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  toile de font ―シュエット―

次回はレティシア視点です。




〇side:シュエット




 踊り疲れた私達の前で、レティシア様とアリス様が楽し気に踊り続けています。

 レティシア様のダンスは流石の一言につきるでしょう。

 アリス様は慣れていない分、まだぎこちなさが目立ちます。けれど筋は良い方です。きっと冬のパーティーでは、素晴らしいダンスを披露してくださることでしょう。

 勿論、助力は惜しみません。


「アリス様は敏捷性が高いのですね。あとはバランスでしょうか」

「つい足元に目がいきそうになるのは、慣れていないせいでしょう。……ずっとレティシア様の為に走り回ってくださいましたから、ダンスの練習時間、夜はほとんどとれなかったでしょうし……」


 そう仰るユニ様は、お二人の踊る姿を確認するように見つめています。これはダンス指南の構えでしょう。アリス様を一人前のレディにするのが、私達の密かな目標なのです。


 本来であれば、アリス様がダンスで恥をかかないよう、今日までの間に皆で特訓をする予定でした。

 実際、レティシア様がいらっしゃる間は、食事の時以外の休憩はダンスの練習にあてていたのです。もちろん、可能な限り、ではありますが。

 ――けれど、レティシア様がいらっしゃらない時間は、特訓ではなくもう一つの今日の日の準備――爺やさんとアリス様のお姿を変える秘薬づくり――をしておりました。

 夜の反復練習が無かった分、アリス様のダンスはつけ焼き刃の域を出ていません。


 私やユニ様は、もともとそういう教養を身につけさせられていますから、夜間練習は不要です。

 けれど、アリス様はそうではない。アリス様にとっても、このダンスパーティーで恥ずかしい思いをしないよう、頑張りたかったことでしょうに……


「……それでも、レティシア様の為に動いてくださったのですよね、アリス様は……」

「そのおかげで、殿下達も撃退できましたけれど、代償を払ったのがアリス様だけというのは心苦しいですわ」

「あの方のご友情に報いなくては」


 うん、と二人して頷きあったところで、後ろから「ゴホン」と咳払いが。

 まぁぁ……エリク様、どうなさったの?


「シュエット殿。仲が良くてなによりだ――が」


 言いかけて言い淀む姿は、少し新鮮です。

 どうなさったのかしら?


「えっとね」


 見かねたようにクルト様が苦笑顔で言葉を引き継がれました。


「出来たら僕達も仲間に入れて欲しいな~、って思うんだ。いや、女性だけの集まりにずっと顔を出し続けるつもりはないよ? お邪魔になるだろうし」


 ああ! つまり、


「寂しい、と」

「構ってくれ、と」


 まぁ殿方二人が顔を覆われて。

 言葉選んで! と言われても図星なのでしょうから、選べる言葉が他にありません。


「爺やさんの所にお食事に行く時、ご一緒にいかがです? あ! レティシア様とアリス様にもお声をかけてからになりますけれど」

「時々集まるのも楽しそうですわね! もちろん、お買い物にもつきあってくださるのですよね?」

「「うっ……!」」


 なにか声を詰まらせていらっしゃいますが、美味しい料理と楽しいお買い物、呻く理由がどこにあるのでしょう?


「……今のうちに腕力をあげておくべきか……」

「……いや、それよりも足腰鍛えておかないと、荷物持ちは足が大事だよ……」

「そうか……」


 ぼそぼそ言っておられますけど、買った品はお店の人が宿舎に運んでくださるから、荷物持ちにならないと思いますが。

 あ! もしかして、都市内でお買い物をされたことが無いのでしょうか?

 尋ねると、二人ともキョトンとしたお顔になってから頷かれました


「食べ物を買うぐらいだねぇ」

「俺は剣の手入れに必要なものを揃えたぐらいだな。……そうか。店の者が慌てていたのは、運ぶからという意味だったのか」


 どうやらお二人とも、店員に任せる必要のない買い物だったり、任せる選択肢を元から持ってなくて持ち帰ったりしていたようです。


「もともと、そんなに街を巡らなかったからなぁ……」

「学園からもらったパンフレットを見て、必要なものを買いそろえる程度にしか利用していなかったな」


 殿方にすれば『買い物』というのはその程度なのでしょうか?


