toile de font ―異界人―
ちょっとだけハードモード設定が続いていますが異界人側ワールド説明回です
ちなみに読まなくても物語に影響はありません
裏側を知りたくないな~、という方は読まずに飛ばされても大丈夫です。
読むとこれから先の物語の裏側で動いている二人ににやにや出来ます。
◎side:✕✕✕
今日のお弁当はお父さんにお願いした。
いつもなら自分で作るんだけど、今日はそういう気分になれなくて。
ここぞとばかりに甘えてみせたら、「しょうがないなー」って笑って作ってくれた。
……お父さん。
大好きだよ。
待ち合わせ場所は、知っている人にしか分からない『秘密の噴水』。
イベントでもたびたびお世話になる場所だけど、学園のパンフレットは勿論、先生や先輩方の話にも出てこない。ずいぶん昔に造られ、壊れ、敷地の端だったことから放置されてしまった古い噴水のあった所だ。
今では割れて所々粉々になっているから水も溜まらない。
――けれど、『私』は知っている。
ここが重要な場所になることを。
もう十年以上前のことになるけど、『私』は覚えている。
今よりもちょっとだけ現実味の薄い、この光景を何度も何度も見ていた日々を。
「やっと来たわね!」
待ち合わせの時間よりだいぶ早く来たのに、約束の相手はもうとっくに来てたみたい。
早いなぁ……口をへの字に曲げて、手を無意味に握ったり緩めたりそわそわしながらこっちを見てる。
「やほー。マリーちゃん」
「や、『やほー』じゃないわよ! どれだけ待たせる気よ!」
「……約束の時刻より三十分は早いよね?」
「し……仕方ないでしょ! 緊急事態なんだから!」
どんだけ早く来て待ってたんだろこの子……
おっと、いけない。
「ごめんごめん。早速、はじめよっか」
プルプル震えているマリーちゃんに告げると、ぐ、と両拳に力を入れるのが見えた。
「まず初めに、二つの約束事を決めよう。『ここで話すことは他の人には話さない』と『私達の知る世界設定を吹聴しない』こと」
「……言われるまでもないわよ。流石に話せないでしょ」
いや~……今までの言動だと話しそうだったからね。
「未来予知みたいなプレイもほぼほぼ無しになるんだよ?」
「楽しむイベント自分から先に潰してどうすんのよ!? ファン失格でしょ!?」
……うん? あ!
「あー! 成程。それで基本的にシナリオ通りのプレイしかしてなかったんだ!」
「当たり前でしょ!? そもそも、シナリオブレイクする動きしたのあんたでしょ!? なんで初回のダンスパーティーで男体化イベントこなしてるのよ!? あと、あの新キャラ何!?」
おっと。激しいブーメランだ!
「時期前倒しなのはマリーちゃんもじゃない。なんで初回ダンスパーティー前に三人同時攻略済みしてるの?」
「イ、イベントと同じシーンに出くわしたらクリアするでしょ!? 普通!」
そうだね。普通クリアするよね。
素通り出来ないのはファン魂のなせる業だよね。
「なんでこのタイミングで、っておかしいとは思ってたけど。でも、プレイヤーが二人な時点でバグもいいところじゃない。……ログアウトボタンも出てこないし」
あ、異変には気づいてたんだ。
「わざわざ話し合いの場所指定してきたんだから、あんたが知ってること、サクサク話してもらうわよ!?」
「――って言われてもねー、何から話せばいいのかさっぱりわかんないんだけどねー」
「ちょっと!?」
「だって、『もしかして』とは思っても、まさか自分以外のプレイヤーが存在するなんて、思わないじゃない? マリーちゃんの中の人もそうでしょ?」
「当たり前でしょ!? 『フルール』は一人用フルダイブVRゲームであってマルチプレイ用じゃないんだから!」
マリーちゃん――いや、マリーちゃんの中にいるプレイヤーの声に、私は頷いた。
フルダイブVRゲームは、三十年近く前――二千六十年から発売された五感全てがリアルに感じ取れるゲーム機だ。
当時のVRで一番人気だったのはVRMMORPG――すなわち、virtual reality Massively Multiplayer Online Role-Playing Game――だけど、私達が愛してやまないゲーム『フルール』のような恋愛シミュレーションゲームもあった。
