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新しい朝


〇side:レティシア




 朝です。

 肌触りの良いシーツのベッドは、自宅のものと違って硬く、作りも質素ですが気になりません。

 持参の枕だけがふかふかですが、この程度の贅沢は許していただきましょう。学生の中には、自分の家から調度品を一式全部持ってきている猛者もいるようですし。


 学生宿舎のうち、女子寮であるこの部屋のナンバーは『101』。

 一階の一号室、という意味です。

 二階は二学年、三階は三学年となっていますので、一階にいるのは全員一年生ということになります。

 使用者は私、レティシア。

 ただし、ナンバープレートの所に使用者名は書かれません。これは、不届き者の侵入があった際、個人を特定されないための措置だそうです。

 もっとも、この学生宿舎に忍び込む剛の者がいるとは思えませんが。


 それにしてもよく眠れました。なんだかとても心が軽いです。

 良い夢を沢山見れたからでしょうか? ああ……だんだん記憶が薄れていきますね。夢はどうしてこうも儚いのでしょう。

 でも本当に素敵な夢でした。

 爺やが若返っていたりして、今考えるとちょっと笑ってしまいます。私にそんな願望でもあるのでしょうか? 私、爺やのあの皺も大好きなんですけれど……

 でも楽しかったですわ!

 ユニ様やシュエット様達も素敵でしたし、アリス様の二通りのお姿も素敵でした。

 美味しい料理に、美味しい飲み物、ダンスにお喋り!

 こんな夢が見れるだなんて、私、この学園都市に来て本当によかったですわ!

 爺やとも踊れましたし、もう思い残すことはありません。

 ……ん?

 なにか他にも忘れている気がいたしますが、何かあったかしら……?


 それよりも、外が随分と明るいですわね。

 あら? 九時五十八分?

 ――遅刻!!







 ――遅刻ではありませんでした。


「今日は一日、何をいたしましょう?」

「試験に向けて魔法の訓練はいかがです?」

「アリス様のダンスレッスンもしたいですわ」

「そ、そこまでしていただくわけには……!」

「お昼は爺やさんの所で決まりですわねっ」

「それは勿論!」


 ユニ様、シュエット様、アリス様が楽し気に会話されています。

 場所は学園のテラス、今日はダンスパーティーの翌日ということで全授業がお休みでした。

 ……あの夢、ほとんど現実でしたのね。


「レティシア様、途中から記憶が無いんですか~……」


 アリス様が私を見てすごく残念そうなお顔をされます。

 うっ……罪悪感が半端ありません。


「ぼんやりとは覚えているのですが、ところどころが曖昧で……皆さまのドレス姿と、アリス様のあのお姿はしっかり覚えているのですが……」


 あのお姿、というのは、勿論アリス様の男性版です。

 未だにどうやってそんなお姿になったのか、疑問はつきませんが伝説の秘薬というのであれば、そんなことも出来るのでしょう。一年に一回しか採取できない特別な素材で作ったそうですし。

 ……考えたら、そんな秘薬の作り方を知っていらっしゃるアリス様も、不思議なお方ですわね。


「レティシア殿には、シャンパン類は今後供されないよう気を付けた方がいいだろうな」

「爺やさんが一緒なら大丈夫だろうけど、そうじゃない場所ではちょっと、ね。僕達も気を付けておくよ」


 エリク様とクルト様が苦笑して仰います。

 そうそう。お二人とも私達と一緒に行動をされることになりました。多分、というよりも、絶対にシュエット様とユニ様のお傍にいたいからですわね。うふふ。


「ご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」

「いやいや! 迷惑はなかったよ!」

「そうです。飲み物に関しては不可抗力です」

「私がお渡ししたお飲み物であのようなことになるなんて……レティシア様、申し訳ありません」

「でもあの時のレティシア様、とってもお可愛らしかったですわ!」

「私ももっと早く設定を思い出していたらよかったのに、先に申し上げられなくてすみませんでした……!」


 待って!?

 何故皆様が謝られますの!?

 そしてユニ様、当時の私は可愛らしかったのですか? 本当?

