duel
〇side:レティシア
魔法も武技も、身に危険が迫った時以外で軽々しく使うことを禁じられています。
授業中の実技は、先生方の監修あって初めて認められる行為。定められた時、定められた理由が無い限り、それを誰かに向けて行うことは法律で禁じられているのです。
では、もし、何らかの事情で自身の意思を貫き、それを公に認めさせなければならない、という時――地位や金銭、周囲への根回し以外の方法で、自らの力で成し遂げようと思った時に行われるのが『決闘』です。
私情での戦闘を禁じている学園内で、唯一互いに全力を尽くして闘うことの許されるシステムでもあります。
決闘が成立する条件は三つ。
一つは『決闘』を申請するに足る理由があること。
もう一つは『決闘』において審判を司る立会人が居ること。
最後の一つは、お互いに『決闘』を行う旨の承諾があることです。
「レティシア様……!?」
アリス様達がそれぞれの場所から駆けつけて来られました。
あ。そこの地面、凍らせてますから気を付けて?
「いくらなんでも、決闘は……!」
「いいえ。現在の授業内容において、私は納得いかない部分が多くありました。それはマリア様のお話に出てきた、聞き逃せない部分と一致します。――下級生を導くために選出された方々が、その実、その内容に相応しく無いというお話です」
「レティシア様! 貴方まで……!」
「お三方、今まで授業に来て、何をなさいましたか? 殿下のお傍で殿下をもてはやすだけの上級生など、授業には不要です。そのような方々が『選抜』されるなど、本来あってはならないことでしょう。しかもこれは学園が裁可なさったこと。であれば、此度の一件、選抜からその認定に至るまでの全てを公にしていただき、現状の報告と共に選抜の見直しも申請しなくてはなりません。とはいえ、授業時にいかにあなた方が何もされなかったかを証明出来るのは我々当事者のみ。根拠の証明として、万人に認められるものとは言い難いものがあります。それに」
そこまで言って、私は強ばったお顔の三人をそれぞれ見やりました。
ゆっくりと。
丁寧に。
「そちらも、実力を示すことなく言われるがままに退くのでは、後々不満が残りましょう?」
「……!」
まぁ。どうして後退られますの?
「が、学園の方針に逆らうのですかっ?」
「先に申し上げました。あなた方が教える側に立つのは納得しかねると。ならばお互い、実力を示すべきでしょう。まして、そちらは私達を『足手まとい』であると断じられました。名誉をかけて戦うべきと判断いたしますわ」
「あれは! ……そう、言葉のあやで!」
「このクラスは足手まとい。殿下は自分達が教えたほうが良い。ハッキリと仰っていたかと。私はこの耳で聞きました。それとも、自らの力は人を教えるに相応しくないとこれ以降の授業に関わるのを一切おやめになられますか? 勿論、事情の全てを学園側に申し出て、正式に、です」
「そ、それは……」
「で、あれば、杖を」
決闘か。
戦わずしての負けを認めての敗退か。
「……レティシア様。困りますね。このような騒動を起こされては」
「先生!?」
ふいに横合いから聞こえた声に、ユニ様達が驚いて声をあげられました。
……そういえば、おられましたね。この授業、最近、三年生に任せられてて存在感がありませんでしたけど。しかも以前お二人だったのが今はお一人のみです。
確か、先輩方が最初に来られた時、嫌そうにこちらを見ていた先生ですね?
「先の騒ぎはよろしいと仰いますか?」
「騒ぎの大きさが違います。決闘だなどと……困りますね」
「私もとても困っておりますわ、先生。一年の授業で三年生が一年生を押しのけて自分が参加しようだなんて……選抜の方法について、問いただしたく存じますが?」
「学園の方針です。貴方が口を挟むべき事ではありません」
クラスのざわめきは非難を多分に含んでいましたが、三年はホッとした顔で口元に嫌な笑みを浮かべておられます。
……ああ、つまり。
そういうこと?
「つまり、先生はこの内容に対し、実際に授業を受ける側がどのような不利益を被っても構わない、という認識でよろしいですわね?」
「口が過ぎますよ、レティシア様。いかに公爵令嬢とはいえ、弁えていただかなくてはいけません」
「決闘に横やりを入れるということの意味を、ご理解してのお話であった、という認識もこちらはもっておりますが。よろしいですわよね?」
先生はポカンと口を開けられた後、サッと顔色を変えられました。
「思い上がるのも大概になさい! 私とも決闘をすると言うの!?」
「それを思い上がりと断じる理由をお聞かせいただきたく存じますわ、ミス・グリーディー。授業を受けて間もない小娘が、という意味でありましたら、これ以上ないほどの侮辱ですわね」
「ご自身が公爵家のご令嬢であることを盾にしての振る舞い。人として恥ずかしく無いのですか!」
「私がいつ、家や血筋を口にしましたか? あなたが勝手に口にしているだけで、私から何一つ申し上げておりませんが。そもそも、決闘に際して、それらが何の意味があるのでしょう。ミス・グリーディー。王国の法にある『決闘』の項目に何が書かれているのか、ご存じでいらっしゃいまして?」
いっそ冷ややかに告げると、ミス・グリーディーの形相が完全に変わりました。
「……いいでしょう。そこまで言うのでしたら、受けてさしあげましょう!」
「ありがとうございます」
よし!