MMOが大規模多人数同時参加型なのに対し、『フルール』のような恋愛シミュレーションゲームは基本的に一人専用だ。ゲームの世界は共通だが、ゲーム中に他のプレイヤーが混じることはない。
「ねぇ……あんた、まさか、ハッカーだったりしないよね?」
「へ? 違う違う。普通の元一般会社員だよ。ちなみに機械音痴でスマホも壊すレベル」
「同志か……!」
そっか~。マリーちゃんもか~。
そして最初に同じこと疑ったか~。
まぁ、お一人様用のゲームに二人目が混じってる時点で、ハッキングされたのかと思うよねぇ。
「少なくとも、『私』が何かしてこうなったわけじゃないよ。気がついたらこの世界だったし」
「あんたも? あたしは……おかしいって気づいたのは、クルトんやエリクんが離れてって、ダンスパーティーが終わった後ぐらいよ。まぁ、その前にも色々イベントのタイミングおかしかったりしたけど。……家のメイドの動きがやたら細かくなってたし」
「……そこで気づかなかったんだ?」
「メイドはねぇ……NPCの動きに対してパッチ当てたのかと思ったのよ。斜陽会社が今更落ち目のゲームにテコ入れするにしては変だなぁ、とは思ったけど、次回作のお試しでもやってんのかな、って」
マリーちゃんの言う『パッチ』は修正プログラム、っていうよりは『アップデート(プログラム)』の意味のほうかな?
まぁ、よりリアルになった言動とか見たら、そう思うのも無理ないか。
「ログアウトボタン無い時点でおかしいって思わない?」
「ログアウトしようと思うまで気づかないわよ。もともと長時間フルダイブするタイプだし」
「優雅か……!」
ログアウト時間気にせずプレイできるとか、どういう生活してたんだろう?
――いや、私も似たようなものだけど。私の場合、余生の過ごし方だったしなぁ。
「ちなみにマリーちゃんが覚えてるこの世界の最初って、どんなシーン?」
「は? そんなの、『マリア』の冒頭シーンに決まってるじゃない。いつもの、浮浪者の中にいたら黒服のオッサンに捕まるシーンよ」
「あー。行方不明の令嬢捜索シーンか…… ッ!?」
「ちょっと……なんなのよ? 顔色変えて」
私は血の気が引くのを感じた。
やばい。
この子の立ち位置、やっぱり『私』と違う。
一番当たって欲しくなかった予想が当たった。……どうしよう。いくらなんでも、これはキツイ。
「……ゲームのまんまだった?」
「細かい言動とかやたらリアルだったこと以外はゲームのままよ」
「……それ以前の『マリア』の生活の記憶とか、ある?」
「マリアの? なんかダイジェスト版みたいな感じで脳内再生可能だったけど、それのこと?」
記憶、あった!!
じゃあ、『私』と同じ?
――意識が浮上したのが冒頭シーンから?
……分からない。なんで『私』と彼女でこんなに違うの?
「そういうあんたはどうなのよ?」
どうしよう。どう答えたらいい?
どう答えるのが、一番この子にショックを与えずにすむ?
「……私は、『アリス』としての、最初から、だよ」
心臓が痛い。バクバクいってる。
「ふぅん? でもいいじゃん、『アリス』で。メインヒロインじゃん」
……気づかれなかった。
マリーちゃんはたぶん今、誤解してる。『私』の最初が、『ゲームのアリスの最初の場面』からだと勘違いしてる。
つまり、今も、マリーちゃんは『ゲームをしている』つもりなんだ。言動からそうじゃないかとは思ってたけど、彼女の『現実』は別にあるままなんだ。
「あたしもどうせならアリスルートが良かったなー。どの精霊とも相性いいし、特殊ルートバンバンあるし。あ、でも、どうせなら、って言うと、やっぱりユーザー一番人気のレティシア様でしょー。もう、どうせこんなバグ発生するなら、ユーザー要望が一番高かったレティシア様ルートを導入してほしかったわよねー」
どこか投げやりな声でマリーちゃんがぼやく。
どうしよう。眩暈がする。マリーちゃんの認識が私と違いすぎる。
同じなのは、何らかの理由でこの世界に入り込んでしまった、という立ち位置だけだ。
それだって、私と彼女ではスタート位置が違いすぎる!
