強化合宿2
〇side:ユニ
強化合宿が始まってすぐ、公爵令嬢のエディリア様がレティシア様に喧嘩を売りにやって来ました。
あの方、殿下がフリーになった途端にグイグイ行きはじめましたわね。
しかも先生方の目のある時には『大人しい令嬢』を装うのですから質が悪いです。しかし先生方の目が行きにくいだろうと合宿開始前に喧嘩を売りにおいでになるのですから頭も悪いです。先生方、しっかり見ていましたわよ。
そんなお馬鹿さんのことはともかく、合宿です!
初日の今日は簡単な説明と実技です。この実技が基本課題で、クリアすれば次々に新しい課題に挑戦できます。爺やさんが言っていた通りですわね。
精霊術についてはクルト様が心配なさっていましたけど、クルト様もやれば出来る方ですから、ちゃんとクリア出来ました。
「ふぅ……安心した~」
「大丈夫ですわ、クルト様。そんなに心配なさらなくても」
くすくす笑う私に、クルト様はちょっと照れたように笑います。可愛い。
「あ、次、エディリア様だ」
む。あの女ですのね。あの女の術の腕前なんて見ても楽しくはありませんわ!
あら? 隣にやって来たのはマリア様?
あらあら~因縁の対決かしら~楽しみ~。
「マリア様だ。うわ、エディリア様、すごい睨んでる」
ほほほほ。早速バチバチやりはじめましたわね。マリア様は鼻で笑っておられますけど。
……あの方、本当に胆力だけはすごいですわね。
エディリア様が呪文を唱え――わりと大きな精霊を呼び出しました。
「……ふん」
あ、マリア様を見て勝ち誇っていらっしゃいます。
マリア様は――失笑。
……ちょっとだけ、ちょっとだけ! スッとしましたわ。……なにか悔しい!
思わず注目する私達の視線の先で、マリア様が片手を掲げられました。
「【来たれ】」
無詠唱!?
しかも――完全な人型の大精霊です!
「あれ、上級精霊じゃ……!?」
「うそ……」
生徒達だけでなく先生方も騒ぎ始めました。
悠然と虚空に浮く精霊は明らかに大精霊を上回る力を有しています。……まさか、マリア様が上級精霊を、しかも入学してわずか数ヵ月で召喚してしまうなんて……!
エディリア様が愕然としている前で、マリア様は上級精霊と一緒にエディリア様を一瞥し、「ハッ」と笑われました。
……すごい精霊とシンクロしていらっしゃいますのね、あの方。風の精霊術が得意なのかしら?
「まぁ、綺麗」
そしてマリア様の後ろからひょこっとレティシア様が。
――レティシア様!? なんでそこに並んでいらっしゃいましたの!?
「素敵ですわね」
「あ……あ、ぁりがとぅ……」
「うふふ。……あら?」
ぎくしゃくと真っ赤になったマリア様がそっぽを向かれました。……え……あの方、意外と照れ屋でいらっしゃるの? なんだか意外ですわ……
そして風の上級精霊は何故かレティシア様をガン見していらっしゃいます。
……何故でしょう?
と思ったら、綺麗な一礼をしてみせました。
レティシア様もお返しにとても綺麗なカーテシーを……ああ……うっとり……
「え、ちょっと……あっ」
マリア様がギョッとされている間に、上級精霊は笑って帰られました。あらあら。
「もー」
「ごめんなさい?」
「レティシア様のせいじゃないですから、いいですっ……もー……」
いいです、と言いながら不満そうですわね、マリア様。
それでも無詠唱で、しかも上級精霊を呼び出したのですからとんでもない快挙です。なにしろまだ一年の授業が始まったばかりなのですから、マリア様の資質は恐ろしいものがあります。
「……これは一波乱あるな」
「うん……」
エリク様とクルト様が険しい顔をされています。
そうでしょうとも。先生方の目の色が変わったのが遠くからでもハッキリと分かりました。それほど、今この時に上級精霊を召喚するというのはとんでもないことなのです。
……あのちょっと身分に疎い態度も、あれだけの精霊術が使えるなら、ある意味仕方がないと皆に思われるでしょう。
く……なんだか悔しいですわ! 私はまだレティシア様に突っかかっていた貴方を忘れてはいませんからね!
