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特別講師


〇side:クルト



 これは酷い。

 最初に浮かんだのはもう、乾いた笑い混じりのその一言につきた。

 目の前には巨大な氷に閉じ込められた四人――と、僕らの横で同じように氷漬けにされちゃった殿下。

 立会人の先生がGOサイン出した途端に放たれた一撃で、文字通り一瞬にして勝負が決まっちゃった。

 アリス嬢とマリア様がポカーンと口を開けて身構えたままの姿で突っ立ってるけど、観客一同もポカーンだよ。


「……魔法も、この威力、か……」


 隣のエリクが顔を引きつらせてる。そういえば、彼の父親の騎士団長がレティシア様の剣の腕前を褒めてたんだったっけ?

 ……レティシア様、この学園で学ぶ必要って、あるの……?


「なんで殿下まで凍ってるのよーッ!!」


 あ。マリア様が立ち直った。

 うん。まぁ、最初にソコに気が付くよね。――凍った理由なんて、いや、ボクニモワカラナイナー。


「……クルト、これは……」

「エリク。世の中には、気づいてはいけないことも、きっとあるんだよ」

「……そ、そうだな。だが、しかし……」

「大丈夫だよ。すぐにレティシア様が解放してくれるよ。……多分」


 してくれるよね?

 そしてユニとシュエット嬢。そこでスッキリした顔しないで、お願い!


「今までが今まででしたからね!……まぁ、先の一件で、少しだけ考えなおしましたけれど」

「ええ。今までが今まででしたから!……だからこれ以上の手出しはしませんのよ。今のところ」


 二人とも溜飲が下がった、と言わんばかりの顔だけど、前なら追撃も辞さない構えだったから少しは見直されたんだろう。多分。

 何故かマリア様もレティシア様の加勢に行っちゃってたしねー……なんだかこれから、色々ありそうでコワイナー。

 それにしても、あのマリア様がレティシア様の加勢に行かれるなんて、僕、想像も出来なかったよ。

 エリクや殿下もビックリしてたから、誰も予期できなかった行動だと思う。

 マリア様、レティシア様のこと嫌ってたんじゃなかったっけ?


「ふむ。戦闘不能とみて……勝者、レティシア嬢!」

「むん」

「え……ぇぇー……」


 立会人の先生の声に、レティシア様が胸を張り、マリア様が見たこともない程情けない表情で肩を落とすのが見えた。アリス嬢は苦笑いだ。


「なにこれー……あたし(・・・)達いらなかったんじゃないー」

「いやぁ……ここまでとは思わなかったよねー。しかも無詠唱だし」

「あ! そうよ、――てゆか、あんた!」

「はいはいマリーちゃんそれより殿下助けてあげたらいいんじゃないかな!? きっと高ポイントだよ!?」

「くっ……! 後でちゃんと話してもらうんだからね!」


 ああ、マリア様がアリス嬢にうまい具合に使われてる……

 でも即座に殿下に駆けよっちゃうのがマリア様だよね。うん。今はもう何とも思わないどころか、ちょっと苦笑しちゃう感じだけど。


「マリア様、レティシア様のこと、嫌いじゃなかったの?」


 尋ねたら、魔法の氷睨みつけながら叫ばれた。


「四対一なんて放っておけるわけないじゃない!」


 咄嗟に口にしちゃったみたいだけど……うん、君のそういうところは、今も好きだよ。

 エリクに目配せしたら、苦笑した彼が肩を竦めてみせるのが見えた。

 そうだよね。マリア様も、ちょっと――いや、だいぶ変わっていて、レティシア様相手だと意固地で偏狭になるだけで、根っこは優しいんだよねぇ。

 そのレティシア様はアリス嬢と二人で氷を眺めていた。

 ……溶かしてやってくれないかなぁ……


「これ、上級ですか!?」

「いいえ、中級です。ですから、五……でなく、四人とも意識はあるはずですわ。口元に空間を残してますから呼吸も出来るはずです」

「へぇぇ……中級でもこんな大技出来るんですね。あ、レティシア様、氷と雷が得意でしたもんね!」

「光属性も得意ですわよ。ただ、今回の場合、氷が一番無難かと思いまして」

「あー……雷と光じゃ大怪我させちゃう可能性高いですもんね……って、ん?」

「あら?」


 二人が向けた視線の先で、先生が燃えていた。

 って、ミス・グリーディー!?


「この……ふざけた真似を……!」


 うわ、ミス・グリーディー、炎系魔法で氷溶かしちゃった!

 ……他の生徒はまだ凍ってるけど。


「今度はこちらからいきますよ!」

「え!? 先生、もう決着はついてますよ!?」

「負けをお認めになるのも勇気かと思われますわ?」

「黙りなさい!」


 ちょっと待って!? 立会人の審判を無視!?