「……ちょっと。なんであんた、真っ青になってるのよ!?」
マリーちゃんが私の肩に触れる。揺れた拍子に、手に持っていたバスケットが落ちた。
――お父さんが作ってくれたお弁当。
咄嗟に向けた目に、それがいやに鮮やかに見えた。息が止まる。胸の痛みが少し和らぐ。
――私の、お父さんの作ってくれたお弁当だ。
何故かそれが、泣きたくなるほど胸に迫った。
「ねぇ、ちょっと……手、冷た!? 具合悪いんじゃないの!?」
マリーちゃんが顔色を変えて尋ねてくる。
心配されてるのが分かる。温かい手だ。
――分かってる。
マリーちゃんは、悪い子じゃない。『ゲームだと思っている』から言動がこの世界に合ってないだけで、多分、良いところも悪いところもあるごく普通の子だ。
自分の知りたいことを優先するより、こうやって心配もしてくれる。
……ちゃんと、いい子なんだ。
「……マリーちゃん」
「な、なによ」
そんな普通の子に、告げるべきなのかどうか、分からない。
『私』と違って、向こうの世界に心残りだってある可能性が高い。
――教えることが、この子を追い詰める結果になる可能性だってある。
でも――
「……大事な事だから、これから先に、どうしようもない大事な事が迫って来るから、あえて、教えるね」
『私』は――いや、『私達』は知っている。
もし、あの愛したゲームのシナリオが――そのストーリーが――本当に正しいのであれば、この先の未来に何が待ち受けているのかを。
私がずっと、愛したゲーム世界と同じこの世界で、恋愛に目を向けずにひたすら精霊術を学ぼうとしていた理由を。
「私は、私の記憶は、フルール家に、アリス・フルールとして生まれた時から、あるの」
「……え?」
「一人の人間として、生まれた時からあるの」
マリーちゃんの顔から表情が消えた。
触れていた手が離れる。
その目から今まであった心配の色が消えるのを見ながら、それでも告げた。
「私達がいるのは、ゲームの電脳世界じゃない。リアルなのもパッチ当てたとか、次回作の前フリとかじゃない。そもそも、ゲームはとっくの昔に運営会社が営業停止命令くらって終わってるし、ゲーム会社も倒産してる! ここはゲームの世界じゃない!!」
マリーちゃんの目が大きく見開かれる。
だけど、これは事実だ。
『私』はそれを現実で見ている。新聞の一面に書かれた衝撃の事実も。世界を震撼させたある違法行為のニュースも。病院のベッドで――医療型筐体の中で――見ていた。
楽しんでいた夢が壊れた瞬間を、この目で見たのだ。
「…………」
マリーちゃんが消えた表情のまま俯く。
ため息が聞こえた。次いで、もっと大きなため息も。
「……なんなのよ、もぅ……」
「……マリーちゃん……」
「……はぁ~~~。もぅ……」
マリーちゃんの声が重い。
蹲り。再度ため息をつき、頭を抱えて。
「……それで? ナニ? あんた、こう言いたいの?『これはゲームじゃない、リアルだー』って?『このまま精霊術極めないままだと、世界が滅ぶ』って?」
ゲームでなくリアルになってしまったことはともかく。
その『世界の滅び』は、『私達』の中では『当たり前』の話だ。
