強化合宿1
〇side:レティシア
今日から一週間、強化合宿が始まります。
早朝から集められた私達は、いつものメンバーで固まっております。女生徒四名、男生徒二名。集団行動をする時、最大六名で一グループとなるようにと言われていますのでちょうど数も良いですね。
「エリク様、もう決められてしまいましたの!?」
「そんな……クルト様まで……」
「れ、レティシア様、我々のパーティーにおいでになりませんか!?」
……何故、土壇場で引き抜きをしようとされているのでしょう……?
皆様、合宿より前に先生方からパーティーについて説明を受けていたはずですのに。
「殿下! 私も殿下のパーティーに加えてくださいませ!」
「悪いがすでに定員いっぱいだ。他をあたってくれ」
「その者達は殿下の足を引っ張ってしまいますわ!? 私のほうがお役にたてます!」
殿下の周りも沢山の女生徒で溢れていますわね。マリア様が何人か追い払っておいでのようですけど、諦めの悪い方というのはどこにでもいるようです。
「殿下もすでに周りを固めていらっしゃるようだな」
「うん。手堅いメンバーだよ。爵位は低い人が多いみたいだけど、成績優秀な人ばかりだし」
「たぶんマリーちゃ……マリア様が集めたんだと思いますよ。彼女、そういうところで爵位とか気にしないですし」
「殿下もそういうところは無頓着だからな」
エリク様、クルト様、アリス様は殿下のパーティーを満足そうに見ておいでです。
ユニ様とシュエット様はどうでもよさそうな顔をしておいでですが。……あ、私もですね。
問題は、殿下のパーティーに入ろうとする戦いがだんだん激しくなっていることでしょうか……
「何故私ではいけませんの!?」
「あなた達! 侯爵出の私をさしおいて、ただではすみませんことよ!?」
「この機会に殿下に近づこうなどと、下賤の身が恥を知りなさい!」
あら~……
学園の普通の授業ではここまであからさまな押しかけは少なくなっていたのですが、やはり七日間いつもと違う環境で一緒にいられるという特別感からか、皆様なかなか諦められません。
不思議なのはいつもなら喧々囂々と皆様と口喧嘩をなさるマリア様がわりと静かなことでしょうか。冷ややかな目で身分を盾にゴリ押しをしてくる女生徒を見つめておいでです。……こ、怖いですわね? 何故かしら。前と違って凄みがあるような気がいたします。
「いい加減にしろ!! 貴様らの行いは学園の方針に真っ向から逆らうものだぞ! まして俺の選んだメンバーが気に入らんだと!? お前達と組むぐらいなら俺は独りでカリキュラムに挑む! 俺の邪魔をしたいのであれば声をあげるがいい! そうでないなら散れ!!」
殿下が一喝。女生徒達が青ざめて立ち尽くしてしまいましたわ。
あ、マリア様が小声で何かおっしゃったようです。あら、皆様で違う場所に移動されるのですね。まぁ、彼女達の近くに居続けるのも難でしょうから、その判断は正しいかと。
それにしても、殿下も成長しておいでのようですわね。殿下に守ってもらった形のメンバー達もとても嬉しそうです。なかなか和気藹々としていらっしゃるようですわね。
「殿下は相変わらず真っすぐに意思を貫いておいでだな」
「だね~。殿下、搦手とか苦手だもんね。本当はもうちょっと女タラシ的に立ち回られた方が他のメンバーの子達に攻撃がいかなくていいんだけど……無理だろうしね~」
「殿下は良くも悪くも直情型ですからねー。それに、タラシたらタラシたで後が大変ですよ。最悪、後ろから刺されます」
「まさか!? 貴族の令嬢が刃傷沙汰を起こすはずが……」
「エリク様。貴族社会のドロドロとした愛憎劇は歌劇にされるぐらい有名ですよ。逆上したり思いつめたりする人も出ちゃうんです。女でも男でも」
「そ、そうか……」
アリス様が死んだ魚のお目目みたいな目で静かに語られます。エリク様がたじたじになっていますね。
それにしても誑す、とは……
「確かに、殿下の性格的に、人を誑すのは無理そうですわね……」
「そうでしょうか? 必要とあればやりきるだけの技量ぐらいは、王族の嗜みとしてもっておいでだと思いますが」
「まだ実行出来るほどの気構えも、視野や行動力といったものもお持ちでないように思われますわ。殿下は思い込んだら一直線の方ですから」
「そうですわね……」
ユニ様とシュエット様のお話に男性陣が困り顔になりました。友情との板挟みですわね。
「殿下達は殿下達で上手くやれそうでよかったではありませんか。それよりも先に名簿に登録をしにまいりましょう。早めにしておいたほうが良いと爺やも言っておりましたし」
「そうですわね」
私の言葉に全員で受け付けの先生の所まで移動します。道中、また幾つか声をかけられましたがやんわりと断って無事登録完了。これで無粋な引き抜きは防げます。
すでにパーティーを組んだ人達はちょっと離れた場所へ移動します。こちらはもう組み終わったメンバーですよ、という意味をこめて移動するようです。六人ずつで纏まった人達がそれぞれ楽しそうに談笑していました。皆さま、合宿にむけて意欲を燃やしておいでのようです。
