表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/63

バナナフランベ


〇side:爺や




 ランチタイムが終了になりました。

 怒涛のランチラッシュはここまでですな。とはいえ、夕食までのスィーツタイムはご婦人方達で賑わいます。また、夕方からはディナータイムで賑わいますから、正直、どの時間帯でも暇はありません。

 ふむ……お嬢様とゆっくりティータイムを、というのは夢のまた夢になりつつあります。どうしてこうなったのでしょうか……

 それはともかく。

 お聞きしたところ、午後のお嬢様達はお買い物タイムだそうです。なんと羨ましい。しかし、荷物持ちは不要とか。残念な事この上ありませんな。

 殿方はしっかり護衛をお願いいたしますぞ。


 予想通りお寝坊をされたお嬢様は、午前中は旦那様宛てのお手紙に没頭していたのだそうです。不満そうなお顔のお嬢様を見ていると、お嬢様がお可哀想やら、旦那様が不憫やら。

 いつか私も、「爺やのところにご飯を食べに行くのは面倒ですが仕方ありません」と言われてしまうのでしょうか……?

 想像するだけで胸がキュンキュン、いえ、胃がキリキリしてしまいますな。精進精進。





 馴染みのお得意様や商人の方とお話することしばし。

 バナナのおすそ分けをいただきました。卸しの商人からの品です。

 お会いする度に雑談を交えて食事に誘っておりましたから、それなりの縁が出来ているようでございます。

 もちろん、商売の話もしますとも。

 南との取引とは、なかなか商隊の規模も大きくなってきたようですな。次は香辛料をお願いいたしましょう。ほぅほぅ、最近、東からの商品が関税で値上がりしている、と。

 ふむ……どうやら東方面の収穫に、なにやら異変が起きているようですな。


 さて、せっかくバナナが手に入ったのでちょっとしたおやつを作りましょう。

 用意するのはバナナ、バター、ブランデー、砂糖です。

 バナナは一センチ厚の輪切りに。

 フライパンにバターを入れ、溶けたところでバナナを炒めます。ただし、必ず中火で。

 表面がやや透き通りましたらそれが合図でございます。

 中まで火が通っているのを確認したら、砂糖を加えて炒めつつ溶かします。

 砂糖が溶けるのは早いですから、タイミングはシビアに。

 ブランデーを投入し、強火でアルコールを飛ばします。

 さ。これで出来上がりでございます。

 付け合わせはアイスクリームでいいでしょう。

 器に盛った後、ココアやシナモンはお好みでどうぞ。







 皆でバナナフランベをつつきながら料理を続けていたら、緊急事態が発生いたしました。


「人払いを頼む」


 なんとまぁ。面倒な。

 旦那様のご到着です。

 ……鳥便でなくご自身で馬を駆って来られるとか、何をしていらっしゃるのやら。

 お供は護衛騎士七名ですか。いくら公爵とはいえ、学園に帰属しない騎士をよく都市に入れれましたな?

 顔見知りがほとんどですが、見知らぬ騎士もおります。後で手合わせしてみましょう。


 さて、こうなっては仕方がありません。

 慌てふためく部下達を目配せで調理に戻し、私は旦那様の案内に立つといたしましょう。ああ、部下Aは私のかわりにローストチキンを仕上げるように。


「途中で離席とか……!!」


 文句は旦那様に言ってください。私とて不本意です。


「いらっしゃいませ、旦那様。まずはこちらへ」

「う、うむ」


 なぜ、腰が引けていらっしゃいますか。

 ああ、護衛の方々は二名まででお願いいたします。

 待機先? 周囲の警戒でもお願いしておきましょう。そうそう、勝手口にたむろしている浮浪者には手を出さないように。彼らは今、待機中兼見張り中なのです。

 そして旦那様。珍しそうに周囲をキョロキョロしない!