この『フルール』――いや、この世界は、精霊王との契約によって維持が保たれている。
だが、それは永遠に続くものでは無い。
近年、精霊王と契約が出来る人が少なくなってきたせいで、色々と綻びが出始めている。
ゲームシナリオでは、自分を含めて一定以上の精霊王と契約出来る人員を育成できなかった場合、恋愛パートではバッドエンドでなくとも、ストーリーパートでは百パーセントバッドエンドになっていた。
恋愛成就すれば卒業と同時に相手との結婚式エンディングが見れるが、その後に『世界は消滅していった』というメッセージが流れるという嫌なエンディングだ。――おかげで一部からは『クソゲー』呼ばわりされていた。
「……マリーちゃん、『フルール』のトゥルーエンドって、知ってる?」
「……精霊王達と契約して、『世界を元の場所に戻す』エンディングでしょ。ただし、難易度がバグってるって言われてるレベルのやつ」
「……うん」
頷いたあと、私も蹲った。……うわ。足も冷たくなってる。
「鬼畜難易度すぎてクソゲー呼びに拍車かかったやつ」
「まず四大精霊王が未だに姿すら謎っていうのが酷いわ。大地以外はシナリオでうっすら描写あるけどさー……」
「うん……大地の精霊王は私も情報知らない」
「終わってるじゃない。一番影響力ありそうな精霊なのに」
「そうだけど……」
……ん?
「あれ……?」
「なによ? 精霊情報あるの?」
「いや、それは無い、けど」
あれ?
「じゃあ、なによ?」
「いや……リアルだっていうの……疑わないのかな、って」
「…………」
そうなのだ。さっきから、マリーちゃん、そのまま会話を続けているのだ。
え? 疑ったり、狼狽えたりしないの? いや、ショック受けないならそれが一番いいんだけど……!
「……なによ。VRゲームが『DG』になった、ってわけじゃないんでしょ?」
「それは……そうなんだけど」
マリーちゃんの言う『DG』とは、二千九十年代に世界的な主流であったゲームの略称だ。
世界的な主流は『VR』ではない。
ゲームを超えたもの、Dive Gate Massively Multiplayer Online Game――異界門大規模多人数同時参加型オンラインゲーム、通称『DG』だ。
人類の地球外進出を宇宙ではなく異界に方向転換して数十年、地球外に生きる人との接触・交渉などにおいて政府や企業がどんな活躍をしたのかは私達一般人には分からない。
ただ、ようやく『異界』が一般の目に触れられるようになったのは二千八十年頃で、『DG』が発売されたのは八十年代後半だった。
ちなみに『フルール』が発売されたのは九十年である。
……世界的主流の『DG』でなく『VR』だったのは、後々世界を震撼させたある事情からだったみたいだけど。
「まぁ、『DG』でもアバターに極度に馴染まない限りこうはならないと思うけど……あ~……もぅ……出来ればそうであって欲しくなかったけど、逆に言えば、話が早いからいっかなーもう!」
マリーちゃんが頭をがしがし掻きながら喚いてる。
次いで私をジト目で見て言った。
「あのさ、どこの世界に、ふつーにウンチするゲームがあるっていうの」
「…………」
ああ!!