「レティシア様! 流石に無茶ですわ……!」
「いくらなんでも先生が相手だなんて……」
ユニ様とシュエット様が顔色を変えておいでです。他の方々も悲鳴を呑み込んでおられるようですけれど――
「「……手加減、大丈夫ですの……?」」
お二方の気がかりとは多分、百八十度違うのでしょうね。
そんな私の側はともかく、ミス・グリーディーの方も悲鳴があがっているようです。
「そこの三人! あなた方もです!」
「えっ!?」
「そんな!?」
「私達も!?」
すでに他人事のような顔をしていた三人に、ミス・グリーディーの目がつり上がります。
……事の原因はご自身達でしょうに、あの三人、大丈夫かしら……
「あなた方も選ばれたからには実力を示しなさい!」
「ええ!? え、えぇと、その……」
「私達はー……その、ねぇ?」
「そ、その、レティシア様と決闘するなんてことは……」
「言い訳無用!」
なにかチラチラ見られていますけど、私、纏めて叩きのめす気満々ですわよ?
……? あら? マリア様が何か頭を抱えていらっしゃいますわね。
あら、目が合いましたわ。
あらー……?
◎side:マリア
なにこれ!? なにこれ!? どうなってるの!?
もう何度目か忘れたけどこんなイベントも知ーらーなーいーッ!!
いったいなにがどうなってるのよ!
いつの間にか当事者が変わっちゃってるんだけど、なんでレティシア様が三年相手に手袋叩きつけるの!?
決闘イベントの相手、あたしのはずでしょ!? なんであたしじゃないのよ!? しかも時期が違いすぎる! なんで強化合宿前に起こってるの!?
――シナリオがバグッてる!!
しかもなんか先生まで参加しちゃってるし! 先生は中立NPCじゃなかったの!?
レティシア様もイケイケで煽りまくってるし! そんなキャラだっけ!?
てゆーか、レティシア様って基本、会話シーンほぼ無くて無言キャラだったし、『主要人物なのに情報極少』っていうファンの間では不憫筆頭キャラだったのに、このレティシア様、フットワーク軽い上にめっちゃ喋るんですけどキャラクターもバグッてる!?
「決闘とか言ってるのはここかぁ!?」
ぅっわーい何か増えたー。って、先生じゃん! 騎士科目の先生じゃん!
良かった止めてぇ――
「立会人は任せろ!」
ぇええええいお前もかぁあああ!!
知ってたけど! シナリオ群から薄々感じ取ってたけど! ここの国、基本脳筋だ!!
ああっ! なんか知らないうちにみんな自主的に動いて決闘フィールド作ろうとしてる! あんたたち早すぎない!?
「私の方は準備完了ですわよ。さぁ! いつ始めましょうか?」
レティシア様ー!?
ちょ!? 四対一ィ!!
冗談じゃないわよ!
〇side:レティシア
立ち合いの先生も来てくださいましたし、これで決闘の準備は整ったと言っていいでしょう。
手をクイックイッと招いてさしあげていると、何故かクルト様達が動揺されました。
「え。待って、レティシア様、四対一?」
「いくらなんでも無茶だろう!?」
「クルト様、お邪魔になりますからもう少し下がってくださいませ」
「エリク様もこちらへ」
「待て! 一対一で無いのなら……」
「はいはい。殿下もこっちですよ」
「ぐえ」
ユニ様達がクルト様達を引っ張って行く中、呆然と見ていた殿下が慌ててこっちに来ようとしてユニ様とシュエット様に首狩りみたいな感じで引っ張っていかれました。
……あれ、地味に痛そうですわね……
ともあれ、皆様速やかに移動してくださったおかげで決闘のスペースが空きました。あとは結界を……あら?
「……!」
あらら? マリア様がこっちに?
え? アリス様も?
「私も参加するわ!!」
え!?
「私もです」
ええ!?
「あの……」
「不服だと言ったのは私が最初よ! レティシア様だけにさせてたまりますか!!」
「……マリーちゃんの中の人には何かのイベントと間違われてる気がする……」
「あんたやっぱり……!」
「ぉぉぅ、後で後でー。あ、レティシア様、私も参加しますよ! 流石にこの人数差は放っておけないです」
そ、そう?