「ミス・グリーディー! 決闘を汚すつもりか!?」

「お黙りなさい! あなたが早々と勝負を決めつけただけでしょう! 私はこうして自力で回復できました!」

「結果論にすぎません! レティシア嬢達が追撃していれば完全に再起不能にすることだって可能だったはずです! 勝負はついています!」

「認めません!!」


 怒り狂っているミス・グリーディーに、立会人の先生のこめかみに青筋が。

 そりゃあそうだよね。お前の判定が間違ってる、って言われてるのと同じなんだから。


「教師でありながら教えるべき生徒に杖を向けただけでなく、神聖な決闘を汚すとは言語道断! 進退をかけていただきますぞ、ミス・グリーディー!」

「同じ言葉を返させていただきますわミスター・スコット! 公爵令嬢に有利な判定を下すなんて、なにか裏でよからぬ繋がりでもあるのでしょうかね!?」

「貴様、言うに事欠いて!!」


 突発的に始まった教師二人の言い争いに、皆が慌てて二人から離れる。

 ……あ。氷漬けの三人、放置になっちゃった。

 まぁ、いいか。


「ぅ、ぅゎぁ、先生同士の戦い始まっちゃいそうですよレティシア様……。レティシア様?」


 アリス嬢がレティシア様の服の裾を引っ張り、次いでキョトンとなった。

 ――あれ? レティシア様が硬直してる?

 どこを見て――って、え!?

 なんで!?


「じ、じ、爺やッ!? なんであなた、ここにいますのっ!?」


 レティシア様の視線の先に、学園に居るはずの無い部外者――爺やさんがいた。

 何故か正座で。

 ……なんで?

 そしてその隣にいる人が大問題。

 気づいた僕らの顔から血の気が引いた。


「この……大馬鹿者がッ!!」


 大精霊術師、学園長がそこにいた。





〇side:爺や





「……成程(なるほど)。そのようなことになっておりましたか」


 学園長(スティーブ)と学園を巡ることしばし。

 校庭からそらおそろしい闘気――もとい、胸躍る気配がしたと思いそそくさと駆けつけましたら、想像通りお嬢様が氷の一撃を叩きつけている場面に遭遇いたしました。

 翻るスカート。凛々しい横顔。チラリと見えた太腿。ハラショー。

 即座に正座した私、グッジョブです。

 後で気づいたお嬢様に怒られましたが、悔いはありませんとも。

 大丈夫ですぞ、お嬢様。角度的にあの太腿は私にしか見えませんでしたから!

 え? 違う? それは失礼いたしました。


 ちなみに、今はスティーブが怒髪天を衝く状態で教師を怒鳴りつけています。

 大変ですなぁ……スティーブ、あなたも年なのですからそう興奮するのはおやめなさい。倒れてしまいますぞ?


 お嬢様達の決闘騒ぎ自体は、立会人の先生により勝敗を決められてしまっています。無論、お嬢様の勝利です。他の方の出番がまるで無かったそうですが、お嬢様の実力からすればそうなるのも仕方ありませんな。

 なにしろ私共執事が全力でお育てしたお嬢様ですからな……えぇ、小さなお可愛らしい私共のお嬢様に、親切丁寧かつ徹底的に教えましたとも。あとで旦那様に『やりすぎだ!!』と絶叫されましたが知りませんとも。

 そのかいもあって、広範囲魔法であれ範囲を完璧にコントロール済み。どんな高威力の魔法でも心配はいたしません。

 ……何故か殿下が巻き込まれていますが……まぁ、いいでしょう。


 その後にあったいざこざはスティーブが激怒していますから、そちらに(一旦は)任せておきましょう。

 やっておしまいなさい。私も及ばずながら力添えいたしますぞ。


 それにしてもお嬢様、決闘とはお若いですなぁ。

 旦那様もお若い頃に色々とやんちゃをしておられましたが、お嬢様も同じ血が流れておいでですな。これから先の学園生活も目が離せません。


「まったく! 教師が生徒間の決闘に加わるとは……嘆かわしい」


 おや。スティーブ。お帰りなさい。

 お説教はおすみですか? え? 後で職員会議にかける?

 団体の長は色々と大変ですな。勿論私も参加させてくださいますよね?