「自分の足で買いに行ってますから、まだマシではありません? 学園で過ごしている人の中には、ほら、ご実家にいらっしゃる頃と同じように家人に命じて買ってこさせたりするようですし」

「噂には聞きますけれど……本当にあるのですね。宿舎には外部の者は入れませんから、入口で受け取りでしょうか?」

「手紙で命令、家人が店で注文、店員が配達、らしいですわよ」

「まぁ……では、全然、街を歩いていないのでは?」

「おそらくは……。ご自分の足で歩いて探してこそだと思うのですけれど……」

「街を歩ける機会なんて、この先いくらもありませんのにね」


 二人して思わずため息をついてしまいます。

 お噂の方がどなたなのか、詳細は分かりませんが、もったいないことです。


「なんとなく心当たりがあるなぁ……平民で溢れかえった街になんて降りていけるか、みたいなこと言う人に」

「言いそうだな……殿下ですらご自身の足で歩いているというのにな」


 男性陣のお二人にはお心当たりがあるようです。

 ……なんとなくピンときましたけれど、きっとマリア様の近くにいる人ですわね。ええ。なんとなくですけれど。


「伯爵令嬢や侯爵令嬢、それに公爵令嬢までもが街で買い物を楽しんでいる、っていうのが、逆にすごいことでもあるけどね」

「ここはそういう場所ですもの。どこの令嬢であるか、という以前に学生であることを念頭におきましょう、とレティシア様も仰ってましたわ!」

「それを可能にしているのが規則だよね。……もう、ぶっちゃけると学園都市法だと思うけど。商業都市にあるのと比べて、罰則がほとんどない分守らない人も多いけど」

「商業都市の罰則というのは?」

「内容によりけりだけど、都市追放とかは序の口だし、全財産没収もあるよ」

「怖いな……それは」


 エリク様がげんなりした顔で仰います。

 罰を与えられないようにすればいいだけだと思いますけれど。


「しかし……それにしても、レティシア様もそうだが、アリス嬢も体力があるな」


 ややあって気を取り直したように呟いたエリク様に、私達もつい苦笑を零してしまいます。

 そう。レティシア様とアリス様はまだ踊り続けていらっしゃるのです。


「すごいな……僕も五曲ぐらいまでは連続で踊れるけど、あそこまではちょっと……エリクならもっといける感じかな?」

「俺でも五曲踊ればそれなりに疲労するぞ」

「私ですと二曲か三曲までが一番楽ですわね」

「それ以上になりますと、楽しいけれど疲れる、というのが正直ですわ」


 ダンスというのは、一見優雅に見えますがその実とてもハードなのです。曲によって大なり小なり違いはありますが、運動量が多いことには変わりません。子供の頃は踊り疲れて眠ってしまったほどです。


「……昔の話だが、レティシア様は剣の筋もいいと、父が言っていたな」

「エリク様のお父様が……?」


 エリク様のお父様は騎士団長です。

 ……そうですか。レティシア様は騎士団長のお墨付きですか。

 ……待って? 公爵令嬢が?


「稽古をしている所を見たことがあるらしい。父が『自分も一緒に鍛えてもらいたい』と羨ましがっていたのを、子供心に覚えている。よほど良い師がいたのだろう」


 ……何故でしょうか。その方に会っているような気がしてなりません。

 ユニ様をチラッと見ると、ユニ様も微妙なお顔で視線を私に向けたところでした。

 ……ええ、たぶん、あの方ですわよね?