 ……爺やのいる時に、こっそりシャンパンを飲んでみようかしら。


「過ぎてしまったことは、仕方ないから、ここまでにしよう。でも、記憶が飛んでしまうのは怖いからね。これからは皆で気を付けよう」


 クルト様がそう仰って、この話題は終わりになりました。しっかりした方がいらっしゃると安心ですわね。


「問題は、これからか」

「当面は、殿下達の動向かなぁ……」


 エリク様のお声に、クルト様は周囲をそっと見渡しながら嘆息をつきます。

 ……殿下?

 ……ああ!


「そういえば、婚約破棄も夢では無かったのですわよね」

「……思い切り忘れられている殿下って……」


 男性二人が遠い目になられますが、殿下のことは元々その程度ですもの。


「ただ、本当に破棄出来たわけじゃないのは、レティシア様なら分かっていると思うけれど……」

「ええ。そこは理解しています」


 苦い笑みが零れてしまいますが、私達の婚約に関してはそう簡単に破棄出来ないのが現実なのです。

 なぜなら、これは当人の気持ちにそったものではなく、あくまでも『王家』と『公爵家』の家同士の契約なのですから。


「ただ、レティシア殿は……その、殿下との婚約を本当は望んでおられないのだろう……?」


 エリク様が周囲に憚るよう小声で問われました。

 少し、意外です。この方は武人らしい気配の持ち主なのですが、こういった配慮が完璧なのです。


「貴族として、本来であれば喜んでお受けするのが筋ではありますが……」

「いや、身分ある身としてのあなたの姿勢はとても正しい。……だが、一人の女性として喜んでいないのもまた、事実であると思う。本来であれば部外者である俺などが言うことでは無いが……」

「ご配慮、ありがとうございます。陛下や妃殿下のお言葉はとても光栄なのですが、私としては、身に与えられたあの栄誉は、他の方にお与えいただけたら嬉しいですわ」

「……やはり、そうか」

「……うん。そうだよね……」


 男性陣二人が深いため息をつかれます。そのお顔は苦笑のそれでした。


「なら、レティシア様は何があっても泰然とされ続けることをお薦めする。婚約に拘っているのは他の方々であって、あなたでは無いのだから」

「それに、朗報――ではないかもしれないけど、王宮も公爵家も、主に殿下の行動のほうを問題視するだろうからね。もしかすると、婚約に関しては何らかの変化があるかもしれない」


 まぁ!

 それは朗報ですわ!!


「レティシア様。公爵にお手紙をお書きになってはいかがでしょう?」

「そうですわ。前々から思っておりましたけれど、いかに殿下といえど今までのなさりようは一人の女として許せません。私もお母様や妃殿下にお手紙をさしあげました」

「私もです」

「お二人とも、もうお手紙をお出しになったんですか!?」


 アリス様が愕然としていらっしゃいますが、私も茫然としております。

 なによりも、妃殿下にお手紙をさしあげるだなんて……!

 シュエット様とユニ様……どんなお手紙をさしあげたのでしょうか……?


「母を経由してですので、妃殿下の元に実際に届けられるかどうかは分かりません。母から直接申し上げることは出来るかもしれませんが……」

「私もです。母からそれとなくお伝えいただくぐらいしか手段はありませんが……」

「伯爵夫人もサロンに?」

「ええ。ちょうど招かれていますもの」


 お母様方はサロンがありますから、情報の伝達やお手紙のやり取りは比較的容易ですわね。私達から直接、というのは大変難しいですが。


「レティシア様も、公爵閣下にお手紙を出されましたのでしょう?」


 え?

 私?

 ……そういえば夢で――いえ、現実ですわね。夢の中のようでしたけれど――そのようなことを言ったような……


「まだ、というのでしたら、すぐにでも! 閣下には、ぜひともレティシア様からお手紙をさしあげるべきかと思います」

「そうですわ。良きにつけ悪しきにつけ、昨日の出来事はそう遠からずサロンを席捲すると思います。今のうちに準備を整えておかなくてはなりません」


 待って!?

 準備!?