――あ。エディリア様がワナワナしていらっしゃいますわ。ぷぷー。
「さっさとなさいな! レティシア様!」
レティシア様、とばっちりです!
「エディリア嬢。生徒が生徒に命令するとは何事か」
「いっ……あ、後がつかえているのに、ぼうっとしているから忠告しただけですわ!」
「――なら君もそこを退きなさい。合格だ」
「く……」
先生に怒られてますわ! 程度が低ぅございますわねエディリア様! ぷぷー!
「ユニ……悪い顔になってるよ」
「あら失礼」
私はそっと扇を取り出して口元を隠しました。今更取り繕っても駄目な気がいたしますが気にしません!
上品に上品に。私はあんな程度の低い女のためにこれ以上見苦しい姿を晒しませんわ!
「……すごい鉄扇だね」
「アストル領から取り寄せさせていただいた鉄扇ですのよ。上流貴族の護身用ですわ」
「……そ、そう? なんだか、一部の端がギラギラしてる気がするけど」
「気のせいですわ?」
そう。スパッと切れるのは気のせいです。
「それと、マリア・ニンファ、後で話がある」
「え!? ……あ! わ、私は殿下達と一緒に次の課題に向かいますので失礼いたしますっ」
「は……?」
先生の声に、マリア様は物凄い勢いでその場から離れられました。
……あら。もっと勝ち誇って周囲にアピールされるかと思ったのですが……私、あの方を誤解していたのかしら……?
向こうで合流した殿下達とはしゃいではいますが……何か今までとの違いに違和感が。
――あ、レティシア様の番です!
レティシア様、遠目に見てもやっぱり素敵ですわね。姿勢の良さが際立っています。立ち姿が一枚の絵画のようです。
ふ……エディリア様なんかとは風格が違いますわ風格が!
「【来たれ】」
レティシア様の玲瓏とした声が響くやいなや、ブワッと周囲一帯が明るくなりました。
すごい数の精霊です!
「うわ、すごい」
「綺麗……」
何十という可愛らしい精霊に囲まれて、レティシア様が困ったように微笑まれています。精霊は仄かな光を纏っていますから、レティシア様の周囲だけキラキラと輝いて見えますね!
「流石、レティシア様。凄いですね」
あ。アリス様がお帰りになってました!
「アリス様。お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました! 向こうの端の列が少なかったんで、ちゃちゃっと行って終わらせてきました。無事クリアしましたよー」
「おめでとうございます」
「ありがとうございます! シュエット様とエリク様も向こうで並んでいたのですぐにおいでになると思います。こっちの列はちょっと混んでるみたいですね」
「まぁ、女性に人気の先生がそこにいますしね」
エディリア様が並んでいた列の先生です。先程マリア様に声をかけていた先生ですね。なかなか美しい殿方で、女生徒にとても人気があります。
シュエット様に言わせると「厚みが足りない」ということですが、私としては愛嬌が足りないと思います。あの知的でクールなお顔が素敵、という方は多いようですけれど。
あ、レティシア様がこちらにおいでになるようです。お疲れ様です!
「お綺麗ですわ、レティシア様」
「精霊に好かれていますね、レティシア様!」
「ありがとうございます。……まだちょっと帰還を嫌がる子がいるのが困りものですけど」
苦笑するレティシア様の周りには、今も十ちょっとぐらいの精霊がくるくる舞っています。楽しそうというか、はしゃいでる……?
「可愛いですねー。わぁ……衣装も可愛い」
アリス様が目をキラキラさせて精霊に手を差し伸べています。あっあっ、他の人の呼び出した精霊にそんなに気軽に手を伸ばして……あら? 懐かれていらっしゃる?
「皆それぞれ個性がありますねー」
「悪戯っ子が多いですけど、それぞれ違う性格をしていますわね」
「やっぱり風の精霊は悪戯っ子が多いですか……」
「……スカートの時は要注意ですわよね。何故か私はされたことありませんけど」
「あー……」
アリス様が遠い目をされています。
そういえば、風の精霊術が上手くいかなかった時、よくスカートを巻き上げられている女生徒がいたような……
「……風の精霊の悪戯だったのですね、あれ」
「な、なんだかすごく意外なような、意外でもないような……」
クルト様が顔を赤らめながらぼやいておられます。ちなみに男子生徒だと転ばされることが多いようです。どんな子供ですか、風の精霊!