「仕事中であったようだな」

「ご覧いただいたとおりでございます」

「う、うむ」


 おどおどするぐらいなら、最初から先に連絡をまわしていただけませんかね。

 まぁ、急ぎ駆けつけた理由は察しておりますから、今回は不問にいたしますが。

 旦那様を案内したのは二階奥の個室です。最近、お嬢様達をご案内することが増えている部屋でもあります。

 人目を気にせず食事が出来る場所でございますが、本来は私の休憩室です。


「駆け通しでお疲れでしょう。まずはこちらをどうぞ」

「む。すまんな」


 ワインと先ほどのバナナフランベです。

 旦那様にとってワインは水と同じレベル。どれほど飲んでも酔うことはありません。

 ……お嬢様のシャンパンフィーバーは、奥様のほうの血でしょうかな……?


「むぅ……美味いな」

「それはなによりでございます」

「貴殿が弟子を連れて出てしまってから、このレベルの料理を食べられなくなってしまってな……」

「言葉遣いは外向けに戻されたほうがよろしいでしょうな」

「う、うむ」


 まったく。気を抜くとこれだから、心配になるのです。

 旦那様。あまりにも気が抜けているようなら、昔みたいに「坊っちゃま」と呼びますぞ!


「他の者も相応に鍛えてあったと思いますが」

「いや、やはり貴殿……あー、お前がいるのと比べると、な。実質、一段階ぐらいは味が落ちる」


 ふむ。ギリギリ「坊ちゃま」呼びはやめてさしあげましょう。


「たるんでいるようでしたら、躾に行くと伝えておいてくださいませ」

「分かった。……彼らもたるんでいるわけでは無いと思うが、な」


 旦那様は苦笑し、すぐに表情を引き締められました。

 本題ですな。


「ここに来た理由は、お前ならもう察しているだろう」

「お嬢様の件でございましょう。公爵家の判断はどのようなものになりましたか?」

「婚約は話自体を無かったことにする」

 『うおー!!』

「どちらかから破棄する、という形は内外に不穏を招くゆえに……おい、なんだ今の声は!?」

「さて。なんでしょうかな」


 部下A&B!!

 盗聴穴でも仕掛けていましたか!? 一階の厨房全員、たまねぎの刑です!!


「王家としても、それが一番傷が少ないでしょう」

「そうだ。本音を言えば血祭りにしてやりたいところだがな」


 ……。

 厨房、静まり返りましたな。

 聞かなかったことにしなさい。


「だが、落とし前はつけさせねばならん。これは妃殿下も同意見だ」

「立場ある者としての心構えを、再度身につけさせねばならないでしょう。いったん、王宮に戻して鍛えなおしたほうが良いと思いますが」

「だが、それでは精霊術を高める機会が失われる。王都はここから遠いからな」

「どちらを優先すべきか、ですな」


 王として立つべき資質を高めるだけであれば、王宮で妃殿下が鍛えるのが一番でしょう。問答無用でやるでしょうからな。

 ですが、妃殿下の精霊術の腕前は中級程度です。

 ……いえ、中級程度であっても本来なら相当なものですが、精霊王との契約が出来なかったというのはやはり痛いところですな。

 あの王子は資質そのものは悪くありません。上手く資質を伸ばせば、いいところまでいく可能性があります。妃殿下ではその資質を伸ばすのは不可能でしょう。


「お前の見立てを聞きたい。殿下は、可能性があるか?」

「『器』としては、それなりに良い資質かと。水や森、花の可能性はあるでしょうな。本来であれば火が一番適正があるのでしょうが、此度の件、火の精霊は快く思っておりますまい。彼らは信義を重視しますので」

「……やはり、最有力は潰れたか」

「生来の正義感が良いように働けば、最有力候補でしたでしょうな。以前の契約者殿と似た資質でしたので。これからのがんばりしだいではありましょうが、相当、道は険しくなったかと」