「ちょっと!? そこで『言われてみれば』って顔やめてくれない!? 普通に異常でしょ!? どんな変態ゲームよ!?」
「いや当たり前すぎて逆に思いつかなかった!」
「なんでよ!?」
「だって私、オムツからスタートだったし」
「最初すぎて違和感仕事放棄!?」
だってあまりにも当たり前すぎてゲームでどうだったかとか忘れてたよ。
「私なんてねぇ! この前初めて尿意覚えて我慢して我慢して我慢しすぎてお…………いや、なんでもないわ。忘れて」
……そうか。漏らしたのか。マリーちゃん。
「言っておくけど大じゃないからね!?」
「そこまで追求する気は無かったよ!?」
マリーちゃんの盛大な自爆に全私が涙しそう。赤ん坊だった私と違って、少女の時代から開始したマリーちゃんが――いや、これ以上考えまい。私にも仏心はある。
「――いや、待って、『この前初めて』? え!? それまでトイレなし!?」
「追及しないでくれない!? ちなみに無かったわよ! だから余計に分からなかったんじゃない! 言わせないでよ!」
「それまでトイレないって別の意味でヤバく無い!?」
「精霊と親和度が高いとなるそうですー! それまで食事も不要でしたー! ダンスパーティの時に飲食したらお腹が……」
あ、察し。
「それでリアル痛感したわけかー……」
「……あの料理が美味しそうすぎたのが悪い……!!」
決闘騒動が起こるまで、最近ずっと授業中も大人しいなー、とは思ってたけど……内面はそれどころじゃなかったのか。
……そして爺やさん、罪な人すぎる。
「あれからもう、何度頭の中で喚き倒したか……! クソ運営が変態パッチあてたと思いたかったけど電脳法で引っかかるからありえないし……!」
電脳法ってVRが出始めてから作られた法律なんだけど、ゲーム内の排泄行為とかは『VR』だと認められてないんだよね……リアルとリンクしちゃうと大変だし、運営のデータに排泄行為のシーンが記録されるのはNGだしで。
「そっか……でも、そうかぁ……はは」
「なによ!?」
「いや、よかった、って言っていいのかわかんないけど、どうしようかと思ったんだもの……マリーちゃん、ショック受けるんじゃないか、って思ってさ……」
マリーちゃんは口をへの字に曲げて、そっぽ向いた。
「……ショックはショックだったわよ。何がどうなったのか分からなくて怖かったし……」
「……うん……」
「そういうあんたはどうなのよ? すんなり受け入れられたわけ?」
「あー……混乱はしたけど、ねぇ……そもそも私、死んだんだろうなーっていう記憶あるからねぇ。孫に囲まれてたし」
「孫っ?」
「享年九十七! 病院で余生おくって大往生!!」
「あんた、おばあちゃんなの!?」
「若気の至りでバツイチでー。最後の記憶、視界はぼんやりしてるけど、『ばあちゃん』『ばあちゃん』って必死に呼んでる孫達の声だけはハッキリ覚えてるんだよねぇ。色々あったけど、まぁ、わりといい人生だったんじゃないかなぁ……だから心残りは無かったんだよね、向こうの世界に」
そう、『私』には心残りは無かった。
もうちょっと生きていたかったとか、孫の成長を見たかったとかはあったけど、そんなのはきっと、当たり前すぎることなんだ。
――家族と、もっと一緒にいたかった、という思いは。
けど――
「でも、マリーちゃんは、私と違うっぽかったから……心配した」
「…………」
「こっちでの始まりも、違うから……」
マリーちゃんはやっぱり口をへの字に曲げる。
そうして、口を開き――やっぱり閉じて、何度かそれを繰り返してから、ぶすっとした声で言った。
「……そこまで、心配されるほどじゃ、ないわよ」
「……無理してない?」
「……半月前なら泣き叫んでたかもしれないけどね、もうパニック通り越したわよ。そもそも、あたしだって、たぶんもう、死んでるんだろうし」
「『たぶん』?」
「終末期医療センターで医療筐体に入ってずーっと暮らしてたから、まぁ……たぶん、そうじゃないかなって思うわけ」
終末期医療センターは、現在の医療では完治できない病気で、長く生きられない人が入る場所だ。
「……ごめん……無神経だった」
「なによ。知ってて言ったわけじゃないんだから、あんたが気にする必要ないでしょ!? 辛気臭い顔しないでよね!? ……そんなに悪い生活でもなかったし、悪い人生でも無かったわよ。そっちと違って恋は出来なかったけどね!!」
男に振り回されてボロボロになる恋愛を一回だけするのとどっちが良いかなぁ……
「まぁ、『フルール』が心のオアシスだったことには変わりないわ」
「激しく同意」
なにしろ出て来る美形が皆して性格良いからねー。
……爺やさんみたいなキャラは出てこなかったけど。
「それよりも! 『運営会社が営業停止命令くらって終わってる』って、何? ゲーム会社の倒産とか、あたし、初耳なんだけど」
マリーちゃんがズイッと上半身を乗り出して聞いてくる。
自身の死亡説やリアル異世界なことよりもそっちのが大事なの!?