「フン……数だけ揃えて、小物ばかりじゃありませんの」
なにか聞こえてきました!!
「馬鹿みたいに無詠唱で召喚できるのを自慢して、それで小精霊ばかりって、公爵令嬢ともあろう方が情けないですわね――きゃああああ!?」
突如吹きすさぶ風!
翻るスカート!
……あらいやだ、あの方あんな下着を履いていらっしゃるの?
「……ちなみに、クルト様」
「不可抗力じゃないかなっ!?」
「お忘れになったほうがよろしくてよ?」
「うん! そうだね!」
他の方もしっかり見てしまったようですけど、そちらは知りません。
エディリア様は真っ赤になって走り去ってしまわれました。あらあら。
おっと殿下が目敏くこちらを見つけている――!?
「レティシア。いくらなんでも今のは――」
「殿下! 今のは精霊が遊んでただけですから次の課題に行きましょう!」
「ま、マリアっ!? いやしかし、さっきのは――」
「見たんですか殿下? 見ちゃったんですか女性のあられもない姿を」
「い、いや、違ッ……」
殿下、一瞬こちらに来そうになりましたけど、何故かマリア様にグイグイ腕組んで引っ張って行かれましたわね。マリア様が意外なほど力強い。そして珍しく突っかかって来ない……
「マリーちゃん腕力あるなー」
「殿下……女性に引きずられるとは情けない……」
「いや、今思い出すとマリア様って、わりと力強くなかった? 課題道具一式軽々片手に持ってた記憶もあるんだけど」
「……そういえば」
のほほんとしたアリス様の後ろで、クルト様とエリク様が微妙な顔をつきあわせておいでです。
……マリア様は力も強い? なかなかの強敵ですわね。いえ、最近は突っかかってきませんから、放置でかまいませんけれど。
目下の敵はエディリア様です!
ところで、アリス様はマリア様を『マリーちゃん』とお呼びしていらっしゃるの……? そういえば以前にもそのようにお呼びしていた気がしますが……
「うちの子が悪戯してしまったようですわね。謝るべきかしら……?」
「レティシア様。精霊が怒ったのはあちらの発言が原因ですから、謝る必要は無いと思います」
あ。シュエット様です。
「シュエット様、お帰りなさいませ。……そうでしょうか? 一応、召喚主としての責任はあるかと思うのですが」
「精霊を怒らせるのが悪いのです。放っておきましょう」
課題を終わらせて来たシュエット様の言葉に、私達も大きく頷きます。
精霊術を使う者が呼び出された精霊を嘲笑するなんて、とんでもないお話です。
……あ! しかもレティシア様も無詠唱でしたわね! 精霊の数に驚いて忘れかけてました。
「レティシア様も無詠唱で召喚出来るのですね」
「幼い頃から爺やに師事してきましたから。ある程度の術式を構築できれば、無詠唱で行うことも可能ですわ。それに、呪文を詠唱すると集まりすぎてしまいますから」
「……あれより集まるんですか……」
「以前、部屋中にみっちり精霊が集まって爺やが精霊を怒ったことがありました……」
「爺やさん、精霊に怒るんだ……」
クルト様が遠い目をされています。私も遠い目をしている自覚があります。
……不可侵の精霊相手でも、爺やさんはレティシア様第一なんですのね……
「あの時はお父様もびっくりするほどお顔の色を白くされて、大慌てで爺やにとりなしていましたわ。子供だった私にはそれが珍しいやらおかしいやら」
「レティシア様の御幼少の頃は、やはり爺やさんがいつもお傍にいらっしゃったんですの?」
私の問いに、レティシア様は懐かし気に目を細められて頷かれました。
「物心つく前からお世話をしてくれたみたいで、ずっと傍にいてくれましたわ。今でも時折昔のことでからかわれますのよ。お野菜が食べられない私に色んな料理を作ってくれたり、御本を読んでくれたり……爺やがいてくれないと眠らなかったり、何処へ行くにも爺や爺やと引っ張っていこうとしていたり」
レティシア様は気づいていないかもしれませんが、爺やさんのことを語るレティシア様はいつでもとびっきり美しいお顔をされています。
ああ~どっぷり恋ですわ~。
「爺やさん、昔からレティシア様のこと大切にされてたんですね」
「そうですわね。うんと可愛がってもらいましたわ。お父様よりもずっと傍にいてくれましたから、もう居るのが当たり前で、学園に来た時には近くに居ないのが不思議なぐらいでした」
「そ、それはすごく一緒にいたんですね……」
アリス様が若干引いている気がいたします。レティシア様は気づいていらっしゃらないかもしれませんが、さすがにそこまで一緒だと普通ではありません。クルト様達もちょっと困り顔で顔を見合わせていらっしゃいます。
けれど! ええ! あれほどの美丈夫が傍に控えてお世話をしてくださるのです! 手放したくないと思っても仕方ありませんとも!!
