのことは何があってもしばらく我慢しちゃうから、余計な時間とられそう」

「マリア様が関わるとやたらと早いがな」

「ぷっ。あの二人、考えるとものすごく似た者同士だよね……思い込んだら一直線なところも似てるし」

「ああ、それは俺も思った。あの性格と資質が良い方向に向けばいいのだが」

「だねー。最近はレティシア様達と衝突しようとしないし、このまま良い方向に向かってくれるといいな」

「……俺としては、レティシア様が常に普通に接しているのが驚きでならないが」

「……僕もちょっとそれ思った。レティシア様、ものすごく泰然としてるよね」


 そう、ユニ殿やシュエット殿は殿下とマリア様のお二人に敵愾心をもっているのに対し、レティシア様はいつも優雅に微笑んでおっとり構えておられるのだ。むしろマリア様に対しては興味深げに見られることが多い。――その視線の先を見つめてはいけない気がするが。

 ……何故レティシア様は、あんなに女性の豊かな胸元を注視されるのだろうか……いや、深くは考えまい。


「まぁ、レティシア様が寛大なおかげで俺も助かったから、あえてどうこう思うのは違うかもしれん……」

「爺やさんの教育の賜物なのかもしれないねー」


 ……『爺やさん』か……

 俺はあの御仁の底が知れなくて恐ろしく思うのだが、クルトはどう思っているのだろうか?


「その爺や殿だが……」

「どうしたの?」

「いや……なんというか、実に立派な風采の方なのだが、それ以上に大きな御仁に見えて仕方が無くてな。父上を相手にした時以上に気圧されてしまう。あれほどどっしりとした大きな気配の御仁は初めてだ」

「……エリクがそう言うのなら、相当だね」


 自慢ではないが、これでも国の猛者と呼ばれる人達と多く接してきたこのだ。父の縁で剣の手ほどきを受けたこともあった。だが、あれほど『大きく』見えた御仁は他にいない。


「アストル家の隠し玉というか、大御所というか……公爵もよく爺やさんを学園に貸し出したよね」

「それを言うなら、学園都市で店を構えて居座っておられることのほうに驚くが。公爵領の切り札のような御仁と見受けたんだがな」

「レティシア様以外のことには頓着しない感じがするから、レティシア様のために爺やさん本人が領地から飛び出して来たんじゃないかなー」

「ああ……なんとなく想像がつくな」


 もしかしたらそうかもしれないな。……というか、それ以外に考えられない気もするな。


「……合宿中、どこかでお会いしそうな気がする……」

「……流石にそれは無いんじゃないかな……先生達の特別講師とはいえ、学園にいる過半数の先生達を放置してこっちに来るとは思え……いや、ちょっと来そうな気がする。誰も止められないような気もする」

「……学園長すら丁寧な対応をされていたからな……」


 いったいどういう御仁なのだろうか……最近、先生方が夕方にはぐったりしているのも、もしかしたら爺や殿が関わっているのかもしれない。


「ところで、エリクは気づいてる? レティシア様と爺やさんのこと」

「…………人様の恋情をどうこう口にするのは、騎士としてどうかと思うのだが」

「僕、騎士じゃないし。やっぱりあの二人、どう考えても相思相愛だよね?」

「まぁ、普通にお互いを大事にしあっていると思うが。シュエット殿もそのような意見だったしな」


 俺と違い、女性陣はそういう話に敏感だから、たぶん間違ってはいないのだろう。

 ……しかし、公爵令嬢と執事か……


「……身分的に、かなり難しいのでは無いか……?」

「うーん……爺やさんが上級精霊以上と契約されてたら、ほら、チャンスはあるんじゃないかな、って思うんだけどなー。……さすがに爺やさんを『養子』にするのはだいぶ難しい気もするけど」