というか、ちょっと待って!? あれだけ大ニュースになったのに知らないの!?
「電脳法および異界交信法違反だよ!? まさに『フルール』が原因で世界的に大ニュースになったんだよ!?」
「はぁ? 『フルール』ってそんなにビッグニュースになるゲームじゃなかったでしょ? そりゃ、あたし的にはアツいゲームだったけど、恋愛シミュレーションゲーム分野でだって、よくて五番目、ぐらいなもんだったし」
それはそうだけど、ちょっとファンとして身につまされる現実評価!
ついでに地味にマリーちゃんも自分でダメージ受けてる同志よ……!
「そうじゃなくて、このワールドが問題だったんだよ! 異界が筐体とアバターを使って行き来出来るようになった時――『DG』が作られた時に、異世界同士でお互いに協力しあおう、って約束が出来て、法律が整理されたでしょ?」
「細かい法律とか気にしてなかったからー……」
気にしようよ! 若人!!
「『DG』のゲームは、基本、お互いに契約を結んだ異世界同士が、相手側のフィールドにアバターを投入してゲームをする。これはOK?」
「え、ええ」
「で、『DG』以降の『VR』ゲームでも、『DG』と同じく異世界同士で契約を結んで作るゲームが増えた。これは、異世界側のデータを――街並みや人々や役者さん達のお芝居も含めて、それらのデータを『VR』に落とし込む技術が出来たから。だから、異世界に直接行きたい人は『DG』をやって、異世界行きに興味のない人達は、五感を楽しませてくれる異世界風景の『VR』を好んだ。――ここまでは、OK?」
「う、うん」
つまり、『DG』は『異世界だヒャッホーィ』。
『VR』は、『DG』通じて異世界の世界まるっとデータで借りられて、リアルマシマシヒャッホーィ。だ。
「そして、あの運営が、『フルール』を『VR』で出した。今までのデータの集大成だって謳って」
「……嫌な予感プンプンする。ちょ、聞きたくない。なんかわかってきた……!」
「そして、ある日、世界を震撼させたニュースとなってゴールデンタイム占領、新聞トップ一面記事に『フルール』の名が! 会社の罪、『消滅した異世界データの入手を秘匿、かつ、無断で転用』!」
「馬鹿なの運営!?」
「文字通り世界的に終わったわ……」
愛してやまなかったゲームの世界が、実際にあった異世界のデータを丸パクリして勝手に作られたものだったと知った時の、あのもやもや感。
そしてその世界が今は無いということの喪失感……
「でもゲームは相変わらず好きでした」
「……あー、それはそれ、これはこれ、よね」
「だよね」
乙女ゲームは心の癒しです。疲れた心のオアシスなのです。
「ニュース以降、ゲームのワールドがどこの異世界のものなのか、研究はずっとされてて……『失われた世界』であってもまずは国がそのデータを保管して異界間協議にかけないといけない、っていうのに、一企業が勝手に転用してゲーム作っちゃったうえ、ワールドデータを取得した時の色々な情報も失っちゃってて、それで今いるこの世界がどこにあるのか見つけられてなかった……のよね」
「発見ニュースは無かったの?」
「全く無かった。その間に会社は倒産。『フルール』はロストワールドへの鍵として別の意味で人気出ちゃったけど、配信停止になったからダウンロードデータが高値で裏取引される事態に」
「……なんかヤだ」
「全くだよ」
純粋にゲームを楽しんでた身としては嫌な話だ。
「しかも検証組とかが『フルール』をクリアして、『精霊王との契約がうまくいかなくて世界が滅びたに違いない』とかって言い出してまた新聞やニュースが燃え上がる燃え上がる」
「トゥルーエンドの存在は!?」
「難易度鬼畜すぎて辿り着けた検証班なし。幻扱い」
「検証班質低いな!?」