 勘弁してくれ、と? 聞けませんなぁ。


「膿を出す良い機会ではありませんかな?」


 スティーブがこめかみを揉んでいます。お気をつけなさい。毛が薄くなっておりますよ。


「現実と結果を重く受け止め、厳罰をお願いいたしますよ、学園長」

「……まったく、よりにもよってこの方がおいでの時に」

「何か言いましたかな?」

「なんでもありません」

「執行には私も同席いたしますので、そのおつもりで」

「……どうかお手柔らかに」

「何か言いましたかな?」

「……いや、何も」

 

 しっかり聞こえていましたが、聞かなかったことにいたしましょう。

 基本、呑気――もとい、おっとりなお嬢様が決闘騒ぎを起こすまでにいたったのです。余程のことがあったとみるべきでしょうからな。

 それにしても――


「そうそう、お嬢様。先程の魔法はなかなかお見事でございましたぞ」

「! そ、そうかしら? 爺やから見て、合格がもらえるぐらいかしら?」


 近くにいるスティーブに遠慮してか、私をジーッとジト目で睨みあげるばかりだったお嬢様が、パッと顔を輝かせました。

 お嬢様。相変わらずチョロうございますな。


「まぁ、最初にうっかりと範囲をミスって(・・・・)しまったのは減点ですな?」

「そ、ソーネー。キヲツケナイトイケマセンワネー」


 やはりわざとですかお嬢様。

 ……仕方ありませんな。お嬢様が直接手を下されたのであれば、私からはやめておきましょう。今もまだ半分氷漬けですからな。追い打ちもやめてさしあげます。


「お二方も、レティシア様についてくださり、ありがとうございました」


 私はアリス様と、少し離れた場所のもうお一方に声をかけます。


「いえいえ、実際には何の役にも立ちませんでしたけど」

「……そうよ。何も出来なかったわ」

「あら。少なくとも、一緒に戦おうとしてくださったのはとても嬉しかったですわ!」

「えへへ」

「え、ぁ、ぅん」


 お嬢様の声にアリス様がはにかまれ、もうお一方はなにかちょっともじもじされました。

 それにしても、アリス様はともかく、もう一人のご令嬢は色々と難があった方ではありませんでしたかな?

 いつの間に仲良くなられたのやら。お近づきにならないでくださいと申し上げた気がするのですが、お嬢様、どういうことでしょうか?

 たしかにあのお胸は一見に値すると私も思いますが。


「……爺や。貴方、どこを見ていますの!?」


 何故いつも速攻でバレてしまうのでしょうなぁ。

 おっと、氷から救出された殿下がもの言いたげな視線をお嬢様に向けておいでです。遮っておきましょう。


「……レティシア、お前……。……いや、それよりも、何故この場に学生でも職員でもない者がいる?」


 おや。私のことですな。

 仕方ありません。お相手してさしあげましょう――と思っていたらスティーブが血相変えて私の前に割り込んで来ました。

 どういうことですかな?


「こちらは! 教員の質向上の為にお越しいただいた特別講師でいらっしゃる」

「教員の、特別講師?」

「左様。生徒に直接教えることは無いと――」

「少しぐらいなら良いですぞ」

「無いと!! 思いますがな!」


 スティーブ。なにもそこまで力をこめなくても良いのではありませんか。

 頼むから大人しくしててくれと目で訴えられておりますから、まぁ、今回は大人しくしておりましょう。

 おや、お嬢様。ちょっとむくれたお顔がお可愛らしいですな。


「……爺やが、先生方に授業、ですか」


 ふ。


「お任せください、お嬢様。お嬢様達の前で教鞭をとる教師陣です。私の目に適うまで全力で鍛え上げてごらんにいれましょう」

「手加減していただけませんかなぁ!?」


 スティーブが何故か頭を抱えていますが、譲れませんとも。


「あのっ、爺やさん。もしかして、爺やさんも、しばらく学園においでになる、ということですかっ?」


 ユニ様が目をキラキラさせながら駆け寄っておいでになりました。

 揺れるお胸が素敵ですな。


「ええ。いつもではありませんが」

「まぁ!」

「よかったですわね! レティシア様!」


 一緒に駆けておいでになったシュエット様と手を取り合って喜んでいらっしゃいますが、困りましたな。


「ゴホン。残念だろうが、こちらの方がおいでになるのは教師棟でな。生徒には基本、関わり合うことはない」


 スティーブが威厳ある声で告げる言葉の通り、私はあくまで『教師に教える』立場で招かれます。

 生徒のいる棟にはこっそり忍び込んだり、密かに張り込んだり、認識阻害魔法を駆使して入り浸るぐらいしかできないのです。


「それは……残念ですわね」


 おお、お嬢様。そんなお顔はなさらないでいただきたい。

 大丈夫ですぞ。この爺や、姿は見せずとも四六時中傍におりますぞ。

 おっと。スティーブから『くれぐれも自重を!』という眼差しが飛んできました。大丈夫です。バレるヘマはいたしません。

 ――と思っていたら、お嬢様から忠告が。


「……爺や。お店の方もきちんとなさいね?」


 お嬢様には敵いませんなぁ。

 ところで、先ほどからアリス様とあのお嬢さんが小声でやりとりをされているのですが、お嬢様達は気づかれていないようです。

 ずいぶん真剣な表情をされていますが……これはなにか、厄介事ですかな?





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