「親より年上なことに目を瞑れば、まぁ、珍しくはあるがあり得ない事では無いな」


 問題は、爺や殿の貫禄がありすぎて、誰なら『親』をやれるのかというところだが……


「公爵としてはその辺どう考えてるんだろう? 切れ者と噂の公爵が、あの二人のことに何も気づかないっていうのは、あり得ないんじゃないかなーって思うんだけど」

「……クルト。女子でもあるまいに、恋愛話に興じすぎるのはどうかと思うが?」

「パーティー内の意気を保つためにも、この先避けては通れない話な気がするんだけどね?」

「それはお前の勘か?」

「うん。僕の勘」


 俺は押し黙ってしまった。こういう時のクルトの勘は、よく当たるのだ。


「……俺はそういう話題はあまり得意では無いんだが……」

「君、シュエット嬢との仲はどうかな?」

「べ、別に話題にするほどの何かは無いぞっ」

「……君、幼少組じゃないんだからさ……」

「お前こそユニ殿とはどうなんだ!?」

「僕の成績が良ければ、ユニとの正式な交際を認めてもらえるところにまでは漕ぎつけたよー」


 おま……!?


「……なんでそんなに意外そうなの?」

「い、いつの間に……?」

「え。ダンスパーティーの時にはユニを通じて伯爵家の意向を確認したよ。でないとパートナーとして出られないでしょ? エリクもそうじゃないの?」

「ああ、いや……確かにうちもダンスパーティーをきっかけに親が色々と動いたようだが……」

「そういうの、把握しておいたほうがいいよー。この三年間で足場も固めないといけないし」

「そ、そうか……そうだな」


 精霊術と周囲の軋轢や相関図にばかり頭を悩ませていたが、確かに言われてみればそうだった。

 この三年間の結果によっては、自分の立場が大きく変わってしまうのだ。良い方であれ、悪い方であれ。


「……殿下も、だからこそ最近必死に勉強をしておられたのかな」

「ダンスパーティーでやっちゃったからねー……たぶん、そうなんだと思うよ」


 王家と公爵家で纏めていた縁談を勝手に破棄しようとした殿下は、特に周囲に認められるだけの成績を残さないと後が無いだろう。

 考えれば、もしあの時アストル家が王家に対して徹底的な抗議をしていれば、今頃殿下は……


「……以前の俺もそうだが……殿下は、レティシア様に救われたな」

「レティシア様がレティシア様じゃなかったら、今の状況は無かっただろうね」


 ある意味、現在上級精霊を召喚してのけたマリア様よりも、レティシア様は傑物なのかもしれない。あれだけのことをした俺達や殿下が、今もこうして学園にいられるは、レティシア様がどんな時も泰然としていらっしゃったからだ。

 ……いつか恩返しが出来れば良いのだが。


「何はともあれ、今は合宿を良い成績で終わらせ、次の魔物討伐訓練に赴けるようにならないといけないな」

「合宿では野獣の討伐訓練があるんだったよね」

「ああ。まぁ、野獣にすら苦戦するようでは、魔物の討伐など出来ないと判断されても仕方ないからな。篩にかけるのに必要な科目だろう」


 先生の話では、この付近に出てくる強敵はせいぜい大猪ぐらいらしい。森深くに入れば魔物も出るらしいが、そちらに赴くのはこの合宿で課題をクリアした選抜組以上の生徒達だ。現在の二年生や三年生が課題として魔物の討伐も行っているので、余程のことが無い限り突然魔物が沸いて出るということもない。


「クルトも前衛だったな」

「僕は盾だからねー」

「女性陣は後衛か、中衛か……」

「…………」

「…………」


 俺の声が途中で消えてしまった。

 クルトも黙り込んでしまう。

 多分、同じことを思ったのだろう。

 ……うちの女性陣、本当に後衛か?


「……た、体力的にユニは後衛じゃないかなっ?」

「そ、そうだな。シュエット殿も後衛だな!」


 しかし、アリス嬢とレティシア様は分からん。あの二人、立て続けにダンスを延々踊り続けられるほど体力が有り余っていたからな。

 ……前衛かな?


「……いや、爺や殿が恐ろしいからぜひ後衛にいていただこう」

「そうだね。その爺やさんに手ほどきされてるらしいけど」

「……俺の立場が無いかもしれん……」

「僕なんかもっと立場が無いかもしれないよ……もっと盾術や剣術も頑張ろう」

「そうだな……俺も頑張ろう……」


 二人で背中をやや煤けさせながら帰路につく。枯れた小枝と共に目についた山菜や薬草も採取して女性陣が料理の下拵えをしている場所に戻ると、何故か隣に殿下達のパーティーがいた。

 何がどうしてそうなった!?






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