「こんな朝早くからこの私を起こしておいて、待たせるとは学園もいい度胸ですわ!」
……お一人、意欲以外のものを燃やしている方がおられました。
「全くだわ! お爺様に言ってカリキュラムを見直していただかなくては!」
「身分を弁えない者への罰則も加えていただかなくてはいけませんわ!」
「当然ですわね!」
「いっそ階級別にクラスや行事を分けてもらうべきですわ!」
「そうですわ!」
……一人ではありませんでしたわね……あのパーティー全員ですか。
あら。よく見れば、先ほど殿下に拒否されていた方達です。あの方達、その場のメンバーでパーティーを組みましたのね。
「……あの方達、なにかはき違えていらっしゃいますわね」
「問題のある人達が纏まったのですから、ある意味分かりやすくて良いですわね」
「……どう考えても爆弾が固まって危険なだけな気がするが」
「まだまだあんな考えの人は多いんだろうね~。この合宿で少しはマシになってくれるといいんだけど」
「うーん。個人的には、あのメンバー、ご飯どうするんだろうって心配ですけど」
「……確かにそうですわね」
私達から見ると心配と問題の集団でしかありません。
……色々と大丈夫かしら?
「まぁ、向こうは殿下とマリーちゃんがいるから大抵のことは躱しちゃうと思いますよ」
「アリス様、マリア様に理解がおありですね……?」
「え、うーん……一応、色々と裏のお話も知ってますし、あと、ほら、レティシア様から礼儀作法の重要性を教えられてからは真面目に学んでいたでしょう?」
「そういえばそうでしたわね。あの方、異常にレティシア様を目の敵にしてましたけれど、きちんと筋を通して話をすればちゃんと直されてましたわね」
「レティシア様に突っかかって来るのだけは許せませんが!」
ユニ様とシュエット様が思い出し憤慨をされておいでです。私としましてはマリア様は面白い方だなぁという印象が強いのですが。あと、殿下を引き受けてくださった方でもありますし。
「あれはあれでわかりやすい嫉妬と言えるのかもしれんな」
「だねー。しかも真正面から言っちゃう真正直な嫉妬という」
「……言われてみれば、そうですわね」
「あの方も搦手とか暗躍とかは難しそうですわね」
「なるほど……」
もしかして、殿下とマリア様って、似た者同士?
皆さんの意見になんとなく納得していましたら、先ほどの集団の方と目があってしまいました。
あら?
「あら、そちらにいらっしゃるのはレティシア様ではありませんか」
あら~。こっちに来てしまいましたか~。
ちなみに彼女は私と同じく公爵令嬢です。……確か二番目か三番目の娘さんでしたかしら。
「ご機嫌よう、エディリア様」
「ご機嫌よう、レティシア様。流石にレティシア様のパーティーは良いお仲間と従者が揃っておいでですわね」
……従者?
「……どういう意味かしら?」
「あら。わざわざ平民の下女を従えているのは、ご自身の身の回りの世話をさせるためでしょう? そうでなければ、栄えあるアストル公爵家の貴方が下賤な女を傍に置くわけがありませんもの」
…………。
すちゃっ。
「レティシア様落ち着いてっ!?」
ああっ! アリス様! 杖の先を握るのは危ないですわよ!?
大丈夫です! 一瞬です! 一瞬で終わらせますわ!?
「……レティシア様、い、意外と手が早いというか……」
「意外に殿下と似た直情型の方だったのだな……」
男性陣! なにを呑気に見ていますの!? 私達の可愛いアリス様が貶されたんですのよ!?
奮い立ちなさい!
……くっ……アリス様に握られてしまっては杖を使うのは難しいですわね。
「――私達の大切な学友に難癖をつけるのはおやめいただきたいわ」
「うっ……!」
仕方なく爺や仕込みの殺気を漲らせて舌戦に切り替えました。いきなり顔色を悪くされましたが手は抜きません。やるときは徹底的に! 戦いの鉄則です!!
「貴方も栄えある学園の生徒なのでしたら、もう少し学園生として色々と学ぶ必要がおありでなくて? 先程の場所でも殿方にすがりついて、大層な騒ぎでいらっしゃいました」
「なっ……!」
顔色を青から赤に変えたエディリア様をしっかと見据え、私は手に持つものを杖から鉄扇へと変えます。ええ、護身用の武器です。ちなみに爺や特製。殴ると大猪の頭蓋骨でも陥没します。……あれは別の意味で怖かったですわ。
その鉄扇をシャラリと鳴らして広げ、口元を隠します。透かし彫りの瀟洒な扇ですが威力は折り紙付きです。
「貴方は! 貴方がだらしないから! あんなポッと出の子爵令嬢ごときに殿下を奪われるのです! 恥を知りなさい!」
「私も殿下もお互いに望んでいなかったのですから、ちょうどいいではありませんか。部外者の貴方に何か言う権利はございませんわ?」
なにしろ学園に来るまで直接お会いしたことがなかった程度の仲ですし、婚約そのものもお父様と陛下が昔に決めたことですし。……私には爺やがいてくださいますし?
