アッバッキオ アッラ カッチャトーラ
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少しでも楽しんでいただければ幸いです!
〇side:爺や
お嬢様がお肉を食べたがっている気配を察知いたしました。
今日は狩人風仔羊の白ワイン煮を作りましょう。
肉は兎や鶏、鹿などでも良いのですが、今日は仔羊の良いのが手に入りましたので、そちらで。
まず、下拵えから始めましょう。
大蒜を潰して皮を剥き、鷹の爪は半分に切って種を取り除きます。仔羊肉には塩、胡椒をして、小麦粉をまぶしましょう。
部下A、こちらを見ていないで自分の料理を続けなさい。私が学園に行っている間は貴方達に任せるのですから、頑張るのですよ。
さて、フライパンにオリーブオイルと大蒜を入れます。
大蒜が色づいたら仔羊肉とローズマリーを加え、肉の表面に焼き色がついたところで鷹の爪投入。鷹の爪が焦げる前に火を止めて油を捨てます。
さ。ワインヴィネガーの出番ですぞ。
ヴィネガーを加えて煮立て、酸味を飛ばします。それから白ワインを加えて煮立て、アルコールを飛ばします。
綺麗に出来ましたら煮込み用鍋に移し、カルチョフィと緑と黒のオリーブ、ブイヨンを加えて弱火で煮込みます。時間はだいたい四十分ぐらいですかな。
肉が柔らかくなったのを確認したら、塩で味を調えれば完成です。
さて。お嬢様は喜んでくださいますかな?
「強化合宿、でございますか?」
いつものメンバーでおいでになったお嬢様達のお話に、僭越ながら私も混ぜていただくことになりました。
話題は夏の強化合宿です。どうやら皆様、無事に試験はA評価で突破できたご様子。そのため、次のカリキュラムに向けて意欲を燃やしておられるようです。
「ええ。爺やはどんなのか知っていて?」
いつものように美味しそうに仔羊肉を平らげ、満足そうなお嬢様のキラキラした瞳が私を見上げます。この瞬間が至福ですな。
「そうですな……あと少しすれば学園からもカリキュラム表が手渡されるでしょうから、旦那様がやんちゃをしたお話を交えてでよろしければいくつかお教えできるかと」
「公爵のやんちゃ!?」
「うわ……なんか違う意味で気になる」
エリク様とクルト様が目を輝かせました。男の子ですものな。自分達と同じ年齢だった頃の公爵の武勇伝を聞きたいのでしょう。ユニ様とシュエット様も目を輝かせています。アリス様は……苦笑しておられますな?
「お父様が恥ずかしくない程度の武勇伝でしたら良いのですけれど」
「難しゅうございますな」
「難しいの!?」
「誰しも若気の至りというのはあるものでございますれば」
お嬢様は驚いておられますが、アリス様はうんうん頷いていらっしゃいます。少年心に実に深い理解を示してくださっているご様子ですな。ご実家に弟君がいらっしゃるからでしょうかな?
「お嬢様の糧となるのでしたら、旦那様もお若い頃のやんちゃを暴露されても気になさいますまい」
どこからか旦那様の「やめろぉおおお!?」というお声が聞こえた気がしないでもありませんが、気にしません。
お嬢様のためです! 潔く散ってください! そもそもやんちゃした旦那様が悪いのです!
「強化合宿は基本、学習と実践です。今までの授業の成果を見せればクリア出来ますが、そうでなければ延々と出来るまで同じ授業を受けさせられます。クリアした者は次々に新しい課題に挑戦することが可能で、全ての課題をクリアすれば予定されている合宿期間中を自由に過ごすことができます」
「課題をクリア出来なければ足止めされ、出来るまでやらされる、ということか……」
「僕、大丈夫かなぁ……」
「クルトは自信をもて。お前はちゃんと立派にやれている」
「そ、そうかな……うん。ありがとう、エリク」
エリク様とクルト様の友情は厚いようですな。
ユニ様とシュエット様がなにか不思議な笑みでお二人を眺めています。……おや、何故か鳥肌が。
「では逆に、もしストレートに課題をクリアしてしまった場合、ずっと自習ということになるのかしら?」
「それも可能ではございますが、さらなる特別な課題を先生方から引き受けることも可能です。それに、強化合宿が行われる特別棟には合宿期間だけしか入れませんから、探検してみるのも面白いでしょう。色々と目新しいものを発見できると思いますぞ」
「爺やがそう言うからには、きっと楽しいものも眠っているのでしょうね」
「そうですな、特殊な植物を集めた温室に、面白い仕掛けが施された時計塔。時折精霊が現れるという迷路に、小さな噴水、謎めいた慰霊碑に怪談まで様々です」
「か、怪談っ?」
「ええ。旦那様は合宿期間中に全ての怪談を解き明かしておられましたよ。お嬢様も挑戦なさってみてはいかがですかな?」