「そっか。レティシア様も剣聖イヴェールの血筋だから、剣の才能があっても不思議じゃないんだ……。アストル公爵家って、考えたら血筋がすごいよね。現公爵は陛下と同じく正妃様のお子で、王弟殿下。公爵夫人は前公爵と降嫁された王女殿下との間に御生まれだし」

「……あまりつっこんで考えん方がいいぞ、クルト」

「あ。……あー、うん。そうだね」


 お二人はそっと視線を遠くに飛ばされます。

 気づいていらっしゃるのでしょう。

 国王陛下の正妃でいらっしゃる妃殿下は、公爵令嬢ということになっていますが、実際のところは男爵家の出です。

 ご結婚に際し、公爵家に養女として入ってから嫁がれたことは、一時サロンでおおいに話題になったとか。……私達の生まれる前のお話ですけれど。


 妃殿下がわざわざ公爵家に入られたのは、噂では王太后の命令だったのだそうです。

 当時、陛下は若くして国王の座につかれ、その王妃にと隣国から王女の輿入れを打診されていたとか。それを蹴って正妻につけるのであれば、男爵令嬢では都合が悪いということなのでしょう。隣国にも配慮が必要だった、というわけですね。


 まぁ、それでも両国間でちょっと感情の溝が出来てしまったようですけれど。


 ただ、自国内でもちょっとした不穏の種が生まれてしまっています。しかも、それは私達にとって見逃すことの出来ないものです。

 アストル公爵家の――もっとつっこんで言えば、レティシア様のお血筋が非常に高いことが問題になっているのです。

 ……公爵閣下……いえ、爺やさんは、このことをどう思っていらっしゃるのかしら……?


「それでいて、アストル公爵家は大魔導士アストルの名を家名にしているように、そのお血筋ですから、魔法の才能もおありになる、と」

「……殿下、もしかして、色々と才能面でもレティシア様に負けてないかな?」

「むしろ、あの方に勝てる者がいるのかどうか、という気がいたしますわ」


 うっとりとレティシア様に見惚れるユニ様に、私も頷きつつレティシア様に見惚れます。

 それにしても楽しそうですこと!

 レティシア様のあのような笑顔は初めてですが、無邪気でとても可愛らしくて、それでいてお美しいのですから、もはや感嘆の息しか出てまいりません。

 お相手をつとめているアリス様もとてもお可愛らしいです。あの殿方の姿も素敵でしたけど、女性に戻ってのドレス姿も素敵!

 淡い桃色に、ふんだんにあしらわれた最新のレース。動くたびにふわっと揺れるのがとても可憐です。くるくる舞う姿なんて、まるで妖精のようですわ。


「……あのレティシア様につきあって踊り続けられるアリス様、本当にすごいな……」

「見た目以上に体力あるなぁ……それでいて頭もいいから、羨ましい。僕も負けないよう頑張らないとね」

「クルト様、お勉強でしたら一緒になさいます?」

「いいの? ユニのほうはきっと退屈だよ?」

「きっと、全然退屈にはなりませんわ!」


 まぁ! これはなにか良い雰囲気。

 レティシア様、レティシア様……あっ! まだ踊っていらっしゃるんでしたわ!


「……ゴホン」

「? エリク様?」


 なにかそわそわしていらっしゃいますけど、どうなさったの?


「その、だな、シュエット殿」

「はい?」

「俺、いや、私も、その、苦手な魔法と言うのがあって、いささか難儀しているのだが……」


 そこまで言われれば勘違いのしようがありません。

 私は思わず頬が熱くなるのを感じながら、一生懸命、首を縦に振りました!


「ええ! ぜひ、一緒に鍛錬をいたしましょう!」

「……鍛錬?」


 その筋肉、いえ、背筋、もとい、二の腕、でなく、ええと、ご一緒って素敵ですねっ!


「よ、よろしく、頼む」

「お任せくださいませ!」


 何故か腰が引けているエリク様でしたが、私はにっこり微笑んで心の中で握り拳を振り上げました。






 その後、踊りつかれたレティシア様とアリス様が合流なさったのですが……

 なんということでしょう! レティシア様、目を離した隙にぐっすり眠りこんでしまいました!

 そしてそれを察したかのように爺やさんが飛んで来られました!


「……お暇したほうがよいようですな。皆さま、このたびのご助力、感謝いたします」


 いつもの貫禄ある爺やさんのお姿にエリク様とクルト様が呆然としていましたが、それはともかく。

 レティシア様!

 レティシア様!!

 起きて!!

 超起きてくださいませ!!

 お姫様抱っこですよ!!!







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