「風はどうだ?」

「風はああいった方を嫌う傾向にありますな。揺ぎ無い己をもちつつ、周囲に流されすぎない者を好むのが、今までの契約者からも読み取れるかと。殿下では無理でしょう」

「四大精霊との契約であれば、水が最も可能性がある、ということか」

「そうですな。ただ、六大精霊とした場合、光の精霊も可能性があるかと」

「光か……」

「国のためを思うのであれば、水や森、花のほうが好ましいと思いますが」


 水や森、花の精霊の力は他の植物にも作用します。

 大地ほどでは無いとはいえ、地を豊かにするのであれば国民にとって非常にありがたい精霊なのです。その精霊王と契約した場合、世界の維持と同時に加護をもらった国の繁栄にも繋がることでしょう。

 光は、まぁ……平時は「夜道も明るい」ぐらいにしか加護がありませんからな。


「妃殿下は殿下を手元に戻して鍛えなおすことを希望されている。だが、陛下はそれに反対でな。精霊王との契約が可能そうな資質もちであれば、城に戻すわけにもいかん。……どちらの気持ちも分かるが、国民を思えば、陛下の希望をとりいれるべきだろう」

「本音は」

「一から出直して来るがよいわ馬鹿王子が!!」


 旦那様の本音は、妃殿下と同意見、と。


「お前はどう思う?」

「下手に王宮に戻して政治に使われるよりは、学園に閉じ込めておいたほうがよろしいでしょう」


 王宮では私も手出しができませんしなぁ……


「あんな馬鹿が娘と同じ部屋で勉強するなど、我慢ならん!」


 そこは私も同意見、と。


「かといって、別室で個別に、というわけにもいきますまい」

「いや、それも罰として考えている」


 やるんですか。


「あとは、そうだな……卒業まで常に学年一位を保持すること、などだな」


 お嬢様達を猛特訓させていただきましょう。そうしましょう。


「しかし、個室に隔離する方の案だが、教師の数が不足しているのがネックでな。精霊術を教えられる者は数が少ない。精霊の特性を分かっている者は尚のこと少ないからな」


 ……見つめてくるのはやめていただきたいものですな。

 お嬢様以外と見詰め合う趣味は私にはございません。


「一定以上の教育を修めた二学年、三学年の者から選抜すれば良いかと。人を教え導くのも自らの資質を開花させる手助けとなるでしょう」

「……そうくるか。だが……人手不足の解消にもなるな。学園長に声をかけてみよう」

「ただし、授業内容は厳選したほうがよろしいかと」

「……どういう意味だ?」


 おや。ご理解いただけていないようですな。


「人は自らが出来ることを、他も出来て当たり前だと思い込みやすいものです。ですが、実際のところそんなことはありえません。私が料理を作れて旦那様が料理を作れないのもその例の一つですな」

「む。焼くぐらいならば出来るぞ。……だが、言いたいことはわかった。無理難題を無自覚にふっかける者が出てくるか」

「必ず、出るでしょうな。そも、AクラスとEクラスとでは授業内容も異なりましょう。そして一学年の者にとって一番大事なのは、いかに精霊と上手く付き合えるか、その方法の取得です。最初から波長のあっている者は良いでしょうが、そうでない者はまずその段階で躓きます。そこを乗り越えれば、一気に資質を伸ばす者もいるでしょう」

「……妃殿下も最初はそうだったものな」

「陛下もですな」

「私はお前に師事していたから、最初から出来ていたが……」


 旦那様がもの言いたげな目をされましたが、無視でございます。


「選抜する者は、飛びぬけて才能がある者でなくてかまいません。精霊と上手くつきあっている者、その精霊の特性をよく理解している者。その中でも人の話をよく聞き、心の優しい者を基準に選ばれるのが良いでしょう。担当者には何かしらのボーナスがあるべきでしょうな。試験において『教育』分の点が加算されるなどが無難なボーナスかと」

「うむ。それらも伝えておこう。……ところで、だ」


 話が切り替わる予感がいたしますな。

 なんでしょうかな?