「わ、わたくしはよるははやくねむってしまいますから、むりですわっ」
お嬢様はゴーストが苦手ですものなぁ……
「一応、どんなものなのか教えていただいても大丈夫です?」
おや、アリス様は平気なご様子ですな。
「では、伝え聞く怪談をお教えいたしましょう」
秘密や謎の解明は皆様で合宿期間中に挑戦してくださいませ。お嬢様は戦力外になってしまうでしょうが、全部解き明かすと色々と発見がございますぞ。
……お嬢様。耳を塞いでいらっしゃるのに「ひィッ」はないかと……胸がキュンといたしますな。
「……温室の人魂、時計塔の絶叫、惑わしの迷路、噴水の幻覚、慰霊碑の幽霊、光る図書室、隔離室の啜り泣き……」
「アリス様はどれが一番興味深いですかな?」
「えっ? あー……そうですね、まずは全部回ってみて、少しずつ謎を解明していきたいと思います」
「ふふ。それがよろしいかと。旦那様もそのようにして全てに挑戦しておられました。ですが、一つだけご忠告を。攻撃魔法はお使いになりませんように」
アリス様はしっかりと頷かれましたが、恐々耳から手を放したお嬢様は「使ってはいけないの?」と小首を傾げておられます。
「図書室で攻撃魔法を使ったらどうなるか、お分かりですね?」
「あー……希少な本がとんでもないことになりますよね」
「ああ! なるほど。……でも、その、危険はありませんの?」
「冒険に多少の危険はつきものでございますが、攻撃魔法を放たなくてはいけないようなものはございませんよ。それ以外の魔法でしたら創意工夫をして適宜使われるべきかと」
「ぐぅ……何があっても攻撃できない……」
「……室内も多くあるのですから、くれぐれもお気をつけて」
お嬢様がおっとり脳筋になってしまった気がします。育て方を間違えましたかな? いやしかし、この世界にも魔物はいるのですから、騎士よりも強くゴーストも魔力を纏って殴り倒せるようにお育てしたのは間違いないはず。
「ちなみにお父様は魔法をお使いにならずにクリアいたしましたのっ?」
「……旦那様はうっかり攻撃魔法を使ってしまい、迷路の一部を氷漬けにしてしまった前科がございますな……」
「使ったのね……」
「当時の学園長に大目玉をくらっておりました。追加された特別課題をクリアすることで自由を勝ち得ましたが、他の場所でもやんちゃをして何度も追加課題を出されておいででしたな」
「……お父様……」
お嬢様が顔を覆ってしまわれましたが、この程度のやんちゃはまだ可愛いものですぞ。
「なんだか、強化合宿と聞くと嫌な感じがしてたんだけど、爺やさんの話を聞いてるとちょっと楽しみになってくるね!」
クルト様達の意欲に繋がりましたら、幸いでございます。
「特別棟の探検というのも楽しそうですわ!」
「珍しい書物を集めた図書室もございますので、そちらで自習をされるのも良い勉強になるかと」
「特別な期間しか入れない特別棟ですもんね! 色んな本もありそうです!」
ユニ様は探検に興味がおありで、アリス様は本に興味がおありのようです。
特別棟の本には希少なものもありますから、おすすめですぞ。
「ちなみに旦那様は特別棟を探検した結果、とある花に夢中になっていた奥様と偶然出会われ、一目で恋に落ちられたそうです」
「公爵のコイバナ!?」
「合宿で恋に落ちられましたの!?」
「ちなみに奥様はその時別の方の婚約者でいらっしゃいました」
「まさかの略奪愛!」
若人達が目をキラキラさせております。良いですなぁ、若さというものは。
「旦那様ご自身にも幼い頃に定められた婚約者がおりましたので、そういうものだとすぐに諦められたそうなのですが、運命の神が賽を転がしたのか、特別課題を受けた先でまさかの合同。しかも二人きり」
「二人きり!」
「二人で困難を乗り越え、無事に課題をクリアした頃にはなんとなくお互いを気にするようになってしまっていたとか」
「おお!」
皆様、食いつきが良いですなぁ。
旦那様のやんちゃよりコイバナのほうを全暴露したほうが楽しんでいただけそうな気がいたします。
「強化合宿で恋に落ちられる方もいらっしゃると聞いてはいましたが、公爵もそうだったなんて……!」
「素敵ですわねぇ……」
「私としてはちょっとこう、聞いていて気恥ずかしい気もいたしますが」
お嬢様は件のお二人の愛の結晶ですからな。
「では、旦那様の武勇伝もお聞かせいたしましょう。かの合宿場には温泉がございましてな」
「爺やさん! それはきっと明かしてはいけないやつ……!」
慌てて男性陣が声をあげます。私はまだ何も話しておりませんぞ?
女性陣はと言えば顔を覆ったり男性陣を冷ややかに見たりと様々です。……おや?