心配させてしまったのかしら……?
……爺やと散々実戦してましたから、あの四人相手でしたら多分杞憂だと思いますけれど。
……でも、嬉しいものですね!!
「下がりなさい! マリア・ニンファ! アリス・フルール!」
「「お断りです!!」」
声まで揃ったお二人は、すでに杖を手に戦闘準備万端です。綺麗に体内を魔力が循環している気配もいたします。
あ、あら? 早くない?
……お二人とも、仲いいの……?
「まさか、教師の立場にある人が、一人の生徒を、しかも一年生を相手に最上級生三人と一緒に戦おうだなんて、そんなこと思っていらっしゃったりはしませんよねー?」
マリア様がミス・グリーディーに向けた杖をくーるくーる。
「な!? 失礼な!」
「なら、むしろ参加して人数をあわせるのが当然ですよね~? 外聞も非常に悪いですし~」
「……っ!」
マリア様、楽しそうですわねぇ。
「一応、平行魔法も出来ますし、精霊術の腕前は練習の通りですから、足手まといにだけはならないつもりです! 一緒に戦いますよ、レティシア様!」
「あの、アリス様……本当によろしいの?」
「はい! ちょっと確かめたいこともありますし、是非!」
「そ、そう?」
アリス様の腕前は知ってますから、ありがたく受けておきましょうか。
ええと、マリア様は……
「マリーちゃ……でなくてマリアサマはええと……あ、ちゃんと七百超えてる」
「ちょっと! あからさまに様付きを記号みたいに呼ばないでくれない?……てゆか、やっぱりあんた――」
「ストップ。だからそれは後で。パーティーの後すぐ来るかなって思ってたのに全然来なかったんだから後回しだよ。とりあえず、イベント三十二のルートA、で通じる?」
?
「~~~ッ! ったくもう! 通じるわよ! で? 戦術は一なの? 二なの?」
??
「レティシア様次第だけど、二かな。先生はタゲ固定でマラソンか完封で。後の三人は速攻で」
???
あの、私、通じないのですけど、何の暗号かしら……?
「了解。とりあえず【麻痺】と【封印】はデフォよね。分かってると思うけど、氷と風と光はSSだけどそれ以外はS。総合評価でSよ。分かってると思うけど!!」
「強調しなくっても良いってー。じゃあ、こっちで【封印】するね。……ちなみにステータス、見れる?」
「見れるわよ! も~……なんでいきなりマルチプレイになってるのよ、後で説明してよねほんと! ちなみに雑魚散らしどうすんの?」
「せっかく氷の力場が発動したままだから氷系範囲魔法で潰そう。停滞と朦朧の異常も付与できるかもしれないし」
「おっけ。速攻で潰すわ。っていうか、先生どうすんのよ」
「あ……あの~……」
待って!? 二人して揃って振り返らないで!?
「よく、分からないのですけれど、作戦……でいいの?」
「え!?……あ、え……? ああ、そっか、プレ」
「はいストップ。えっと、レティシア様、確認なんですけどステータスってわかります?」
?
「……あ、はい。把握しました。やっぱりそうですよね。うん。ええと、私もこっちのマリア様も、人の……えーと、素質とか、能力値を見抜けるんです」
「凄いわね!?」
「あ、えと、ただ、そのー、レティシア様の能力とかは見えないんですよ。爺やさんも見えなかったんですけど、どうも見られる人と見られない人がいるみたいで、あっちの人達は全員、見えます」
あっちの人、というのはミス・グリーディ達ですね。
「三年生は、私やマリア様より数値低いんでなんとか出来ます。魔法の種類、まだ少ないですけど一つ一つ威力高めて行いますから。ただ、先生はちょっと今のステ……えーと、能力値では総掛かりでやらないと厳しめなんですよね。弱体魔法重ねがけして完封するのがベストですけど」
「? それなら、私が先生を封じれば良いのでは?」
「……へ?」
「えぇと、レティシア様、出来……ちゃうんですね、あ、ハイ」
お二方ともポカンとした顔をされてますけど、そんなに不思議なことでしょうか?
少なくとも、爺やレベルでなければ開幕氷漬けに出来ますわよ?
「えぇと、それじゃあ、先生はレティシア様にお願いします」
「はい」
お任せください。
爺やの提案に泥を塗ってくださった人に手加減なんてしませんわ。
「さぁ! 始めましょうか!」
ちなみに。
開幕全員氷漬けにしたら、マリア様にものすごく怒られました。
「なんで殿下まで凍ってるのよーッ!!」
ナゼナノカ、ワカリマセンワー。