「それに、マリア様に対してどうこうと、貴方に言われる筋合いは毛ほどに無くってよ?」
「あんな低い身分の女に奪われて、悔しくありませんの!?」
「私とマリア様はある意味利害が一致した仲ですわ。何を悔しがれと仰いますの? それに、今は子爵令嬢でいらっしゃいますけど、他家に養女に入れば十分に殿下のお妃に迎えることだって可能なお方でしてよ?」
最低でも伯爵家の養女になる必要はあるでしょうけれど、逆に言えば身分の差などその程度のことです。なんでしたら私が養女に迎えてもかまわなくてよ!?
それに、精霊術で優秀な成績を示せばその限りではありませんしね!
「くっ……貴方が腑抜けであることはよく分かりました!」
「あら、そう?」
「所詮、婚約者の地位に慢心して殿方を奪われる程度のお方、私が気にするまでもありませんでしたわ!」
その言葉にアリス様を筆頭に皆が一瞬で杖を手にされましたが、軽く手をあげて押さえます。
この程度の挑発にのっては皆様の名誉が傷つきますわ!
――何故か爺やの幻影が『鏡をご覧くださいお嬢様』と言っている気がしますがきっと気のせいです。
「貴方程度に気にされる必要も無くてよ? それに、貴方がたこそこの合宿、大丈夫でして? 学業だけでなく身支度や料理と言ったものもご自身でされないといけませんのよ?」
「…………ッ」
「まさか、他の生徒を使おうだなんて、そんなことはなさいませんわよね? それらをこなすのも課題の一つなのですから。ねぇ、そうですわよね?」
そちらのパーティーの方、まともに顔色を変えていらっしゃいますけど?
「そんなこと! 貴方に言われる筋合いはありませんわ!」
「そう? では、存分にお力を奮ってごらんなさい。七日間、楽しみね?」
「言われるまでもありませんわ! 貴方こそ! いずれ私が吠え面をかかせてさしあげますわ! 覚えてらっしゃい!」
「そう。それは楽しみね?」
フ。と笑ってさしあげたら足音も高く撤収されました。あらあら、おみ足がドタバタしていましてよ?
「かっこよかったですわ! レティシア様」
「ありがとうございます、ユニ様」
爺やの訓練に比べれば子猫がじゃれてきているようなものでしたけど。
「それにしても、あの方、吠え面と仰いましたけど、何をしてかかせるおつもりなのでしょう?」
「殿下を篭絡するとかではありませんの? レティシア様とは全く関係ないと思いますわ」
「正式な婚約者だったレティシア様を無視できないんだろうねー」
「クルトの言う通りなのだろうが、すでにお二人の間に恋情は無いと皆も知っているだろうに、何故レティシア様のほうに来るのだろうか?」
「あの方にとっては、子爵令嬢などライバルとも認められない、といったところではありません? 随分と家柄に拘っておいでのようですし」
「公爵とは流石に隔たりが大きいが、子爵もれっきとした貴族なのだがな」
皆様がエディリア様のことでひとしきり意見を交わし合っている中、アリス様はものすごく落ち込んだ顔をされておられます。
「……すみません。私がいるせいで、皆さんにご迷惑をかけています……」
「アリス様は何の問題もありませんわ!?」
「そうです。一緒に切磋琢磨する仲ではありませんの。未だにああいった言動をなさる方がおかしいのです」
「そもそも彼女、君よりずっと成績悪いからねー。やっかみもあるんだと思うよ」
「教師の前では振る舞いを変えるから質が悪い」
皆さんが言いたいことを言ってくださいました。大変です。私がかける言葉がありません!
「あ、あの、アリス様。私は、アリス様が仲間でよかったと思いますわ!」
ええ、それだけは言わせていただきますわよ!
それ以外にもこう、もっとこう、いい言葉をかけてさしあげたいのですけど、頑張って私の小さな脳みそさん!
「大丈夫ですわ! この合宿、あの方々よりも遥かに高い成績をたたき出して悔しがらせてさしあげましょう!」
ね! と両手をしっかり握らせていただきます。放しませんわよ! アリス様は私のお友達ですわ!
「……ふふっ」
アリス様のお顔からようやく笑顔が零れます。
何故だかひどく眩しそうな目です。
「ありがとうございます、レティシア様。皆様。私も、全力で取り組ませていただきますね!」
ええ! 合宿、楽しみですわね!