「その、だな。お前は、どうするつもりなのだ?」


 問いが曖昧ですな。


「殿下に対して、ですかな?」

「ああうん、今の顔で分かった。バレなければ何でもして良い」

「ありがとうございます」


 許可が出ましたな。さぁ、明日から忙しいですぞ!

 実のところ昨日からやっていたりもしますが、秘密ですな!


「それでだな、レティシアのことは……いや、あー……その、だ。どうしている?」


 また曖昧ですな。

 もっとハッキリ申し上げていただきたいものです。


「お嬢様でしたら、お友達と一緒に恙無くお過ごしです」

「友達か! 今度屋敷に招こう!」


 親馬鹿ですなぁ。


「いや、そうでなくてだな。……えー……ほら、色々、あるだろう?」

「殿下に対してですかな?」

「は? ああ、そうだな?」


 ?

 なぜ、意外そうなお顔ですかな?


「どうも、殿下に対してはさほどお心を惑わせてはいないようなのですが……」

「うむ」


 ……『うむ』?


「旦那様はその理由を知っていらっしゃるのですかな?」

「はぁ!? ……あぁ、いや……いや待て、なぜお前が分からない?」

「申し訳ございません。教育者として失格ですな」

「いやいやいやいやそうでなくて……ああいや、まぁ、それはともかくとしよう。うん」


 いえ、置いておかれても困るのですが。


「それでだ、どうなんだ?」

「いえ、ですから、私から見るに、お嬢様は殿下との婚約解消についてはむしろ乗り気のご様子のようで、あまりショックを受けていらっしゃらないようです」

「うむ」


 ……だから、なぜ、そこで当然そうなお顔なのですかな?


「それはいいのだ。それ以外に、こう……あるだろう?」

「そうですな……周囲の動きを気にされておられましたな」

「ああ、まぁ、それもあるだろうな? それで?」

「王家と公爵家のことは旦那様に任せて学業に専念してくださるよう、伝えてあります」

「……それだけか?」

「? 旦那様の動きが分からない以上、そこまでしか伝えておりませんが。王家を滅ぼしますか? 殿下廃嫡にむけて下準備をした後、この国をのっとりますか?」

「それも考えたが、此度の一件でそれを行えば、内外で騒乱が起きるからな。レティシア自身が泰然としていることもある。あの娘が泣くようなことがあれば、それこそ決して許さんが」


 何故かそこで私を見て、何を見たのか非常に満足そうに頷かれました。

 ……私はどんな表情をしていたのでしょうかな?

 ツルリと撫でてみても、いつもの顔のような気がいたしますが。


「では、公爵家は、表立っては我慢しておく、と」

「表立っては、な。それに、我慢は一度だけだ。次に何かあれば王子の廃嫡も視野に動く」


 ほぅほぅ。


「だが……いや、それよりも……」


 それよりも?


「…………」

「…………」


 何故、だんまりですかな?

 そしてお待ちください。そのため息は何ですか。


「……まぁ、いい。時期尚早だったようだ……」


 なぜ、肩を落とされるのでしょうかな?


「何かご指示があるのでしたら、一応、承りますが」

「……教員」

「まぁ、考えておきましょう」


 やるとは申しません。


「では、また来る」

「次は先触れをお願いいたします」

「……分かった」


 私の顔をしげしげと見やり、妙に気になる盛大なため息をついて旦那様はお帰りに――


「――ところで、あそこの液体に突っ込まれている薔薇の花束は、なんなんだ?」


 早く帰っていただけませんかな!?





 やっと帰りました。

 厨房に部下AとBがいないのが気になりますが、後でたまねぎの刑を二倍にしておきましょう。

 それにしても、今日の旦那様はいつになく挙動不審でいらっしゃいましたな。

 そもそも、この程度の遣り取りであれば、鳥便で良かった気がするのですが……

 旦那様は、結局、何を話したくておいでになったのでしょうかな?





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