「公開されたデータ、コアユーザーより検証班の方が精霊との親和度が低かったからねー。前から都市伝説で言われてたけど、ユーザー毎に内部設定データが変化するって噂、マジかも」
「ま、アレに辿り着けるユーザー稀だったし!? 確定ルート判明してもたどり着けない人続出だったし!?……だからクソゲー呼びに拍車がかかんのよ……」
「人からルートを教わって辿ると、何故か精霊王が出てこなくなるという罠あったしね。攻略サイト利用者全員涙目。ワールドとキャラクターの秀逸さで人気のゲームだったからねー……まぁ、それも勝手に異世界のデータを丸パクリ使用した結果の秀逸さだったわけだけど」
そしてそれがバレて会社も消滅。
あのあと、全く関係ないゲーム制作会社に対しても世間の目が厳しくなったという。
おかげで『フルール』はゲーム世界の黒歴史になっていた。……ああ、私のバイブルが……
「無駄に脳波判定秀逸だったわよね……丸パクリ会社だったんなら、あの秀逸さおかしくない?」
「その設定も含めてワールド独自のものだったんじゃないかなぁ?」
「ああ、それを丸ごとゲームに落とし込んだから、ってわけか……じゃあ、やっぱり自力でルート見つけて辿り着けた人だけがトゥルーエンド? 何人クリアしたんだろ……」
おや?
「エンディング後のエクストラ画面でチェック出来たよ? 筐体ハンドルネーム表示で」
ちなみにハンドルネームは言うまい。
ゲーム機を動かす時に設定される筐体ごとのハンドルネームは、どのゲームでも使用されてしまうと知らず、面倒だからと初期設定の名前をそのまま使用した当時の私は馬鹿だった。
「いや、それは知ってるけど、最終的に何人だったのかって気にならない?」
「ああ、それなら二名のままだっ――」
「…………」
「…………」
私とマリーちゃんはお互いを見つめ合った。
「あんた『アホゲ』か!」
「マリーちゃん『ハナゲ』か!!」
人のこと言えないけどすごいハンドルネームだね!?
「筐体が最初からもってたハンドルネームそのまま使っちゃったのよ忘れて!!」
「同志か!!」
マリーちゃんが私すぎて辛い……!
「ハンドルネームの話は止めよう……! もっと大事な話があるはず……!」
「そ、そうだね! とりあえず、トゥルーエンドに向けた攻略かな!?」
「そっちクルエリコンビとパートナーいるから、四人育てるルートで行くんだよね? ……もちろん、精霊王ルートの話、してないでしょうね?」
「してないしてない。男体化とか、お楽しみクエストのネタルートはやったけど、精霊王関連のシナリオルートは話してないよ。下手すると精霊王と契約できなくなるかもしれないし」
「人から教わっちゃダメっていうのがどれだけ関わってくるか、よねぇ……あと、どう考えてもレティシア様がハイスペックすぎるんだけど、あの人どうなの? プレイヤーじゃないみたいだけど。そもそも、あの運営がユーザー要望第一位のレティシア様ルートをずっと実装しなかったことも未だに謎なんだけど」
「……それなんだけど、一つだけ、向こうの世界でレティシア様が関わってるかもしれないニュースがあったよ」
「どんなっ!?」
マリーちゃんがガシッと私の肩を掴む。
私はひそひそ声に変えて言う。
「運営が違法行為バレたきっかけなんだけど、どうもブラックボックスを開けようとして失敗したのが原因みたいなのよ」
「ブラックボックス?」
「そう。長い間そのままにしておいたけど、何らかの理由でそれを開けようとして――結果として、その影響で違法行為が世間にバレたんだって」
「それとレティシア様に何の関係があるの?」
「『レティシア様ルート』」
「あ!」
マリーちゃんが目を瞠る。
「運営が手を加えられなかった、ワールドのブラックボックス――たぶん、それがレティシア様だと思う」
異世界転生=アリス&マリア
異世界転移=プリエール世界の全員