「旦那様が不埒な行いをしようとしていた生徒をばったばったとなぎ倒しておいでになったのですが」
「良い方のやんちゃだった……!」
ははぁ。覗きをした方と間違われましたな? 冤罪でございます。ちなみに当時本人を問い詰めたらちょっと興味はあったそうですが意中の君がいたので自重したと素直に仰ってました。わずかな間に男の子は成長するものです。爺やは嬉々としてお父上君に報告させていただきましたとも。あとで旦那様にキレられましたが。
「実のところ温泉には視界阻害の魔法がかけられておりますので、覗きに行ったところで何も見えはしないのですが、毎年おバカさんが罠にひっかかっては地獄の特訓コースへと強制連行されるそうです。お二人はそのようなことをされそうにありませんでしたので明かしましたが、この話はご内密に」
「まぁ、レディの湯あみを覗こうなんて輩は罰せられて当然だからな」
「羽目を外しすぎるのは良くないよね」
紳士なお二人のご様子に、ユニ様達も満足そうでいらっしゃいます。
おや? お嬢様が気鬱そうなお顔になっていますな。
「でも、阻害魔法がかかっているとはいえ、覗かれるかもしれないという場所での湯あみはちょっと……嫌ですわね」
その一言に気づきました。
そうです――なんたることでしょう。あの罠の餌に、お嬢様がなってしまうということに、私は今初めて気づいたのです! なんという遅さでありましょうか!
「今すぐあの温泉を立派な洞窟風呂にしてまいります」
「待って!? 学園の施設でしてよ!?」
「ご安心ください、お嬢様。魔法で洞内に外の様子を映し出す細工を施しておきますので、それまでと変わらず露天の景色をお楽しみいただけます」
「安心の基準が分かりませんわ!?」
「外には私がついておりますぞ!」
「少しだけ自重なさい!?」
お嬢様の柔肌を覗こうとする不埒な輩は私が成敗です!
「まぁまぁ、爺やさん。落ち着いて。レティシア様が湯あみをされる時には私達もついてますから」
「そうですわ。阻害魔法が効いているのなら、お馬鹿さんが出ても実害は無いでしょうし」
「むしろ探査魔法を使って不埒な者が近づいてきたら皆で撃退するのも楽しそうですわね」
アリス様、シュエット様、ユニ様が実に頼もしいお顔でおっしゃいます。
くぅ……では私は、皆様には内緒でこっそり警戒するだけにしておきましょう。合宿には部外者禁止? 私は教員を育て上げる依頼を受けておりますのでセーフですとも。無理やりにでもねじ込みますとも。
「そういえば、合宿中は基本一室四人の共同部屋で、食事や着替えといったものも全て自分でやらなくてはならないと聞きましたけど、皆さん大丈夫ですか?」
アリス様の一言に、女性陣の一部が「うっ」と呻かれます。
男性陣はどうですかな?
「問題があるとすれば料理ぐらいだが……まぁ、野外訓練でした簡単な料理ぐらいならなんとか、といったところか」
「僕も旅の道中でするような料理ぐらいだね~。多少は香辛料の扱いにも慣れてるから、調理器具と竃さえあればそこそこ出来るよ」
男性陣は問題無さそうですな。
――ところで女性陣、何故顔が青いのですかな?
「着替えは、学園の制服でしたら大丈夫ですが……」
「その……料理は……厨房になど入ったこともありませんし……」
ユニ様とシュエット様も生粋の貴族令嬢ですからなぁ。
おっと、お嬢様。私をジト目で見るのはおやめください。キュンキュンします。
「レティシア様は大丈夫です?」
「私は爺やから貴族の嗜みとして野戦訓練を受けておりますから、一通りは」
「野戦訓練!?」
「アストル領にも魔物が出る地区はありますので、何かあった時、領主軍として出陣することもあるでしょうから。食糧の現地調達もそれなりに経験がございます」
「……レティシア様、それはたぶん令嬢の嗜みではないかと」
「え!?」
ユニ様の一言にお嬢様が驚いたように私を見上げられます。
「領内の治安維持の為に動くのは貴族の嗜みにございますよ」
「……殿方でしたら、確かにそうなのですが……」
ユニ様がやや呆れ混じりの感嘆のため息をつかれます。
お嬢様。私を冷ややかな眼差しで見るのはおやめください。キュン死してしまいます。
「じゃあ、最初は私とレティシア様で料理すれば大丈夫ですね」
「アリス様はお料理得意そうですものね」
「簡単な料理になりますけどね! ……あと、生き物を直接捌くのはそれほど得意じゃないですけど、頑張ります!」
「わ、私達も頑張りますわ。教えてくださいます?」
「もちろんです!」
ご令嬢方も大丈夫そうでございますな。
私といたしましては、お嬢様の偏食が発動しないことを祈るばかりでございますが……
「素材の味が分かる簡単な料理であれば、きっと大丈夫……きっと大丈夫ですわよね……」
……お嬢様も不安に思っていらっしゃるようですな。
むぅ。
「……アリス様。あの若返りの魔法薬、もうございませんかな?」
「ふぇ!? あの薬は年に一回しか作れないので無理です……」
ぬぅ。
ひっそりとクラスに混じるのは無理そうです。
仕方がありません。裏方で我慢いたしますかな。
……それにしても、強化合宿ですか。
特別棟があるのは東の森林地帯。昨今の異変が悪い影響を及ぼさなければ良いのですが……