「爺やさん、素敵ですものね!」
「そうなの! うちの爺や素敵なんです!」
どこから見ても正真正銘、恋する乙女ですわ~。
このお姿を爺やさんにも見ていただきたいものです。
――あら? レティシア様の周りにいる精霊が、何処かをじーっと見ていますわ。
……あら、視線がスススと動いていらっしゃいます。何かいるのかしら?
「そういえば、爺やさんってレティシア様のお父様が私達ぐらいの頃もアストル家にいらっしゃったんですよね?」
「ええ。そう聞いていますわ」
アリス様が何かを確認するようにレティシア様に問うていらっしゃいます。
公爵閣下の子供の頃のお話もされていましたから、確かにそうなります。
「もしかして、爺やさんって『譜第の臣』というか、代々アストル家に仕えていらっしゃるお家の方なんですか?」
「いいえ。爺やはお爺様が若い頃に家に招いた執事ですわ。丁度、急激に学園の生徒の質が落ちてきた頃だったと聞いています。爺やのサポートのおかげで、お爺様は学園で唯一四十七属の上級精霊と契約を果たしたとか」
「四十七!?」
「桁外れだな……アストル家が王家に重用されるはずだ」
「ええ。当時は上級精霊との契約もままならない学生が多かったそうですから、非常に目立ってしまったと言っていました。とはいえ、精霊王と契約した学生がいたので、そこまで悪目立ちはしなかったそうですわ」
「そうか。精霊王と最後に契約を交わした方々は、レティシア様のお爺様のご学友だったのか」
エリク様が納得したお顔で頷かれています。
学園は三年で卒業となりますから、年代によっては『誰も上級精霊以上と契約出来なかった』ということもあります。特にここ十年ほどは暗黒時代と揶揄されるほど、一部の生徒以外の精霊術の質が落ちているとか。精霊王と契約を結んでいらっしゃった方が身罷られ、精霊王と新たに契約を結べる者が必要となっているというのに……
「それで爺やさんを先生方の教育者として招かれたのですね」
「もしかしたらそうかもしれませんわね」
シュエット様の声に、レティシア様はちょっと困ったような微笑みで答えられます。
レティシア様のお爺様の快挙を思うに、学園が何を期待しているのか分かる気がします。……学園も必死ですわね。
――む。こんな状況の中、マリア様は上級精霊を召喚……学園内の力関係が大きく動いてしまいますわ!
「? アリス様? どうかなさいましたの?」
レティシア様の声に視線を向けますと、アリス様が俯いてすごく真剣に考え事をなさっていました。
あ。慌てて顔を上げられましたわね。
もしかしてアリス様もマリア様の上級精霊召喚に危機感を覚えられたのかしら?
「いえ、その……ちょっと色々考え事を……」
分かりますわ!
「マリア様の先程の上級精霊召喚……これから先、色々と波及しそうですものね!」
「え? あ、そう、ですね。生徒の皆もそうですけど、先生方にも注目されたでしょうし」
「個人的にはエディリア様をへこませてくださいましたので、ちょっと見直しましたわ」
「あはは……悪目立ちしちゃったから、これからちょっと大変でしょうねー……大丈夫かな……」
アリス様はちょっと遠い目をされています。
流石にレティシア様ぐらいになると泰然としたものですが、私達にとってはちょっとした脅威です。
合宿はまだ始まったばかりなのに、大丈夫でしょうか?
「あの資質があれば、マリア様と殿下の仲も公に認められるでしょうから、マリア様にはぜひとも頑張っていただきたいですわね」
……なんだかレティシア様の発言を聞いていると、なんとなく大丈夫なような気がするから不思議ですわね。
ところでレティシア様、その精霊さん達、いつお帰りになるのでしょう?
さっきから一点を見続けていて怖いですわ。