「レティシア様。これはもう、情報戦なのです」

「じょ、情報戦……?」

「そうです。レティシア様は、殿下とどうしてもご婚約したままでいたい、というわけではありませんわよね?」


 それは勿論です。

 ユニ様の迫力に、つい真顔で頷いてしまいました。


「では、レティシア様はそのお心を、現状と今までの出来事の全てと共に閣下にご報告するべきだと思います。すでに賽は投げられているのです。投げた当人がどうなろうとこの際知ったことではありませんが」

「……ユニ……」

「ユニ様の仰る通りですわ。殿下はご自分で選んであのような愚行を起こされた。ならば自らの起こした騒動の結果は、自らで負っていただかなくてはなりません」

「……シュエット……」


 男性陣二人が後ろの方で困り顔をされています。


「ですので、レティシア様。すぐに閣下にお手紙を」

「そうですわ。今日はそれが一番大事ですわ」


 せっかくの休日ですのに……!

 私は思わず他のお三方を見ます。

 エリク様は難しいお顔をなさっていましたが、やはり頷かれました。

 クルト様も思案顔でしたが、同じく頷かれます。

 アリス様は――


「お手紙はするべきだと思います。出来るだけ早く届けるのも肝心だと思います。……ただ、同時に気を付けておいたほうがいいので、皆様にお願いがあるのですが」


 そう仰いました。

 そのお顔は大変厳しいものです。


「殿下とレティシア様の婚約は、どの時期であれ無くなります」


 それは、予測というよりは断定の言葉でした。


「その結果は、確実に出ると思います。少なくとも、レティシア様のかわりに婚約者になる方で殿下の周りは熾烈な争いになると思います。そこには決して、近づかないでください」

「え……ええ。勿論ですわ」

「殿下のことはもう切り捨てておりますし」

「殿下のことは気がかりだけど、女性の争いに巻き込まれるのは御免だしねぇ」

「口を挟むのも恐ろしい話だしな」


 皆様、口々に仰ってますが……


「レティシア様も、です。絶対に近づかないでください」

「え? あ、はい」


 アリス様の気迫に、思わず頷いてしまいました!

 アリス様、どうなさったの!? うちの爺やみたいな気迫でしてよ!?


「同時に、余波として、レティシア様を軽視する者が出てくるかもしれません」

「まぁ!」

「許しがたいですわ!」

「自身を大きく見せたい人の中には、誰かを自分より下に見下して自分を誇示したい人もいるからです。家同士の争いも絡んでくるかもしれません」

「……ありえますわね。アストル公爵家に嫉妬するお家なら、これ幸いとご令嬢をたきつけるかもしれません」

「面と向かって公爵家にたてつけない連中もですわね」


 ユニ様?

 シュエット様?

 なにやら恐ろしいお声がしますけれど、だ、大丈夫?


「そういう意味では、ユニ様やシュエット様、それにクルト様やエリク様がお傍にいてくださるのはとてもありがたいんです」

「アストル家の周囲にはこれだけの力がある、と示すためですね」

「はい。目に見える存在というのは強いですから。特にそれが貴族の争いであれば、貴族でも高位の皆様や、影響力の強い方々の存在であれば尚更です」


 ユニ様のモティフ伯爵家。

 シュエット様のフォンテーヌ侯爵家。

 どちらも繁栄を続ける上級貴族です。

 エリク様のお父様は騎士団長。

 クルト様のお父様は料理長で、お母様は商業都市で辣腕を振るう料理人兼商人です。

 非常に影響力の高い方々、と言えるでしょう。


「そのうえで、王家と直接対立するようなことのないよう、公爵閣下と国王陛下のお二人に動いていただくのが一番だと思います。もともと、レティシア様のご婚約はお二方のお話で生まれたのですよね?」

「え? ええ」

「なら、責任はお二人にもあるはずです。しっかり後始末をしていただきましょう」


 きっぱり言い切ったアリス様に、皆様もうんうん頷かれます。

 これは逃げられそうにありません……!


 結局、この日は父宛ての手紙を書くことになりました。

 せっかくの休日ですのに……! 殿下!! 恨みますわ……!!



 ところで、まだ何か忘れているような気がするのですが、何だったかしら……?





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